2010年11月4日
社会的責任を果たすための医師団(PSR)
スティーブン G. ギルバート博士
ナノ粒子:化学物質政策改革の重要性のひとつの事例研究

情報源:Steven G. Gilbert, PhD DABT
Nanoparticles: a case study of the importance of chemical policy reform
http://www.psr.org/environment-and-health/environmental-health-policy-institute/responses/
nanoparticles-a-case-study-of-the-importance-of-chemical-policy-reform.html


これは、2010年11月4日 PSR 環境健康政策研究所の
「次の政策課題になるべき新たに出現している環境的ハザード」

に対するスティーブン G. ギルバート博士の回答である。


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2011年12月30日
オリジナル記事の投稿日時は2010年11月4日である。
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/psr/psr_Steven_Gilbert_Nanoparticles.html

 化学物質政策の改革は最も重要な政策優先事項であったし、現在もそうである。我々は一時にひとつの化学物質を規制する又は禁止するというような持続可能ではない実施方法を続けることはできない。1976年の有害物質規正法(TSCA)の改革は、新たな化学物質又はあるクラスの化学物質の市場への導入、そして、その結果として生じる人と環境の曝露管理への、もっと根拠あるアプローチを確立するために、極めて重要である。

 化学物質政策改革の必要性は、新たに出現している環境とヒトの曝露をもたらす消費者製品中のナノ粒子の使用がよい例である。国家ナノテクノロジー・イニシアティブは、”独自の現象が新たな応用を可能にする、寸法が概略1から100ナノメートルの間の物体を理解し制御すること”としてナノテクノロジーを定義している[i]。最も重要なことは、これら粒子の非常に小さいサイズが物質の物理的及び化学的特性を変えるということである。例えば、日焼け止め中で見出されるナノスケールの二酸化チタンは、白い標準のチタンとは異なり、あなたの鼻の上にこすり付けても見えない。ナノサイズ粒子のもうひとつの重要な特性は、非常に増大した表面積を持つことであり、そのことは光や他の化学物質との相互作用を増大するので重要である。これらの粒子はまた、その物質の凝集を削減するために、他の化学物質で表面加工(コーティング)することができる。例えば、追加の化学物質が紫外線光の吸収を増すために日焼け止めに加えられるかも知れない。ナノ物質には金属(例えば銀、ニッケル、鉄)、酸化物(例えばチタンや亜鉛)、カーボンベース(例えばナノチューブ、フラーレン)、クオンタムドット、高分子のような様々なバリエーションがあり、独自の特性と用途を持つ。ナノチューブは、ろ過システム、ドラッグデリバリーの薬剤カプセル化、又はテニスラケットやゴルフクラブのような極めて強靭で軽量な物質を含んで、多くの用途がある。

 ナノスケール物質は、現在、電子機器やコンピュータ、食品、化粧品、建築資材、自動車用品、飛行機、医療製品、家庭用品、その他、数千の製品中で使用されている[ii]。日焼け止めは製品の効果と有用性を増すために、よくナノスケールの亜鉛又は二酸化チタンを使用するが、それらは透明である。抗菌(殺菌)特性を持つ銀ナノ粒子は、ソックス、シャツ、塗料中で利用される。我々の洗濯機でさえ、細菌を瞬時に根絶するために銀ナノ粒子を導入することができる[訳注1]。ナノ粒子は日常的な消費者製品中で広範に使用されている。2006年には120億ドル(約9,600億円)以上がナノテクノロジー研究のために費やされ、2014年までにはナノテクノロジーは世界中で2兆6,000億ドル(約200兆円)相等の製品中で使用されるであろうと予測されている。ある人々はナノ物質は次の大きな経済ブームの先触れであると信じている。しかし、我々は潜在的なヒト健康と環境のハザードについて、どのくらい知っているであろうか?

