2012年2月6日
ナノ物質の規制 REACHのすぐ外で
REACHはどのようにナノ物質の規制に失敗しようとしており
どのように改善することができるか
弁護士 デービッド・アゾレイ
国際環境法センター(CIEL)/スイス事務所
情報源:Center for International Environmental Law (CIEL) , February 6, 2012
Just Out of REACH
How REACH Is Failing to Regulate Nanomaterials and How it Can Be Fixed
David Azoulay, Managing Attorney, Geneva Office, Switzerland
The Center for International Environmental Law (CIEL)
http://www.ciel.org/Publications/Nano_Reach_Study_Feb2012.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
Translated by Takeshi Yasuma (Citizens Against Chemicals Pollution (CACP))

掲載日:2012年2月20日
更新日:2012年3月31日 (全訳完了)
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/CIEL/CIEL_120206_Just_Out_of_REACH.html


内 容


 エグゼクティブ・サマリー
 頭文字と略語
 第1章 はじめに (12/02/25)
 第2章 ナノ物質に関連する主要な登録条項 (12/02/25)
 第3章 REACH条項をナノ物質に適用すること (12/03/06)
  3.1 ナノ物質を同定すること (12/03/06)
  3.2 ”段階的導入”状態とその結果としてのナノ物質の登録期限 (12/03/06)
  3.3 重量閾値 (12/03/06)
  3.4 リスク評価条項の妥当性 (12/03/09)
  3.5 サマリー:REACH内のナノに関する4つのギャップ (12/03/09)
 第4章 ナノ・ギャップへの対応:物質同定の限界 (12/03/26)
  4.1 ”よく定義された物質”としてのナノ物質 (12/03/26)
   4.1.1 バルク化学物質に由来するナノ物質 (12/03/26)
   4.1.2 バルク物質に対応しないナノ物質 (12/03/26)
  4.2 ”定義された化学的成分と追加的識別子”としてのナノ物質 (12/03/26)
 第5章 政策提言 (12/03/31)
  オプション1:REACHの本文、付属書、技術指針の修正 (12/03/31)
  オプション2:自立型規則の開発 (12/03/31)
 第6章 結論 (12/03/31)


エグゼクティブ・サマリー


 ナノ物質の規制面に関する欧州委員会のコミュニケーションが発表されて3年以上経過したが、ナノ物質を管理するために既存の欧州連合の法令の実際的な有効性に関しては多くの疑問が残っている。化学物質に関する主要なEU規則であるREACHは、ナノ物質の健康、安全、環境リスクに対応するための規制の要(かなめ)であると考えられている。特に、REACHの登録はナノ物質に関して問題がある知識のギャップを埋めるための理想的なツールであると言われている。しかし、最初の登録段階で収集された限定された情報は、REACHはナノ物質については期待に応えていないことを示している。

 この研究は、REACHの登録規定がナノ物質の特殊性に対応することができない4つの領域を特定する。

1.ナノ物質を同定すること

 REACHは現在、ナノ物質を定義しておらず、当該物質がナノ物質であるかどうかの最終決定を登録者に委ねている。その結果、当該物質をナノ物質として同定するための最終決定は登録者自身の基準に従い登録者によってなされている。REACHの実施において混乱をきたすことに加えて、この状況は市場にあるナノ物質に関する情報を収集し、必要なら適切なリスク管理措置を定義し、実施するための主要な規制ツールとしてREACHを使用する努力を著しく損なうように見える。

  最初の登録段階で収集された限定された情報は、REACHはナノ物質については期待に応えていないことを示している。

2.”既存”のナノ物質

 REACHは、新規物質と既存物質を区別する。すなわち、REACHが発効する前にすでに市場に存在していた既存物質(いわゆる段階的導入物質)と新規物質(いわゆる非段階的導入物質)である。REACHが現在実施されているように、もしある物質がバルク形状で既存物質であると考えられるなら、それと同じ化学的組成からなるナノ物質はそれが新しいものであっても、自動的にバルク形状の既存物質としての恩恵を受ける。その結果として、バルク形状の既存物質に由来する、又は同じ化学的成分を持つナノ物質について、ひとつの登録において年間製造又は輸入量が100トン未満なら、2013年までに登録される必要はなく、2018年までに登録されればよい。これは、ナノ物質を取り巻く知識のギャップを先延ばしすることになる。現在、市場にあるほとんどのナノ物質は既存物質の恩恵を受ける’親物質’に由来するので、REACHの下における”ノーデータ・ノーマーケット原則”と矛盾して、登録期限を遅らせることができる。

3.重量閾値とナノ物質

 REACHにおいては、物質がどのように扱われるかを決定する上で製造量が重要な役割を果たす。大づかみに言えば、量が増えれば、要求されるデータが増え、早い登録期日が求められる。REACH登録要求は、年間、製造者又は輸入業者当り1トン以上の製造量の物質だけに適用される。ナノ物質は通常もっと少量の製造量なので、この重量閾値はナノ物質については非常に不適切である。さらに、まれにナノ物質が登録者の閾値である年間1トン以上製造されたとしても、これらのナノ物質のほとんどは、既存物質としての恩恵を受けるであろう。その結果、登録書類に求められる情報は物質の物理化学的特性に限定され、既存物質でなければ求められる毒性学的及び生態毒性学的情報は除外される。また、現在は”非常に高い懸念のある”物質だけに求められる曝露情報も登録書類として求められない。同様な懸念が下流側のサプライチェーンでの情報入手について生じる。

4.リスク評価条件

 新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)及び独立系研究者によれば、上記で議論された制限にもかかわらず、REACHの文脈の中でナノ物質に関して利用できるリスク評価情報は、ナノ物質であるがための、特別のハザードと曝露経路を考慮していないテスト指針に基づくことなる。さらに、もしバルク物質が非ハザードとして特性化される場合、このことはナノ物質が由来する大部分の物質について当てはまるはずであるが、この分類は、ナノ形状特有の影響に関するデータ生成の追加を要求することなしに、この物質のナノ形状のものにも適用されるであろう。したがって、ナノ物質は、その特性を評価するさらなる要求なしに市場に出されて全ライフサイクルを過ごすことになる。このような制約があるので、現状のREACHでは、政策決定者はナノ物質のリスク管理を行なうことができない。

 いくつかのナノ物質に関するREACH実施プロジェクト(RIPoN 1, 2, 3)は、REACHの本文を修正することなく、これらの懸念に対応するよう設計された。特にRIPoN 1 は、ナノ物質に対する REACH 実施を明確にするために、物質同定規則(技術指針文書(TGD)に定義されている)を修正することを目的としている。この専門家グループは二つのオプションを提案した。 1) ”よく定義された物質”として、又は 2) 化学的成分の定義された物質及び追加的な識別子としてナノ物質に対応すること。

 これらのオプションは、限定された範囲で状況を改善するかもしれないが、上記で特定されたほとんどの問題はそのまま残るであろう。特に、重量範囲規則及び従来のハザード及び曝露テスト指針の不適切性に関連する問題はそのままである。さらに、物質同定規則は拘束力がないので、これらの規則を修正することによりナノ物質のギャップに対応する試みは実施における混乱を生じさせ、ナノ物質の主要な規制ツールとしてREACHを使用する努力を阻害することになる。もし、REACHがナノ物質の規制の要として機能させるということなら、規制の枠組みのもっと大きな変更が必要である。

 この研究は、ナノ物質に対応させるために、REACHを変更するための二つのオプションを提起している。

オプション1:REACHの本文、付属書、技術指針文書を修正すること

 REACHの登録プロセスで同定されたナノ物質についての規制のギャップに対応するために、少なくとも次のことが必要である。
  • REACH本文にナノ物質の定義を含めること。多分、第3条の一般的な”物質”定義の次がよい。
  • 第3条 (20)に、ナノ物質は既存物質(段階的導入物質)とみなされないことを明記すること。
  • 第7条 (4) bis として”ナノ物質”の定義の範囲内で具体的な(そして十分に低い)重量閾値を導入すること。この修正は、第8条の対応する修正が必要となるであろう。
  • ”人間の健康と環境の高いレベルの保護”に達するために、登録書類には化学物質安全評価を必ず含めることを求めるよう第14条 (1) を修正すること。
  • 付属書VI〜X 及び技術指針の修正を通じて具体的なナノ物質条項を含めるためにテストとリスク評価規定と指針を更新すること。
 これらの提案は、REACHにおける登録プロセスがナノ物質に関する必要な情報を生成することを確実にするために大いに役に立つであろう。他のREACH条項、付属書及び指針の追加的な修正は、評価、認可、及び制限を含むREACHの他の重要な要素の欠点に対応するために必要となるであろう。

