オランダ国立公衆健康環境研究所(RIVM)2012年報告書
ナノ物質の定義に関する
欧州委員会勧告の解釈と意味合い(サマリー)


情報源:RIVM Letter Report 601358001/2012
The National Institute of Public Health and the Environment (RIVM) of the Netherlands
Interpretation and implications of the European Commission Recommendation on the definition of nanomaterial
http://www.rivm.nl/dsresource?objectid=rivmp:181801&type=org&disposition=inline

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2012年7月11日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/RIVM/120629_RIVM_EC_nano_def.html

サマリー

 ナノ科学とナノ技術における急速な発展はナノ物質を含む又は使用する応用及び製品の数の増大をもたらした。このことは、これらの物質のあるものは、労働者、消費者、又は環境が曝露することにより新たなリスクをもたらすかもしれないという懸念を提起している。ナノ物質のこれらの潜在的なリスクは現在の法律では十分に管理できないかもしれない。

 法律の適応が適切な場合には、ナノ物質と他の物質を区別するために明確な定義が必要であることを欧州議会は認めている。このことへの対応として欧州委員会は、主に具体的な法的規定が必要かもしれない物質を特定するための明確で正確な基準を規定するために”ナノ物質の定義に関する勧告”を公表した(訳注1)。この定義はまた、法的な枠組みにおける”ナノ物質”という用語の解釈に一貫性を持たせることも目的としている。

 オランダ省庁は国立公衆健康環境研究所(RIVM)に科学的観点から勧告の意味と影響を解釈し、法律での使用の影響を検討するよう求めた。この報告書は、国家及び国際的な法的枠組みの中でのこの勧告された定義の使用とさらなる実施に関する政策策定者と利害関係者による議論のベースを提供するものである。

欧州委員会の勧告

 ”ナノ物質”は、非束縛状態(unbound)、又はアグリゲート(aggregate)又はアグロメレート(agglomerate)の状態であり、サイズ数分布が50%以上であるような粒子については、1 又はそれ以上の次元の外部寸法が1nmから100nmの範囲にある、天然、非意図的、又は工業的に製造された物質を意味する。

 特別の場合には、そして環境、健康、安全、又は競争力に関する懸念について正当化される場合には、50%というサイズ数分布閾値は、1%から50%の間の閾値によって置き換えてもよい。

 さらに、体積による比表面積が60 m2/cm3より大きい物質はこの定義に入る。

 勧告はまた、、”粒子(particle)”、”アグロメレート(agglomerate)”及び”アグリゲート(aggregate)”の定義を含む(訳注2:環境省の定義(参考))。定義の見直しは、50%制限の適切性に焦点を当てつつ、2014年12月までに行なわれること予測されている。

 欧州委員会はある特定のサイズ範囲にある物質を特定することだけを目的としており、ナノ物質を本質的に有害であるとして分類することを目的としていない。欧州委員会の定義は背景情報とともに第2章に示されており、勧告された定義の主要素は第3章の科学的見解で議論されている。

 勧告は、”’ナノ物質’は天然、非意図的、又は工業的に製造された物質・・・”と述べている。RIVM は、必要なら、適切な法律中で、天然、非意図的、又は工業的に製造された物質の区別がなされることに同意する。

粒子サイズ分布

 RIVMは、欧州委員会が科学的議論なしにサイズの範囲を1〜100nmという閾値に限定したということを認める。しかし科学的証拠があれば選択された閾値の意味合いをよりよく理解するのに役立つであろう。定義の中でサイズ分布を含めたことは、ある物質の個々の粒子のサイズは異なるということを認めることである。RIVM も、ナノ物質定義の中におけるサイズ分布数についての欧州委員会の選択を認める。このことは、粒子からなるある物質は、その中のある粒子だけが1〜100nmの範囲に入れば、ナノ物質として定義され得ることを暗示している。50%とという粒子数閾値の選択は科学的根拠はないが、その閾値はサイズ分布の詳細を知らなくても中央値(median)によって決定することができるという長所がある。しかし、この50%という閾値サイズ分布に関する関連情報を不明確にするかもしれない。さらに、この閾値からの偏差を許すことは、50%閾値からの偏差の妥当性は何かという疑問を提起する。

 さらに、アグリゲート(aggregate)の定義はナノ物質定義の誤った定義に導くかもしれない(3.3章を見よ)。したがって、アグリゲート(aggregate)の定義は、明確な解釈を確実にするために、再考されるか、さらなるガイダンスが提供されることが推奨される。

 ナノ物質の定義は、潜在的な環境、健康、及び安全に関わるリスクについての評価に対応するために法的枠組みの中で使用することが意図されている。欧州委員会は、ナノ物質は本質的に有害であるということではないと明示的に述べている。逆に言うと、この定義によりカバーされない物質はサイズに関連する有害性、例えば、100nmより大きな粒子サイズの特定の物質中で異なる(有害)特性を示すかもしれない。ナノ物質であるとみなされない物質の潜在的な有害性は適切な法的枠組みの中で評価される必要がある。

