textnerd@mind

  - 思うこと、ただなんとなく綴る場所 -

RSS1.0


- diary log 31 -

<< これより昔の日記 | この後の日記>>

あなたの街の熱中症予防

 イントールしてみた。
 去年までの熱中症アプリは物凄く事務的でしたが、今年は「ぴーこん」というキャラを育てて図鑑を埋めるという、育成ゲーム要素が加わりました。
 飽きずに見られていいかも知れない。1回タップするだけだからそんなに時間取られる訳じゃないし。
 で、そのたびに強制的に熱中症危険度が目に入る、というような感じ。

 実は去年は、同じドコモ環境ライブをWebから利用してみたんですが、1度地域を選択して情報を見てから、他のコンテンツ(コラムとか)を眺めて、再度トップページに戻って来ると、地域の選択がクリアされてて毎回東京に戻ってる、という…。
 お前ら東京以外で動作テストしたことねーだろコラ。
 で物凄く萎えた覚えがあります。
 まあ、あれです、ドコモのやることだから。他キャリアの、しかもSIM無し端末だから、問い合わせてもきっと「動作対象外」で蹴られる予感だったから何も言いませんでしたけどねー。
 今回はネイティブアプリだから、さすがにメニュー移動するたびに設定地域が東京に戻ったりはしません。ええ。ネイティブアプリでそれなら本気でドコモのアプリ開発チームをクビにするよう進言します。いや、そんなコネはないけど。
 …あ、申し遅れましたが、ちなみにウォークマンに入れてるんですよ。それでも立派に動くのはスバラシイ。データ取れてないこともあったけど(今まで1週間くらい使ってて1回だけ)。

 今年の目玉(?)の1つが、「声かけ」。危険度が警戒以上になったら、あらかじめ登録しておいた知り合いに、気をつけよう的なメッセージを送る機能。
 声かけをすると、プレゼントに応募出来るようになって、送れば送るほど当選数が上がる。
 ……というものなのですが、1日数回起動をしてはみるものの、今まで「警戒」以上を見たことがない(つまり「声かけ」機能自体を使用出来る状態にならない)のでどうしたものかと!(笑)
 てゆーか、東北でコレだと、北海道は全滅だよね…明らかに…。いやまぁ、趣旨は判るんだけど、マジでどうするんだこれ。当選者地域偏っちゃうぜ。

 警戒の判定は「マイタウン」に登録した地域なので、「マイタウン」を南にして、実際に自分の住んでいる場所の情報が見たければ別に登録する(3ケ所まで登録出来る)、という手はあるにはある。「マイタウン」についてはGPS連動はしていないので(というかウォークマンは常にGPSはオフで使ってるわけでー)、東北にいるのに熊本をマイタウンにしても別に怒られたりはしない。
 けど趣旨に反するわー。声かけプロジェクト自体の意義は理解するだけにちょっと微妙ね…(苦笑)。

 まぁ、それでも。
 ぴーこんのあのくねくね具合(?)は私は割と好みなので、こつこつ図鑑を埋めてみようかなと。
 もし声かけスタンプ欲しい方いれば、119 150 531 にどうぞだよ。ただし、こちらからの声かけは、そんな訳なので期待しないで下さい。「声かけ」アイコン自体見たことないってんですよ!

2013.8.21追記
 バージョンアップ来てました。マイタウン以外の登録地域で「警戒」以上になった場合でも「声かけ」アイコンが押せるようになりました。
 という訳で、マイタウン詐称をしなくてもよくなりました(笑)。タウン1に熊本登録してるんですが、どうして熊本って……そりゃまぁ、ね? あれですよ。うん。

更に追記 : ドコモ環境ライブ及び「あなたの街」シリーズアプリサービス終了につきリンク削除。

固定リンク / 2013.7.27


ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生

 …いやぁアニメ化嬉しかったです。ありがとうございます。
 と言うのも、出た時からゲーム自体に物凄く興味があったんですけど(閉空間サバイバルミステリーは割と好物デス)、アクション要素が多そうに見えて、スピードについて行けない自分には出来ないだろうな、としか思えなかったのです。
 こういう時はゲームというメディアが悔しいのですよね。物語としては面白そうなんだけど、ゲームになったら私はそれを「読む」ことが出来ない。
 だから結局周辺メディアミックスだけうろうろする。「本体」に触れてない感が切ないし、「作者」の皆様にも申し訳なくって。

 一点。どーしてこう血の表現を歪めないとならないんですかねえ…。AT-Xのリピート放送以外は全部深夜帯だし、お子様の目を意識する必要があるとは思えないんだけど。
 というか、昔のアニメは夕方組でもちゃんと血は赤かったと思うんだけどなぁ(苦笑)。
 今のところそれだけちょっとご不満。あとはまぁ、原作知らないので楽しみに追いかけてみようと思います。

 しかしモノクマは…声とセットで、凄いキャラだ。大山のぶ代さんは偉大だなあ(笑)。ドラえもんもある意味そうだったけど、異世界感が伴う声なんだなぁ、こうやって聴くと。アニメより前に公式のPV動画とかで知ってはいましたが、彼女をアサインした元々のゲーム制作陣のセンスが大変に素晴らしい!

2013.10.14追記
 ちくしょう原作プロモーションビデオめー!(笑)
 どう考えても尺が足りてないですよねこれ。日本のクール制がムカつくわー…。2クールやるには長過ぎる気は確かにする。でも15〜6回は欲しかった気がするなあ。
 アニメ組にももう少し推理の余地をあげても良かったんとちゃうかー。大事な証拠がサラッと流され過ぎてて微妙に落ち着けなかった…。
 うん。なので原作プロモーションビデオ? 原作に手を出したくなる、という方向を狙ってるとしたら成功なのかも…。いやまあ、今時のメディアミックスにはそういう側面って確かにあるけど。あるけどねー。
 いつかはやります。やりますよー。…いつかは。自分でいろいろ確かめてみたいことあります。そういう食い足りなさ。