オプション2:自立型の規則を開発すること

 REACHそのものを修正する代わりに、ナノ物質に対応するための可能性ある代替は、REACHツールと条項がどのようにナノ物質に適用されるべきかを指定する自立型の規則を開発することである。この規則は、ナノ物質の管理のための一般的な原則をリストし、全ての用語はREACHの中での定義と一貫性を持たせ、欧州委員会の提案を用いてナノ物質を定義することができる。他の条項は、特に、登録期限とともに、登録について10キログラムという製造/輸入閾値を確立することである。この自立型規則は、ナノ物質の特別な特性にREACHを適合させる単純でもっと優雅な解決をもたらす”ナノ・パッチ(nano patch)”として機能するであろう。単純な修正手順を示す柔軟性のある文書を作ることにより、REACHに更なる複雑さを加えることなく、今後のナノ物質の理解の進展に適合することが可能になるであろう。

  REACHそのものを修正する代わりに、ナノ物質に対応するための可能性ある代替は、REACHツールと条項がどのようにナノ物質に適用されるべきかを指定する自立型の規則を開発することである。


頭文字及び略語

CA Competent Authority (当局)
CAS Chemical Abstracts Service
DG Directorate General (総局)
ECHA European Chemicals Agency (欧州化学物質庁)
EEB European Environmental Bureau (欧州環境事務局)
EINECS European Inventory of Existing Commercial Chemical Substances
(欧州既存商業化学物質目録)
ESR Existing Substances Regulation (既存物質規則)
EU European Union (欧州連合)
IUPAC International Union of Pure and Applied Chemistry
国際純正・応用化学連合
JRC Joint Research Centre (European Commission)
(共同研究センター(欧州委員会))
NONS Notification of New Substances Regulation
(新規化学物質の届出規則(旧規制))
PBT Persistent, Bioaccumulative, and Toxic substance
(残留性・生物蓄積性・有毒性物質)
RCEP UK Royal Commission on Environmental Pollution
(英国王立環境汚染防止委員会)
REACH Registration, Evaluation, Authorization, and Restriction of Chemicals
(化学物質の登録、評価、 認可及び制限に関する規則)
RIP‐oN REACH Implementation Projects on Nanomaterials
(REACH ナノ物質に関する実施プロジェクト)
RIVM Dutch National Institute for Public Health and the Environment
(オランダ公衆衛生・環境国立研究所)
SCENIHR Scientific Committee on Emerging and Newly Identified Health Risks
(新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会)
SRU Sachverstandigenrat fur Umweltfragen

(German Advisory Council on the Environment)
(ドイツ環境問題専門家委員会)
TGD Technical Guidance Document
(技術指針文書)
vPvB very Persistent and very Bioaccumulative
(高残留性、高生体蓄積性物質)


第1章 はじめに

 ナノ物質の規制的側面に関する欧州委員会のコミュニケーション[1]が出て3年以上経過したが、欧州連合においてナノ物質に適用可能な規制条項に関連する疑問は数え切れない。製品やサービスの改善から、より良い標的医療や天然資源の物理的特性の強化まで、ナノ物質は新たな相互作用、社会的動態の再形成や移行に向けて道を切り開くことが期待されている[2]。しかし、ナノ物質が人の健康と環境に有害な影響を及ぼす可能性がある中でナノ応用の急速な成長は、現在の規制の関心事の最前線にある安全の問題を提起している[3]。

 ”化学物質規則、特にREACH[4]は、ナノ物質に関連する健康、安全、環境のリスクに対応するための基本であるとみなされている。・・・”[5]。しかし、加盟国[6]、欧州議会[7]、消費者団体[8]、労働組合[9]、環境団体[10]を含む多くの関連組織は、ナノ物質が他の化学物質と同じ情報要求と保護の対象となることを確実にするために、REACH条項を修正して適合させることを強調している。

 この研究の目的は、’ノーデータ・ノーマーケット’原則を支持するREACHの規制条項の下にナノ物質がどのように扱われているかを詳細に調べ、必要な変更を提案することである。登録は、化学物質の安全性が判定される基本的な情報を生成するので、REACH の機能にとって非常に重要である。もし、ナノ物質の登録が回避されるなら、あるいは、もしそれらの有害影響か過小評価されるなら、評価、認可、制限というREACHの残りの条項は弱められるであろう。ナノ物質がこれら登録以外の条項の下にどのように扱われるかについては、この分析の範囲を超えている。  REACH は、個々の物質に関する適切な情報が必要に応じてリスク管理措置を特定し実施するための基礎を提供するという基本的な理解に基づいている。

  もし、ナノ物質の登録が回避されるなら、あるいは、もしそれらの有害影響か過小評価されるなら、評価、認可、制限というREACHの残りの条項は弱められるであろう。

 ナノ物質についての適切で、包括的な情報がないということが、ナノ物質に関連する規制条項を特定し実施する時に、またREACHメカニズムの全範囲を活用するために、規制当局が直面する主要な問題である。REACHの下における登録[11]は、最も適切な規制条項の適用を可能にするために、EU の市場に出される全ての物質に関する本質的なデータの提出を要求して、この種の知識のギャップをまさに改善するために設計されている。したがってナノ物質にとってREACH登録条項の実施を成功させることは重要である。

 しかし、最初の登録ラウンド(訳注:2010年11月30日期限)から得られた経験は、ナノ物質の登録は非常に限られていたということであり、既存の知識のギャップを埋めるために役立っていないことを明確に示唆している。

 したがってこの研究は、ナノ物質が適切に登録されること及び、登録段階でREACHの枠組みの中に組み込まれているリスク管理ツールをさらに進んで実施するために必要な情報が提供されることを確実にするために必要とされるREACHの適応に焦点をあてることにする。ナノ物質の登録に関連するREACH条項の概要を述べた後、この研究はナノ物質の登録の成功を阻害する障害と法的な欠陥を特定し、これらの欠陥に対応する物質同定規則の可能性ある役割を見直し、存在するギャップを埋めるための政策オプションを提案する。


原注

[1] European Commission, Communication from the Commission to the European Parliament, the Council and the European Economic and Social Council Committee on the Regulatory Aspects of Nanomaterials. Sec (2008) 2036, 17 June 2008, available at
http://ec.europa.eu/nanotechnology/pdf/comm_2008_0366_en.pdf
(hereinafter“Commission Nanomaterials Regulation Review 2008”).
[2] European Environmental Bureau, EEB position paper on nanotechnologies and nanomaterials, Small scale, big promises, divisive messages, February 2009, at 1.
[3] Scientific Committee for Emerging and Newly‐Identified Health Risks, Opinion on the appropriateness of the risk assessment methodology in accordance with the Technical Guidance Documents for new and existing substances for assessing the risks of nanomaterials, Brussels: European Commission Health & Consumer Protection Directorate‐General, 28 (June 2007), available at
http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_scenihr/docs/scenihr_o_010.pdf
(hereinafter “SCENIHR 2007”)
[4] Regulation of the European Parliament & Council No. 1907/2006, Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals Regulation, 2007 O.J. (L 136) 3, 18 (hereinafter "REACH").
[5] Commission staff working document accompanying document to the Communication from the Commission to the European Parliament, the Council and the European Economic and social Council Committee on the regulatory aspects of nanomaterials. Com (2008) 366 final, 17 June 2008, available at
http://ec.europa.eu/nanotechnology/pdf/com_regulatory_aspect_nanomaterials_2008_en.pdf.
[6] See e.g., the NL CA reaction on document Caracal/58/2011, Brussels, 20 July 2011 on Rip‐oN1; the FR CA comments on document Caracal/58/2011 and question from the Commission on the way forward concerning the JRC final report on RIP‐oN1, 1 September 2011;
[7] European Parliament, Resolution of 24 April 2009 on Regulatory Aspects of Nanomaterials, (2008/2208(INI)), P6_TA (2009)0328 (hereinafter “EU Parliament 2009 Resolution”).
[8] See The European Consumers' Organization (BEUC), The European Association for the Co‐ordination of Consumer Representation in Standardization (ANEC), Nanotechnology: Small is beautiful but is it safe?, ANEC & BEUC leaflet on nanotechnology and nanomaterials, November 2009, available at
http://www.anec.eu/attachments/Nanotechnology%20Small%20is%20beautiful%20but%20is%20it
%20safe%20%20ANEC%20%20BEUC%20leaflet%20on%20nanotechnology%20and%20nanomaterials.pdf
, at 6.
[9] See the European Trade Union Confederation (ETUC), ETUC 2nd Resolution on nanotechnologies and nanomaterials, Adopted at the Executive Committee on 1‐2 December 2010, available at
http://www.etuc.org/IMG/pdf/13-GB_final_nanotechnologies_and_nanomaterial.pdf, at 4, 5.
[10] See the European Environmental Bureau, EEB position paper on nanotechnologies and nanomaterials, small scale, big promises, divisive messages, February 2009, available at
http://www.eeb.org/EEB/?LinkServID=5403FF15-9988-45A3-0E327CBA2AFD88BA, at 7, 9‐10.
[11] REACH, Title II, Arts 5‐ 24.


