ナノテク研究プロジェクト
米環境保護庁のカーボン・ナノチューブ規制

安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年12月23日
更新日:2010年9月19日

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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/project/nano_EPA_CNTs.html

1.カーボン・ナノチューブ規制

 カーボン・ナノチューブ(CNTs)については、形状がアスベストに似ているために以前からその有害性が特に懸念されていました。2008年2月及び5月に日本[1]及びイギリス[2]でマウスに中皮腫を引き起こす可能性を示す研究結果が報告された後、アメリカでは環境保護庁(EPA)が具体的にカーボン・ナノチューブ(CNTs)の規制を始めました。

 米EPAは従来からナノサイズの物質についてケースバイケースで規制するとしていましたが、多層及び単層のカーボン・ナノチューブ(MWCNTs / SWCNTs)については有害物質規制法(TSCA)の下で規制しようとしていることが分かりました。

 但し、殺虫剤、食品、医薬品、化粧品に用いられるカーボン・ナノチューブは、TSCAの対象とはなりません。殺虫剤はEPA所管ですが連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法(Federal Insecticide, Fungicide and Rodenticide Act: FIFRA)により規制されます。一方、食品、医薬品、化粧品に用いられるカーボン・ナノチューブは食品医薬品局(FDA)の所管で連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act: FFDCA)により規制されます。
 このように同じカーボン・ナノチューブでも用途により規制する行政当局と法律が異なります。同様にナノ銀は抗菌剤として使用される場合には農薬であるとして連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法(FIFRA)による規制となります。

2.米EPAによるCNTs規制の概要

 CNTsの規制に関し、米EPAがとり始めた措置には次のようなものがあります。
(1) 2008年10月、CNTs はTSCAインベントリーにリストされていないので、新規化学物質であり、製造前届出(PMN)が求められることを連邦政府官報で告知した。
(2) 2008年9月、CNTsのメーカである英 Thomas Swan 社に対して5項目の条件付同意命令を出した。
(3) 2009年6月、全てのCNTs事業者に重要新規利用規則(SNUR)が適用することについてのパブリック・コメントの実施を連邦政府官報で告知した。
(4) 2009年8月、上記(3)のSNURを撤回した。
(5) 2010年2月、2回目の重要新規利用規則(SNUR)提案。
(6) 2010年10月、重要新規利用規則(SNUR)発効。

 これらの措置の概要は以下の通りです。

2.1 CNTsは新規化学物質で製造前届出(PMN)が必要
 2008年10月31日、米EPAは連邦官報[3]で次のように注意を喚起しました。
 "CNTsはTSCAインベントリーにリストされているグラファイト又はその他のカーボン同素体から区別されるべき化学物質であると考える。したがって多くの CNTs は、TSCA第5条の下で新規化学物質なので、TSCAインベントリーにリストされていないCNTs の製造者又は輸入者は、TSCA第5条の下に製造前届出(PMN)(又は適用可能な免除)を提出しなくてはならない"。
 これは要するにTSCAインベントリーにリストされていないカーボン・ナノチューブ(CNTs)は新規化学物質として規制するということです。

 TSCA の下である物質が新規か既存かの区分はEPAの『TSCA一般的アプローチ』[4]が解説していますが、その概要についてはナノテク研究プロジェクト/ナノ規制−世界と日本の動向をご覧ください。

2.2 Thomas Swan 社に同意命令(Consent Order)
 Nanotechnology Law Report 2008年10月15日[5]によれば、2008年9月、米EPAは英 Thomas Swan 社の Elicarb というブランドの二つのカーボン・ナノチューブに対して、同意命令を出しました。同意命令とは、EPAが合理的な懸念があると考えた場合に、申請者(PMN提出者)に対し、TSCA 第5条(e) によるEPA規制:EPAと届出者で協議し、▼追加情報の提出、▼規制条件の遵守、▼届出の取下げ−のうちのいずれかを届出者に選択させるものですが、Thomas Swan 社への同意命令は、下記5項目の規制条件を遵守することを求めるものです。
(1) 製品のMSDSのコピーをつけて、1グラムのMWCNTサンプルをEPAに提出すること。
(2) ラットによる90日間の吸入毒性試験を実施し、暴露後、3ヶ月間観察した結果をEPAに報告すること。気管支肺胞洗浄液(BALF)分析を含む。
(3) 物質特性化データを6ヶ月以内に提出すること。
(4) CNT製造者及び加工者がナノスケール粒子を通さない手袋及び防護服の着用すること。
(5) 作業場所で吸入による暴露がある場合には、CNT製造者及び加工者が NIOSH 承認の N-100 カートリッジを備えた全面マスクを使用することを確実にすること。