固定リンク / 2013.7.20


NHKにしか作れない分野、ってやっぱりあるんだなぁと

●幻解! 超常ファイル ダークサイド・ミステリー

 民放がやると変に修飾しがちな部分を、あくまで「科学」の域を出ないでやってるのがいいです。資料とする映像や写真にも妙なアオリがなくて淡々としているのがいい。

 ただ、ふと気づくと、今、この手の「超常現象系」「オカルト系」は(ヤラセでもそうじゃなくても)民放がほとんど作らなくなっちゃった分野ですね。昔は夏や番組改編期になると、この手の番組はそれこそ飽きるくらいにあったと思うんですが。あと、ヤラセ込みで「バラエティ」として成立してたようなやつも(川口浩探検隊シリーズとか)。
 不思議に思うんですが、今やネットの影響なんかもあって「リテラリシィ」って言葉がもてはやされてますが、そんな言葉が日常じゃなかった頃、自分たちが見ていたこうした番組って、嘘だってことはちゃんと判った上で見ていたような気がします。なんか、今の方がテレビって嘘つけなくなっちゃってる気がしますね。フィクションにしてしまわない限り。だから作れなくなっちゃってるんだろうなぁ。民放では。

 NHKのこの番組の場合は「検証番組」の体裁だからまだ視聴者様(笑)の文句は少ないのかも知れません。ただ何となく今まで漠然とした知識しかなかった超常現象たちを別の角度から見られるのはとても刺激的。
 結局は、あれですね。これ、超常現象番組というよりは、認知心理学とか認知社会学の分野の科学番組なのだと思います。

●岩合光昭の世界ネコ歩き

 やー。きっとね、CSの動物専門チャンネル系(アニマルプラネットとか)にならあると思うんだよ。
 てゆーか、無料放送期間とかにたまに猫番組録画したりすることはあるんです。あるんですが。
 ちょっと別格ですねー、このテンポ感は。「世界ふれあい街歩き」の遺伝子なのかしら。多分。
 他はどうもなんか、騒がしくごちゃごちゃと切り替わる系の映像が多い気がしてねえ。こんな風に、ゆーったりと猫の動きが「観察」出来る番組ってあんまりない感じ。専門チャンネル1日中流してればあるのかも知れないけど。
 この番組を見ている猫の写真がブログ等に多く投稿されてるのもなんか判る気がします。きっと自然なのでしょうね。映像として。カメラ視点が低いというのもあるけど。

 音楽も大変に好きです。望めないとは思ってますがサントラ欲しいやねー。あまちゃんテーマで味をしめて(?)ダウンロード販売だけでもしてくれないものかしらん。

 ただ唯一、ナレーションが俳優さんなのはちょっと微妙。慣れて来たけど。でもなー。もうちょっとニュートラルな声の人が良かったなー。と毎回思う。

固定リンク / 2013.7.13


そろそろ大きさ競争やめて欲しいなぁ

 各社夏モデルが出揃いましたですね。5インチが増えて来たスマホ市場、作る側は大きい方がウケるという意識をそろそろ変えてくれないかなと思ったり。

 スマートパスは未だ魅力的ではあるけど、auから出るスマホはことごとく欲しいと思わなくて割と困ってます。本気で。夏モデルで一番小さいのがURBANOだけどそれでも幅65mmの4.7インチ。正直電車組にとってはそれでもデカいよ…(でもあの緑は超キレイだけどね)。ソフトバンクのDIGNO R(幅60mm/4.3インチ)羨ましい……うー……。

 SONYのNW-F805が幅56.8mmで3.5インチディスプレイですが、これで今スマートパスを使ってます。で、このサイズだと、さんざん騒いでた「横画面アプリは通勤中に使えない」問題が解消しちゃうのですよね。横持ちしても片手で操作可能な範囲になる。まぁもちろん、左右に擬似コントローラ振ってるようなタイプだと無理だけど、アドベンチャー系はほぼOK。
 お蔭で本当に楽しめるものが増えてありがたくて、iPod Touchはネット端末として酷使してるけどNW-F805はアプリ(+スマパス)端末として酷使してます。電池自体の容量がないせいもあるけど、NW-F805は毎日充電中。

 さすがに今のスマホに3インチ台を求める訳に行かないのは理解しているつもりですが、最低限、ソフトバンクのDIGNO R並みのスモールモデルが出ないと変えようという気にならない。もちろんスペックもそれなりでね。
 今までは確かに、大きくてハイスペックな方が売れる、という予想があったのかも知れません。けど、スマホへの買い替え需要が増えて、スマホが一部のガジェット好きのためのものではなくなって来ている時期だと思います。ガラケーと同じ感触で「片手で使う」のが当たり前という層がこれからどんどん厚くなってくはずなので、そこに向けてリーチ出来るものが増えてくれないかなぁ、と。

 ぶっちゃけ今独走中のドコモXperia Aって、スペック的には、「最新スマホ」と言うほどハイスペックでもないんだよね。同じツートップのGALAXY S4と並べるとびっくりする(笑)。でも、実際の販売台数はGALAXY < Xperiaでしかも2倍以上差がついてる(今のところ)。
 まあもちろん価格のせいもあるとは思います。でも、ギャラS4がメーカー資金で値下げ策打つとは言っても、それで勝てる世界じゃなくなってると思うのですよ。もうスマホは、スペックの数字で釣れるユーザーだけのものじゃなくなってるんじゃないかなぁ、と思ってます。

 さて。そろそろ「小ささ」にも目を向けてくれないかしら、各社様。
 パナがドコモ向けから撤退するかもなんて噂が報道を賑わせてるし、ドコモのツートップ戦略で他社が潰されるなんて世間は騒がしいですけれども、こうなると意外と京セラがいい位置にいる気がします。てか最近、自分がふと目を向けるとそこにいるのは京セラが多いです。URBANOしかりDIGNOしかり。ウィルコムのHONEY BEEもいい端末だし。あとドコモのメーカー振り回しっぷりを見るに、そこから離れてられるのもある意味いい位置!(笑)
 あとシャープも応援したくなっちゃうんですよね。何となくですが。ドコモなんて逆に見捨ててもいいんじゃない? え、だめ?(笑)
 日本のメーカーが今スマホ市場でグローバルに打って出るのはすごい壁だと思うんですよ。最初から世界見てるサムスンやLGに比べて「日本市場向け」は足かせも多いから(おサイフとかワンセグとかね…)。その足かせである意味どーせガラパゴスなんだから、「国内特化」で身の丈戦略しても、それ、悪い方向じゃないと思うんですよ(京セラはそういう方向に見える)。
 特に日本人は手がちっちゃいんだから。サイズもグローバル競争に巻き込まれてると、私は永遠にガラケーのままかも知れないと最近諦め気味になって来ました(笑)。特にauは開発機種絞る方向だからますます辛いなあ。スマートパスはいいサービスなのに。

