EPA 2008年1月23日
TSCA ナノスケール物質の
インベントリー・ステータス
一般的アプローチ


情報源:EPA Nanotechnology under the Toxic Substances Control Act
TSCA Inventory Status of Nanoscale Substances - General Approach
January 23, 2008
http://epa.gov/oppt/nano/nmsp-inventorypaper2008.pdf
http://epa.gov/oppt/nano/index.htm

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年1月8日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/epa/epa_080123_TSCA_nano.html


目的

 この文書の中で概説されるアプローチは、有害物質規制法(TSCA)インベントリー(目録)の目的のために、ナノスケール物質が”新規”化学物質であるかどうかについてEPAが現在、どのようにして決定しているのかを記述する。EPAは、規制の状況を明らかにするにあたり、他の権限(例えば連邦殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法(FIFRA))の下では異なるアプローチをとるかもしれない。TSCAの下でこのアプローチを採用するにあたり、EPAは、他のEPAプログラム、他の連邦政府機関、又は他の連邦法規の下で生じるナノテクノロジーの問題がどのように処理されるかについて先例を確立しようとするものではない。

背景

 ナノテクノロジーの急速の進歩とナノスケール物質の米国市場への導入が行われているに当たり、米環境保護庁(EPA)は有害物質規正法(TSCA)の下でこれらの物質がどの程度”新規化学物質”であるかを検討すること、したがって TSCA 第5条(a)の下で報告すべき新規化学物質の対象を検討することが重要となる。TSCAの化学物質の定義に合致する、ナノスケール物質を含む、全ての物質はTSCAの対象となる(原注1)(訳注1)。

 TSCA第8条(b)の下に確立されるTSCA化学物質インベントリーは、米国市場で”既存”であるとみなされる物質からなる。このインベントリーにまだ含まれていない物質はTSCA第3条(9)にしたがって”新規”化学物質とみなされる。もしTSCA第5条(h) の下でその物質が報告を免除されないなら、TSCA 第5条(a)の下で商業目的で製造又は輸入を開始する少なくとも90日前に製造前届出( Premanufacture Notice (PMN))をEPAに提出しなくてはならない。届出は、第8条(a)(2)の(A), (B), (C),(D), (F), (G) 項に記述される情報を含まなくてはならない。製造前届出(PMN)のレビューの後、製造又は輸入の開始届出(NOC)を受け取ると、当該化学物質はインベントリーに加えられ”既存”化学物質となる。商業目的で製造又は輸入されるいある程度のナノスケール物質は新規化学物質となり、したがって他の新規化学物質と同様に、TSCA新規化学物質報告義務の対象となることが予測される。

 しかしEPAは全てのナノスケール物質がTSCAの下で新規化学物質としてみなされるとは予測していない。したがってEPAはナノスケール物質が新規化学物質あのか又は既存化学物質なのかについては、化学物質のインベントリー状態の決定にあたってEPAが歴史的に適用してきた1件ごとの慎重なアプローチに基づき決定するつもりである。

 この文書の原則は規則や規制ではなく、またEPA又は規制される社会に法的に拘束力のある要求を課するものでもないことに留意する必要がある。むしろ、この文書はEPAがTSCAの下で化学物質が新規かどうかを評価するときに歴史的に採用してきたアプローチを公衆に知らせ、さらに化学物質であるナノ物質についてもこのアプローチに従うというEPAの意図を公衆に知らせるものである。関心ある団体は、これらの原則の有効性又は適用可能性について疑問を提起することは自由であり、そのときにはEPAは原則と適用がその状況において適切であるかどうか検討するであろう。化学物質が新規化学物質であるかどうかに関するどのような決定も適用可能な法規と規制の要求に基づいてなされるであろう。

化学物質が新規か既存かの決定

 TSCA第3条(2)(A)は、”化学物質”という用語は、特定の分子的同一性を持った”有機又は無機物質・・・を意味する”(原注2)。したがって、化学物質がTSCA第5条の目的で新規なのか又は既存なのかを決定する時に、EPAはその化学物質がすでにインベントリー上にある物質と同一の分子的同一性を持っているかどうかを決定する。TSCAインベントリー上のどのような化学物質とも一致しない分子的同一性をもった化学物質は新規化学物質であるとみなされる(すなわち、:インベントリー上にない)。インベントリー上にリストされた物質と同じ分子的同一性を持った化学物質は既存化学物質とみなされる。

化学物質の分子的同一性

 一般的に、分子は、化学的特性の全てを保持する物体の最小単位である。二つ又はそれ以上の同じ又は異なる元素から成る分子は化学的結合によって結ばれてれており、主な化学結合のタイプはイオン結合、共有結合、及び金属結合である。