Nanotechnology Law Reportの記事 [5]によれば、物質特性化に必要な情報としてEPAはThomas Swan 社に対して6ヶ月以内に下記情報を提出するよう求めています。

  • 多層カーボン・ナノチューブのタイプ(同心円筒又は渦巻き状チューブ、層/チューブの数)
  • ナノチューブ端末の形状(開放かキャップか等)
  • 分岐(branching)に関する記述
  • 最内部層/チューブの幅/径(平均及び範囲)
  • カーボンユニットセルリング(Carbon unit cell ring)のサイズと接続
  • 長軸に対する配置(直線、曲がり、ねじれ)
  • ナノチューブ製造時に用いられた六角形配置向き
  • ナノチューブ製造時に用いられた触媒の粒子サイズ
  • モル重量(平均と範囲)
  • 粒子特性、形状、サイズ(平均と分布)、重量(平均と分布)、総数(count)、表面積(平均と分布)、容積に対する表面積比、凝集塊(aggregate)/凝集体(agglomerate)
2.3 重要新規利用規則の適用のパブリック・コメント
 Nanotechnology Law Report 2009年6月26日の記事[6]によれば、2009年6月24日、米EPAは米連邦官報で、多層及び単層カーボン・ナノチューブ(CNTs)に対して有害物質規制法(TSCA)第5条(a)の下に、重要新規利用規則(SNUR)を適用することについて2ヶ月間のパブリック・コメントにかけました。このSNURは、(他の21物質をとともに)、CNTsを製造し、輸入し、又は加工しようとする者に対して、重要新規利用として要求される行為として、少なくとも着手90日前に製造前届出(PMN)を通じて、EPAに届け出ることを求めるものです。
 この重要新規利用規則は、英 Thomas Swan 社のカーボン・ナノチューブに対して出された2008年9月の同意命令(Consent Order)を引き継ぐものであり、その同意命令に付帯した5つの条件がこの重要新規利用規則(SNUR)にも適用されるというものでした。

2.4 重要新規利用規則(SNUR)を撤回
 SAFENANO 2009年8月24日の記事[7]は、次のように紹介しています。
 "CNTsの重要新規利用規則(SNUR)は、新興ナノテクノロジーの規制監視を達成する方向へのひとつのステップであると、多くの人々に見られていた。EPAは煩雑な届出とコメントの手続きを回避することができる直接最終規則策定手続き(direct final rulemaking procedures)を利用した SNURs を出したが、そのような最終規則は、誰かが反対又は批判的コメントを提出する意図があることの届出を30日以内に提出しなければ、直ちに適用されるものであった。ところが、EPAは、少なくともひとつの反対コメント出すであろうという届出を受けたので、規則策定手続きで求められるように、2009年8月21日にこれらの二つの SNURs を撤回することにした。"

 さらにSAFENANOの記事は、EPAのSNUR撤回の背景を次のように説明しています。
 "この届出は、規則が煩雑で、不明瞭で、どの単層、多層カーボン・ナノチューブに適用されるのか特定していないという懸念から提出された。"
 "エンバイロンメンタル・ディフェンス(ED)のリチャード・デニソンは2009年8月21日のブログ[8] で、'ナノチューブの具体的な特定は、製造前届出(PMN)の元々の提出者によって企業秘密情報(CBI)であると主張されているので、EPAはそれらを公開することを禁じられており、したがって一般的名称を使用しなくてはならなかった'とその理由を説明した。"
 "元EPA高官であり、新興ナノテクノロジー・プロジェクト(PEN)の上席顧問である J. クラレンス・デービスは、'この混乱はナノテクノロジーのような新興テクノロジーを取り扱うときに、有害物質規正法(TSCA)の限界をハイライトしている'と述べた。"

2.5 2回目の重要新規利用規則(SNUR)提案
 米環境保護庁(EPA)は、2010年2月3日、有害物質規制法(TSCA)第5条(a)(2)の下に、多層カーボンナノチューブ(MWCNT)にする重要新規利用規則(SNUR)提案を発表しました[9] 。提案された規則は、この規則により重要新規利用として指定される行為のためにMWCNTを製造、輸入、又は加工しようと意図する人に対して、その行為に着手する少なくとも90日前にEPAに届け出ることを求めるものです。この提案規則は多層カーボンナノチューブだけに適用されるものであり、この提案に対するコメントの締め切りは2010年3月5日となっています。
Nanotechnology Law Blog 2010年2月5日の記事[10]によれば、提案された規則は次のようなベースに基づいています。