第2章 ナノ物質に関連する主要な登録条項

 REACHの登録条項は、”ノーデータ・ノーマーケット”原則に基づいている。これらの条項は、製造者と輸入者に対しEU内の市場に物質を出すために物質に関する最小限の情報一式を提出することを求める[12]。ナノ物質を登録するためのこの一般的な義務は、年間1トン以上を製造又は輸入する業者にのみ適用される[13]。他に規定がなければ、1トンの閾値を越えてEU内で製造される又は輸入される物質について、(又は成形品の通常の使用時に放出が意図される成形品内の物質について)、その登録一式文書が欧州化学物質庁(ECHA)に提出されなくてはならない[14]。

 この規則の下では、登録者がこの規則のデータ生成要求とテスト要求を順守する責任がある。登録期限と情報要求は有害特性と製造量又は輸入量により変化する。4つの取り扱い重量範囲が規制の閾値として定められている(1〜10 トン、10〜100 トン、 100〜1,000 トン、及び 1,000 トン以上)。情報要求は取り扱い重量範囲が大きくなるに従い、漸次厳しくなる。このようなアプローチの論理的背景は、取り扱い重量が大きければ曝露も高くなるという仮定であり、その物質により及ぼされるリスクが高くなるということである。ナノ物質の出現はこの仮定に対する問題提起であるかも知れない。

 さらにREACHは、すでに市場に出ている数万の化学物質と上市前の承認が必要な新規化学物質とを区別している。目録にある既存化学物質の登録は、3段階にずらして行なわれ、その期限はそれぞれ2010年、2013年、及び2018年である。これらの”段階的導入物質”は、REACH発効前から欧州既存商業化学物質目録(EINECS)にリストされている化学物質を含む。段階的導入物質は、それらの取り扱い量にかかわりなく、2008年12月1日までに予備登録を済ませていれば、取り扱い量に基づき、上記3段階の期限まで登録を遅らせる恩恵を受ける[15]。予備登録は、化学物質の製造者と輸入者に対し、EINECS番号(もし該当するなら)、取り扱い重量範囲、その他CAS番号やIUPAC名のような適用可能な識別子を含んで、物質の同定に関する情報をECHAに提出して、”段階的導入”状態の資格を得ることを求めるものであった。

 REACHの第10条にある登録のための全要求は、製造者及び輸入者に技術書類一式を提出することを求めている。これらの要求は、それぞれの物質に関する最小限の登録書類を収集することを意味する[17]。例えば、取り扱い重量範囲が10トン以上の場合は、それぞれの物質の固有の特性、用途、及び曝露に基づく包括的かつ詳細なデータを用いて、詳細な化学物質安全性評価(CSA)[18]をさらに求める[19]。意義深いことには、CSA要求は基本的なハザード特性(例えば、物理化学的、環境的、残留性、生体蓄積性、及び有毒性)の評価、さらに指示があれば、曝露評価とリスク特性化を求める[20]。


原注

[12] REACH, Art 5, Art 6.
[13] REACH, Art 6, with the exception of Substances of Very High Concern.
[14] REACH, Art 7. Although for substances in articles meeting the criteria in Art 57 and identified in accordance with Art 59(1), a producer or importer must notify the Agency in accordance with Art 7(4) if the substance is presenting those articles in quantities totaling over 1 tonne per producer/importer per year, and the substance is present in, those articles above a concentration of 0,1% w/w.
[15] REACH, Art 3(20).
[16] An EINECS number was assigned to each chemical substance under the European Inventory of Existing Commercial Substances, which was subsumed by REACH. Substances with EINECS numbers were available in the EU between January 1, 1971 and September 18, 1981. EuroChem, Registry Numbers Description,
http://www.eurochem.cz/index.php?MN=Registry+Numbers&ProdID=00026D060C0537860002ED39
(last visited Aug. 4, 2010). CAS (Chemical Abstract Services) numbers, on the other hand, are unique numerical identifiers without scientific significance. CAS is a division of the American Chemical Society. CAS, CAS Registry & CAS Registry Numbers,
http://www.cas.org/expertise/cascontent/registry/regsys.html
(last visited Aug. 4, 2010).
[17] REACH, Art 14(1); Art 10 respectively.
[18] REACH Art. 10, 14; With the exception of substances in articles that are present in low concentrations.
[19] R.G. Lee & S. Vaughan, REACHing Down: Nanomaterials and Chemical Safety in the European Union (Regulatory Governance Standing Group, Regulation in the Age of Crisis, Conference Paper, 2010), available at http://regulation.upf.edu/dublin-10-papers/5B3.pdf, at 18.
[20] REACH Art. 14 (3) & (4); The last two steps are necessary where a substance is classified as dangerous or found to be either a PBT or vPvB substance, as per E. Spencer Williams et al., The European Union's REACH Regulation: A Review of Its History and Requirements, 30 Critical Rev. in Toxicology 553, 556 (2009), at 561.


第3章 REACH 条項をナノ物質に適用する

 REACHは、1トン以上の量でEU市場に出ている全ての物質について最小データを徐々に収集するための強い条項を含んでいる。REACH にはさらに、様々な条項をどのように実施するかを具体化する広範な技術指針文書(TGDs)が用意されている。しかしREACHも技術指針文書(TGDs)も、ナノテクノロジーが広く使用されるようになる前に草稿されており、どちらもナノ物質の特別な特性によって提起されている問題点に完全に応えるようになっていない。REACHにはナノ物質について4つの主要なギャップがある。(1) ナノ物質の同定; (2) 段階的導入状態;(3)重量閾値; 及び (4) リスク評価−である。

3.1 ナノ物質を同定すること

 ナノ物質はREACHの中の物質定義から除外されないという一般的な合意はある。しかし、REACHは、それらを特定し[21]、及びそれらの特別の特性を考慮するためには限定された機会しか提供していない。ナノ物質を定義する限界は、同じ化学的組成を持ったバルク物質が存在する場合に、特に重大である。

 それらは、分子構造又は化学的成分を共有するバルク物質の別の形であるが、ナノ物質はナノスケールにおいてのみ発現する独自の特性を有している[22]。典型的なバルク物質のパラメーター、例えば、水溶性、溶解速度、拡散動態、融点、 導電率、磁性などはナノ物質とは非常に異なることがあり得る[23]。

 ナノ物質の特性化及び評価のために求められる情報に焦点を当てたナノ物質に関するREACH実施第2プロジェクト(RIP‐oN2)は、ナノ物質には適切ではないと考えられていた(例えば、調合、曝露量、測定、用量基準に関して)ある技術指針文書の修正一式を提案した。RIPoN2 からの勧告は、多くの領域(物理化学的特性、毒性学的又は生態毒性学的評価項目、その他を含む)に目を向けているが、それらには REACH 付属書の修正が求められるであろう。しかし、そのような修正が実施のために採択されてこそ、ナノ物質は初めて体系的に特定されるにちがいない。国際統一化学情報データベース第5版(The fifth version of the International Uniform Chemical Information Database (IUCLID5))システムにより、登録者は登録一式文書中のナノ物質を同定することができる。しかし、REACHはナノ物質を明示的に定義していない。したがって、ある物質がナノ物質であるかどうかの最終決定は登録者の判断による[24]。

 結論として、物質をナノ物質であると同定するのは自身の基準に基づく登録者の裁量ということである。REACHの実施に混乱を生じさせることに加えて、この状況は、市場に出ているナノ物質に関する情報を収集するための主要な規制ツールとしてREACHを使用し、必要に応じて適切なリスク管理措置を定義し実施しようとする努力に反するように見える。


原注

[21] REACH, Art. 3(1).

