エゾシカの  2001/12/01〜2001/12/31

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2001/12/31

快楽

 香港を訪れた時から街角に溢れていた「聖誕快楽」という標語が、「誕生した時の儘の姿で四六時中肉体を激しくぶつけ合う程に交わり快楽を貪り合おう」という意味では無く、どうやら「基督の聖なる誕生日を寿ぐ事で幸有ります様に」という意味なのでは無いかと察したのは、大晦日の今日になって街中に「新年快楽」という標語が溢れ出し、其の内の一部に「A HAPPY NEW YEAR」と併記されていたのを目にした時であった。香港ではクリスマスを新暦正月迄引っ張って祝う風習がある事から此の時期の「聖誕」が基督の生誕を指す事が容易に推測された事に加え、「快楽」が性的快楽では無く「幸」を指す事が判明した為である。

 其れはさておき日本に於いては性的快楽以外の意味が考えられぬ「快楽」という単語が此程迄に街中に溢れ返っている様子は、純真な私には目の毒に感じられる程であった。純真度に於いて私に大きく劣る大抵の日本人ならば屹度街を歩いて「快楽」なる文字に遭遇するだけで目を大きく見開き興奮する事頻りであろう。

 若し日本に於いて同様の標語を用いてみたらどうなるか。「聖誕快楽」はクリスマス・イヴに打って付けである。「誕生した時の儘の姿で交わり狂い骨の髄迄快楽に溺れる」という意味に加え、日本特有の風習である「基督の生誕を祝して交わり狂い骨の髄迄快楽に溺れる」という意味とを兼ね備えた、所謂ダブル・ミーニングの好例と言えよう。又、「新年快楽」は日本古来の伝統風習である「姫始め」を指す事になろう。

 建国記念日は「建国快楽」。伊弉諾尊と伊弉冉尊とが互いの肉体を賞味し尽くし快楽を貪る事で国を造ったという伝説を、見事に象徴する標語であると言えよう。敬老の日、こどもの日はそれぞれ「老人快楽」「幼児快楽」。或る意味特殊な嗜好が窺われ非常に興味深いイヴェントである。個人的には父の日を「父娘快楽」と記す事により背徳の香りがぷんぷん匂うのが堪らない魅力である。何故娘なのかと言われても返答に窮するのだが。

 文化の日は「文化快楽」。ヴァイブレーターを用いたりといった文化生活溢れる性行為が慫慂される事になろう。勤労感謝の日は「労働快楽」。会社勤めの方は休日を良い事に誰も居ぬ職場での性行為を愉しむのが良かろう。

 そして極め付けは成人の日の「成人快楽」と体育の日の「肉体快楽」。前者は正に「お・と・なになる儀式」という事で、全国の自治体で大いなる性の手解きが行われよう。後者については従来此の日に全国で催されていた体力測定が「射精飛距離測定」だの「四十八手体操」だの「性行為絶頂回数タイムトライアル」だのといったイヴェントに取って代わられるものと思われる。


2001/12/30

香港に於ける日本文化

 自己に対する他人の評価が耳に入った場合、他人に好かれる為にそうした点を強調したり糊塗したり変革したりするのが一般的では無いかと思われるのだが、私の場合は他人の評価と自己の評価との乖離を純粋に愉しんで其れで終わり、といったケースも少なからず存在する。

 さて昨日香港の大型書店を訪れて書物の顔触れを愉しんだ。最大の目的は動物図鑑を購入し、日本でお馴染みの動物達が広東語漢字でどの様に記載されているのかをチェックする事だったのだが、其れ以外の大きな目的として、香港から見た日本というものが判る書籍に出会い、日本在住の私の中の「日本」との乖離を愉しむ事があったのだ。

 獣関係の動物図鑑が見当たらずに些か失望しつつ、語学のコーナーで日本語学習関係の書籍を次々手に取ってみる事とした。最新の流行日本語を紹介するという趣旨で単語が紹介されている書物に軽く目を通したのだが、「チョベリグ」「アムラー」なんぞに加えて「デブでブス」というものがあった。一体斯様な言葉が何時日本で「アムラー」と肩を並べる位に流行ったというのだ。而も一体誰に対してどの様な状況で発すれば良いのだ。

 笑いが止まらなくなった為に慌てて場所を移す事にし、次に足を留めたのが旅行ガイドのコーナー。次々と日本旅行ガイドを手にしたのだが、残念な事に大抵が、日本の旅行ガイド出版社が日本で発売している各地域の国内旅行ガイドを再編集し其の儘広東語に翻訳しているといったものであり、情報的には日本のガイドブックのダイジェスト版の域を超えぬ。尤も編集のテーマとしては「東京の大学巡り」など、日本では一部の受験生を除き左様な旅行を愉しむ人は居ない様な奇抜なものがあり、切り口といった意味では独自性の高い物も見られた。

 そんな中一冊の旅行記が私をいたく惹き付けた。「東京色食攻略」なる書物、東京の風俗店及び飲食店の体験記なのだが、取材対象が非常に多岐に亘っており、日本でも此処迄様々な分野の風俗を一冊に纏めた書物も無かろうと驚く事頻り。