固定リンク / 2013.7.6


CX人狼

 フジテレビの「人狼〜嘘つきは誰だ?〜」、超単純化ルールですが、テレビで「バラエティ」としてやるにはこれが限界でしょうね。これ以上役職増やすと、未経験者が初見で「面白い」と思えるかどうか判らない。

 地方なので深夜版はほとんど放送されず、3月の1村と先日の4村しか見てません。しかも録画ですスミマセン。
 人数が人数だけに騙りが出ないのがちょっと寂しかったりしたので、先日の4村二戦目で狩野英孝さん応援してたのはナイショです(ただ、こっちじゃ見られなかった深夜回に騙り出てたらごめんなさい)。
 や、なんかね。うん。人狼ゲームの経験者ならきっと思う人いたと思うけど、人狼サイドをただの「悪役」として解釈するのはちょっと面白くない。キレイに騙されることの気持ち良さってのもあると思うんだよ。
 これはチーム戦のゲームなのだから、難しい局面に立った側にエール送ったっていいじゃないか、ねえ? ……いや地元びいきだからじゃないぜホントに。

 以前やってたチーターは、役者の方が強くなれるかな、と思って見てたけど、CX人狼は口の達者な方が強いですね。簡単に場を握れてしまう。バラエティの宿命とはいえ「ゲーム」としてはあまり美しくないなぁと感じるけど。
 あと、日頃の人柄を判断材料に使われるのも微妙。…ゲームなのにまぁ、と。
 あと、このゲームには「慣れ」があるから、あまり同じ人が何回も出るのは…どうなんだろう…あ、今気づいたけど、もしかしてこっちで放送されるのは狩野英孝回だけなのか!?(えー)

 まぁそれはともかく。
 今までも人狼系番組(?)は色々作られては来ていますが、いずれも短命で終わってる印象があるので、細く長く続くといいかなと思ってます。
 とはいえ、ゴールデン向きコンテンツではないと思うので(てかぶっちゃけ、生真面目なオトナの皆様に余計なクレーム入れられるのウザいっちゅーかゴニョゴニョ)、製作されても地方で放送されるチャンスはあまりないかもですね。しかも再放送はCS(有料ch)っつー。むーん。ネット動画全盛時代に、こういう「地域性」のないコンテンツが地域差別の対象になるのはやっぱり納得行かんなぁ。

固定リンク / 2013.6.29


カネイリミュージアムショップ

 ここで扱われている商品のラインナップがちょっと独特だなぁ、と思っていたら、元々はクリエイター応援をメインとしたセレクトショップだった。ふむ。なるほど。
 ちなみに公式サイト
 モノの「作家性」に対する目線がある、ような気がしたのはそのせいだったんですかね。ちょっと他ではあまり見かけない「作品」に出会えて、ぼんやり徘徊するのも楽しい。

 実はあの奈良美智さんのグッズが常設なのがちょっと嬉しかったりします。たまに成分補給(?)しに行きます。知らない人は画像検索してみるといいぞ。このツリ目のつんつん少女たちは何だかクセになるのだ。最近は、「NO NUKES」メッセージ持ったツインテールの子の絵が原発デモに使われて話題になったりしました(もちろん本人公認で。非営利に限るという条件つきで)。
 彼が青森県出身だからなのかな(カネイリミュージアムショップ自体も青森発祥なので)。

 あとウィスット・ポンニミットさんもビッグイシューで見かけてからちょっと気になっていた1人で、グッズの実物に初めて出会えたのもこの店でした。

 …という感じで、地域の作家だけではなく、全国的・世界的に活動している人の作品とも「出会える」場所、になってます。私にとっては。
 雑貨屋さんは数あれど、こういう「人」を軸にした切り取り方が出来るショップは、地方ではやっぱり珍しい気がします。
 いや、小さい店とかは、私が知らないだけで、あるのかも知れませんけど。

固定リンク / 2013.6.22


ボールペンにだってファンはつく

 うちの母親は、紙にペンで字を書く時になぜかフェルトペンを愛用していたのです。普通の行幅のノートに太い線で何かを書いてるのを見て、太くない? と聞いてみたら、自分でも太いと思っている、と返って来た。
 細かい字を書くならボールペンの方がいいんじゃないか、と提案すると、ボールペンだと疲れるんだそうだ。手に力が入りにくくて。
 まだまだ元気ですが、まぁ高齢者のカテゴリーだし、そういうこともあるんだろうなぁ、とは思っていた。…けど。
 書いてる字を見て、後から絶対読み返せなさそうだし、何より裏写りが激しい訳で、どー考えてもノートに文字を書くには向いてない。残したり後から読み直したりしないものなのかも知れないけど、それにしたってひど過ぎる気がする。

 で、ふとペン立てをチラ見すると、ボールペン、入ってるんだけど、全部油性なんですよね。100円ショップだと10本まとめて売ってるようなタイプ。あるいは、広告宣伝用に配ってるようなタイプ。
 つまりまぁ、あれだ、ボールペンって意外に買わない。買わなくてもこと足りる。かく言う自分だってボールペンって滅多に買わない。会社では社内作業用にちゃんと経費で買って置いてあるし、個人的なメモってもう既に電子化で紙に書くチャンスあんまりないし。
 うむ。そうか。恐らく母は水性とかゲルインクとかを使ったことがないのだな。

 ということに気づいて、自分のお買い物ついでに文具店に行って、2本の指でつまんでろへろ〜みたいな方法で試し書き、というか紙を撫でてみて(笑)、そこで売ってたうちで、一番力を入れなくても書けた水性ボールペンをゲットして来た。パイロットのvcornだ。
 まぁ使ってみなよ、と渡したその日から。
 母にとってボールペンは、「もらいもの」ではなく「買って使うもの」になりました。ペン立てに同じペンが常に3本入ってる。最初のうちは店員さんに「これと同じの」と頼んで出してもらっていたらしいですが、今では自分で見つけて買って来ます。なくなる前に買って来ないと不安になるとまで言い切る愛用ぶりです。
 恐ろしく熱狂的なファンがここにいますよー、パイロットさーん。今やボールペンと言えばゲルインク全盛ですが、製造中止したら母が困るので頑張って生産続けて下さーい(笑)。