[22] European Commission, Environment Directorate‐General & Enterprise & Industry Directorate‐General, Followup to the 6th Meeting of the REACH Competent Authorities for the Implementation of Regulation (EC) 1907/2006 (REACH), CA/59/2008 rev. 1 (Dec. 16, 2008), available at
http://ec.europa.eu/enterprise/sectors/chemicals/files/reach/nanomaterials_en.pdf
, (hereinafter "Commission Follow‐up to the 6th REACH CA Meeting"), at 4; Swedish expert, in the JRC European Commission, Institute for Health and Consumer Protection, Advisory Report, REACH Implementation Project Substance Identification of Nanomaterials (RIP‐oN 1), AA N°070307/2009/D1/534733 between DG Environment and JRC, March 2011. (hereinafter “Advisory Report for the RIP‐oN 1 process”), available at
http://ec.europa.eu/environment/chemicals/nanotech/pdf/report_ripon1.pdf, Appendix 1, at 1.

[23] Scientific Committee for Emerging and Newly‐Identified Health Risks, Opinion on the appropriateness of the risk assessment methodology in accordance with the Technical Guidance Documents for new and existing substances for assessing the risks of nanomaterials, Brussels: European Commission Health & Consumer Protection Directorate‐General, 28 (June 2007), available at
http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_scenihr/docs/scenihr_o_010.pdf (hereinafter “SCENIHR 2007”), at 13, 28.

[24] See REACH, Annex VI, Step 2, stating “The registrant shall identify what information is required for the registration”

3.2 ”段階的導入”状態

 REACHでは現在、物質は化学的成分だけによって同定されている。二つの物質が同じ化学的成分を持っていれば、それらは同じ物質であると考えられている。その結果、もしある物質がバルク形状とナノ形状の両方で存在し、バルク物質が段階的導入物質(訳注:既存物質)ならば、同じ化学的成分を持つナノ物質も、それが新規であるかどうかに関係なく、自動的にバルク形状の段階的導入状態としての恩恵を受ける[25]。

 このことは、次のように述べているEINECS報告規則と決議マニュアル[26]から推論できる。”EINECSであるナノ形状の物質は既存物質であるとみなされなくてはならない”[27]。欧州委員会のREACHレビューは、たとえ潜在的な登録者が、そのような本質的な相違のためのに、SIEF(訳注:物質情報交換フォーラム / Substance Information Exchange Forum)形成プロセスで、バルク形状とナノ形状は分離して登録されるべきであると決定しても、ナノ形状はやはり段階的導入状態を保持することが許されると述べて、この点をさらに強調している”[28]。物質のサイズのような追加的な識別子(identifiers)を含めないというこの失敗は、効果的にナノ物質を規制することが意図されている REACH の基本的なギャップのひとつを表している。

 その結果、バルク形状の段階的導入物質と同一の化学的成分を持つナノ物質は、もし登録者当り年間100トン以上の量が製造又は輸入されなければ、2013年以前に登録されることはないであろう。登録者当り年間1〜100トンの製造量又は輸入量の場合には2018年まで登録する必要がないので[29]、その結果、ナノ物質に関する現状の知識のギャップはさらに引き伸ばされるであろう。

 段階的導入物質の登録期限を遅らせることを許す理論的根拠は、REACHの採択以前に既にEU市場に存在していた数万の物質を登録し、評価することの実際的な困難さにある。そのような物質に関する基本的な情報は既に存在するという前提に基づけば、段階的導入物質は、特定の有害特性(第57条)がないことが正当化されるなら、優先付ける必要はない。しかし、この理由付けはナノ物質には当てはまらないかも知れない。それは、たとえREACH採択時にそれらの化学的組成が未知ではなくても、その物理化学的、毒性学的、及び生態毒性学的な特性は、用途や暴露パターンと同じく、対応するバルク物質とは非常に大きく異なるかもしれないからである。

 したがって、バルク物質に関する毒性学的及び生態毒性学的情報は、自動的には対応するナノ物質におきかえることは出来ない。欧州化学産業協議会による提案のように、バルク形状からの単純な”読み取り”が常に可能というわけではない[30]。したがって、バルク形状に関する毒性学的及び生態毒性学的情報が入手可能性であることをもって、ナノ物質も段階的導入状態の恩恵を与えることは正当化されない。

 さらに、現在、市場にあるナノ物質に関する信頼できる情報は非常に限られているにもかかわらず、入手可能な研究は、多くのナノ物質の’親の物質’(すなわち、主要な化学的組成を共有する)は比較的一般的であり、バルク形状で既に存在していることを示している[31]。実際、ある2008年の研究[32]が、現在市場にあるナノ物質を含む消費者製品のデータベースについて、6つの親物質[33]が使用されているが、全て段階的導入物質であることを見つけた。このことは、現状の下では、現在市場に出ているナノ物質の大部分は、登録期限を先延ばしする段階的導入状態の恩恵を受けているということである。

  このことは、その潜在的なリスクに関し入手可能な情報がほとんどない、あるいは全くなしに、ナノ物質が市場に導入され、そこに存在し続ける結果となる。これは、REACH の根底にある”ノーデータ・ノーマーケット”原則とまさに矛盾する。

 このことは、その潜在的なリスクに関し入手可能な情報がほとんどない、あるいは全くなしに、ナノ物質が市場に導入され、そこに存在し続ける結果となる。これは、REACH の根底にある”ノーデータ・ノーマーケット”原則とまさに矛盾する。このことは、ナノ物質に関するギャップを埋める主要な規制ツールとしての REACH の効果と信用を損なうものである。


原注

[25] Commission, Follow‐up to the 6th REACH CA Meeting, supra note 22, at 7‐8, 10.

[26] Manual of Decisions for Implementation of the Sixth and Seventh Amendments to Directive 67/548/EEC on Dangerous Substances, Directives 79/831/EEC and 92/32/EEC Non confidential version, available at
http://ecb.jrc.ec.europa.eu/esis/doc/Manual_of_decisions.pdf, (hereinafter “MOD”).

[27] MOD, supra note 26, Section 5.1.3, at 64, as per The Advisory Report for the Rip‐oN 1 process, supra note 22, at 20.

[28] Commission 2008 REACH Review, supra note1, at 10 (stating that where two substances formerly fell under the same EINECS number, but were considered too dissimilar to register together, both substances would nevertheless retain phase‐in status under REACH).

[29] REACH Arts 23(2), (3).

[30] European Chemical Industry Council (Cefic), Risk Assessment of nanomaterials from an industry perspective, available at
http://ec.europa.eu/health/nanotechnology/docs/ev_20110329_co12_en.pdf

[31] Millieu, Risk & Policy Analysts (RPA), Information from Industry on applied nanomaterials and their safety: Deliverable 1, prepared for European Commission DG Environment, September 2009, available at
http://www.nanomaterialsconf.eu/documents/Nanos‐Task1.pdf.

[32] Hansen et al., Categorization Framework to aid Exposure Assessment of Nanomaterials in Consumer Products, Ecotoxicology, Vol. 17 No 5, July 2008, 438.447

[33] Silver, Carbon (all allotropes), Zinc Oxide, Silica, Titanium dioxide and gold.

3.3 重量閾値

 製造量は、物質がREACHの下でどのように説明されるのかを決定する上で重要な役割を果たす。一般原則として、製造量が多ければより多くのデータと、より早い登録が求められる[34]。規制的閾値は、4つの重量範囲(1 ‐ 10 tトン、10‐100 トン、100‐1,000 トン、1,000 トン以上)に基づいている。

 ナノ物質の登録は、制限や認可のような他のREACHメカニズムの適用になくてはならない必要な情報の収集が可能となるので、その規制にとって重要である。さらに、REACHの下で提供されるナノ物質に関する情報は、REACHそのものを超えて意義がある。欧州委員会によれば、この情報は、”労働者の保護、化粧品、環境保護のような他の規制への入力として機能し、環境の側面をカバーしない製品規制(例えば一般的製品安全)を補完する”[35]。

 REACHが採択されて以来、REACH の重量閾値のナノ物質への妥当性が疑問視されてきた[36]。実際、RREACHの第6条1項に規定される登録のための要求は、製造者又は輸入者当り年間1トン以上の製造量にのみ適用している。ナノ物質の製造量に関する信頼できる情報は非常に少なく、ナノ物質のタイプと用途に関する正確な目録が不足している[37]。ナノ物質が市場に出される非常に少ない量に基づけば[38]、ほとんどのナノ物質の製造と輸入量は、REACHの下で基本的な規制を求められる1トンという重量閾値以下であるように見える。したがって、REACHの第5条における標準原則”ノーデータ・ノーマケット”は多くのナノ物質にとって無効であるということが想定されなくてはならない[39]。ドイツ環境諮問委員会(SRU)は、”たとえナノ物質が年間1トン以下の製造量であっても中核的なデータセットはやはり提出されなくてはならない”と示唆している[40]。