 私が恣意的に選んで記していると思われるのも癪なので、此の書物の「色」の部分の目次を最初から順に記してみる。歌舞伎町、猥本書店、大人の玩具屋、ロリータグッズショップ、SM、回転寿司ランパブ、ホストパブ、コスプレ、大人の玩具屋(デパート)、覗き部屋、SMディスコ、ストリップ、男根崇拝、母乳ヴィデオ、男色、大人の玩具自動販売機、SMパブ、SMバー、SM居酒屋、デブ専、イメクラ、大人の玩具屋(同性愛)、ニューハーフ、痩身法。此等それぞれについて、実際に店の取材を行い時には裸にされたり縛られたり髪を掴まれたりなどといった写真を付した体験記を記し、最後に店の住所や電話やアクセス手段が掲載されている。其れにしても一体筆者は日本で何をしていたのだ。特にSMへの拘り様については、採り上げられた店舗数の多さに加え、筆者が嬉々として体験している写真が非常に豊富である事から、充分に窺い知る事が出来たのだ。

 書物を手にした本来の目的である、私の抱いている日本文化との比較を愉しむ以前に、期せずして私も知らぬ日本文化を大いに勉強させて頂く事となった。獣愛について一切触れられていなかったのが残念と言えば残念だったのだが、其れを差し置いても購入の価値有りと判断した次第。


2001/12/29

香港に於ける食文化

 香港の大衆食堂で餃子類を食した処味も価格も分量も事前の期待を遙かに超える水準であった。其れに気を良くして香港各地の食堂を巡り広東料理を中心とする香港的料理を食べ歩く、などという事を敢えてせぬ処が、私が他サイトで「捻くれ」と称されている所以なのであろうと自分でも感じざるを得まい。香港に来て二日目にして、日本での食生活通り伊太利亜料理店にてパスタを食する事にしたのだ。

 パスタ店を見付けて入店し、メニウに英語が記されているのに一安心。と言うのも、香港での公用語の一つと認識していた英語が実際には全くと言って良い程通じなく非常に難儀しているのだ。此方が幾ら英語で話しかけてみてもホテルや駅以外では返って来るのは全て広東語であり、飲食店のメニウに於いても普段馴染みの無い種類の漢字から食事を推測せねばならないという状況の下、英語併記のメニウは非常に嬉しかったのだ。

 さて此の時、「蝦のクリームソースパスタ・チーズ風」を注文したのだが、暫く後に現われたパスタに私は驚かされた。パスタにグラタンソースとチーズを掛けてオーヴンで焼いたというものなのだが私が驚いたのは只単に其の形態では無い。実は此のメニウ、私が寓居でパスタ料理を作ろうとして麺を茹で過ぎた時に、其の失敗麺を何とか誤魔化して活かす為に作る、失敗作なるが故の次善策料理と酷似していたのだ。そして其の驚きは、此を口にしてみて味迄もが酷似していた事で一層増幅されるに至る。

 此即ち、大衆食堂で彼程迄に美味しい餃子類を食している程に味覚の肥えている香港人にも、私の失敗作が充分受容される可能性があるという事。密かに今後の人生の選択肢が一つ拡がったと勝手に北叟笑む次第。


2001/12/28

海外独り旅

 間違えても仕方在るまいと思いつつ或る方向を向いて進み結果として間違う事と、正解を目指しつつもどの方向に進めば良いか解らぬ儘知らぬ間に正解に辿り着く事。私はどうやら最近頓に前者を志向する傾向にあるのでは無かろうかと思いつつある。此の傾向が自分自身で最も如実に感じられるのが競馬予想なのだ。「EZOSHIKA PADDOCK」を御覧頂ければお判りの通り、競馬を始めたばかりの頃には予想に当たって何を参考にして良いのかも今一つ掴めぬ儘雑誌等の予想を念頭に置きつつ本命サイドの馬を狙い、そう恥ずかしくも無い程度に的中させる事が出来ていた。処が最近では、「普通に考えれば上位に来ないのであろうが斯様なファクターを信じれば強ち酷い予想でも無かろう」との思いから、誰も予想し得ぬ様な人気薄の馬を平然と上位に推しては大いに予想を外すという傾向が非常に強い。

 斯様な志向が強まる要因としては主に二点考えられよう。一つは縦令誤っていようが其の道を進む以外の選択肢が一顧だにされぬ位に己の信念が確固たるものになった為、そしてもう一つは、只単に正解を模索する事が非常に煩わしく感じられるようになった為である。前者の場合、己の信念に基づく事により成功を収めているので有れば何等問題は無いのだが、実際何度も失敗しているので有れば己の信念にのみ依存するのを好い加減諦め、新しい信念を求めねばなるまい。ましてや後者の場合など何をか言わんや。何れにせよ良い傾向だとは全く思えぬ。

 さて、本日より初の海外独り旅を行い、一つ間違えれば交通機関も利用出来ぬ、食事も摂れぬ、場合によっては財産や生命すら確保出来ぬという普段ではそうそう味わえぬ環境に己を晒す事が即ち「正解を目指しつつもどの方向に進めば良いか解らぬ」といった状況に否が応でも身を置く事になるのだ。今回の旅行を機に冒頭に挙げた後者のスタンスを保つ様にせねばと切に感じ入り、早速言葉の通じぬ地域で誤りを犯さぬ様精神的に藻掻きつつも新鮮で刺激的な街を愉しく堪能して居る次第。


