かつて急行比叡に使用されたと思われるクハ153-555に関する資料を収集している旨のEF6113さんのご投稿に対し、Yama-ninさんから急行「比叡」を中心とした作品をお送りいただきました。ワイパー、ヘッドライト、幌枠など、同車の特徴から同車と特定できるものがあるでしょうか?
また、今回はEF6113さんがネット上でご覧になったクハ153-555の撮影者が判明しました。
既にヘッドマークはないものの、急行形153系らしい編成、列車ですね。特急列車や当時廃車が始まったEF58などの影で地味な存在であったと思いますが、地道に記録しておられたことには敬服します。それを今の時代になって拝見できるとはたいへんありがたく思います。
なお、各車の車番特定の手掛かりについてご存知のことがありましたら、掲示板へ書き込みいただければ幸いです。(碧)
管理人さま、Yama-ninさま、宮原のクハ153の写真の件誠にありがとうございました。
80年版国鉄電車編成表(昭和55年4月1日現在)を参考にいろいろ考察しました。
昭和55年4月1日現在、宮原所属のクハ153−500番台湘南色奇数車は4両、511、521、555、557です。このうち557は幌のはめ板が塗りつぶしであることはこのサイトの「車番当て」のコーナーで判明しており、今回の新規の写真のクハではないことは明らかです。ですので、今回新規の写真は511、521、555のどれかということになります。
両ワイパーが銀色のクハが何枚か写っていますが、比叡のクハ(4月22日撮影)と新快速(4月23日撮影)とは撮影年月日、ジャンパ栓の形態から、新快速と比叡の銀ワイパークハは違う個体と思われます。ですので、今回拝見させていただいた写真に511、521、555の3両写っていると思われます。
新快速のクハは永尾さんの555とジャンパ栓の特徴が一致しており(ジャンパ栓ホースの根元に白ペンキの斑点がある)、これはやはり555と思われます。4月1日現在で555は定期列車の運用からはずされていること、当時新快速用の153系は転属に向けて関西を離れる物もでてきたようで(4月24日付けで豊橋を東ではなく西に向かう新快速編成が故白井良和氏の写真集に写っています)、22日の時点555がその穴埋めで新快速運用に組み込まれたいたと考えられます。白黒写真の555では右側のワイパー色がはっきりせず、オレンジにも見えてしまいますが、おそらく左のワイパーにくらべ汚れいたので白黒写真でそう見えたのでしょう。
80年版国鉄電車編成表では4月1日現在の比叡の編成があります。それによると、511はクハ153-70とペア、521はクハ153-510とペアです。山科通過の比叡を拡大すると最後尾のクハは低運転台のようです。ですので、両銀ワイパーのクハは511となり、オレンジワイパーは521と考えられます。
シールドビームのクハは510で確定(もう1両あったシールドビームのクハは503ですがこの時点で田町に転属、6月に東京で撮られた写真が鉄ピクに載ってます)と思われますので、このこともオレンジワイパーが521である可能性を示唆してるものと考えます。
確定の写真がないためすべて推定ですが、私の考察は以上です。
山科駅の比叡号(急行比叡【1】)の後ろは間違いなく低運転台車です。おっしゃられているようにクハ153-70が正当と思います。
クハ153−555については554が下関より先頭に入っていたのはこの年の4月初めくらいから見かけていた気がします。ちょうどこの4月から進学のため京都へ行き何回か見かけていました。555については後々東京寄りにも一般色の新快速車が走っているのを目撃し撮影の日の頃に初めて見かけ直ぐさま写真におさめた記憶のみが残っています。確かに新快速が117系に置き換わる前には一般色・新快速色が入り乱れ記録写真にはもってこいの題材でした。自分的にはクハ165-164が新快速に入ったことの印象が強烈で置換え3〜4日前にその編成が組成され追っかけした記憶が鮮明に蘇ってきます。
GWの後半に実家へ帰った際、当時のネガを再度確認し紹介できればと思います。
EF6113さんの推定に関して、新快速と急行比叡(1)が別の車であることは間違いないと思われます。その根拠について、私はジャンパ栓以外に以下の3点に着目しました。
これらに明らかな差があることがわかります。
次に、銀ワイパーの2両が511か555のいずれであるかが推定のポイントになります。以上の特徴に着目すれば、「新快速」と同一車両とみなせる、すなわち555号であると思われます。
下り側の先頭車から上り側の先頭車が割り出せるとは意外でした(碧)
写真(推定) | 番号 | ワイパー | 幌枠 | その他 |
比叡(1) | 511 | 銀色 | 銀色 | 大阪方70(低運転台) 渡り板受け上部帯塗りつぶし? |
比叡(2),(4) | 521 | オレンジ | 銀色 | 大阪方510(シールドビーム) |
新快速 | 555 | 銀色 | 銀色 | 連結器上部白ペイントくっきり |
--- | 557 | 銀色 | オレンジ |
ゴールデンウイークに当時のネガを確認しました。車番判断に決定的に結びつく物は残念ながら何も見つかりませんでした。
急行比叡(1)の下り方はEF6113さんの言われている低運転台クハ153-70となれば、同上り方はクハ153-511でしょう。(これで決定?!)急行比叡(2)はスキャナ解像度最大でスキャンし何とかクハ153-521と読み取れます。
以上で昭和55年4月1日現在、宮原所属のクハ153-500番台湘南色奇数車は4両、511、521、555、557でならば残る湘南色555は新快速に入っていたものに限定されます。(557は以前判定済)もう間違いなさそうです。
当時「鷲羽」と「比叡」は共通8両を組んでいたことから「鷲羽」についても555号が入っていたこともあったかも知れません。私自身当時新快速が117系に置き換わった時点で153系比叡も撮すことが無くなっています。
しばらくは555号も残っていたのでしょうか?EF6113さんの言われているとおりであれば当時私自身東京より500番台湘南色奇数車4両は全て撮していたことになります。27年の時を経て判明するこの事実! すごい物がありますね。
EF6113さんがご覧になったクハ153-555の写真の撮影者は「CLUB103」の永尾信幸さんでした。永尾さんに写真の転載をお願いしたところ、快諾をいただいたほか、カラーで撮影した写真を提供いただきました。(碧)
クハ153-555
私がなにげなく撮った写真が他の方の研究に使われるほどうれしい事はありません。旧形国電のサイトでも思ったのですが、本当に皆さん、いろんな資料からいろんな事を特定していこうという努力がすごいです。これは、新性能の国電にはあまり見られない傾向(101系以降、みんな同じで特定しにくくなったのが理由と思いますが)で、そういうのを見るたびに「すげーや」と感じております。 1980.1.3 大阪にて
永尾さん、貴重な写真のご提供ありがとうございます。モノクロではもうひとつわかりにくかったウエザリングの差異がわかりやすくなったと思います。ご厚意に感謝します。(碧)
参考文献
旧性能電車関係:国鉄電車ガイドブック(誠文堂新光社)