 稀なケースで、たとえナノ物質が申請者当り年間1トン以上の量が製造されていても、ほとんどのナノ物質は、やはり、対応するバルク物質に由来する段階的導入状態の恩恵を受ける[41]。したがって、登録一式文書により求められる情報セットは、どのような毒性学的及び生態毒性学的情報をも含まない物質の物理化学的特性だけに限定されるであろう。また非常に高い懸念のある物質だけに求められる暴露情報も含まないであろう[43]。同様の懸念がサプライチェーンの川下における情報入手可能性にも及ぶ[44]。

 ヒト健康、物理化学的、及び環境的ハザード評価を義務づける詳細な化学物質安全性評価(CSA)は、単一申請者当り年間10トン以上の製造量又は輸入量の場合にのみ義務づけられる[45]。ほとんどのナノ物質はもっと低い製造量(10トンの閾値以下)であるように見えるので、CSA は大部分のナノ物質に対して適用されない。


原注

[34] There are exceptions to this principles relating to the registration of substances meeting certain toxicity criteria (i.e.: Carcinogen, Mutagen, Reprotoxic, Persistent or bio‐accumulative). This exception is however not deemed relevant in the context of the present study, as enduring data gap preclude that any nanomaterials be the object of such toxicity classification in the near future.

[35] Commission Nanomaterials Regulation Review 2008, supra note 1, at 5.

[36] See for example: M. Fuhr, A. Hermann, S. Merenyi, K. Moch, M. Moller, Legal appraisal of nanotechnologies, Existing legal framework, the need for regulation and regulative options at a European and national level. Final Report, UBA, 2006, at section 5.3.1 available at http://www.umweltdaten.de/publikationen/fpdf‐l/3198.pdf; Commission Nanomaterials Regulation Review 2008, supra note 1, at 3: “current legislation may have to be modified.

[37] R.G. Lee & S. Vaughan, supra note 199, at 15.

[38] See, for example, the substance of manufacturer Sigma‐Aldrich, catalogue no. 519308 Carbon nano‐ tube, single‐walled Carbo‐Lex AP‐grade 50‐70 % purity as determined by Raman spectroscopy, tubes in bundle of length about 20 μm, which is sold in quantities of 0.25 g or 1 g v (price for 1 g: 250.70 euros), in M. Fuhr et al., supra note 366, at section 5.3.2.4, 6.1.2.1.

[39] M. Fuhr et al., surpra note 36, at 43, §6.1.2.1.

[40] German Advisory Council on the Environment (hereinafter “SRU”), Precautionary Strategies for Managing Nanomaterials, Summary for Policy Makers, Sep 2011, at 6.

[41] See supra, Section 2.2

[42] REACH, Annex VII.

[43] REACH, Art 14(3).

[44] 原文になし

[45]See article 10 of REACH, as well as annexes VI and VII, 7.

3.4 リスク評価条項

 物理化学的、毒性学的及び生態毒性学的データの供給ためのREACH規則は、化学物質安全性評価(CSA)基準とともに、従来の物質のために開発された手法を反映している。何人かの評論家は、ナノ物質によって及ぼされる特別のリスクに効果的に対応するために、REACH規則と実施ガイドラインの両方を修正する必要があることを強調した[46]。

 新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)は特に、ナノ形状の物質によってもたらされるリスクの全貌を示すために、REACHの中で概要が述べられ、ECHA 2011ガイダンス[47]の中でもっと詳細に説明されているリスク評価の多くの領域が修正を必要とするかもしれないと述べている[48]。SCENIHR は、例えば、ナノ物質の摂取、分布、代謝、排出は、技術指針文書(TGD)が当初の開発で想定した化学物質のそれらの動態とは異なるかもしれないということを認めている。標準テストのベースセットと勧告されている手順がナノ粒子の影響を評価するために適切であるかどうか不確かである[49]。特に、曝露と毒性の指標として質量に依存する用量反応関係の測定と評価の従来の方法は不適切であることが同委員会により見出されている[50]。曝露評価はまた、ナノ物質の物理化学的特性と、物質のライフサイクルを通じて変化する可能性を反映するために修正の必要性があることが見つけられている[51]。実際にこれらのナノ物質は、例えば透明性を増して蓄積したり、嗅覚粘膜や血流脳関門のようなバリヤを通過するかもしれないので[52]、ナノ物質にはもっと複雑なリスク評価手法が必要である[53]。

 この問題は、1000トン閾値の最も厳しい要求の下でも存在する。SCENIHR は、”現状の知識に基づけば、TGD[54]に述べられているように バルク物質のリスク特性化はナノ物質に直接的には外挿できない”という意見である"[55]。要求されるテストと情報提出は従来の手法の限界のために、真のリスクを特定しないかもしれない[56]。REACHは、ある物質のリスクを評価する時に、バルク形状とナノ形状の相違を区別しないので、物質のリスクはどのようなサイズでどうあろうと同じであるということを暗黙にそして不正確に仮定する[57]。

 産業側は、しばしば、ナノ物質の運命と環境と人の健康への影響に関するデータが存在しないので、どのように物質が評価されるべきかに関する確固とした規則を提案することはできないと主張する。この主張により、バルク形状の化学物質のための既存の規則と評価手法はナノの物質にも等しく適用可能であるということになる[58]。しかし、データの欠如をもって環境的規則と評価手法の使用をそのまま正当化すべきではない。実際に、REACHの枠組みではナノ物質の健康と環境リスクを見積もることができない[59]。これは、意味のある結果を生成するための研究の時間だけでなく、コストにも起因する[60]。

 もし、このような限界があるなら、現状の形のREACHは、ナノ物質のリスクを適正に評価するために不適当なハザード及び曝露評価手法に基づく決定に導くので、政策決定者に効果的なナノ規制を提供しない。
  もし、このような限界があるならば、現状の形のREACHは、政策決定者に効果的なナノ規制を提供しない。

 実際に英国王立環境汚染委員会(RCEP)は、REACHはナノ物質のためのリスクデータ生成に間接的ではあるが有害な影響を及ぼすかもしれないと強調した[61]。現在の制度の下では、もしバルク物質がハザードであると特性化されたなら、供給者はそのハザードの特性と関与する可能性あるリスクに関するさらなる情報を提供することが求められるであろう。しかし、もし、ナノ物質が由来するであろう大部分のバルク物質が非ハザードなら、この分類はナノ形状での特定の影響に関するデータを生成することを求められることなく、ナノ形状の物質にも拡張されるであろう。その結果、そのナノ物質は承認された用途でヒト健康又は環境に有害であるとはみなされないにもかかわらず、ある物質は更なる評価を受けることなく、全ライフサイクルを通じて、例えば製品の磨耗や焼却による放出の結果として、環境中を移動して、有害影響をもたらす可能性を持つかもしれない[62]。


原注

[45] See article 10 of REACH, as well as annexes VI and VII, 7.

[46] See The Netherlands National Institute for Public Health and the Environment (RIVM), Exposure to nanomaterials in consumer products, RIVM Letter Report 340370001/20998, 2009, at 12, which points out that the submission of kinetic information, which is necessary to properly assess nano‐form substances, is not required under REACH. RIVM also calls for REACH exposure models to be adapted to nano‐form substances and for its "standard default assessment factors… to be examined for their applicability to nanomaterials…" Other important work on the topic has been done by the Scientific Committee for Emerging and Newly‐Identified Health Risks, Opinion on the appropriateness of the risk assessment methodology in accordance with the Technical Guidance Documents for new and existing substances for assessing the risks of nanomaterials, Brussels: European Commission Health & Consumer Protection Directorate‐General, 28 (June 2007), available at
http://ec.europa.eu/health/ph_risk/ committees/04_scenihr/docs/scenihr_o_010.pdf
(hereinafter “SCENIHR 2007”)

[47] European Chemicals Agency (ECHA), Guidance for identification and naming of substances under REACH and CLP, November 2011, Version 1.1 (hereinafter “ECHA 2011 Guidance”), available at
http://echa.europa.eu/web/guest/support/guidance-on-reach-and-clp-implementation

[48] SCENIHR 2007, supra note 46, at 11.

[49] SCENIHR 2007, supra note 46, at 48.

[50] SCENIHR 2007, supra note 46, at 11.

[51] ibid.

[52] M. Semmler, et al. 2004, WG. Kreyling et al. 2006, Oberdorster 2004, Elder 2006, as per SCENIHR 2007, supra note 46, at 17.