 もちろん水性だし、宅急便の伝票なんかのカーボン複写には向いてない。その辺りはちゃんと説明してます。油性もちゃんと別に用意してあり、使い分けはしてます(というか、実は私自身がボールペン2種使い分けてるんだ、既に。だから気づいた)。
 しかしまぁ、なんていうか。
 ぶっちゃけ高いんだよ水性。いやたかが105円(税込)ですけどね? 油性ボールペンに比べたらコストパフォーマンス最悪。というか、ボールペンは「わざわざ買わなくても」みたいな認識は決して自分だけじゃないと思うんだ。それでも「買わせる」だけの威力があるって、小さいけど凄いことな訳で。
 デフレで、値下げしないとモノが売れない、なんてのは、やっぱり言い訳なんだよなぁ、とふと。ちっちゃなペン1本でも思い知らされる。

 ……あと。ボールペン業界はこの需要に気づいているのか? どうなんだ? 水性ボールペン担いで、主に高齢者狙いで、試し書きしてみて下さいツアーやったら、母のような「ファン」はもっと増やせるような気がして来たぞ。手帳やらカレンダーやら家計簿やら、ある一定年齢より上の世代は、やっぱり手書きメインで生きてる訳でさ。商機あると思うぜ。どうすかその辺り(どの辺りだ)。

固定リンク / 2013.6.15


インストが「市民権」を得るのは何だか嬉しいなぁ

 通勤中はずっと音楽漬けですが、持っている音源の半数近くがインストな自分。ま、1990年代のテクノやらハウスやらが一番多いのでそうなる。最近買うとしてもその延長みたいなものが多いし。
 ちなみに一番最近買ったCDはDigitalismの『I LOVE YOU DUDE』。ドイツのテクノはええのー。てゆーか1990年代ものでもドイツってだけで買い漁りたくなる悪い癖が発動しそうになるのは内緒だ(Digitalismは「現役」ですけどね)。Hardfloorとかもうきゅんきゅん。

 それはそうとして。
 久し振りにちょっと嬉しいのは「あまちゃん」のオープニングテーマの快進撃ぶり
 どうしても日本でのチャートアクションでは「歌モノ」が強過ぎるので、インスト好きはイコールマイナーだ、ということにならざるを得なかった、けど、売れてるねー(今は配信のみですが)。CD発売してもロケットスタートになりそうなのは、ジャニーズ系とかAKBとかが売れてるのを見るのとは別格のわくわくがあります。

 歌詞じゃない「音楽だけ」によって伝えられる何かがあるはずだ、と思うんです。とても個人的な考えではありますけれど。
 どんな音楽でも、言葉が乗ってしまった時に、音楽の意味が言葉に引きずられる。もちろんそれは「良さ」でもあるけど、「もったいなさ」でもある気がするんだ。
 言葉のような明確な「意味」を規定されない音楽だけで、伝えられる想いや空気や躍動も、あるんですよ。うん。あると思う。
 で、あまちゃんのオープニングテーマには、そういう、「音楽だけで伝わる」不思議な楽しさや躍動感がちゃんと詰まってる、ような気がします。それを受け止められるレセプターが日本人にもあったんだ、っていうのが、何だかちょっと嬉しい。

 っていうか、大友良英さん凄過ぎるな…実は以前、ノイズミュージック・アーティストとしての彼のライブを一度聴いたことがあるんだ。1人の人間が生み出す音として、幅が広すぎてめまいがする(笑)。彼の血は音楽で出来てるんだなぁ、まさに。

固定リンク / 2013.6.8


面白いし、いい流れだと思っちゃった

 角川が(アニメの動画に対して)いわば「公認MAD」制度を持ち出したことは凄い前進だった、と思うのだが、ゲームのプレイ動画に対して「削除」以外の新機軸がやって来た、と捉えるべきなんでしょう。
 発売するPS4が、ゲームのプレイ動画をキャプチャしてネットにアップロードする機能を「最初から」持って発売される予定、というのがもしかして効いたんでしょうかね。
 ……何がって。
 任天堂が、YouTubeにアップロードされた自社のゲームのプレイ動画について、削除しない代わりに、その広告収入を自分がブン取ることにした、らしい、という記事(英語なんでアレですが多分そういうこと。ちなみにスラドのスレッド)。

 動画で収入を得るような一部の人たちとは違って、特に日本のゲームプレイ動画は、あんまりそれで「稼ごう」という意図はないような気がするのですよね。あ、もちろん稼いでる人も中にはいるんでしょうけど。ニコ動が既にやっている公認実況動画制度なんかは特にそうだと思いますが。
 もちろん著作物の権利は尊重されるべきなのですが、だからと言って何もかも削除削除でやって行くのは「今の」ゲームを初めとしたコンテンツ産業にとってあまり有益じゃない、とは思ってた。少なくとも私は、人の実況動画なんかを目にして初めて存在を知ったゲーム、ってのも結構あったりする(Rule of Roseとか)。

 今やゲームは「基本無料」の世界になってしまったし、何も中身を知らないままで何千円もの事前投資を迫るコンシューマは、それだけで分が悪い。
 でもプロモーション動画では「プレイした感触」が見えて来ない。
 ……という訳で、違法行為だと判ってはいても、ブレイ動画というジャンルは凄く貴重なものだと、私個人は、感じていたのです。表立って言えることじゃなかった訳ですが。

 任天堂のやり方っていうのは、「申請して公認を得る」みたいな手間が存在しないって意味でちょっと画期的な気がするんだ。今までの「公認化」には申請プロセスがどうしても挟まるけど、それがないって意味で。
 いいんじゃないの、そういうのも。広告料の流れなんて見ている側には見えないことなのだし。それが一次著作者たちの懐をちゃんと潤せるんだったら無駄にgoogleに稼がせるよりはよっぽど健全じゃないか? ねえ?(笑) もちろん、動画で稼ごうとしている人がムカつくのは理解出来るんだけど、そうではない層にとってはいい話だと思う。