2001/12/27

香港に関する事前知識

 愈々出発が明日に迫った香港旅行に向け先日辺りから漸く香港に関する最低限と思われる事前知識の取得に努めている。最低限の事前知識を得てから旅先として選定するのが恐らく通常の流れでは無いかとも思うのだが、現地に着いてみて初めて最低限の事前知識すら持ち合わせて居らぬ事に気付く事が常である私にとっては、最低限と思われる事前知識を得ようとする事自体がどえらい努力であると言えよう。

 さて、其の香港関連知識の一つとして、最近の円安弗高傾向(香港弗と米弗とは固定相場との事)に匹敵する位旅行に当たって私の悩みの種となっている風習が存在する。どうやら香港人は風水の影響で冷房による送風が空気を浄化すると信じ、真冬でも至る処でがんがんに冷房を利かせており、而も冷たければ冷たい程良いとでも考えているのか、冷房の温度は摂氏五度から設定可能との事である。極度の寒暖が苦手である事、日本から持参する衣服に悩まねばならぬという事もさる事乍ら、わざわざ暖かい土地を訪れて日本の真冬気分を味わうとは何とも滑稽な話。

 他に気になったのは、香港人は通りすがりの赤の他人の顔ですら覗き込むかの如くしげしげと見るという習性があるとの事。而も、其れだけ熱心に他人の顔を見ておきながら、いざ目と目が合ったりましてや日本人の御家芸である愛想笑いなんぞをされようものならぷいと無視を決め込むとの事。一体彼等は他人の顔に何を求めようとしているのか。

 処で先日の金沢旅行(2001/12/22参照)、初日の宿の枕元に奇妙な注意書が為されていた。「此のホテルでは冷房を入れなくても自動で室内の空気を清浄しています」。香港人を意識しているとしか思えぬ注意書に宿泊した香港人が当惑する光景を想像してしまい、可笑しい気持ちに浸ったのだ。またこんな事もあった。金沢旅行最終日の金沢競馬場(2001/12/24参照)に於いて、私は数人から顔面を凝視されたのだが、何れも視線が合うや否や即座に無視され余り気持ちの良いものでは無かった。恐らく香港では斯様な経験を何度も味わう事になるのであろう。

 何れの体験も、恰も香港旅行に関わる事前知識の確認試験を受験させられているかの様な出来事。事前知識の確認に資する処があったわいと思う一方で、別に金沢で香港の知識を確認せずとも良いでは無いかとも思う次第。


2001/12/26

目にする事の出来ぬ番組

 以前より噂で耳にして関心を抱いていたのだが如何せん中京地区に於いて放送されて居ぬ為私にとっては幻の存在であった「マネーの虎」なるテレヴィ番組を、金沢旅行の際(2001/12/22参照)に偶々宿でテレヴィを眺めている内に観る事が出来た。

 独力で事業を興そうとする人物が、事業家として名高い人物達を相手に己の志す事業のプレゼンテーションを行い百万、千万単位の出資を行わせようとする此の番組、私の想像では電飾に飾られたスタジオで観客の歓声や拍手の中「料理の鉄人」的な過剰演出で行われているのではと思っていたのだが、寧ろ正反対、余計な演出など何も無く、企業の採用面接的な会場で、面接官の立場である五人の事業家達の前で一人がプレゼンテーションを行う形式。司会は殆ど黙ってプレゼンテーションの遣り取りに聞き入ったり頷いたり時折質問に入ったりで強引な進行は行わぬ。無論観客など一人も居ない。

 出資希望者の事業内容にはさほど関心は無い。私が此の番組に関心を持ち、そして実際番組を観る際に注目していたのは、数百万円の現金を其の場で出させる位の優れたプレゼンテーション術である。此の日は残念ながら出資を受けるに至るプレゼンテーションは無かったのだが、逆に何処が拙かったのかをチェックする事で成程と思わせられる点が少なからず存在した。尤も此処で私が感心した事や得たものを紹介するのは本筋では無く、只単に、普段全く目にする事の出来ぬ番組を観る事が出来たという喜びを採り上げた次第。

 処で、「マネーの虎」が終わり暫くした後、画面に現われたのは「奥様は魔女」であった。普段どころか十数年以上目にする事の無かった番組を観る事が出来た事は、「マネーの虎」を観る事が出来た喜びを遙かに凌駕するものであった。尤も其れ以前に、今時「奥様は魔女」なんぞを放送しているテレヴィ局が日本に存在している事自体に只管驚嘆したのだが。


2001/12/25

高校時代のクリスマス・イヴ

 私が中学高校時代を過ごしていた寮に於いてもクリスマス・イヴは特別な日であった。夕食後にケーキが振る舞われる事もさること乍ら、通常は自室を離れる事が殆ど禁止されている夜間に於いて、此の夜に限り自由時間枠が多く設けられて他室の者達と適度に騒ぐ事が公認されていたのだ。

 高校一年のクリスマス・イヴ、他室の親しかった同級生が私を訪れ唐突に野球拳の果たし合いを申し入れてきた。本格的な野球拳など行った事は無かったのだが勉学を離れ馬鹿騒ぎをするには格好の機会と考え、遊び程度に考えて勝負を受けて立つ事とした。流石に大声で野球拳の唄を歌いつつ「やった!」「ああっ!」などと叫んで居ればギャラリーも次第に増えてきて勝負も一層熱を帯び、当事者も周囲も此を後に引けぬ勝負と悟り、片方が全裸に成る迄降参が許されぬ真剣勝負の様相を見せていた。