 我々がナノ強化された日焼け止めを腕、足、顔から洗い流すとき、それらはどこに行くのであろうか?[訳注2] ナノ粒子のあるものは皮膚を通じて吸収されたのではないか? 赤ちゃんの肌や、我々の体の異なる部分の皮膚はナノスケール物質をもっと吸収するのではないか? 我々がソックスを洗い、ナノ粒子が下水処理施設まで流れたときに何が起こるのであろうか? もし我々がナノ物質を摂取したり吸入したときには何が起こるのであろうか? またナノ物質に加えられた化学物質の表面加工(コーティング)を考える必要あがる。潜在的なハザードはもとより、労働者、消費者、そして環境的生物のナノ粒子への潜在的な曝露経路について多くの疑問がある。

 カーボンベースのナノチューブは吸い込むと、恐らくアスベストのがん発症効果と同様に有害であることを示すデータがある[訳注3]。このことは特にダストを生成するナノチューブを使用して製造プロセスに従事している労働者に関連性がある。銀ナノ粒子は、精子の生成に影響を与え、これらの粒子は衣類が洗濯されたり、ラボでの人工汗に曝露すると流れ出ることが最近の研究で報告されている。プラスチック・ナノ粒子は、ヒトの胎盤を通過して、発達中の胎児を曝露させ、発達を阻害する可能性がある。また、フラーレンナノ粒子は、牡蠣(かき)により濾されて肝臓細胞に取り込まれ、生殖に影響を与えるという環境的懸念がある[訳注4]。ナノスケール物質に関連する可能性あるハザードを示唆する多くの研究がある一方で、ナノ物質製造者又は政府系研究機関による実際の曝露と健康影響についての体系的な調査はない。

 ナノスケール物質は商業用目的に利用されるようになり、政府はナノスケール物質を、もっと厳格な毒性テストが求められるることになるはずの新規化学物質として指定する機会があったが、そのような措置はとられていない[iii][訳注5]。ナノスケール物質と粒子の消費者製品への導入し、人と環境への広範な曝露に対してもっと予防的アプローチが明らかに必要である。米・食品医薬品局(FDA)は、医薬品製造者に対し、新たな薬品を市場に出し、公衆に販売する前に、その効果と安全性を示すことを求める事により、非常に予防的なアプローチを取っている。それらには多くの用途があるので、ナノスケール物質の規制は、商業上の化学物質のほとんどを規制する有害物質規正法(TSCA)(訳注:TSCAはEPA所管囲)はもちろん、FDAの権限範囲にも入る。ナノ物質製品で金を稼いでいるナノスケール物質の製造者は、彼等の製品の安全性を示す立証責任をとるべきである。彼等は新たな化学物質政策を通じてそのようにすることを義務付けられるべきであると私は信じる。

 我々は、アスベスト、PCBs、DDT、PBDEs、鉛、その他の物質を環境中に放出し、その結果、人と環境に及ぼしたコストを深く後悔するという道をたどってきた。化学物質政策の改革は、全ての生物種が有害物質への曝露により損傷を受ける可能性が全くない状態になり、それを維持することができる環境を確保することが必要である。我々は、何をなすべきかを知っている。健康関連の研究に投資し、適切な管理と表示を求めることである。しかし、我々は、人の健康と環境への危害を防止する目標をもって、適切な予防的行動を取るという意志を持っているであろうか?


参照:

[i] The National Nanotechnology Initiative: U.S. program established in 2001 to coordinate Federal nanotechnology research and development
[ii] Project on Emerging Nanotechnologies: An inventory of nanotechnology-based consumer products currently on the market.
[iii] Nanotechnology Task Force Report 2007. U.S. FDA


訳注1:ナノ銀
ナノテク研究プロジェクト:ナノ銀:殺菌・抗菌剤

訳注2:日焼け止め
ナノテク研究プロジェクト:ナノ日焼け止め

訳注3:カーボンナノチューブ
ナノテク研究プロジェクト:米環境保護庁のカーボン・ナノチューブ規制

訳注4:牡蠣への毒性
海水中のナノ粒子 カキとムラサキガイにより摂取される(2009年9月)

訳注5:新規化学物質
ナノテク研究プロジェクト:ナノ物質規制 世界と日本の動向



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