[53] SCENIHR 2007, supra note 46, at 34. “ ”... the safety evaluation of nanoparticles and nanostructures cannot rely on the toxicological and ecotoxicological profile of the bulk material that has been historically determined.”

[54] Available at
http://ihcp.jrc.ec.europa.eu/our_activities/health‐env/risk_assessment_of_Biocides/doc/tgd

[55] SCENIHR, supra note 46 at 26.

[56] A. Franco, S.F. Hansen, S.I. Olsen, L. Butti, Limits and Prospects of the “Incremental Approach” and the European Legislation on the Management of Risks related to Nanomaterials”, Regul Toxico Pharm 48: 171‐183 (2008), at 171; Crane et al. 2008, Powell et al. 2008, Shatkin 2008, as per K.D. Grieger, A. Baun, R. Owen, Redefining risk research priorities for nanomaterials, 2 Journal of Nanoparticle Research 12: 383‐392, at 384.

[57] R.G. Lee & S. Vaughan, supra note 199, at 14.

[58] European Chemical Industry Council (Cefic), Risk Assessment of nanomaterials from an industry perspective, available at
http://ec.europa.eu/health/nanotechnology/docs/ev_20110329_co12_en.pdf

[59] K.D. Grieger, A. Baun, R. Owen, supra note 56, at 389.

[60] ibid.

[61] UK Royal Commission on Environmental Pollution, Novel Materials in the Environment: The case of nanotechnology, 27th Report, November 2008 (hereinafter “RCEP”).

[62] RCEP, supra note 61, at 63, § 4.39.

3.5 まとめ:REACH内のナノに関するギャップ

 現状の形でのREACHは、ナノ物質の効果的な規制という点で、4つの明白で重要なギャップがあることを示している。
  1. 現在のREACHは、一律に矛盾なくナノ物質を公式に同定することができない。このことは、REACHが現在市場に出されつつあるナノ物質に関する包括的なデータを生成する能力に関して混乱と重大な疑義を生み出す。

  2. REACHの中での物質同定は専ら物質の化学的組成に基づいているので、既存の(段階的導入)バルク物質と同じ化学的組成を持つナノ物質は自動的にそのバルク形状の段階的導入状態の恩恵を受け、登録期限の遅延をもたらす。

  3. 既存の重量閾値は、ほとんどのナノ物質がEU市場に導入される量をはるかに超えるので、ナノ物質の登録に求められる情報を大きく制限する。

  4. 最後に、そして上述の制限に加えて、REACHの文脈の中で利用可能などのようなリスク評価情報も不適切なテスト指針に依存し、その潜在的な便益に非常に重大な制限をもたらす。

 もし規制者が、REACHを”健康、安全、環境のリスクに対応する要”として利用する意図があるなら[63]、これらの欠陥は改善されることが必須である。


原注

[63] See supra note 5.


第4章 ナノ・ギャップへの対応:物質同定の限界


 これらの懸念に対応し、既存の技術指針文書(TGD)(及び最終的にはREACH)のナノ物質への適用可能性を評価する努力において、欧州委員会は、ナノ物質に関する3つのREACH実施プロジェクト(RIP‐oN)を設定した。これらRIP‐oNsの最初のものは物質同定の議題に関わる特定の問題に目を向けている。ナノ物質の物質同定をいかに特定するかに関する科学的及び技術的助言を開発することを求めているこのRIP‐oN 1 助言報告は、現状の同定パラメータの適切性に関する意見の既存の相違を強調し、物質同定規則のナノ物質に適合させるための選択肢を示している。すなわち、ナノ物質を(1)”よく定義された物質”、又は(2)”定義された化学物質化合物及び追加的な識別子”として扱う。しかし、この報告書は、REACHの下で物質同定規則をどのようにナノ物質に適合させるかについての基本的な疑問にまだ目を向けずいる。また、それらの選択肢のどちらを選んでも、ナノ物質の登録文書に潜在的な影響を及ぼすことがあり得ることにも目を向けていない。この章では、前章で特定された本質的なギャップに目を向けながらこれらの選択肢の影響を調べる。前提として、(物質識別子を含んで)指針文書は拘束力がないとみなすことが重要である。したがって、もし、”ナノ物質”の定義がそのような文書に含まれることになっても、登録者は登録プロセスにおいてその定義を使用するかしないかを決定することに柔軟性を有するであろう。したがって、REACHでナノ物質を効果的に規制するためには、指針文書の修正だけでは不十分である。

4.1 ”よく定義された物質”としてのナノ物質 (12/03/26)

4.1.1 バルク化学物質に由来するナノ物質 (12/03/26)

 現状の物質形状に関する議論において、REACH物質同定規則は化学的成分だけに基づいている[64]。ナノ物質をよく定義された物質[65]としてみなすことは、バルク形状における化学物質と同じ分子的組成を持つナノ物質は、自動的に対応するバルク形状の物質と同じであるとみなされる。その結果、サイズのようなその物質の他の特性は、REACHの下で物質同定を目的とする識別子(identifier)とはみなされず、むしろ”特徴化するもの(characteriser)”としてみなされる[66]。したがって、ナノ形状及びバルク形状の物質はひとつの物質として登録されるだけでなく、物質重量閾値は各事業者により製造又は輸入される物質の総量(バルク及びナノ両方)に基づいて計算されるという従来の物質同定規則が適用される[67]。このことは二つの主要な影響をもつ。

 第一に、登録目的としてナノ物質とバルクをひとつの物質として同化することは、統合重量とすることでナノ物質を理論的にREACH規則の下に含めることを可能にする。しかし実際には、このことは3.3節で特定された問題に対応するためには十分ではない。バルクとナノ物質の両方が同じ法人(legal entity)によって製造又は輸入される限り、ナノ物質がREACH制度の下にもたらされるというだけのことである。事実上、REACH重量閾値は、それぞれの登録者にあてはまる量によって定義される[68]。ナノ物質がバルクを製造する又は輸入する法人とは異なる法人によって製造又は輸入される場合には、(それらの物質がひとつの物質としてみなされるかどうかとは無関係に)重量閾値はそれぞれが独立したものとみなされる。

 第二に、もしナノ物質がバルク物質とは不可分であるとみなされるなら、REACHでの登録要求は、ナノ形状に関連する情報を含めるかどうかを決定する柔軟性を登録者に与えることになる。拘束力のある義務はない。欧州委員会は、特性、用途及び全ての分類と表示を含んで、ナノ物質に関する”全ての関連情報”は登録一式文書に含まれるべきであるという意見を述べている[69]。しかし、REACHは現在、登録一式文書にナノ物質の体系的で広範な検証を求める十分に拘束力のある要求を含んでいない。何がそのような”関連情報”に当るのかについての指針がないので、このことは登録者に広範な自由裁量を与えることになる。実際に、どのような情報が物質の登録目的のために関連性があるのか決定するときに、Annex VI は、ナノ物質を含めるにあたり寛大なアプローチを示唆して、曝露、用途、及びリスク管理に関する全ての情報の簡単な”検討”(義務的な検討ではない)で十分であると述べている。

 同様な制限が物質の分類と表示についての義務に適用される[70]。欧州委員会サービスと加盟国当局は、新規[71]及び既存[72]物質に関する法令の文脈の中で、ナノ物質の特定の特性は、”ナノ形状がバルク物質に由来する場合”を含んで、”バルク化学物質に比べて異なる分類と表示”を正当化するかもしれないということを決定した[73]。この決定にもかかわらず、REACHの第4条 Annex VI により参照されている 分類・表示・包装規則[74]は、そのような義務を課す条項は何も含んでいない。CLPの下では、登録者は、危険物分類の目的で、”物質が市場に出され、それが合理的に使用される形状と物理的な状態”に関連する”適切な情報を特定”しなくてはならない。しかし、そのテキストによれば[75]、ある物質に関し新たなデータを生成する義務はないことを示唆しつつ、特定可能なデータはきっと容易に入手可能に違いないとしている。ナノ物質と技術の新しさに関する知識のギャップが存在することを考慮すれば、登録者が登録文書一式中で参照するであろう”利用可能”情報は、その化学物質のバルク形状に専ら又は少なくとも圧倒的に関連するであろうことは容易に想像することができる。