固定リンク / 2013.6.1


ショートムービー好き第2弾

 意図してなかったけどNHK多いな…回し者じゃないつもりなんだけどなぁ…

●ぢべたぐらし あひるの生活

 「おとうさんといっしょ」自体には全く興味がないですが(というか私はおとうさんではないからな…)、この5分のために見てますよええ見てますとも! いや大半は早送りすっ飛ばしです申し訳ないです…
 今までずっと気にはなっていた松野太紀さんの声と名前が初めて一致した。嬉しい。というかこのあひるくんの声がたまらなく好きですよええ。松野さん、役柄によってえらい声変わる人ですがこの声大好き。
 あひるくんのぼんやりのんびり具合も良いですが、ストーリーについては、食物連鎖関連の描写がとことん「素直」(故に残酷)なのがなんだかいいです。変な美化がないところが。シュールかわいい。

●タクシードライバー祇園太郎

 NHKの青山ワンセグ開発出身。たまーにツボりますねワンセグ開発モノ。
 いわば「紙人形劇」。ありそうでなかった発想が見てまずびっくり。ストーリー的には笑える系からシュール系まで色んな回がありますが、本多力さんの声がまたホントにいい味してて、何をやられても面白いのは何なんだろう…(笑)。
 撮影、想像するとすごく大変そう。でも出来上がった絵柄はとってもチープ。もちろん「だがそれがいいッ!」な訳ですがっ。手作り感満載。

ガッ活!

 言わずと知れた(?)「やわらか戦車」のラレコさん作のFlashアニメシリーズ。たまに脚本が他人だったり、声優さんがラレコさんじゃなかったりするのが、「やわらか戦車」から知っていた私にはなんだか新鮮だ(変な所で感心)。
 相変わらずキャラ作りがうまいなぁ(しみじみ)。Flashという「制約」故にいろいろと省略された動きとか、「やわらか戦車」の頃から、それが味になってるスゴイ作家さんだ、と思っていましたが、「ガッ活!」でもその良さが続いているのがとてもステキ。シンプルなのに個性的。安定の1本、という感じ。

ガラスの仮面ですが・ガラスの仮面ですがZ

 というかこの手の短編アニメ、DLEは強いですねえ。単に私が好きなだけかも知れないですけれども。ちなみに「鷹の爪団の楽しいテレビ」も見てますですよええもちろん。録画ですけど。
 それはそうと。
 日曜日のあの時間なのでうっかり見てしまって度肝を抜かれました。よくこんなの原作者が許したなぁと思って。もちろん許可なくやってるはずはないんだけど、それでもどぎまぎしました。
 こうして見ると、ガラスの仮面ももはやある種の「フォーマット」なんだなぁとしみじみ感じますねえ。やってることムチャクチャなのにちゃんと「キャラがブレてない」不思議。まあ、原作でもマヤの「演技」に対する態度はいろいろとブッ飛んでるので、それをギャグとして整頓したら確かにこうなるのかも知れない。
 とにかく強烈。いやまあ、日曜日の夜に眺めるにはいい感じの強烈さです(笑)。
 しかしこの公式サイトのデザインは何なんだ見づらいな…いやまあそれも演出なんだろう、多分。

追記 : 番組サイトなくなっているもののリンク削除。

固定リンク / 2013.5.25


擬似生活ゲームは数あれど

 実はEzweb版ワールド・ネバーランドである「アシツガハラ国物語」をやっていたのだ。もちろん今はとっくにサービス終了してるんだけど。
 だもんで、プレイヤーがいなくても勝手に生活している方がいいなぁと思ったりする。放置ゲーと張り付きゲーの間を行き来出来るようなスタイル。
 ソーシャルゲームや、「トモコレ」「どうぶつの森」を代表とするコンシューマ系の擬似生活モノってプレイヤーが張り付いてないとダメなイメージがあって微妙に手を出しにくい。アシツガハラでは割とのんびりゆったりやってて、2代か3代(子供に引き継いで)遊んでた気がします。

 最近(特にガラケー専の)ソーシャルゲームが次々お亡くなりになって、一時期に比べてだいぶプレイ本数が減りました。
 で、ふと、アシツガハラのことを思い出してしまった今日この頃。
 というかワーネバって物凄くソシャゲ向きのコンテンツのような気はする。するけど、今のソシャゲのビジネスモデルだと存続出来ないのもなんか判る。すごーく判る。だから、アシツガハラとバース連邦(つまりガラケー専Web月額課金ゲー)が、オンライン版のビジネスモデルとしてやってける限界だったような気もします。

 今の最新作はPSPのククリアですが、せめて(有料でいーすから)オンライン版(張り付かなくても勝手に生活してる系ね)がスマホに来ないかなと思うのは自分だけなんすかね遠い目。オフライン版だと結局張り付きゲーと同じなのでやってる時間ないし。
 あと今さらPSP持ち歩く気にはならないのよさ。アシツガハラの時もそうだったけど、やっぱ通勤とかの隙間時間にチラ見するようなスタイルで行きたいんだよな…。
 ただアルティさんも人から買ったゲームですし、そこまで熱心に移植する気はないだろうか。うー。どーかなー。割に一定のファンがついてる気はするんだけどなー。
 探すと意外とない、というジレンマ。むー。

固定リンク / 2013.5.18


ビーイング・デジタル / ニコラス・ネグロポンテ(福岡洋一・訳)

 日本語訳版の初版を持ってる訳ですが、当時読んでいてもやっぱり何となくピンとは来ていなかった。それから約20年を経て本棚の奥から落っこちて来て(言うまでもなく2年前のアレで)、でGWに何故か読み出して、今に至る(読むのが遅い…)。

 彼が、メディアはすべてパーソナライズされる、と言ったことはまさに正しかった。ただ、彼が「ブログ」のような、個人発のメディアを想定してない、という批評はちょっとだけ的外れなのかも知れない。少なくとも動画を個人が発信する時代が来るはずとは書いてあるし、それに絡めてネットワークのスピードの上りと下りの速度差がある不合理についても触れてる。……けど、私も思ったよ。どうして「動画」というメディアだけでそれを語るんだ、とは。あはは。メーリングリストというものは当時だって存在したんだし、紙のzineだって当たり前にあったはずだし、テキストによって個人が(マス)メディア化する方が想像つき易くねーすか? どー考えても。謎だわねこれは。

