5−C 旭山動物園に続け

旭山動物園に続け

旭川の旭山動物園が元気との報道が絶えない。 月間入場者数では東京の上野動物園を超した時もあったと言うから驚いてしまう。 実は筆者は旭山動物園に行った事はなく、近刊の「旭山動物園のつくり方」と言う本を読んだだけなのだが、テレビの報道番組等で見ても特別珍しい動物が居るのでもなく、規模もそんなに大きくはないらしい。 まして日本最北端の動物園だから、長く厳しい冬の間は商売に成るのかと言う気がする。 ところが、冬であっても押すな押すなの盛況だから、ただただ立派と言うより言葉がない。

一見するだけでは到底やって行けそうもない動物園が、これほど盛況なのは職員の創意工夫による展示方法が主たる理由との事である。 この稿の目的はまさにそれを指摘する事にある。

HAPSは北海道に航空関連産業振興の一助と成る事を目的とした勉強会である。 それで一所懸命に啓蒙活動をやっているつもりだが、一向に反響が得られない。 勿論それは我々の力不足も大きな理由とは思うが、個人的に感じているのは、一般論ではあるが北海道の人達の消極的且つ受け身の姿勢である。

曰く「お金がない」、「必要なインフラがない」、「国の補助がなければやれない」などと出来ない理由だけを挙げる人が多い。 よく、「コップに半分の水」は「コップに半分しか水がない」のか「コップに半分も水が残っている」との二つの見方があると言うが、どうも北海道での主流は「コップに半分しか水がない」方と感じる。 旭山動物園も特別珍しい動物が居る訳ではなく、目立った特徴もなく、少ない周辺人口と観客が減少すると考えられる長い冬、多分障害を挙げれば限りなくあったのだろう。  しかし、旭山動物園の人達はそうは考えなかった。 彼等の動物に対する知識、その行動を生かす知恵とそれを実現させる努力で、言わば田舎の小動物園を日本一の動物園に変身させた。 また、先日もテレビで元気のよい中小企業として確か釧路の魚加工機械を開発している会社や旭川の水のいらないトイレを開発・製造している企業が紹介された。 北海道にこう言う人達も居るのである。 そこで考えるのだが、我々の運動に最も必要なのは旭山動物園や釧路や旭川のメーカーのような前向きの取組み姿勢であると思う。 出来ない理由を列挙する時間があったら、一つでも問題解決に知恵を絞ろうではないか。 

北海道の各地で産業誘致が盛んである。 しかし、その多くは本州の会社の出先工場の進出である。

それは産業振興には成るが、企業振興ではない。  出先工場は会社の計画に従って製品の生産をするだけで、自身で新しい仕事や技術を開発する訳ではない。 つまるところ、このような形態では中国やヴェトナム等と土地や人件費の安さだけを競っていることにならないか。  そう考えると、北海道は未だに発展途上地域である。

我々が考えている航空関連産業振興とは、出先の下請け工場誘致による産業振興ではなく、地元も主体的に参加する地場企業としての航空関連企業の振興である。 筆者が提案したいのは、地元に技術と起業のノウハウが定着するような企業誘致は出来ないかと言う事である。

世界の主要航空機メーカーは首都に、或は経済大都市周辺にあるのではない。 世界的航空機メーカーのボーイングの本拠は米国の中核地域である東海岸ではなく、はるか数千キロ離れた西海岸の中都市、シアトル近郊にあり、二大航空機メーカーの一つであるエアバスの本拠もフランスのパリではなく、南西部の都市、ツールーズにある。 小さいところでは、例えばスウェーデンのサーブ社は、首都ストックホルムから飛行機でも一時間近く離れた人口数万の小都市、リンショピンにある。 カナダにはボンバルティア社がある。 いずれも北海道より北にある。 故に地政的条件では不可能とは思えない。 

課題は我々が如何に多くの知識を貯え、それを生かす知恵を発揮し、目標の実現にどれだけ努力するのかにかかっていると思う。 そして、まず大事なのは具体的な目標を設定する事である。 単に「北海道に航空関連産業を誘致」ではなく、具体的にどんな事業、例えば航空機の開発・製造、航空機整備、航空会社の主運航基地等のどれであり、それが北海道にとって土地と労働力の提供だけではなく、北海道の持つ主体的能力を発揮する機会ができるのか、一歩譲っても将来に北海道の地場企業に発展させられるような事業を目標として掲げるべきである。

今それには格好のプロジェクトがある。 経済産業省の肝いりで進められている「環境適応型高性能小型航空機計画」であり、具体的には三菱重工業が主となって70-90席級地域航空機MJの開発に進む事が検討されている。 もしこのプロジェクトが進むと、その組み立て、艤装、試験等のために飛行場に隣接する広大な施設が必要と成ろう。 例えば、我々の限りある知識でも、それは組み立てラインを設置する組立工場施設と艤装や飛行試験のために広大な駐機場が必要になると考えられる。 確かではないが、我が国の三大航空機メーカーの三菱重工(名古屋空港)、川崎重工(各務ケ原飛行場)及び富士重工(宇都宮飛行場)に1機当り凡そ40m四方のスペースが必要な70-90席級地域航空機をずらりと並べられるスペースや施設があるとは思えない。  となれば、このプロジェクトが進行すると機体組立や試験用施設等の新設が必要になると予想される。  一案として、例えばSPC(特定目的会社)を設立して新千歳空港隣接地に航空機組立関連施設を建設し、航空機組立・試験工程を誘致する。 もし出来うれば、この事業会社は独立会社として設立し、このプロジェクトの主管会社から作業を受託するようになれば、さらに一歩地場企業に向けて前進と思う。

