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腰椎椎間板症(手術)

腰痛とその手術についての経験談を記載します。

手術までの概要

最近ではレーザー治療やセメント注入などあるそうで、しかも数日で退院できるらしいからすごいと思う。私の時代はなかった。

「椎間板症」だけではさっぱりなんのことなのか判らないけれど、要は「ぎっくり腰」。この「ぎっくり腰」を何度も繰り返してしまう症状(だと思っている)。

私の腰痛の症状、手術までの経緯、原因と思われること、手術内容、術後の状況、今思うことを書き留めておきたい。特に私が受けた手術は椎間板ヘルニアの場合もほぼ同じ内容です。

私の腰痛の症状

初めて激痛に襲われたのは、20歳前だったと思う。朝、目覚めてベッドから起き上がれなかった記憶がある。ただ、このときはまだ軽い症状だった。

就職。デスクワークが中心だったが、結構ハードだった。
ある日、トイレに入った。大をしに。洋式が使われていたので和式に入った。終了して立ち上がろうとしたら、立てなかった。ズボンもパンツも下にある状態で、あまりの激痛に何が起きたか判らなかった。あぶら汗がどっと流れてすごかった。
何とか職場の席にたどり着き、座ったらもう動けなかった。
上司におんぶされて医務室に。
そして、病院。

有名な病院でレントゲンを撮った。当時は病名はつかなかったが、とても若い医者から「腰に爆弾を抱えてますね」と言われ反発した記憶がある。「骨がずれやすくなっているのと、何度かずれているうちにトゲのようなでっぱりができている。手術しないと治らないが、手術後のことを考えると判断は難しい。原因は、先天的なものと思われる。とりあえずはリハビリで様子をみましょう」とのこと。

その後も、1年に1度か2度、激痛が私を苦しめた。
・くしゃみをしただけで激痛が走る
・顔を洗おうと蛇口に手を延ばしたら激痛
・電車が到着し席を立とうとしたら激痛
・マニュアル車運転中にクラッチを踏んだら激痛
・自宅アパートの階段。のぼり1段目で”ピキッ”、5段目で歩けなくなる

腰痛になると、食事もノドを通らない。
どんな体勢になっても痛む。いろいろな体勢を試みるのも大変だし、起き上がることができない。最終的には天井から強いヒモをたらし、それを頼って起き上がった。鎮痛剤レベルでは効かない。
とても辛いのが、トイレでお尻を拭くとき。当時、ウォシュレット付ではなかったので大変だった。
次に辛いのが睡眠不足になること。
やっと眠れたと思ったら、自分の寝返りで激痛が走り目が覚める。

背中の筋肉は硬直し、肩こり、頭痛に見舞われる。
とにかく疲れを感じるのだ。
周りから見れば、座っているのになぜだるそうにしているのか判らないと思う。

原因と思われること

最初に診断してくださった医者も、手術を行った医者も、「原因は先天的なもの」と言う。
生まれつきと言われると、患者はなすすべがない。手術したってまた再発するのではないかと思う。

私の思う腰痛の原因。原因は複数あると思う。
1.デスクワークによる運動不足により腹筋背筋が弱くなった
2.全般的な姿勢の悪さ(立っているとき、座っているとき、歩いているとき)
3.10歳頃、左足の怪我でしばらくかばっていた。長引いた。
4.柔らかすぎるベッドを使っていた

3番は自分でも忘れていたことだ。
術後、ある鍼灸院で初診の際、自分の病気・怪我を全部申告してくださいということで問診表に記載、診断してもらったら、「書いてないけど右に骨盤がずれている・・・左の足になにかあった・・・病気・怪我で全部書いてないことありますね?」と言われて、しばらく自分でも思い出せなかった。これには自分でもあどろいた。
「長い間足をかばっていたことで、骨盤が片方向にずれている。これも原因の一つだ」と先生は言っていた。だるま崩しの積み木が、土台のズレで全体的にバランスを失っている感じでイメージできる。

