るーとらの秘密基地
blog「日のすきま」  
松吉
■くうくう!

●百物語 「脱ぐ女」
●袿姿の女
●手紙
●いぬきがヒルイヒルイと哭いています
●ロク
●トリル
●梅林

●津波
●doppel・ganger
●犬殺しの男
●ルカとセラ
●夢の記憶
●貝を食べる
●嘘つきエンピツ
(KとYの共作)

●冬の日
●眠る人
●さくら
             

■日のすきま
■メルマガ「日のすきま」
■月のすきま
■MK対話

■ 袿姿の女


 雨上がりの夜に、桜の下でひとり飲んでいると、いつの間にか横に座るものがある。
 見ると袿(うちぎ)姿の女だ。

 髪が濡れているのは、いま羽化したばかりなのだろう。
 振り返れば確かに幹の割れ目が薄色の襞を閉じようとしている。

 女は長い髪を乾かそうとするのか星明かりに透かせている。
 更紗更紗と音がする。

 私には何か大きく欠落したものがあるのだろう。
 時折こんな怪異を見る。

 このあいだは空から長く美しい帯が降りてきて、それが無人の野を癒していた。
 ひらひらとひらひらと帯は落ちるので、私は懺悔にあふれてしまった。

 夜の河原で笛を吹くと魑魅魍魎が集まってくる。
 石ころが横に縦に実在のダンスを踊る。
 草木が音になり時間がただひとつの次元の絵を見せる。 水は流れるのではない。水はただこの星の全水域と手を繋ごうとしている。  

 私はときおり有限のものが無限のものと直通するこの宇宙がおかしくてたまらない。
 私は死ぬのに、永遠に晒されている。
 蟻は蟻の姿で一心に歩いている。
 私が潰すと死骸だけが残る。
 一心の蟻はどこへいったのか。
 蟻の全体はどこへいったのか。
 私は空を見る。
 雲が流れ、私の出来事の全体が流れてゆく。

 袿の女は髪を乾かすと桜の花びらの下ではらはらと舞った。
 すべて定められたことのように舞った。
 私は酒を飲み桜の幽かな香りを嗅ぐ。

 魂が離れることは恐ろしいことではない。 魂を強張らせて何かにこだわり、そのことに気付かぬまま自他を振る舞う事が恐ろしいのだ。 舞う女の髪を引くと、夜が抜けるように長く伸びた。
 それは若草のように柔らかく親しかった。

 たぶん、いまここが「虚」の奥なのだろう。 私も舞ってみようか。