当初の取組みとして考えられるテーマは、{立地適地候補の調査}、「技術者の定住環境の整備」と「下請け企業の組織化」と考える。 {立地適地候補の調査}は改めて説明の必要もないであろう。 多分、新千歳空港周辺が考えられると思う。 土地の取得やなにしろ千歳飛行場と合わせて4本の滑走路を有する大空港であり、国内、海外への交通も便利である。 苫小牧東部地域や千歳市の工業団地等、後背地にも恵まれている。次に、企業を誘致してもその関係者、特に技術者が北海道に定着してくれないとノウハウの地域定着が出来ない。 それらの技術者等が北海道に定住したくなる環境づくり-「技術者の定住環境の整備」を進める必要があると思う。 

次のテーマの「下請け企業の組織化」とは、誘致する航空機生産工場に必要な下請け企業の共同受注体制を作ろうと言うことである。 航空機産業も全ての部品に至る迄、航空機の主製造会社が全てを生産している訳ではない。 多種多様の部品等が外注されている。 それらの生産を道内企業が受注出来るようになれば、北海道の製造産業の振興に大きく寄与すると考える。 しかし、一般的に航空機メーカーがこれら下請け企業を個別に審査、発注するのは相当の手間のかかる仕事になる。 また下請け企業側も航空機関連生産のノウハウを今持っている訳ではない。 それで航空機メーカーが必要とし、且つ北海道内で提供出来そうな製品の受注のために、関心と能力のある道内企業が共同受注のために単一受注窓口の設置と参加企業が航空機製造関連の仕事を受注出来る知識の蓄積、工作能力の向上や品質管理体制の構築を、相互に協力しながら整備しようと言うものである。 どんな製品の受注の可能性があるのか、それを製作する能力のある企業が道内にあるのか、現在はないとすれば出来るようにするには何を準備したら良いのか等、研究すべき課題は沢山ある。 その組織は窓口会社の設立でも、協同組合方式でも良く、要は地域の現状からスタートできる仕組みであれば良いと思う。

こんな案を提唱すると北海道にはそんな能力もお金もないと言う声も返って来そうだが、能力の方は多分、今は日本のどこにもないのだから、これから勉強すれば良い。 必要あれば海外からのノウハウの導入を考えれば良い。 最近の報道によれば、赤平市にある植松電機と言う企業は、北海道大学と協力し合って、北海道産小型ロケット「CAMUI」を開発しようと、株式会社カムイスペースワークスなる会社を立ち上げた。

北海道にもこのように航空宇宙産業を志す企業迄存在するのである。 まして小型ロケット以上に商業的採算の取れる可能性と事業規模の大きさを想像すれば、航空機製造産業にもっと関心を持っても良いと思う。

お金の方については、要するにこのプロジェクトが成功させる計画を作って外部から出資を募ったり、またプロジェクト・ファイナンスによる資金調達方法もある。 むしろ、それが出来ない計画案しか作れないなら、このプロジェクトに参加するのは無理なのであろう。 即ち、お金に換えられる知恵を出すべきだと言う事である。 旭山動物園はそれをやったのである。 航空関連企業創設に関して、北海道にそんな知恵がないと決めつける理由はない。 問題は、知恵を絞ろうと言うやる気が出てくるのか、出て来ないのかである。  それが出て来ないなら、いつまでも内地企業の下請け的工場誘致に血道を上げて、いつまでも発展途上地域であることに満足している他はない。  

ここに提唱した 「環境適応型高性能小型航空機計画」自体も、実のところ未だ模索段階にある。 しかし、模索段階だから声を上げるべきである。 このプロジェクトも先を見通せるようになったら、工場誘致にしても他地域と競合しなければならないが、今なら競争相手は居ない。 故に模索段階から北海道を念頭に検討してもらえるような運動を展開すべきである。  もしかしたら、北海道が声を上げる事によって、このプロジェクトが前進する事だってあるかも知れない。 生産施設が一時的な多額な投資負担なしで出来るとしたら、それはこう言うプロジェクトにとって大きな利益となると思う。 

仮に、この運動が成功しなくても、北海道が失うものは何もない。 むしろ、その過程で戦略的プランナーが育成され、未知に挑戦するリーダーを輩出出来たなら、次の取組みの大きな力となるのではないか。 

むしろ、この誘致運動の成否に関わらず、そのような人材を育成出来たならば、その方が余程北海道の将来に有益かも知れない。 今からでも早過ぎる事はない。 北海道がこのプロジェクトに主体的に参加し、プログラムを進展させる知恵を提供する準備を始めようではないか。 

最後にもう一度繰り返そう。 「旭山動物園に続け」。

以上