 EPAは、分子的同一性を分子中の原子のタイプと数、化学結合のタイプと数、分子中の原子の結合、分子内の原子の空間的配置のような構造的及び組成的特徴に基づくものとして見ている。EPAは、これらの構造的又は組成的特徴のいずれかが異なる化学物質は異なる分子的同一性を持つ考える。例えば、EPAは、次のような場合にTSCAの目的として化学物質は異なる分子的同一性を持つとみなす。
  • 異なる分子式を持つ、すなわち、同じ原子のタイプであるが異なる原子数、例えばエタン(C2H6)とプロパン(C3H8)、又は原子の数が同じであるが異なる原子のタイプ、例えばブロムメタン(CH3Br)とクロルメタン(CH3Cl)、又は原子のタイプと数の両方が異なるもの。
  • 同じ分子式を持つが異なる原子接続を持つ、すなわち原子のタイプと数は同じであるが構造異性体(例えばノルマルブタンとイソブタン)、又は位置異性体(例えば1-ブタノールと2-ブタノール)。
  • 同じ分子式と原子結合であるが原子の異なる空間配置、例えば原子の同じタイプ、数、接続を持つが異性体(例えば、(Z)-2-ブテンと(E)-2-ブテン)。
  • 同じ原子のタイプであるが異なる結晶格子、すなわち結晶を構成する原子の異なる空間的配置、例えば、二酸化チタンのアナターゼ(正方晶系)とブルッカイト(斜方晶系)形状。
  • 同一元素の異なる同素体、例えばグラファイト(六角形のシート上に配置され、任意のシートの平面中で各原子が他の3つの原子に結合している炭素原子)とダイヤモンド(四面体格子に配置された炭素原子で各原子は他の4つの原子に結合)。
  • 同一元素であるが異なる同位体
 分子は自身で、付随する物理的特性を持った様々なタイプ、形状、及びサイズの粒子又は他の物理的形態に配置又は凝集することができる。EPAはこれらの粒子又は物理的形態自身が異なる分子的同一性を持つ異なる分子であるとはみなさず、むしろそれらは分子間の化学的結合のない、同じ分子的同一性を持つ分子の凝集体であるとみなす。したがって、EPAは、粒子や様々な物理的形態への分子の単なる凝集体を、TSCAの目的のためには異なる分子的同一性を持った異なる化学物質であるとはみなしていない。

 TSCAにとって基本的なことは、TSCAインベントリーにリストするために可能な限り正確に化学物質を特定するということである。クラス1物質は明確な化学的構造と特定の分子式によって表現できるものである。クラス2物質は UVCB 物質 (Unknown or Variable Composition, Complex reaction Products, and Biological Materials:組成不明もしくは可変物質,複雑な反応生成物,生物物質) であり、唯一の化学的構造や、ほとんどの場合、唯一の分子式によって表現することができない極めて広い範囲の化学物質である。しかし、それらは、様々な構造(例えばヘプタン)を示す部分的に不明確な名称、又は複雑又はよく定義されていない組成(例えばトール油脂肪酸)の記述や一連の成分特性(例えばC15-18 alpha.-alkenes)を含む名称を用いて記述することができる。UVCB 物質名称もまた補足的な定義を含んでいる(例えばペンテン、”ペンテンのヒドロホルミル化によって生成される生成物の複雑な組み合わせ”という補足的定義を持ったヒドロホルミル化生成物。それはC5 オレフィンとパラフィン、C6 アルコールとアルデヒド、及びC18 アセタールを含み、約45℃〜290℃の範囲で沸騰させる・・・)。このように不明確で、多様な、又は複雑な構造、説明的な組成、又は一連の組成的特性が異なるクラス2物質は、TSCAの目的のためには異なる分子的同一性を持つ異なる化学物質であるとみなされる。

 EPAは一般的に、物理的凝集体のような分子以上の物体単位をTSCAインベントリーに報告可能であるとはみなしていないので、EPAは、同じ分子的同一性を持つとして知られる二つの物質をインベントリー目的で区別するために粒子サイズを用いていない。従来の化学の原則の下では、そのような物質のこれらの異なる形態は異なる化学物質とはみなしていなかった。しかし、化学物質が製造され、加工され、使用され、又は廃棄される時の形態は、物質のリスクを評価し、TSCAの下で何らかの形で扱うべきかどうか考慮する時に、ある役割を果たすかもしれない。

ナノスケール物質のTSCAインベントリー決定

 上述のとおりEPAは歴史的に、TSCAインベントリーの目的として同じ分子的同一性を持つことが知られる物質を区別するために分子サイズを用いてこなかった。ナノスケール物質が新規化学物質か既存化学物質か決定するときに、EPAは、粒子サイズのような物理的特性に着目するよりも、分子的同一性に基づく現状のインベントリー・アプローチを適用し続けるつもりである。