デスクワークは思った以上に筋力を失う。学生時代は、部活でそれなりに鍛えていた。会社に入ってからも通勤時の歩きや時にはダッシュなどしていたから、それほど運動不足になっているとは思っていなかった。
しかし、よくよく見てみると自慢だった少し割れた腹筋は見る影もなく、背筋は背骨が浮き出る感じだ。
背筋、腹筋がなぜ大切かというと、背骨や骨盤などを支えたり、守ったりする役目があると言われている。

姿勢の悪さは、痛み発症の前か後かは定かではない。
筋力が無くなったから姿勢が悪くなったのか、へんな癖が出たのか。ただ、足のケガの影響はすくなからずある。痛みが出た後からは、腰をかばった歩き方になったようだ。自分では全く意識していないが、他人から見ると判るらしい。

一番の痛みが出たとき、なぜか最初に頭に浮かんだのが、当時使っていたベッドだ。家具量販店で買ってきたスプリングがあるのかないのか判らないくらい柔らかいベッドだった。腰痛発症後は、大きめの板を買ってきてスプリングの上に直に板を置いて使うことにした。腰の手術後の病院のベッドやリハビリ病院のベッドなど、あんなに柔らかいベッドは無かった。ウォーターベッドは腰に良いと言われているが、その柔らかさとはまったく違う。

手術の決意

手術の決意は、
一つ目は、激痛が発症するサイクルがだんだん短くなってきたことだ。2年に1回だったのが、1年に1回になり、決意したときは、3ヶ月に1回程度の割合になっていた。痛み出すと会社に3日から1週間は行けなくなる。このままでは非常に迷惑をかけると考えた。

二つ目は、病院の手際のよさだった。
これまで痛みの度にいろいろな病院に通ってきた。その経験の中で一番手際が良かった。腰痛持ちの患者への対応が一番良かった。最新のレントゲン、その撮り方、MRI設備なども揃っていた。
この病院ならなんとかなるかもしれないと思ってしまった。

手術内容

私が受けた手術は、ぎっくり腰を起こしやすい箇所の腰椎を動かないように固定するものだ。番号でいうと下から、3、4、5番の骨の両サイドに添え木を置くように自分の骨を埋める手術で、背中と、移植する骨を採取するため、お尻の上も切る。
手術前の検査に1週間、術後1週間程度寝たきり、手術を行った病院で3週間の入院。その後リハビリ専門の病院で約3ヶ月の入院治療を行った。

まとめると、
・手術した病院に1ヶ月
・リハビリ病院に3ヶ月
・自宅10日
の休みを取った。

手術した病院での内容

最初の1週間では主に次を行った。
・各種検査
 手術に耐えるカラダかどうかのチェック。特に、麻酔を入れたり、他の薬を大量に摂取するので、肝臓の働き具合などを入念に調べる。肝臓がNGで手術ができなかった患者さんもいた。

・オーダーメイドコルセットの作成×2種類
 術後、完全に腰を固定するオールプラスチックでみぞおちから下腹部までを覆う硬いコルセットを一つ、へその下からはじまる幅の狭いコルセットを作成した。両方あわせて、当時7,8万円したと思う。社会保険の対象になっていたので、全部自腹では無かったが、当座の支払は必要。
硬い方のコルセットは、腰に石膏をあてて作る、本当のオーダーメード。
残念ながら、お腹が出てきた現在の私は、装着することができない。高価なものなのに。

最後の難関・・ミエロー検査
 背骨の神経のフクロに造影剤を入れレントゲン撮影をする。
造影剤がカラダから出て行くまでに6時間以上かかり、この間嘔吐などしてしまう人がいる。少し辛い。

手術

手術は全身麻酔なので、実況中継するほどの記憶は残っていない。

恐怖の背中にくぎ打ち

手術数時間前、手術用の服に着替える。そして看護婦さんに浣腸される。初体験。
その手の趣味と違い、非常にテキパキしてすぐ終わる。自分としてはどんなもんだろうと少し興味があったが、薬を入れられた瞬間にもうお腹が痛く、ぐるぐる言い出す。すぐにトイレに行こうとしたら、「もう3分我慢しないとダメ」と言われて青ざめた。全身麻酔する場合は、お腹の中のモノだしておかないといけないらしい。