  • 製造前届出(PMN)は、この物質(MWCNT)がポリマー化合物の添加物/充填材及び工業用触媒の担体として使用されると述べる。
  • 吸入する可能性があり溶解性しにくい類似した微粒子及び他のカーボン・ナノチューブ(CNTs)のテストデータに基づき、EPAは、この物質への暴露による肺への影響、免疫毒性、及び変異原性への懸念があることを特定した。
  • この製造前届出で記述される用途については、労働者の吸入と皮膚暴露は適切な個人防護装置を使用することにより最小となる。
  • したがって、EPAは、この物質の提案される製造、加工、又は使用が不合理なリスクを呈するかもしれないという決定はしなかった。
  • しかし、EPAは、皮膚暴露の可能性のある場合には手袋と防護服の使用なしにこの物質を使用すること;呼吸暴露の可能性のある場合には国立労働安全衛生研究所(NIOSH)承認のN-100カートリッジ付きフルフェイス呼吸器なしにこの物質を使用すること;又は製造前届出(PMN)で述べられている用途以外で使用することは重大な健康影響を引き起こすかも知れないと結論づけた。

2.6 最終重要新規利用規則(SNUR)決定
 前述の通り、EPAは2009年6月24日に多層カーボンナノチューブ(MWCNT)と単層カーボンナノチューブ(SWCNT)に関し、長々しい届出を回避することができる”直接”最終規則重要新規利用規則(SNUR)を出しましたが、この重要新規利用規則に反対するコメントを受けて、2009年8月21日にこの通知を取り下げました。
 しかしEPAは、MWCNTとSWCNTはヒト健康と環境に対して有害であるかもしれないので、重要新規利用規則(SNUR)は必要であるとして、改めてこの規則を9月17日に提案しました[11]。最終規則により重要な新規利用として指名される用途でこれらの物質のどちらかでも製造、輸入、又は加工しようと意図する者は誰でも、少なくともそれらの行為に着手する90日前にEPAに届け出なくてはならず、EPAはその意図された用途を評価し、必要なら、それらの行為が行なわれる前に禁止または制限することができます。この最終規則は2010年10月18日から有効となります。

3.有害物質規制法(TSCA )豆知識
 米TSCAの中でしばしば引用されるいくつかの用語について少し解説します。

■TSCA第4条 化学物質および混合物の試験
 試験規則あるいは、PMN またはSNUR に関連した試験データまたはその他の情報により、「化学物質または混合物が人体に対しガン、遺伝子突然変異、または先天性異常などの重大あるいは広範な被害をもたらす著しいリスクを呈するか、将来呈するであろうと結論付ける合理的な根拠があること」を示すものをEPA が入手した場合には、EPA はその情報の入手後180 日以内にリスクを予防または軽減する措置を開始するか、またはそのようなリスクは不合理であるとする所見を発表しなければならない。(TSCAの概要と改正に向けての動向(1)J-Net21 から引用)

■TSCA第5条(a) 製造前届出(Premanufacture Notice / PMN)
 製造・輸入事業者は製造・輸入90日前に製造前届出を提出する。これに基づいてEPAがリスク評価をする。暴露情報に関する要求項目は決められているが、ハザード情報に関しては新たな試験実施は求められておらず、手持ちのデータを出せばよく、決められたデータセットも存在しない。

■TSCA第5条(a) 重要新規利用規則(Significant New Use Rules / SNURs )
全事業者に対する規制である。重要な新規用途について化学物質の製造または輸入の90日前にEPAに通知する。EPAが評価し、問題があれば新規の用途等を禁止または制限することができる。

■TSCA第5条(e)同意命令(Consent Order)
 申請者(PMN 提出者)に対する規制である。TSCA 第5条(e) によるEPA規制:EPAと届出者で協議し、追加情報の提出、規制条件の遵守、届出の取下げ等のうちのいずれかを届出者に選択させる。

■TSCA第8 条(e) 著しいリスクに関する情報の届出の義務
 化学物質又は混合物を商業的に製造、加工、又は販売している者で、そのような物質又は混合物が健康又は環境に相当な危害のリスクを引き起こすという危結論を合理的に支持する情報を入手した者は、もしEPA長官が適切にそのような情報を知らされているということを実際に知らないなら、そのような情報をEPA長官に速やかに知らせなくてはならない。