 当時勝負事と縁遠い部活に所属していた私にとっては、此程のギャラリーに囲まれて勝負をする事も初めてであれば、勝者と敗者との差が斯様に激しい勝負事も初めての経験であったのだが、最終的にシーソーゲームを制したのは私であった。勝敗が決してギャラリーが歓声を挙げる中、敗者となった相手の敗北感や羞恥心を嘲笑うかの如く唯一身に纏っていた下着を奪う事で、勝者の喜びをひしと噛み締めたのであった。

 彼が復讐の機会に選んだのは翌年のクリスマス・イヴ。ギャラリーは最初から此の時を待っていたかの如く会場となった部屋に集結していた。今回は前回とは異なり最初から真剣勝負の様相。結局彼は見事一年越しの復讐に成功し、私は昨年己が相手に味わわせた屈辱を衆目を集める中で味わわざるを得なかったのだ。

 さて翌年のクリスマス・イヴ。高校三年の此の時期ともなると大学受験の胸突き八丁という事で、私は過去二年の勝負の事など全く頭に無く、自由時間となった夜には同室者が他の部屋に遊びに行っている中、独り部屋に残って受験勉強で疲れた心身を休ませていた。

 微睡んでいた処、彼はやって来た。お互い受験勉強で其れどころでは無い事は重々承知しており断られても仕方無い、でも今一度、寮生活最後の年に雌雄を決する勝負を行わないか。此だけの意思を存分に滲ませた表情と声で彼が発した「やる?」の言葉に対し、私は断る理由など無いばかりか最後の勝負を行える喜びを滲ませつつ床から起き出し笑顔で「やろか」と応えた。

 まさか此の忙しい時期に受験生が野球拳で馬鹿騒ぎなどする訳が無かろうと皆思っていたのかギャラリーは居ない。しかしながら二人の勝負師は此迄に無い真剣な様相で雌雄を決しようとしていた。結果、私の勝利に終わった此の勝負、私は勝者の喜びというよりは寧ろ、足掛け三年の勝負を共に闘う事が出来たという充実感に満たされつつ、嫌がりながらも恐らく私と同じ充実感を抱いていたであろう敗者の下着を剥ぎ取ったのだ。

 今から思えば高校時代の三度のクリスマス・イヴ、異性の香りどころか極めて強烈な野郎臭さの漂う過ごし方であり、而も一度は此の上無き屈辱感や敗北感を味わったにも拘わらず、此は此で私の半生の中では思い出深く充実感溢れる過ごし方だったのでは無かろうかと思う次第。としたためつつ心の何処かで「否其れは大いに間違って居る」という呟きが聞こえなくも無い。


2001/12/24

金沢競馬

 日本中央競馬会主催の競馬は頻繁に愉しむのだが地方競馬を嗜む事は殆ど無く、嘗て一度だけ先輩の誘いで大井競馬場(東京)に足を運んだ程度である。「足を運んだ地方競馬場」という事で在れば他にも帯広競馬場(北海道)を訪れた事もあったが競馬非開催の日に隣接の「馬の資料館」を見学するのが目的であった為地方競馬を嗜んだとは言えぬ。

 現在の寓居近辺には名古屋競馬場や笠松競馬場が有り、ちゃきちゃきの江戸っ子時代の寓居近辺にも大井競馬場が有った為、其の気になれば地方競馬を嗜めるのだが、如何せんテレヴィや雑誌を含め、地方競馬全体や個別の馬に関する情報が極めて少ない為に馬に対して親近感が持てず、当然予想も思い通りに行えないのだ。

 とはいえ馬を眺める事自体には強い関心が有る為、左様な機会を避ける積もりは無く、今回の金沢旅行に於いても昨夜の宿である和倉温泉(石川)から金沢競馬場迄二時間の道程を無料バスで直行出来るとなると此を利用せずには居れぬ。縦令一旦金沢競馬場に入ると未の刻迄其処を脱する為の公共交通機関が存在しなくとも、である。

 金沢競馬場は本当に年輩の男女ばかりの世界であった。此の現状が続く限り人口の自然減に伴い金沢競馬が危機的な状況に陥るのも避けられまい、寧ろ全国的に地方競馬存続の危機が叫ばれている中でよくもまあ県内遠方からも年輩の男女が挙って集結している事よ(和倉温泉からの無料バスは金沢競馬場に着く頃には満席になっていたのだ)と感心する位であった。

 其れはさておき、何等競馬情報誌を持ち合わせていない私は現地で無料のレーシングプログラムを入手したのだが、此には競走名、発走時刻、出走馬の情報に加え、出走馬については性別、年齢、父母名が掲載されている程度。私が競馬予想で重視する、過去の戦績や近走のデータ、逃げや差し等の脚質や適距離等を判断する数字は全く入っていない。此だけで予想など出来る筈も無く、余程今回の競馬は見学に徹しようとも思ったのだが前日の有馬記念で大敗した以上は此の儘一年を締め括る訳にも行かぬ。結局普段の予想では殆ど行わぬ、パドックでの馬の観察を中心に予想を行う事となった。

 元々パドックで馬を判断するのが非常に苦手であり、パドックに於ける馬の状態から予想を決定した事で当たった試しが無いのだ。大体テレヴィ中継を観ていても、「此奴は太い」と私が思った馬について解説者が「なかなか良い馬体ですね」と宣ったり、「此奴は非常に落ち着いており安定した走りを見せそう」と思った馬については「覇気が無く走りそうに無い」と解説されたりと、抑も馬の状態自体を捉える事すら困難なのだ。