 さらに、収集されたハザード情報を実際に評価するときに、CLPは登録者に対して、最終分類決定においてその物質の”形状又は物理的状態”を義務的に考慮することよりも、ただ”検討すること”を求めるだけである[76]。このことは、Rip‐oN 1 助言報告書の中で示された産業側専門家の見解に反して、サイズのようなナノ特有の特性を CLP 分類規則における物質分類に含めるという、そしてその結果、登録資料一式に含めるという、拘束力のある義務はないということになる[77]。

   サイズのようなナノ特有の特性をCLP規則における物質の分類に含めるという、したがって登録一式文書に含めるという、拘束力のある義務はない。

 登録一式文書更新要求でも、情報不足の条項を適切に補うことはないかもしれない。登録一式文書を更新する要求は、登録者が製造又は輸入量の変更、新たな用途、又は人又は環境へのリスクの新たな知識を知る、又は合理的に予見するようになったときに生じる[78]。バルク物質の(利用可能な)毒物学的特性だけに頼り、意味のある結果を生成するナノに関する適切なテスト指針がなければ、会社がどのように有効にこの義務を満たし、REACHの意図とその文言の間の緊張を解決するのか不明確である[79]。

 その結果、同様な化学的組成の物質は規制目的のために同等であるとみなすべきとする、物質同定に対するこのアプローチは不適切である。同様な化学的組成を持った他の従来の物質が”異なる”ものであるとみなされ、したがってそのように同定されたといナノ物質の文脈以外の先例に照らせば、このことは真実である[80]。

4.1.2 バルク物質に対応しないナノ物質 (12/03/26)

 この場合には、ナノ物質は”自分の名義”で登録される。しかし、多くの問題がまだ残る。特に、指針文書の拘束力[81]、ほとんどのナノ物質が既に市場にあるという段階的導入状態から生じる問題[82]、重量閾値[83]、及びテスト指針及びリスク評価条項の適切性[84]に関連して問題が存在する。


原注

[64] ECHA 2011 Guidance, supra note 477, at 14, §4.1

[65] ECHA 2011 Guidance, supra note 477 at 14 §4.1; at 18, §4.2.

[66] Advisory Report for the RIP‐oN 1 process, supra note 22, at 20, § 4.1.1.1

[67] Commission Follow‐up to the 6th REACH CA Meeting, supra note 22 , at 6.

[68] REACH, Art 6, 12.

[69] Commission Follow‐up to the 6th REACH CA Meeting, supra note 22, at 6.

[70] REACH, Art 10(a)(iv).

[71] Directive 67/548/EEC, NONS)

[72] Regulation (EC) 793/93, ESR

[73] Commission Follow‐up to the 6th REACH CA Meeting, supra note 22 at 8.
[74] Regulation (EC) No 1272/2008 of the European Parliament and of the Council of 16 December 2008 on classification, labeling and packaging of substances and mixtures, amending and repealing Directives 67/548/EEC and 1999/45/EC, and amending Regulation (EC) No 1907/2006 (hereinafter “CLP Regulation”).

[75] CLP Regulation, Art 5.

[76] CLP Regulation, Art 9.

[77] "… the industry experts argue that substance identity is based on molecular identity, not on physical properties (…) Therefore, size as characterizer shall be used to determine appropriate classification under the CLP Regulation"as per the Advisory Report for the RIP‐oN 1 process supra note 22, at 20

[78] REACH, Art 22.

[79] S. F. Hansen, Regulation and Risk Assessment of Nanomaterials: Too Little, Too Late? 20 (Feb 2009) (PhD Thesis, Technical University of Denmark), available at
http://www.nanolawreport.com/Steffen%20Foss%20Hansen%20PhD%20Thesis%20web-version.pdf, at 20.

[80] Swedish expert, the Advisory Report for the RIP‐oN 1 process, supra note 22, Appendix 1.

[81] See supra introduction to Part III.

[82] See supra section 2.2

[83] See supra section 2.3

[84] See supra section 2.4

4.2 ”定義された化学的成分と追加的識別子”としてのナノ物質

 上記で示されたように、一般的によく定義された物質は”それらの化学的組成により完全に同定する”ことができる[85]一方で、それらが追加的な識別子によってさらに特定される必要があるという他の状況がある[86]。このことは、例えば、化学的組成以外の他の理由で物質の特性が著しく異なるというような場合が該当する。技術指針(TGD)を通じて、REACHは、”よく定義された物質”と”定義された化学的組成及び追加的な識別子を持つ物質”とを区別する。よく定義された物質のように、定義された化学的組成の物質は単一又は多成分物質のどちらかであり得る[87]が、適切な同定のための他のパラメーターが必要である。

 ナノ物質を”追加的な識別子”をもった”定義された化学的組成”の物質と呼ぶということは、その物質は化学的組成パラメーターだけではナノスケールにおいて適切に定義することができないということを意味する。同じ化学的組成を持った製造された又は輸入されたバルク物質は存在するかもしれないが、ナノ形状は正確に同定されるべき”追加的識別子”として認められている。このことは、バルク形状それ自身も追加的な識別子を持っているかもしれないが、ナノ形状を明確にバルク形状から分離している。具体的に言えば、このことは生得の権利として、別個の登録を可能にし、前から存在するバルク形状とは独立してナノ物質の認知を許すということである。

 設計によって、工学的ナノ粒子は典型的に独自の特性を求めて正確に製造されるが、それはそのような特性はバルク物質の特性とは異なるからである。このことは、サイズに基づく区別を十分に正当化する[88]。この分析は、”工学的ナノ粒子は、関心ある製品の意図された機能に合致させるために特別に導入された特性によって支配されるかも知れず(・・・)、したがってナノ粒子と生物学的システムとの間の予測できないどのような相互作用もそれらの独自な物理的及び化学的特性、及びそれらの多機能性に依存するかもしれない”という、新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)の意見によって支持されている[89]。”特徴化するもの(characterizer)”よりも”識別子(identifier)”としてサイズを使用することにより、バルク物質と同じ化学的組成をもつナノ物質は、それ自身で登録されるべき独自の物質として認められるであろう。この政策的決定は、バルク形状の段階的導入状態をナノ形状のものに自動的に拡張するのではなく、ナノ物質について、これらの段階的導入条項とは異なる実施をもたらすことができるであろう。それは第2.2項で特定されたギャップの解決を提供するであろう。

 しかし、そのような政策的な決定は、3.1、 3.3 及び 3.4 項で特定されたこの規則(REACH)の欠点への対応としては不十分である。さらに、物質同定規則は、技術指針の中で拘束力のないものとして定義されているように[90]、そのような決定の実施はそれぞれの登録者の自由裁量の範囲にある。

  したがって、REACHを、”ナノ物質に関して健康、安全、及び環境リスクのための要(かなめ)”とするためには、現状の規制の枠組みのもっと本質的な修正が必要であろう。

 結論として、REACHの物質同定の脈絡の中で、サイズを”識別子”として考慮するという決定は、潜在的により早期の登録をもたらすであろうが、そのような選択肢もナノ物質に関連するREACHの中の既存のギャップを完全にはふさぐことがないであろう。特に、既存の重量範囲規則に関連する問題と従来のリスク評価方法の不適切さが残る。更なる問題は技術指針の非拘束性という特性に関連する。したがって、REACHを”ナノ物質に関して健康、安全、及び環境リスクのための要(かなめ)”とするためには、現状の規制の枠組みのもっと本質的な修正が必要であろう。


原注

[85] ECHA 2011 Guidance, supra note 47 at 14.

[86] ECHA 2011 Guidance, supra note 47 at 24, §4.2.3.

[87] See ECHA 2011 Guidance, supra note 47 at 21, table 4.1 for a clarification of the concept of the multiconstituent substance.

[88] Swedish expert, RIP‐oN1, supra note 22 Appendix 1, at 67.

[89] SCENIHR, supra note 23, at 26.

[90] ECHA 2011 Guidance, Supra note 47 at 14, §4.