■新規化学物質の定義
 TSCAインベントリー(目録)に掲載されている既存化学物質の中に"同じ分子的同一性"を持つものがない(すなわち、インベントリーに掲載されていない)場合に、その物質は新規化学物質であると定義される。

参照

[1] p53+/-マウスにおける多層カーボンナノチューブ腹腔内投与による中皮腫の発生
日本トキシiコロジー学会『ジャーナル・オブ・トキシコロジカル・サイエンス』 2008年2月号
http://www.jniosh.go.jp/joho/nano/files/takagi2008/takagi2008jp.pdf

[2] Carbon nanotubes introduced into the abdominal cavity of mice show asbestos-like pathogenicity in a pilot study
http://www.nature.com/nnano/journal/v3/n7/abs/nnano.2008.111.html
ウッドロー・ウィルソン国際学術センターPEN ニュース 2008年5月19日 アスベストに似たカーボン・ナノチューブはアスベストのように作用する
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/PEN/080519_Nanotubes_Asbestos.html

[3] EPA [Federal Register: October 31, 2008 (Volume 73, Number 212)] Toxic Substances Control Act Inventory Status of Carbon Nanotubes
http://www.epa.gov/fedrgstr/EPA-TOX/2008/October/Day-31/t26026.htm

[4] EPA Nanotechnology under the Toxic Substances Control Act TSCA Inventory Status of Nanoscale Substances - General Approach January 23, 2008
http://epa.gov/oppt/nano/nmsp-inventorypaper2008.pdf
EPA 2008年1月23日 TSCA ナノスケール物質のインベントリー・ステータス 一般的アプローチ
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/epa/epa_080123_TSCA_nano.html

[5] Nanotechnology Law Report, October 15, 2008 EPA Consent Order for Multi-Walled Carbon Nanotubes Posted on by John C. Monica, Jr.
http://www.nanolawreport.com/2008/10/articles/epa-consent-order-for-multiwalled-carbon-nanotubes/

[6] Nanotechnology Law Report, June 26, 2009 EPA Issues Significant New Use Rules for Multi-Walled and Single-Walled Carbon Nanotubes by John C. Monica, Jr.
http://www.nanolawreport.com/2009/06/articles/carbon-nanotubes/epa-issues-significant-new-use-rules-for-multiwalled-and-singlewalled-carbon-nanotubes/
Nanotechnology Law Report 2009年6月26日 EPA 多層及び単層カーボンナノチューブに重要新規利用規則を適用 ジョーン C. モニカ ジュニア
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/090626_EPA_SNUR_CNTs.html

[7] SAFENANO 24/08/2009 EPA withdraws final SNURs for carbon nanotubes
http://www.safenano.org/SingleNews.aspx?NewsID=813
SAFENANO 2009年8月24日 米環境保護庁 カーボン・ナノチューブの最終重要新規利用規則を撤回
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/safenano/090824_EPA_withdraws_SNURs_CNTs.html

[8] The nanotube SNURs: Nano step forward, nano step back August 21, 2009 by Richard Denison, Environmental Defense Fund
http://blogs.edf.org/nanotechnology/2009/08/21/the-nanotube-snurs-nano-step-forward-nano-step-back/#more-97

[9] Federal Register: February 3, 2010 (Volume 75, Number 22)]
http://edocket.access.gpo.gov/2010/2010-2256.htm

[10] Nanotechnology Law Blog, February 5, 2010 EPA Proposes a Second SNUR for Multi-Walled Carbon Nanotubes by Lynn L. Bergeson
http://nanotech.lawbc.com/2010/02/articles/united-states/federal/epa-proposes-a-second-snur-for-multiwalled-carbon-nanotubes/
Nanotechnology Law Blog 2010年2月5日 EPA 多層カーボン・ナノチューブに対し2回目の重要新規利用規則(SNUR)を提案 リン L. バーガソン
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/100205_Second_SNUR_MWCNT.html

[11] Nanotechnology Law Blog, September 17, 2010 EPA Issues Final SNURs for Carbon Nanotubes by Lynn L. Bergeson
http://nanotech.lawbc.com/2010/09/articles/united-states/federal/epa-issues-final-snurs-for-carbon-nanotubes/
NLB 2010年9月17日 EPA カーボンナノチューブに 最終重要新規利用規則(SNURs)リン L. バーガソン
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/news/100917_NLB_EPA_Final_SNURs_MWCNT_SWCNT.html



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