手術直前、ちょっとした部分麻酔した後、背中にくぎを打たれる。
くぎが背中に刺さったままでレントゲンを撮る。どこから切るかの位置を明確にするためのものらしい。
朝一番の手術予定だったので、午前9時には背中にくぎが入っていた。
ここでハプニング。20歳ぐらいの若造が、わがまま行って「早く退院したいから、先に手術させろ」と言って病院ともめたらしい。背中にくぎが入ったまま、順番が一つ遅れてしまった。待つこと3時間。昼を過ぎた頃から手術開始だった。

手術開始 全身麻酔初体験

初めての全身麻酔だった。
手術室に入る時点ですでに足首のところに、点滴用の入り口がセット(刺さって)されている。
手術室に入ると、まぶしい光の下に置かれる。
まぶしくて周りをちゃんと見られなかった。
「こちらが、麻酔の○○先生です」と紹介された。入院してから、一度も見たことのない顔だった。
「それでは麻酔します」
突然、手術室に音楽が流れているのに気が付いたが、なんの音楽か判らないまま深く潜るように入った。

手術終了

激しいノドの乾きで目が覚めた。
「水をください」とへばりついた口を一生懸命動かして訴えたが、脱脂綿に含まされた水を吸う程度しかもらえなかった。麻酔の覚め方によっては、まだ、内臓が動いていないから、急にモノを口に入れるのはよくないらしい。
「もっと飲みたい」と思った瞬間に、状況が把握できた。
ピッピッピッという電子音と、なぜか親戚がいる。
そして、背中に重い鉄を注入したような痛み。
足の指に一応力は入る。腕も動く。手術は終わったらしい。

恐ろしくて自分の目で見ることは出来なかったが、背中から、2本のチューブが出ていて、黒っぽい血が吸い出されている状態が想像できた。

術後の状況

手術は無事終わったと看護士さんや先生から言い渡された。お土産だと言われて、削りとられた自分の骨?の瓶詰めをもらった。
しかし、実際この時点では、手術が成功したかどうかはわからない。まず、背中の傷口が痛くてそれどころではない。
腰痛手術は、その後何年間も痛みがでなければ、成功と言えるのかもしれない。

ねたきり10日間

背中にチューブが入った状態で、約4日程度過ごす。基本的には、仰向けでも横を向いて寝ても問題無いが、背中のチューブが痛そうで横向きのままが多くなる。非常に寝づらい。床ずれにもなる。
また、作った固いコルセットを装着しているため、痒いし痛い。まともに睡眠はとれなかった。この時点で手術したことをかなり後悔している。
この寝たきり状態のまま、10日間過ごす。

寝たきりでとても困ったことがおこる。
それはトイレと風呂だ。
手術前にはそんな説明は無かった。
「小」の方は、管が差し込まれており、ベッドの横のオシッコ袋に流れている。
問題は、「大」。トイレに歩いて行かせてくれないため、ベッドでするしかないのだ。寝た状態ですることになる。術後は幸い便秘になり、約3日間は便意が無かった。ベッドでしなければいけないという思いが便秘にしたのかもしれない。
しかし、その時は来てしまった。
ベッドに黒いビニールが敷かれ、その上に新聞紙、その上に自分。全部看護士さんがセッティングしてくれた。
右手に消臭スプレー。病室の窓は全開。
「出たら呼んでください」と言って看護士さんは部屋を出た。
「こんな状況で出来るわけない」と思ったけど出ました。
非常に恥ずかしかった。

もう一つの問題「風呂」。 10日間風呂に入れないのも辛かった。カラダというよりは、頭が痒くて大変だった。すぐにでもシャンプーして欲しかったが、やっと洗ってもらえたのは4日後だった。ベッドのままシャワールームに運ばれ、それようのベッドに移され寝た状態のままシャンプーした。
ちなみにひげそりも看護士さんがやってくれた。