 そう思いつつ、第一競走はパドックを碌に観ずに他人の競馬予想誌を盗み見して馬券を購入したのだが、誌上で先ず間違い無しとされていた予想が大いに外れる結果となった。他人の予想を信じて其れに乗った挙げ句外れるとは愚の骨頂。此なら寧ろ己をとことん信じて外れる方がずっとましというもの。私は己の不完全な相馬眼を信じてパドックで予想する事にした。其の結果、馬の状態から「明らかに此奴は勝ちそう」と思える馬が一つの競走に必ず二三頭存在する事に気付き、実際彼等に係る馬券を購入しては以後の各競走に於いて全てプラスとなり、良い気分で金沢競馬場を後にする事になった。

 然し其の後冷静に考えた処、今回の事実は、従前私が競馬予想の核としてきたファクターが全く無くとも予想には差し支え無いばかりか却って無い方が的中率が向上するという結果の証左であり、今迄の私の競馬予想は一体何だったのだろうかと頭を抱える事頻りである。


2001/12/23

続・いしかわ動物園

 いしかわ動物園(2001/12/22参照)の虎舎の案内板の脇に、猫科動物の習性としての尿によるマーキングについて解説文が掲示されていたのだが、其の解説文は「実際に彼等は舎内のコンクリートや硝子に対してどのようにマーキングを行うでしょうか。観察して下さい」などと中途半端な形で結ばれていた。要は「正解は此処で解説せぬ。己の眼で実際に確認せよ」という趣旨なのだが此の挑発的態度が私の獣心を甚く燃え上がらせた。何としてでも確認してやろうでは無いか、そして動物園側と同じ立場に立とうでは無いかとの気持ちが強まり、獣としてはさほど興味の程度が高く無い虎舎の前で暫し虎のマーキングを待つ事とした。

 只単に虎の放尿を待っているだけでは芸が無い。今迄私は何の為に人並程度に獣力を磨いてきたと言うのだ。此処は敢えて虎がマーキングしたくなる状況を自ら創り出さねばならぬ。そう考えた私は、己が虎より優位に立つ存在であり其の虎の居所を侵食せんと相手に認識させるべく、周囲に他の客が全く居ないのを良い事に、硝子一枚を隔てた虎の前に立って万歳の要領で両手を大きく上に広げ口を大きく開き、伏していた虎を凝視した。相手は私の様子に気付いて上体を起こし硝子壁に向かい、程無く私より優位に立とうとして後脚で立ち上がり前脚を大きく上に広げ私と同じ格好で大きな咆哮を挙げたのだ。一旦硝子壁を離れては再び同じ行動をとるのに併せ、相手も数度追従した後硝子壁に放尿し、己の肌で硝子掃除を行うかの如く尿を手や腹で硝子壁の上方にどんどん伸ばしていったのだ。

 成程只単に尿を掛けるだけで無く其の匂いが出来るだけ拡がる様工夫をしているのかと感心し、当初の目的を無事果たす事が出来たのだが、今度は虎の挑発的態度(実際に挑発しているのは私なのだが)が私の獣心を甚く燃え上がらせ、マーキングなど我恐るるに足らずという態度を相手に誇示する事とした。

 相変わらず他の客が全く居ないのを良い事に、少しでも己の姿を大きく見せるべく私は両手を大きく上に広げた格好で跳躍を繰り返した処、相手も勝負から降りる気配など無く、私同様に後脚で大きく跳躍しては先程とは比べものにならぬ位大きな咆哮を繰り返したのだ。そして最終的には、私が一旦相手の視界から姿を消し再び現われただけで、相手は両手を大きく広げた格好で跳躍しては大音声で咆哮する程迄になってしまった。

 そうこうしている内にアヴェクの客が近づいてきた為私は虎舎を去る事にしたのだが、其の数秒後、私の背後で虎の咆哮に加え、其れを更に上回る大音声の女性の悲鳴が轟いていた。


2001/12/22

いしかわ動物園

 二年前金沢市内から郊外に移設されて以来初めて「いしかわ動物園」に足を向けた。其れにしても金沢市内に位置していた時と比べ殊利便性の面に於いては格段に劣ったと言わざるを得まい。何箇所かのJR駅からバスのアクセスがあるのだが何れも一日三往復程度であり、名古屋方面からの特別急行列車との接続が呆れる程悪い。更に驚いた事には私がバスに乗ろうとした駅から動物園前の停留所に向かうバスは日曜しか無く(土曜ですら無い)、動物園への最寄の停留所の案内も無い儘終点まで運ばれ数十分後の折り返しのバスで暫し引き返す事となったのだ。

 此だけでは無い。停留所から数分歩けば先ず動物園に隣接する筈の公園の入口に辿り着く(因みに道順案内は何も無く、途中のコンヴィニで地図を立ち読みして初めて道順が判明した)のだが、公園と動物園とで管理形態が異なる所為なのであろうか、公園の詳細な見取図は彼方此方に掲示されているものの肝心の動物園の位置が全く記されていない。近辺を十分以上歩いた末動物園への入口の見当も付かず、誰かに尋ねようとすれども誰も居らず、結局元の公園の入口に引き返した処、小さく「駐車場から動物園に行けます」との案内看板を発見。此でやっと光明が見えたかと思いきや、園内には複数の駐車場があり、どの駐車場からどういった道順で動物園に辿り着くのか全く解らぬ。仕方無く荷物を背負った儘兎に角起伏の非常に激しい広大な園内を歩き回り、標識の無い分岐路を何箇所も経て、不安一杯で何とか動物園を発見した次第。最寄のJR駅からバスで40分の動物園に到着するのに、少なくとも人並程度には旅慣れた私が寒い中へとへとになりつつ正味二時間以上掛かろうとは。

