2010年7月6日
新規の及び新たに特定された健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)
”ナノ物質”という用語定義のための科学的根拠
パブリック・コンサルテーション用
エグゼクティブサマリー


情報源:Scientific Committee on Emerging and Newly Identified Health Risks / SCENIHR
6 July 2010
Scientific Basis for the Definition of the Term “Nanomaterial”for public consultation
http://ec.europa.eu/health/scientific_committees/emerging/docs/scenihr_o_030.pdf

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年7月20日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/eu/SCENIHR_100706_definition_nano.html

内容

謝辞
アブストラクト
エグゼクティブ・サマリー
1.背景
2.委託事項
3.科学的根拠
3.1はじめに
3.2既存及び提案する定義
3.3検討すべきパラメータ
3.3.1サイズ
3.3.2サイズ分布
3.3.3比表面積
3.3.4表面修飾
3.3.5その他の物理化学的特性
3.3.6有機及び無機ナノ物質
3.3.7ナノ合成物質
3.3.8残留性
3.3.9工業用及び天然
3.4結論
4.意見
5少数意見
6.参照
付属1

エグゼクティブ・サマリー


 ナノテクノロジーの応用がますます期待されているので、何がナノ物質であるとみなされ、何がそうではないとされるのかを明確で曖昧でない記述により早急に特定する必要がある。ナノ物質を特定する必要性は、ナノ物質のリスク評価と安全性評価に関する不確実性から来ている。

 ”ナノ物質”は、その構成部のサイズによる分類であるということが強調されるべきである。それは特定のリスクを暗示したり、この物質が実際に新たな有害特性を持つことを必ずしも意味しない。しかし、サイズは生体内又は生態系内で、生物学的分布(及び動態分布)に影響を与える。

 ナノスケールサイズでは物質のある特性が変化することを示す十分な証拠があり、例えば表面積−容積比が増大することに起因するものもある。これらのナノ特有の特性は、ヒトと環境に害を及ぼす可能性についての懸念を提起する。ナノ粒子の化学的反応性はしばしば表面積に関係する。その結果、より小さな粒子の質量当たりの化学的反応性は増大し、この影響は生物学的活性又は有毒性の増大に関係するかもしれないし、しないかもしれない。この不確実性こそがナノテクノロジー製品に関連する可能性あるリスクの注意深い評価が必要であることの根拠である。しかし現時点では、特定の特性が変化する又は生じる特定のサイズを特定すること、あるいはサイズの変化とともに生じる又は変化する特定の特性を特定することは可能ではない。

 いくつかの国際及び国家の組織はナノスケールについて及びナノ物質についての定義を提案してきた(付属1に概要が示されている)。提案されている定義のほとんどで、特定のサイズ範囲内の1又はそれ以上の外形寸法、又は内部構造を参照している。あるひとつの上限値を支持する科学的な証拠は存在しない。しかし、上限として100nm又は約100nmが一般的に使用されている。この値が妥当であるとする科学的な証拠はない。いくつかの定義はまた、特定の特性又はナノ特定の特性への参照を含んでいる。

 この意見は、規制を目的とした”ナノ物質”という用語の作業用定義(working definition)の重要な科学的要素に関する助言を提供している。規制当局及び製造者にとっての主要な疑問は、いつ(when)物質又は製品がナノ物質であるとみなされるのかを特定することである。測定系では、”ナノスケール”は1マイクロメートル(μm)以下で999ピコメートル(pm)以上の範囲であることに留意すべきである。ナノと非ナノの区別のための当該基準は、概略1〜100nmというナノスケールの作業用定義を用いて議論されている。1又はそれ以上の内部又は外部の寸法がナノスケールであるどのような物質もナノ物質であるとみなされる。ひとつの定義の要素として特定の特性を含めることの可能性が評価された。

 ナノスケール及びナノ物質のどのような定義を検討する時にも、サイズが支配的な特徴である。このことは、ナノスケール(すなわち1μm以下)での測定が実施可能であることを適切に検証する方法論が必要であるということである。どのようなナノ物質も、その測定のための方法論を含んで、そのサイズとサイズ分布によって記述されるべきである。

 ”1又はそれ以上の外形寸法”としてのサイズだけに言及するのでは、一次粒子の凝集塊/アグリゲート(aggregate)及び凝集体/アグロメレート(agglomerate)(訳注1)、又は、重要なことであるが医療や化粧品の分野で使用されているその外形寸法が特定された上限サイズよりも大きくなるかもしれないもっと複雑な多種要素ナノ物質(multi-component nanomaterials)を捉えることができないということである。外形寸法と同じ特定の範囲を持つ内部構造”への参照を含めることが、定義の範囲の中に凝集塊、凝集体、及び多種要素構成物からなる物質を含めることになる。これはまた、ナノポーラス及びナノコンポジット物質を含むことになるであろう。

 ドライ、固体、ナノ構造物質を非ナノ構造物質から区別するために、単位体積当たりの全体物質表面積に基づく体積比表面積(VSSA)は補完的な基準となりえる。BET法(訳注2)を用いた比表面積決定の限界は、それが粉体及び/又はドライ固体物質だけに適用可能であり、懸濁液には直接的には適用できないということである。質量ではなく体積に関連する表面積を表現することにより、ナノ物質の密度及びサイズ、又はサイズ分布から独立した追加的な基準を定めることが可能となる。比表面積が 60m2/cm3 以上の場合には平均サイズが 100nm 以下であることが多く、これはナノ物質含有が高いことを示している。かくして比表面積 60m2/cm3 以上はナノ物質であることを示す。