約10日経過、診察の結果歩くことが許された。寝っぱなしだと、血液がカラダの背中側に集まっていて、急に立ち上がると貧血を起こす可能性があるらしい。
確かに、くらっと来たがなんとか歩行器につかまることができた。

歩行器生活とリハビリ

しばらく歩行器生活が続く。背骨に埋めた骨が成長し、支えになることを確認しながらリハビリを行う。無理に動いたり、激しく運動するとせっかく生めた骨がカラダに吸収されてしまうらしい。
歩行器無しで歩くことができるようになったら、リハビリ専門の病院に転院する。

歩行器生活に欠かせないのが「巾着」だった。中には財布や貴重品、携帯音楽機器などを入れて、歩行器に引っ掛けて移動する。みんな様々な巾着を持っていたのを思い出す。その後も巾着は入院生活に欠かせないアイテムになる。

リハビリでは、間接の延ばす運動や筋肉を若干つける運動を行う。
最初はベッドの上で。抜糸後はリハビリルームになる。
10日間の寝たきりは、かなりカラダの筋力を奪う。出来たことが出来なくなる。また、歩行器も腕を歩行器に載せたままの生活になるため、腕の筋力もどんどん衰える。早めに歩行器はやめた方がよい。

間接を延ばす運動で何が辛いかというと、お尻の骨を採取した傷口が一番痛い。もともとなんでもない正常な部位を切っているし、お尻の肉を深く切り裂いているためちょっと動くだけで痛いのだ。それに傷口が開きそうで怖い。

傷口といえば、傷口がケロイド状になる人がいる。体質なのかどうかわからないが、大変そうだった。

歩行器がはずれ、リハビリ専門病院に転院した。
リハビリ専門病院では、
・散歩を兼ねた歩行
・間接を延ばす運動各種
・筋力Upの運動各種(軽い負荷をかけながらの運動)
・プールでの体操と歩行(泳ぎません)

こんな感じだった。
何かと忙しく、だまって寝ている時間はそうは多くなかった。

リハビリ専門病院で私が一番困ったことはイビキだった。最初の病院でも結構うるさい人がいたが、移ってからは更にひどかった。6人部屋うちの4人がイビキをかく人だった。
当時は、高性能の耳栓が無かったので通常手に入るもので防御していたが、全然効果がなかった。
携帯音楽機器のボリュームを上げたら自分も寝れないし、ほとほと困った。
睡眠不足に陥り、看護士さんに相談したら、眠気を催す薬をくれた。これは一時的な効果しかない。
退院するまで、この悩みから解消されることは無かった。

手術はした方がよいかどうか

症状によって様々であるため、なんともいえない。

職場や親戚からもよく相談を受ける。私の経験から言えることを少し述べたいと思う。

・手術から5年以上経過するが、あの激痛からは解消されている
・梅雨時や雨の日は、腰や首がなんとも言えない痛みに襲われる
・激しい運動は禁止
・ちょっと長く歩いただけで、腰がだるくなり時には少し痛い
・腰をかばって生活するため、姿勢がさらに悪くなった気がする
・手術をしたからと言っても、腰痛とは長くお付き合いする覚悟が必要
・最後は、医者とコミュニケーションをよくとる

病院には手術をしたがる病院とそうではない病院がある。病院にとって手術は、リスクのあるものではあるが、オイシイところでもある。痛みと長く付き合える方は、良い病院を選びじっくり治すのがよいと思う。どうしても手術したい、しなければいけないと考える方は、手術したがる病院で行った方がよいと思う。手術はその経験が多い病院の方が慣れているからである。

一番重要と思うのは、最後に記載した「医者とのコミュニケーション」だと思う。流行の病院や大病院では、患者の数が極端に多い。したがって一人の患者に使う時間が短い。その時間内にいかに話をして納得するかだ。医者によっては、ほとんど話ができないこともある。手術に際しては、あの誓約書を書かされてもし失敗しても何も言えない状況が作られる。それは仕方の無いことだと思う反面、そこに至るまでにきちっと話し合うことが重要だと思う。
少なくとも私は、コミュニケーションが取れていなかったと思う。そこが残念で今も後悔している。

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