 あと、今になって判ることは「時期が悪かった」ということなんだろうな。この本が出た頃はまだYahoo!が赤ん坊で(しかもディレクトリ・サービスがメインで)、googleは胎児だった。彼の言う「ビットのためのビット」は今で言う「タグ」に近いものだけれど、本の中で新聞等のテキストのメディアについてまで「ビットのためのビット」をくっつける想定が語られることが多いのは、今の人が読むと「なんで?」って思うよね。きっと。
 特にgoogleがそうだけど、コンピュータの中に存在する「テキスト」を探すのは今や最初から全文検索が当たり前で、テキストデータに対して「タグ」をつけなければデータにならないなんてこたーない。まあメタタグの存在はあるけど。
 で、時系列を調べて頭を抱えたんだな。彼は「検索サイト」の存在を知らないで書いていた。これは不利過ぎる。切ないほど不利過ぎる。彼はその「ビットのためのビット」なんてものをつける必要がない世界をまだ見ていなかったのか、と。
 まぁ、ブログ(という個人発メディア)は、全文検索エンジンの存在があってこそ、だから、セットで抜け落ちたのは今になってみれば納得なのかも知れない。

 あと、テレビとパソコンの世界だけ見ていて携帯電話の世界に目が向いていないのもちょっとびっくりする。BlackBerryが1997年でiモードの登場が1999年だったからこれも時期的な問題だと言えば言えるけど、いわゆるネグロポンテ・スイッチを提唱した人が、無線パーソナル端末としての携帯電話に可能性を1mmも(いや、彼に敬意を表するなら「1ビットも」と言うべきかな)見出してなかったのはなんか「惜しい」気がしますね。てか腕時計を端末化する発想があるのに何故携帯電話に行かないんだ…(携帯電話自体は本に登場してる)。研究者であって実業者ではない、ということなのかしらん。むむん。


 2013年の今になって感じる違和感の1つは、情報がパーソナライズ「され過ぎる」ことのデメリットが意図的に見過ごされてる感じがする所かなぁ。
 エージェントが優秀過ぎて、本人にとって必要ではないと思うことを全部蹴落とした状態だけを享受するのが当たり前になっちゃったら、ビルに飛行機が突っ込んでテロ組織が犯行声明を出しても、その事実を、翌日会社で同僚が青い顔して話してるのを聞くまで気づきませんでした、みたいなことにはならないんだろうか…ねえ?(苦笑)
 昔荻上チキさんの「ウェブ炎上」読んだ時に書いたことともかぶるけど、見たくない他人の裸がちらちら目に入る環境ってのもそれなりにメリットあると思うんだけどねえ。
 で、そういう「見たくないものも目に入る」メディアってのは、2013年の今でも、やっぱり新聞及びラジオの独壇場のような気がちょっとします。
 ネット上の情報は今や「個室化」が当たり前だから見たくないものは誰も見てないし、テレビは既に、情報源メディアとしては色んな意味で見放されているから論外だし。
 あと新聞は特に、読むのに電気とか他のエネルギーを必要としない、てのも強いでありますね。それにどんなメリットがあるのか、だって? 君の街に巨大津波が遊びに来ればきっと君にも理解出来るさHAHAHA(アメリカンジョーク直訳風味)。

 余談。
 100ドルPCの発想は素晴らしいんだけど、今なら開発に苦労なんかしなくても100ドル行けますね。楽勝で。タブレット端末なら型落ちパーツと機能を絞ってグロスで生産すれば余裕でしょう。で、恐らく100ドルPCがやろうとしたことはほぼ実現出来ると思う。
 とゆーかね、我が日本の電子辞書、30コンテンツ音声つきみたいなレベルがふつーに(今の相場で換算すると)100ドル以下なんだけどねー(苦笑)。PCやネットを提供することじゃなく、「教育」がメインなら、ガラパゴス上等の仕様でコストを切り詰めて価格を下げる日本のやり口もまだ捨てたもんじゃねー気がするんですけど。オープンソース大事かなぁそんなに。むーん。
 私が2年前に買ったAndroid OS 2.2は既に動かないアプリが多くなってるけど、2年前の電子辞書が動きませんなんてことはありえないさ、ねえ? アップデートも機能追加もない代わり、メンテナンスも(ソフトの)陳腐化もないから、ハードが壊れない限りは動かせる。エネルギーが自由にはならない世界ではそういう「古びない」後者の優位性も捨てたもんじゃねー気がする訳です。後半に彼自身が外科医と教師を例に引いてますが、教育や基礎知識ってやつはコンピュータと違って10年20年でそうそう劇的に変わったりはしねーですもの。コンテンツの内容自体の陳腐化はそれほど考えなくてもいい、というか、陳腐化しないものを選べばいいだけだし。
 まあ創造とか芸術とかの分野だと弱いのかな。でもペイントソフト載せるとかは出来なくはない気がするし。
 ただの日本びいきか。……ですよねー(しょぼん)。

固定リンク / 2013.5.11


零崎双識の人間試験(コミカライズ版) / シオミヤイルカ

 以前に読みたいとか言ってた。今さら。
 やー。この人の絵、好きかも知れない。
 ………あ〜やちゃんの続き……(涙目)。

 それはそうと。
 竹さんの絵は「流れ」はあるけど「動き」を感じない感じ。悪口じゃなくてね。でもシオミヤイルカさんの絵は「動く」ねー(にまにま)。ええ動きですわいのお。
 原作は言語過剰盛になりがちですが、それを「絵で表現する」ためにチューニングするのは理解出来ますとも。ええ。
 実はまだ出てる全てを読んでる訳じゃないのでアレですが、原作とは別の方向に行ってるっぽいので、今後が楽しみだ。うふふー。

 やっぱこうして(絵で)物語となって動くといろいろ面白いです。殺し名/呪い名連中とか、今回初めてビジュアライズされた人もいますが、ぴったりと思うかいい意味で予想裏切られるかどっちかなので結構気持ちいーです。時宮さん思ったよりゴツかった(というか考えてみれば自分がもっと線が細い想像をしてたって方がおかしいんだけどねー)。