 其れにしても、最寄のJR駅にも停留所にも隣接の公園にも停留所から動物園に至る国道の標識にも、何等交通案内の無い動物園もそうそう有るまい。而も移転による改装開業後未だ二年という状況であるにも拘わらず、である。斯様な事実から生じるもやもや感に加え疲労感が相俟って動物園への期待も幾ばくか萎えつつあった私を救うどころか鼓舞したのは、動物園の正門で来客一人一人に丁寧な笑顔で動物縫いぐるみをプレゼントするサンタクロースに扮した職員の姿であった。


2001/12/21

誕生日と性格

 普段愉しませて頂いているウェブサイト作成者が師走に入り次から次へと誕生日を迎えた事を自サイトで述べている事に気付いた。そう言えば「EZOSHIKA TOWN」のリンク集に掲載している厳選された読み物サイトに「EZOSHIKA TOWN」を加えた十サイトの内四サイトの作成者が何れも師走生まれであり其の旨此処暫くの自サイトで触れていたのだ。余程訪れて掲示板等で誕生日を寿ぐ挨拶でもしようとも思ったのだが同じく師走生まれである私が己の誕生日に同様の見返りを期待しているかのようにも思えた為結局心中で彼等の誕生日を寿ぐ事としたのだが。

 其れはさておき、厳選されたリンク集に入っていない乍ら私が好む読み物サイトに於いても、師走生まれの人が作成している事例が存在する事を鑑みれば、私が好む読み物と師走生まれとの間に何等かの関係が無いとは言えまい。否寧ろ、私と同じ月に生まれた人の文章が私の好みに合致しがちであると言うべきでは無かろうか。

 そう考えると、己の誕生日が時と場合に依り異なる星座に属するが為に星占いを全く信じぬ私ですら、誕生月日による性格占いの類も強ち間違っているとは言えないのでは無いかと思う次第。


2001/12/20

書席

 昔居た会社に於いては翌日未明迄仕事を行う機会が存在した一方で、終業時間とほぼ同時に帰宅する機会も存在していた。私の場合、得意先へのプレゼンテーションや資料納品が完了した日には余程の事が無い限り早々に退社して普段余り足を踏み入れぬ処で道草を食う事で気分的に一区切りつく事にしていた。酒類を嗜む習慣が有れば同じチームの有志を募るなどして「打ち上げ」と称して夜の宴席を大いに愉しめば良いのであろうが、私の場合は誘われれば喜んで参加するものの自ら他人を誘って酒席を設ける機会など有り得ぬ。尤も酒席に限定せずに「茶席」だの「パスタ席」だの「獣席」を設けても良いのだが、誘われる側は数時間に亘り酒も無い儘茶やパスタや獣を大いに愉しめと言われても当惑しよう。若し当惑せぬ人物が存在するのであれば、抑も打ち上げに限らず普段から幾らでも「茶席」や「パスタ席」や「獣席」を設ける事であろう。

 其れはさておき今日仕事が一段落した時、私なりの打ち上げとして唐突に「書席」を設けたくなり若干早めに退社し、書店に赴いて此処暫く余り触れていなかった書物を漁る事とした。普段付き合いの深い書店であるが故、団鬼六の文庫本を購入する訳にはいかぬのだが(2001/10/10参照)、其の文体や視点の置き方が私の目指す処と非常に近く居心地の良さすら感じさせる町田康や堀江敏幸、偶々何かの試験問題で小説の一部を目にした際に其の心理描写に居心地が悪くなる位の恐ろしさを感じさせた辻仁成、そして十代の頃に私の人格が奪われる位迄に心酔していた筒井康隆などといった作家群の放つ小説を次から次へと手に取る一方で、己の知的好奇心を微妙に擽る新書類を本能の儘に手に取る。勿論、久方振りに発散させる時間が生じる旅欲や獣欲を満たす為に専門コーナーに埋もれる事も忘れぬ。

 何を購入しようか全く定まらぬ儘気付けば二時間位書店内を彷徨っていたであろうか。気分的に一区切りつける為に此だけ時間を過ごした末最後の最後に手にしてレジに持って行ったのは、何の事は無い、何時でも何処でも購入出来る様な、競馬の雑学本であった。


2001/12/19

駅売店

 数年前に駅のプラットフォームで電車を待っていた処、少し離れたホームの売店に於いて、売子と客との間で壮絶な遣り取りが行われていた。中年男性の客がが売子の若い女性を怒鳴り付ける間其の女性は始終俯いており、一旦客は其の場を立ち去ろうとしたのだが突然踵を返して今度は殴る素振りすら見せて売子に食って掛かった。遂に売子は泣き始め、何処からとも無く客と同い年位の男性売子が登場し、彼女を庇いながら頭を下げつつ、怒る客の罵声を一手に受けていた。