 さらに、この定義はナノ物質の使用又は曝露に関連がない。したがって、たとえ100nmより小さな物質への曝露が無視できないものであっても、ほとんどの粒子が100nmより大きな物質はナノ物質として分類されない。ある閾値がナノ物質のために定義される必要がある。選択された閾値にかかわらず、ナノサイズに関連するリスクは常に存在し、したがって、そのようなリスクに対するより良い洞察力が安全な使用を確実にするために求められる。

測定技術

 ナノ物質の定義の現実的な適用と適切なリスク評価のために、粒子数に基づくサイズ分布の測定技術がさらに開発され、明確なガイダンスが提供される必要がある。現時点では、ナノ物質の測定のために最も適切な方法は、ナノ物質のタイプと、例えば液体又は空気の様なナノ物質が存在するマトリクスに依存する。さらに、幾何学的、流体力学的、空気力学的な次元のような、異なる次元を決定するために利用可能であるが、しかし多くの手法はアグロメレート/アグリゲートと単一粒子とを区別しない。したがって少なくとも二つの測定技術が用いられること、それらのひとつは電子顕微鏡であるべきことが推奨される。最後に、ナノ物質の測定はナノ物質のライフサイクルの間に生じ得る変化によってさらに複雑となる。

法律にとっての意味合い

 法律にとっての勧告された定義の意味合いは、特に殺生物剤(訳注3)、植物防疫用薬剤、化粧品、食品、医療品、医療機器、REACH( Registration, Evaluation, Authorisation and registration of Chemicals)(訳注4)、(Classification, Labelling and Packaging)、そして労働安全衛生について、第4章に示されている。

 特定の法律に加えて、多くの一般的な問題に目が向けられる。ナノ物質は職場、消費者及び/又は環境曝露により新たなリスクがもたらされるかもしれないので懸念が生じる。したがって、粒子サイズ分布の適切な測定技術の必要性とともに、他のもっと具体的な情報がハザード評価のために求められるかもしれない。そのような要求は、ナノ物質の運命と作用に影響を及ぼしつつ、それらを他のナノ物質とは異なる挙動をさせる”ナノ特有”の特性に関連している。 これは、可能性ある追加的影響を含んで、”ナノ特有”の特性とこれらの特性を測定するための手法の開発を含む。

 ナノ物質のリスク評価は、表面処理による、特に他の物質のナノ層が施されている時、さらに複雑となる。定義の中にこの点を含めないことは合理的であるように見えるが、ある法律、例えばREACHの中でコーティングは物質の一部か、調合か、混合物か、又は製品かについての決定を複雑にする。したがって、表面処理が物質を定義する程度が検討される必要がある。

 いくつかの法的枠組み、例えば、化粧品、殺生物剤、及び新規食品に関する規則などが、ナノ物質を明示的に含めるために更新された、あるいは更新されつつある。ナノ物質はまた、他の法的枠組み(例えばREACH、医療機器)の中でも議論されているが、法律が適用されるであろう程度はまだ明確ではない。勧告された定義はこれらの審議に貢献するかもしれない。

結論

 最後に、勧告は関連する側面を含んでいるが、その定義が一貫性をもって解釈されることを確実にするためにさらなるガイダンスが必要であることが結論付けられる。定義は、ナノ物質という用語の解釈に関して法的枠組みの間で一貫性を促進するために重要である。つぎの段階は、この定義をこれらの法的枠組みに組み入れることである。これは、”ナノ特有”の特性とナノ物質の運命、動態、影響に対する更なる見識に貢献するであろう”ナノ特有”のデータの収集をもたらすであろう。そのような見識は、ナノ物質のリスク評価とリスク管理のための具体的な必要性に焦点を合わせることに役立つことができる。


訳注1
欧州委員会2011年10月18日 ナノ物質の定義に関する勧告

訳注2:アグリゲート及びアグロメレート
出典:工業用ナノ材料に関する環境影響防止ガイドライン/環境省
http://www.env.go.jp/chemi/nanomaterial/eibs-conf/guideline_0903.pdf
  • アグリゲート(aggregate):強く結合した又は溶融した粒子からなるもので、その表面積が個々の構成物の表面積の合計よりもかなり小さな粒子(共有結合や焼結、複雑な物理的絡み合い等の強い力)
  • アグロメレート(agglomerate):粒子及びアグリゲートあるいは両者が弱く集合したもので、その表面積が個々の構成物の表面積の合計とほぼ同じもの(ファンデルワールス力やそれと同様の単純な物理的絡み合いなどの弱い力)
訳注3:殺生物剤関連
Nano and Other Emerging Technologies Blog 2012年5月17日 欧州連合理事会 ナノマテリアル対応の新・殺生物剤規則(BPR)を承認

訳注4:REACH関連
訳注:ECの定義に関する議論

■EU関連機関の情報/意見
■ステークホールダーの意見


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