 ただちょっと「薄く」なっちゃった感じはやっぱり否めませんですね。とはいえ、それはね、ある意味、正当進化なのだと思う。ビジネスとして。そういう方向の「薄さ」。
 それにしても西尾先生はメディアミックスに恵まれ過ぎてる気がするんだよ……(と恵まれてない人の名前をぽつぽつと想像)。今のところ、何をチラ見してもたいていハズレがないのは凄いなぁ。

固定リンク / 2013.5.4


コンテンツパック、ドコモも追随なのですね

 その1、サービス企業になるとか言ってた割に遅いんじゃねーのか。
 その2、やっぱりauスマートパスは「縛り」として強いのかも知れない、と、ドコモが認めちゃった、みたいな。にやにや。
 その3、要らないものが多過ぎる。

 「スゴ得コンテンツ」のラインナップ自体は、物凄く「ドコモ的」と言いますか何といいますか。えーと。苦笑い。浅く広くなんだなぁと。
 ただ、(スマホ含めた)ケータイ用の月額(Web系)コンテンツって、採算取るのが凄い難しい世界だと認識しているので、それがこういう形で「動線」作って貰えるのはサイト側にとって有難いんじゃないかなぁ、と想像はする。
 ただ、なんつーか、こんなにWebコンテンツ集めてパック化するなら、dゲームをゲームプラットフォームだけに限定しない方が健全だったような気がしないでもないんすよ。微かに。今でも、いわゆるソーシャルゲームの世界で月額運営してるものはいくらでもある訳で。今のdゲームを基本無料一部有料のプラットフォームとして最初から基盤作っちゃった方が楽だったんじゃないかしらん。なんてナ。ドコモユーザーだけが有料契約出来る、ってのはエブリスタで既に前例がある訳だし、出来なくはなかったんじゃないかと。
 auスマートパスはスマートパスで何でもかんでもやろうとしてますが、その方がユーザーとしても楽だし、運営する方もシンプルでいい気がするし。…まあ、私だけなのかなそう思うのは。

 ただ、iコンシェルとクラウド増量までセットってのはどうなんだろう。特にクラウドは。一番容量を食う画像や動画はdropboxを始めとした手段があるしなぁ。少なくとも私がドコモユーザーだとしても(auのスマパスほどは)すぐに食いつく気にはならない内容だなーと。

 まあそれでもさ。
 それでも、月額を支払って複数のコンテンツをつまみ食い出来るプラットフォーム、という市場が生まれること自体はまぁいいことなんじゃないかなと。
 ソーシャルゲームの台頭で、プラットフォーム上に乗っかってコンテンツを展開する(で、見かけの登録者数を水増しする 笑)、という形態が流行はしたけれど、それで収入を得る方策が非常にバクチ過ぎるのは、開発者側にとっても微妙に問題だと感じてはいたので。やっぱどーしても開発者目線に立ってしまうせいか、作っても報われない状態なのは微妙に悲しいのですよねー…。ユーザー側も(特にAndroidは)「タダが当たり前」感が根強いし。
 けど、月額パッケージなら少なくとも開発者側に還元する原資がちゃんとある訳で。どういう分配なのかはまだリリース見てもさっぱりわかんないけど(スマパスの分配はDL数に比例、という話を何処かで読んだ)。

 あとキャリアがプラットフォームになるのはデータ管理的にも楽なんじゃないかなと。少なくともソーシャルゲームやってた頃、自分のサーバが個人情報(と決済手段)抱えなくて済むってやっぱりメリットだと思いましたものねえ。当時いた会社は自社サイトも持ってたからますますそう思うのかもだけど。個人情報の管理って、苦労が多い割に報われませんからねえ…(苦笑)。

 ちょっと今後を注視してみたいかも。dビデオとかdアニメとか、他のコンテンツ系サービスは全っ然興味沸かないんだけど、スゴ得コンテンツはどういう方向になるのか見てみたい、とは感じる。今のまんまだと超つまんねーけど。

 …てゆーかauがLTEの料金プランにライトプラン的なものを出してくれないので、微妙にMNPが視野に入ってたりする今日この頃なんだってばよ。ドコモは上限3Gのライトプランがある訳ですが、私、多分、それで行けるっす。家ではずっとWi-Fiだし。定額に6,000円出す気にはならないんだよなぁ…。むー。

固定リンク / 2013.4.27


神秘体験に科学が食い込む日が来るのか

 ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作@TEDを見ていたらそんなことをふと。
 というか、今まで人類史上でさんざん胡散臭いと言われ続けた神秘体験が、こうなると「根拠がある」ことになるんだよなと。

 プレゼン自体はちょっと「熱過ぎる」気がして、彼女が脳科学者でなければどうみても怪しい教祖様にしか見えない訳ですが、そういう言葉を「選ばせてしまった」この体験はやっぱり凄いのだと思う。
 Eテレのスーパーブレゼンテーションは、自分にとってゴールデンタイム(23時台)なのでたまーに見ることがあります。でも彼女の回は見てなかったな多分。ちょっともったいなかったかも。

 ただ難しいのは。彼女にそういう「幸福な」体験をもたらしたのは脳卒中だった、ということ。「体験してみる」訳に行かないんだよねえ残念ながら。というか、たまたま左だったから一瞬でも右脳だけで生きることになった訳だけれど、右だったらもしかした不幸体験しかないのかしら…。左脳で生きるってどうなんだろう。
 私の家系は割と脳卒中が多い。で、倒れた親戚は看病に頭を悩ませる暇もなく逝ってしまう人ばかりだった。私の血筋にとって脳卒中は死の病気のイメージが強くて、彼女のように生還出来る自信はないから、きっと、その世界に出かける機会があっても楽しめないだろうなぁ。

 この体験がTEDのような場で発表する価値がある、というのは判る。何となくだけど。でも、可能ならやっぱり……解明して欲しいような気がする。もっと。もしかして世界中の宗教を敵に回すことになるのかも知れないけど(笑)。
 あるいは。色んな新興宗教の「教祖様」が、妙な欲望抜きで本当にある種の「神秘体験」を経ているのだとしたら、それを「研究」してみるアプローチはもしかしてアリなのかも知れない。
 彼女は、世界中がこの「幸福」を知ることで平和になるかも知れない、とは言うけど、果たしてその平和を今の人類がどうやって手に入れられるのか。答えが出たら、人間という生き物は別のステージに行けるのかも知れないですね。右脳の世界を理論にする、ってのは物凄い自己矛盾のような気はしなくはないけど(笑)。