 客の罵声や身振り手振りから判断するに、どうやら彼が何かを購入した際に売子が釣り銭を投げ捨てるかの様に渡した事に対して激怒していた模様であるのだが、其れが事実で有れば売子も責められて然るべきであろうが其れにしても長時間に亘り公衆の面前で此だけ怒鳴り続ける客も何とも大人気ない事よと思いつつ、待っていた電車に乗り込んだ次第。

 処で先日、此の時と同じ駅にある売店に於いて商品を購入する際、売子の若い女性が私の応対をしレジを打ち商品を袋に納める迄の間始終BGMに併せて歌を唄っていたのだが、此の態度に激怒した私は思わず其の場で彼女が泣き始める迄大声で怒鳴り続けてやろうかとすら思った次第。


2001/12/18

愛汁

 偶々青汁に関する文章をしたためていた処「青汁」と入力すべき処を一文字タイピングを間違えて「愛汁」と表記してしまった。健康維持の為の飲料が一文字変われば性交時に発せられる飲料に変化する事実に気付き感心する一方で、そう言えば「愛液」なる表現は世間に於いて日常頻繁に用いられる一方で「愛汁」なる表現は全くと言って良い程目にする機会が無い事にも気付いたのだ。

 日常会話に於いて、性交時に性器及び其の周辺がお互いの発する腺液や精液、偶に唾液やローション等でぐちょぐちょねちょねちょ状態になる様子を表現する際、此等ぐちょぐちょねちょねちょ状態を惹起した液体群を何と表現すべきかを考えてみる。

 恐らく老若男女を問わず大半の人間が想起するのが「愛液」であろう。然し此は一般的に女性の腺液を指す場合(此を「狭義の愛液」とする)が大半であり、稀に男性の腺液及び精液を含め凡そ性交時及び其の前段階としての興奮時に性器から発せられる液体を須く含む場合(此を「広義の愛液」とする)が存在する程度では無かろうか。即ち、会話の当事者の何れかが「狭義の愛液」を認識していた場合では、此では女性の愛液しか指していない為表現としては明らかに不適切である。「狭義の愛液」という認識に基づけば、当該ぐちょぐちょねちょねちょ状態を「愛液及びカウパー腺液等」などと一々状況に応じて液体名を列挙せねばならず、発した液体を当事者に確認したり場合によっては当事者の性行為を現認したりなどが必要となり却って不便であろう。

 一方、偶々会話の当事者全員が当該会話に於いて「広義の愛液」を認識していた場合に於いては確かに誤解は生じまい(勿論「唾液は愛液か」「ローションは愛液か」等という議論が此処で発生し、此等も含め「愛液」に含める立場(此を「最広義の愛液」とする)に止揚すべきか否かが検討され得る)。而るに私には「液」ではぐちょぐちょねちょねちょ感が些か弱いのでは無いかと思えるのだ。更に言えば語感的には「液」というのは化学実験等で用いる液体のイメージがあり、強靱な愛欲の結果として人体から絞り出すかの如く生成され湧出した液体を指すには「汁」の方が向いていると思われるのだ。而るに現状に於いては単独の液体を「マン汁」「本気汁」「我慢汁」「雄汁」などと表現する事はあっても此等の総称を「汁」を用いて表記する方法はなかなか無いのだ。

 「果汁」や「出汁」が「果液」や「出液」なる表記の出現を許さぬのは、「汁」が「液」以上に食欲をそそるが故。同様に「愛汁」は「愛液」以上に性欲をそそる表現なのだ。日常会話に於いて、「愛汁」は少なくとも「愛液」以上には頻繁に用いられて然るべきなのでは無かろうか。


2001/12/17

防犯対策

 年の瀬も近付き切迫感に駆られた輩が物騒な事件を引き起こす傾向が高いのであろうか、此の時期に歳末防犯運動実施中などといった貼紙が此処彼処に見られる。そういった中で貼紙に併せ、所謂カラーボールを此見よがしに目立つ場所に設置している店舗を見掛ける事がある。

 若し仮に私が何処かに強盗に入るので有れば此の種の店舗を狙うのでは無かろうか。全く同一のカラーボールを予め準備しておき、逃亡の際に其れを此処彼処に投げ付け、或いは強盗直前に逃走経路とは異なる道路にぶつけておく事で、逃走経路の特定を困難にさせるであろう。

 恐らく「此の店舗に於いてはこういう方法で防犯体制を強化している為、犯罪を起こそうとしても無駄である」という主張を行う事により強盗等の犯罪を抑止するのが目的だと思われるのだが、私にしてみれば「此の店舗に於いてはこういう方法で防犯体制を強化している為、此以外の方法で犯罪を行うように」と主張していると捉えざるを得ぬ。勿論他の方法でも犯罪防止を図る事が可能なのであろうが、何れにせよ最初から手の内を見せることは其の抑止力以上に危険の方が高いように思えるのだが。


2001/12/16

中日新聞と獣愛

 「エゾシカの嘶き」のコアな読者の方に案内され久方振りに天下一品のラーメンを食する事となったのだが今回は天下一品のラーメンの話題に触れる精神的余裕など最早存在せぬ。名古屋近郊の天下一品に到着し注文を行うや否や彼が鞄から取り出し私の眼前で披露したのは此の地区を代表する中日新聞の10/14付日曜版。いきなり紙面にカラーででかでかと、此方を見ながら横たわるエゾシカの写真。被写体のエゾシカの勇姿に感心する間など無い位、写真下に付された文章のタイトルが私に店内に響き亘らん位の叫び声を挙げさせる事となったのだ。