第5章 政策提言 (12/03/31)


 REACHは、EU域内で従来の化学物質を規制するためには良い基盤を提供するが、そのメカニズムをよく見ると、ナノ規制に関しては著しい欠陥が明らかになる[91]。事実上、ナノ物質に適用されるREACHツールは、それらがナノ物質の特定の特性に適合されるまで、既存の情報ギャップを埋めることはできない。欧州議会によって述べられたように、市場に出されているナノ物質の安全性と用途に関する適切なデータがなければ、欧州連合が推進するナノテクノロジーに対する安全で責任のある統合されたアプローチのコンセプト[92]を危うくし、健康、安全、環境の保護の促進を妨げる。

 この研究で特定された欠陥に対応するということは、単なるREACH 技術指針(TG)の更新以上のものを求めることであることを、前章が示している。この章では、ギャップを埋めるためのふたつの政策オプションを議論し、それぞれのオプションの長所と短所を調べる。

オプション1:REACHの本文、付属書、技術指針の修正 (12/03/31)

 ここで述べられる規制の欠陥に目を向けた第一の選択肢は、ナノ物質に適用できる特定の条項を挿入することによって、REACH 規則を修正しようというものである。
  • ナノ形状の物質に関連する同定問題を効果的に解決するために、”ナノ物質”の定義がREACH本文に含まれるべきである。欧州委員会は、長年の議論の後に、ナノ物質定義の勧告を出した。その定義は、リスク評価に関連するような特定の条項に適用する必要があるかもしれないナノ物質を同定するために、”明確で曖昧さのない基準”を提供することが意図されている[93]。そのような定義は、REACH 第3条の中で、物質の一般定義に続いて含めるべきである。

  • この報告書の 3.2 節で概要が述べられた”段階的導入”状態から生じる(登録の)遅れに特に対応するために、第3条(20)はナノ物質は段階的導入物質とはみなさないということを明記すべきである。

  • 市場に出ているほとんどのナノ物質の生産量は少ないことを考慮するために、そして、年間の生産量が1トン以下のナノ物質であっても中核となるデータセットが提出されることを確実にするために、重量に基づく閾値はナノ物質に適合するようにすべきである。そのために、”ナノ物質”の定義の範囲内の物質に適用される特定の重量閾値を記述する第7条(4)bisが導入されるべきである。この修正は第6条の対応する修正が必要であろう。

  • さらに、あるナノ物質の毒性に関連する既存の懸念及び既存の知識のギャップに対応するために、及び、”人の健康と環境の高いレベルの保護”に達するために、第14条(1)はナノ物質の登録一式文書は絶対的に化学物質安全評価(CSA)を含むことを求めるように修正する必要がある。

  • 最後に、ナノ物質に適用可能なテスト要求とリスク評価手順を適合させるために、したがって本報告書の3.4節で概要を述べたギャップに対応する一方で、新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)の勧告[94]に従いつつ、特定のナノ物質条項を含めるために、テストとリスク評価条項及び実施ガイドラインを更新することが必要である。この最後の変更は、付属書 VI〜X と技術指針(TGDs)の修正が必要であろう。
 これらの考慮は、登録プロセスに焦点を当てている。他のREACH条項又はその付属書及び技術指針の更なる修正(例えば、表面加工ナノ物質を考慮した多種成分物質の概念の適用)が、REACHの他の要素を適合させるために必要であろうし、更なる分析を求めるであろう。

 REACH改訂、特に重要な本文の改訂プロセスの複雑さを考慮して、欧州委員会を含む多くの利害関係者はREACHそのものを再協議することの推奨性及び/又は実行性に疑問を抱いている。この文脈において、彼等は、特定されたREACHの欠陥に対し、特にナノ物質に関連しては代替手法を通じて対応することを勧告している。


原注

[91] View that is also supported by the European Parliament, see Resolution of 24 April 2009 on Regulatory Aspects of Nanomaterials (2008/2208(INI)), P6_TA (2009)0328 (hereinafter "EU Parliament 2009 Resolution").

[92] EU Parliament 2009 Resolution, supra note 89.

[93] See DG Environment, Definition of nanomaterial, available at:
http://ec.europa.eu/environment/chemicals/nanotech/index.htm

[94] See SCENIHR, Modified Opinion (after public consultation) on The appropriateness of existing methodologies to assess the potential risks associated with engineered and adventitious products of nanotechnologies", 10 March 2006, available at:
http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_scenihr/docs/scenihr_o_003b.pdf
(hereinafter "CENIHR 20062), at 4, stating "SCENIHR concludes that current risk assessment methodologies require some modification in order to deal with the hazards associated with nanotechnology and in particular existing toxicological and ecotoxicological methods may not be sufficient to address all of the issues arising with nanoparticles"; SCENIHR, Risk Assessment of Products of Nanotechnologies, 19 January 2009, available at:
http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_scenihr/docs/scenihr_o_023.pdf, at 7, stating,"the knowledge and methodology for both exposure estimations and hazard identification needs to be further developed, validated,

オプション2:自立型規則の開発 (12/03/31)

 REACHそのものを修正することを回避する一方で、ナノ物質の独自な特性に対応する有効性を確保するために、自立型規制の形で REACH に”パッチ”をあてることが可能である。そのような規制は、REACHツールと条項がナノ物質に関してどのように適用されるべきかを明記するものである。効果あるものとするために、そのような規制は次の基本的要素を含むべきである。
  • ナノ物質の管理と統制のための一般的原則を規定し、全ての用語は、特に明示的に規定されていない限り、REACH内の定義に従って使用されることを示す序文

  • 欧州委員会の定義に従うナノ物質の定義(REACH用語に忠実に従う)

  • 表面加工されたナノ物質の問題に対応するために[95]、多種成分物質のREACHコンセプトがナノ物質にどのように適用されるのかについての仕様
  • 適切な重量(不必要な負担を制限しつつ、ナノ物質の特殊性を考慮して、10kgが適切な予防的閾値であると考えられる)以上のナノ物質の全ての製造者と輸入者は、REACHの段階的アプローチを実施するためのその後の重量閾値と共に、欧州化学物質庁(ECHA)に登録書を提出しなくてはならないとする要求
 登録の詳細はREACHの関連する条項を参照し、必要があれば適合させる。例えば、そのような適合は重量に基づく具体的な閾値、登録期限、CSAなどその他の要求に関係する。同様にREACH付属書は、関連セクションがナノ物質とは異なる場合、REACH付属書への相互参照メカニズムを通じて特定されるであろう。特定の情報要求及びオリジナルのREACH付属書条項からの逸脱はさらなる精査が必要であり、今後の同様な研究の対象となり得るであろう。

 自立型の”ナノ・パッチ”は、REACHをナノ物質の特殊性に適合させるために簡単で優雅な解決を提供するであろう。それはさらに、単純化された修正手続きによる柔軟性のあるツールであると考えられる。したがって、REACHにさらなる複雑性を積み重ねることなく、ナノ規制を定期的に適合させることが可能となる。

  自立型の”ナノ・パッチ”は、REACHをナノ物質の特殊性に適合させるために簡単で優雅な解決を提供するであろう。


原注

[95] See for example ETUC: "ETUC concept of a regulatory definition of a substance in the nanoform" available at: http://www.etuc.org/IMG/pdf/REACH_nanosubstance_definition_ETUC_concept.pdf


第6章 結論 (12/03/31)


 REACHが、ナノ物質に関する必要とされる多くの情報を収集し、更なる管理措置を実施するに当り、非常に有用な段階的なアプローチを提供するということは疑いない。しかし、現在のREACHは、ナノ物質の規制を全くで実現できないギャップを含んでいる。これらのギャップは、ナノ物質がその潜在的なリスクに関して利用可能な情報を全く又はほとんどなしにEU市場に導入されることを許すものであり、このことは”ノーデータ・ノーマーケット”原則に全く反する。

 これらの問題に対処する努力がなされているが、適切な解決をもたらす提案は不十分である。今日まで、これらの提案の全ては、これらのギャップに目を向けるために法的に拘束力のない指針文書を使用することに焦点を当ててきた。我々の分析は、これらの指針文書だけを修正することはギャップに対応するためには不適切であり、REACH自身に欠陥があることを示した。一方、ナノテクノロジーに関する特定の条項を含めるために、REACHを再協議することは論理的には実行可能であるが、現在の政治的状況を鑑みれば、実際には不可能であり、推奨できるものではないように見える。

 ナノ物質の特定の脈絡によりよく適合させる代わりの解決は、REACH のメカニズムをナノ物質に適合させるようにした自立型の”ナノ・パッチ”の形で利用可能である。そのような、自立型規制は、ナノ物質に適用可能な明確で法的に拘束力のある条項を確立し、既に複雑な規則であるREACHに更なる複雑性を加えることなく、EUでのナノ物質の安全な製造と使用のために透明で確実な法的環境を提供する。

 この解決には、より柔軟性を持つという長所があり、我々の理解がより深まった時にもっと容易にナノ物質のための法的枠組を適合させることを可能にする。CIEL は、そのような”ナノ・パッチのための青写真を開発するために、そしてナノ物質の健康、安全、環境へのリスクに対応するために、REACHの規制の要(かなめ)としての可能性を完全に実現するために、全ての関心ある組織及び利害関係者とともに活動することを期待している。



化学物質問題市民研究会
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