固定リンク / 2013.4.20


一期一会、たまに二度目がある

 以前に、長いこと使っていてボロボロになっていたお財布を買い換えようとして、色んな雑貨屋さんを巡っていたことがありました。
 実はがま口も大好きで、理想なのは、二つ折りでかつ小銭入れ部分ががま口のやつ、でした。色は暗色系。派手なのは好きじゃない。
 でもどーしてもピンと来るものが見つからない。
 そんな中、全然使う気がなかった長財布で、すごく心に残るデザインのもの発見。ただ、長財布だしなぁ、とその時には手を出さないまま見送った。
 で。
 結局、そんなに大変な条件じゃないはずなのに、田舎の雑貨店巡りではとうとう出会えないまま帰宅。

 その後一週間、どうしようかなーと考え続けていたのは、デザイン惚れした長財布のこと。今まで生きた中で長財布を使ったことがないので、色々と慣れないだろうなぁとその場では考えたんだけど、やっぱり、デザインがとにかく気に入った。気に入っちゃって気に入っちゃってしょーがなかった。
 今まで女性向けの長財布って、何かふわっふわしたパステルカラーだったり、ブランド全開過ぎて嫌だったり、リボンだのハートだのかゆくなるモチーフだったり、風水のせいなのか真っ黄色だったり、とにかく私の感性では絶対に受け付けられないモノが多くて。いやまあ、そういうの好きな人がいるからこそ、だってのは判るんだけど。
 ……で、まあ、長財布ってだけで対象外にしていた自分が、ここまで忘れられないんだし、とにかく使ってみよう、そんな高いもんじゃないし(3,000円くらい)、と決意して、その次の週末にお店へ。

 はい。なくなってました。

 人間、手に入らないとなると途端に欲しくなる天邪鬼な生き物です。それから……確か半年近く、財布を売っている場所があるとふらふら入店して探すクセがついた。
 まあ諦めてはいた。こういうものは一度逃すとそう易々と再会はしないものだし。自分の判断が悪かったのだ、と、思っていたら。

 再会してしまったのだ。

 ちょっとびっくりした。内心悲鳴を上げた。最初に見た店とは全く別の商圏の店で。でももう、こうなると迷う理由はない訳で。ラスト1だったし(秋に最初に見かけた店では各色2つずつは並んでいた)。
 そんな訳でゲット。

 予想通りだけど収納力がないなー長財布。今までの二つ折りで入っていたもの全部は入らなかった。小銭の収納部分が単純に倍になっちゃってる訳で、その分他が割を食ってる感じ。ただまあ、眺めてるだけでも何だかちょっと嬉しい、というのは、常に持ち歩くアイテムとしてはいい条件なんだろうって思う。
 値札についていたブランド名をgoogleさんに尋ねてみると、かつてはブランド名そのものずばりのドメインが存在したらしいけど、今は404。その痕跡から辿った元の社名も見つけたけど、色んな企業情報サイトで社名は掲載されているものの情報がない、みたいな状態。
 ……倒産しちゃったんですかね。
 いや、ネット上に情報がないってだけで、実物は生きてらっしゃるのかも知れないけど。

 しばらく使ってみようと思います。こんな再会は希少だと思われるので。
 ちなみにそのデザイン。一見本に見えるのです。折れている部分まで背表紙みたいな感じで文字が書いてある。本棚に立てて置いたら、遠目からは本にしか見えないと思う。手に持って歩いていても本にしか見えないかも知れない。だがそこがいいッ! なのです。

固定リンク / 2013.4.13


復讐がエンターテインメントになる世界

●巌窟王 モンテ=クリスト伯 / アレクサンドル・デュマ (矢野徹/訳)

 実は青い鳥文庫版であります。名作であることは知ってはいるんですが、自分に合うかどうか、となるとまた別だしなぁ、と悩んで、ダイジェスト版的な子供向けのを最初に読んでみようかなと思った。

 第一印象。ええと。完訳版を読もう(決意)。
 別に青い鳥文庫版が悪い訳ではない。というか感謝してます。覚悟が出来たのと、これなら読めるかも、というのと。あとは翻訳者さんと自分との文体の相性だな…(不安)。まあ訳はたくさんあるから、いろいろ見て考えよう。

 この手の復讐物語って、いつの時代でも一定の需要があるんだなぁ、ということを何となく考えた。日本だって忠臣蔵とかね。みんな大好きなんだよな復讐が。
 でもそれって、なんというか、逆説的に、「この世界には本当の正義が存在しない」ということの裏返しのような気がして、微妙なやり切れなさが残る。
 自費で復讐なんかしなくたって、司法がきちんと、正規の手段で、事実に基づいて裁く、ってことが何故出来ないのかと。いやまあ、出来ないから物語になるんだけどさ。
 こういう復讐劇がカタルシスになるのは、それだけ「正義」に報われない人間が今も昔も大勢いるってことなんだろうな。その本質が変わらない限り、きっとこの物語は名作であり続けるんだろうなあ。切ないけどねえ。仕方ないやねえ。

 後半の復讐物語もある種痛快さはあるけど、前半の神父との交流が意外にぐっと来ました。自分には。逆境でも希望を失わない系の話にはめっきり弱くなってしまった。年のせいか震災のせいか、その両方のせいか。
 というか神父が凄過ぎるよなどう考えても。彼がいないと何も始まらない訳だし。
 という訳で(?)、完訳版見てみたくなったのは主に前半をもうちょっと知りたくなったからによります。

 …んー、あと、映像作品もちょっと何か試してみたい気はするのだけれど、どーしよう。原作を知ってしまうと、あんまり原作から逸脱してるのはしんどいだろうしなぁ。うーん。アニメ巌窟王はどうだろう。パッと見かなり別物くさいんだけど。というか前半ないってことは神父様出ないのか。うーん。

固定リンク / 2013.4.6


<< これより昔の日記 | この後の日記>>
textnerd@mind内検索 by google

カテゴリ一覧

年月一覧

other contents

contact