新規化学物質

 TSCAインベントリー上のどのような物質とも同一ではない分子的同一性を持った化学物質は新規化学物質(すなわちインベントリー上にない)であるとみなされる。ナノスケール物質は、同じ分子的同一性をもった非ナノスケール物質を持たないかもしれない(例えばナノチューブ、カーボン・フラーレン)、又は、ある物質はナノスケールと非ナノスケールの両方の形態で存在するるかもしれないが、もしその物質が今までにEPAに報告されておらず、インベントリー上にどちらの形態もリストされていないのであれば、それは新規化学物質としてみなされる。

 このタイプの物質は、それがナノスケール形態で又は非ナノスケール形態で製造され輸入されるかどうかにかかわらず、製造前届出(PMN)報告要求の対象となる。製造又は輸入を開始しその物質がインベントリーに加えられると、その登録はナノスケール及び非ナノスケール形態の物質の両方を包含するとみなされる。したがって、その後に製造又は輸入される物質の形態は、同じ分子的同一性を持つならナノスケールか非ナノスケールかに関係なく、既存化学物質とみなされるであろう。

 体系的な化学物質命名法は、新規化学物質として特定される全てのナノスケール物質に対して存在しないかもしれない。これらの場合、EPAはTSCAインベントリーの目的のために、これらの新規化学物質を完全に、一義的に、明確に、そして一貫性を持って特定し命名するための命名法を適用する必要があるように見える。既存の命名法のように、EPAは、これらの新奇な物質をリストするインベントリーのために開発される新たな命名法は、その一義的な分子的同一性を記述し区別するために必要なデータを含むが、これらの新奇物質の異なる物理的形態(例えば粒子サイズ)は記述しないことを期待する。暫定的に、 いったん命名法が開発されたなら、これらの物質に命名される名称とそれらのインベントリー状況が変わるかもしれないということを認識しつつ、EPAは暫定的にこれらの物質をインベントリー上にリストするために最良の方法で新規化学物質(ナノ形態で存在する新規物質を含む)を記述するつもりである。必要に応じてEPAは、インベントリー上にリストするためにこれらの新規化学物質を特定し命名するために届出者及びEPAが用いることができる分子的同一性データ要素に関する指針を用意する。

既存化学物質

 この文書に概説されたアプローチの下に、インベントリーにリストされている物質と同じ分子的同一性を持つナノスケール物質(ナノスケール形態で製造又は加工されているとしてEPAに報告されているかどうかに関係なく)は既存化学物質であるとみなされる。すなわち、ナノスケール及び非ナノスケール形態は、同じ分子的同一性を持っているので同一の化学物質であるとみなされる。

 ナノスケール物質のこのグループが既存化学物質であると考えるEPAの根拠は、TSCAの”化学物質”の定義に基づいている。インベントリー上にリストされている非ナノスケール物質と同じ分子的同一性を持つナノスケール物質は、粒子サイズが異なり、したがって粒子サイズの違いに由来するある物理的及び/又は化学的特性が異なるかも知れないが、この二つの形態は同じ化学的同一性を持つのだから、EPAはこれらは同じ化学物質であると考える。

 この場合インベントリーにリストされているものは、その物質のナノスケール及び非ナノスケールの両方の形態を代表しているとみなされ、粒子サイズ及び/又は粒子サイズの違いに由来する物理的/化学的特性だけが異なる同じ分子的同一性を持つ二つの形態を区別するものではない。

製造者と輸入者の支援

 ナノスケール物質の製造者又は輸入者が、彼らの物質が新規化学物質なのか既存化学物質なのか、したがって、それらが製造前届出(PMN)報告要求の対象になるのかどうか判断するために、EPAは届出前相談をするために、又は40CFR 720.25(訳注2)の製造の善意の意図(bona fide intent)の下にインベントリー調査の要求を提出するために新規化学物質プログラム(New Chemicals Program )に問い合わせることを推奨する。

 EPAは、あるナノスケール物質がインベントリーにリストされている物質と同一の分子的同一性を持っているかどうかをいつでも判断できるわけではないので、EPAは、既存のインベントリー登録にカバーされる既存化学物質なのか、または製造前届出(PMN )の対象となる新規化学物質なのか決定するために、ナノスケール物質に関するあるデータを要求するかも知れない。

原注1
 あるカテゴリーの化学物質はTSCA対象ではない。例えば、食品と食品添加物、農薬、薬品、化粧品、タバコ、核物質、軍需品などである。

原注2
 第3条(2)(A)の文章は、”用語’化学物質’は(i)化学反応の結果として生じる物質の全体又は部分及び自然界で生じる物質の化合物、及び(ii) 全ての元素と遊離ラジカル”を含む、特定の分子的同一性を持つどのような有機又は無機の物質をも意味する。


訳注1:TSCA第5条 製造前届出(PMN) 訳注2:CFR(連邦規則集)
訳注:関連情報


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