 ナノ物質を記述するときにはサイズ分布に関するデータが考慮されるべきである。物質の一部だけが定義又は記述するサイズ範囲内のサイズならば、そのような物質がナノ物質とみなされるかどうか及びいつナノ物質とみなされるのかを明確にすべきである。これは、ある閾値以下であるサイズ分布のある部分(ある%)を許すことによって、又はサイズ分布そのものに関する情報を使用することによって可能である。平均値又は中央値及びその標準偏差に基づいて、ある物質の0.15%以上が規定された上限以下のサイズを持つなら、その物質はナノ物質であるとみなされるかもしれない。

 ナノ物質のどのような定義においてもサイズは主要な要素なので、結果の同等性を確保するためにサイズ及び対応する分布を決定するための検証された標準化手法の開発が必要であるように見える。

 ナノ物質のコーティング及び表面修飾の適用について多くの可能性がある。意図的に適用された及び環境的に得られたコーティングは、ナノ物質の生物学的システムとの相互作用に大きな影響を与える。コーティングとコア(核)はともにナノ物質の特性を支配するものであり、それらはナノ物質のある環境中での挙動を代表するものではないので、コア又はコーティングの特性を別々に見ても役に立たない。ナノ物質のコーティングの変動性は、これらの特性がコーティングにより変化するかも知れないので、表面特性に基づく基準を定義に含めることは現実的ではない。

 OECDの工業ナノ物質作業部会(WPMN)のリストにある16特性の内のいくつかの物理化学的な特性は、ナノ物質の特定のための可能性ある識別子として評価された。それらは、結晶相、光触媒活性、ゼータ電位、酸化還元電位、ラディカル生成電位(radical formation potential)、水溶性、オクタノール−水分配係数である。これらの特性の全てはリスク評価の目的では非常に有用であるが、それらのうちのどれも、全てのナノ物質のための定義におけるひとつの基準として普遍的に適用可能であるようには見えない。

 他のどのような物質と同じ様に、ナノ物質は化学的に又は可溶化によって分解し得る。液体中では、溶媒の化学的特性及び表面コーティングに依存して、それらは凝集体(agglomerates)または安定な分散体(dispersions)を形成することができる。ナノ物質の可溶性(及び分解性)に関連する特徴は、ヒト及び環境中の双方での残留及び蓄積の可能性という観点から、リスク評価にとって非常に重要である。これらの特徴はサイズと形状、水溶性、表面電荷、及び表面反応性を含む。しかし、これらの特徴はナノ物質の特性化(characterisation)の一部であり、ナノ物質の化学的成分、表面修飾及び直接的環境に依存して個別のナノ物質により変化するので、これらの特徴を定義中に入れることはできない。

 あるナノ物質と合成物質は、ナノ特定の特性を持つナノスケールで統合された内部又は外部構造を持つかもしれない。ナノ合成物質(nanocomposites)の外部次元は一般的には 100nm より大きいので、外部サイズだけに基づく定義では、ほとんどのナノ合成物質はナノ物質とみなされないであろう。ナノスケールのサイズをもつ内部構造は、ナノ合成物質を定義に含めるための一つの要素であろう。また、1相がバルクであるようなナノ合成物質もある。巨視的合成物質をナノ物質とみなすことを回避するために、除外基準が開発されなくてはならない。

 規制範囲内で意図的に作られたナノ物質をもっと明確に示すために、“engineered” 又は “manufactured”という用語が使用されるかもしれない(訳注:日本ではともに工業用と訳されることが多い)。意図的に作られたナノ物質を検討するときに、“engineered” 又は “manufactured”の意味は、ナノスケールの物質を得るためのプロセス(例えばサイズ減少をもたらすグラインディング又はミリング、又は化学的プロセス)を含める必要がある。

 結論として、サイズは全てのナノ物質に汎用的に適用でき、最も適切な測定量(measurand)である。定義されたサイズ範囲は一様な解釈に役に立つ。規制目的のために、更なる定義の改善のために平均サイズと標準偏差を用いたサイズ分布もまた考慮されるべきである。あるいは、サイズ分布の特定部分が定義の特定のサイズ範囲で許されるかも知れない。ドライ粉体の場合、ナノ物質を特定するための識別子として体積比表面積(VSSA)がサイズに加えられるかもしれない。さらに、定義は外部及び内部のナノ構造を含むべきである。

 ナノ物質の定義の下限値については、1nmが提案されている。しかし、1nm近傍では、分子、ナノクラスター(訳注3)及びナノ粒子の間に曖昧さがある。

 当面、ナノスケールに帰すべき特定の特性に関連する特定のサイズというものをナノ物質について一般的に特定することができることを示す科学的なデータはない。ある単一の上限を支える科学的な証拠は存在しない。しかし、広く使用されている100nmという上限値が一般的な合意である。この値の適切性を正当化する科学的証拠は存在しない。とりわけ、単一上限値の使用はナノ物質の分類にとって非常に制限的であり、異なるアプローチがもっと適切かもしれない。このアプローチは、下限でのサイズ分布は常により低いより重要な閾値より大きくなることが想定されるので、比較的高い上限閾値に基づくことができるであろう。ケースバイケースのリスク評価を実施するために広範なナノ特有の情報が提供されるべきなので、より低い閾値は重要である。

 サイズに加えて、どのような規制のための定義も、ナノ物質の加工を含んで意図的に設計されたナノ物質(例えば engineered 又は manufactured)に限定されるべきである。

 規制目的にリスク評価に関する特定の要求に基づき、特定の領域及び応用のために、包括的な定義の変更も必要かも知れない。



訳注1
訳注2
  • 比表面積測定 BET法
    粉体粒子表面に大きさのわかった分子やイオンを吸着さえて、その量から試料の比表面積を測定する方法

訳注3
  • ナノクラスター
    「ナノクラスター」とは、数個から数百個の原子・分子が集まってできる集合体で、その大きさは数



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