 「添い寝も許してくれた」なる大見出し。此の写真を撮影した人物はエゾシカとの添い寝を希望して夢叶ったという事なのであろうかと思いつつ写真の周囲の記事に目を通してみた処正に其の通り。文章の冒頭からいきなり「彼とのひと夏はとても印象深いものでした」。言う迄も無く「彼」とは被写体のエゾシカである。どうやら写真家の筆者は北海道で魚の撮影をしていた処、森の中で昼寝をする大きなエゾシカに遭遇したとの事。「カメラ一台と数本のフィルムをポケットに入れて」「脅かさないように匍匐前進で少しずつ進み」「ゆっくりゆっくりと一時間ほどかけると、すぐ手が届くほどまで近づいて」しまったのだ。彼がエゾシカを発見してから近付きたい一心で一時間も匍匐前進をしていた事に驚くだけでは足りぬ。彼はシャッターを切る内に、数本の「ポケットのフィルムは、あっという間になくなった」のだ。一時間の匍匐前進でやっとの事で近づいた一頭のエゾシカを相手に、僅かな時間でフィルム数本分の写真を撮影したのだ。

 そして私は只単に驚くだけでは無く彼に対して強い嫉妬をも抱く事となった。「最後はカメラが鼻先にくっつくまで近寄」り、「鼻息のにおいまで感じ」、挙げ句の果てに「そっと横で添い寝をし」たのだ。そして「自分より大きな動物の横に身を横たえる、私には夢のような時間でした」という一文が私に途轍も無い敗北感を植え付ける事となった。此の敗北感が余程ショックだった所為か、最後には「此の写真家の顔は志村けんに似ている」など、もう本筋とは関係の無い話題に及ぶ事となった。

 其れにしても、此程迄にエゾシカとのベッドインに至る迄の過程をとくとくと述べた挙げ句熱熱振りを披瀝する人もそうそう居まい。否其れ以上に、左様なラヴラヴな文章を中京地区の家族全員が接するような日曜版の一面全体を用いて紹介している事自体、極めて稀な事態と言えよう。ひょっとしたら中京地区に於いては斯様な獣愛が公然と認知され人々の日常生活に於いても斯様な獣愛が実践されているのでは無かろうかという考えに至り、幾ばくか此の地に好意を抱いた次第。


2001/12/15

師走の悩み

 年賀状を書くに当たり毎年頭を悩ませる事の一つに送付先の選定作業がある。選定といっても新規に追加する分には然して悩む事は無い。問題は、今迄惰性的に年賀状を出してきたのだが此処数年年賀状以外に全く音信が無いという相手に対し、今回は年賀状を止めるべきか否かという悩みを抱く事なのである。

 従来は、或る程度自分なりに「切り時」を設定していた。例えば、毎年年賀状を出しても素っ気無い返事が戻って来るだけだとか、此処二年程返事すら頂けないといった相手に対しては、別段年賀状のみの音信を行う必要も無かろう、何かの際には別途連絡を取れば良かろうという思想の下、年賀状を中止していた。別段「付き合いの薄い人とはどんどん付き合いを希薄化させよう」という積極的意思に基づくものでは無く、年賀状の送付先を或る程度絞らねば年々送付先が増加してきりが無いという消極的意思に基づくに過ぎないのだが。

 然し今年はふと従来の思想を見直す気持ちが芽生えてきた。年賀状を中止すれば其の人との縁が金輪際切れてしまうのでは無いかと思えたのだ。実際、年賀状を出さぬ相手に何かの折に声を掛けるのもなかなか勇気が要る事であり、頻繁に職場が変わる私の様な人間が一度年賀状を中止したら、相手方は私の消息をトレースする事が非常に難しくなるのだ。そう思いつつ、限られた枚数の年賀状に限られた作成期間を眼前にして悩みが日に日に増幅する次第。


2001/12/14

メールボックス

 先日メールボックスを整理しようとする中で、自分の発信したメールのタイトルを宛先別に分類してみた処、宛先によってメールタイトルが一定の傾向を見せている事に気付いた。

 先ず私の目を惹いたのが「10-8-16」や「5-2-12」などといった数字とハイフンのみから成るタイトル。「EZOSHIKA PADDOCK」以外に参加していた競馬予想投稿メールである。一方「予想のお礼」なるタイトルは「EZOSHIKA PADDOCK」に参加して頂いた予想陣へのお礼メールである。

 タイトルに「re:」という返信記号を付しているメール群は、相手を問わず業務関連のメールが多い。相手からのタイトルがメール内容の用件を簡潔に表している此の手のメールには、其れに対する返答であることを明確にすべく敢えて当方でタイトルを付与せぬ事にしている。

 「助平」「風俗」「好色」「漁色」なる単語がやけに踊っている宛先を見れば、「エゾシカの嘶き」でもお馴染みのサル似の知人では無いか。メールに於いては素人・玄人談義しか行っていない事が一目瞭然。尚此の相手に対して一通だけ「今月の取締役会の議題」なるタイトルのメールを発信しているのが非常に興味深い。

 「奥様へ」「ご主人様へ」なるタイトルが目立つのは、夫婦で一つのメールアドレスを共有している相手に対するもの。「奥様(ご主人様)に読んで欲しい」という趣旨というよりは寧ろ、「ご主人様(奥様)に読んで欲しくない」という趣旨から、一々タイトルで相手方を指定しているのだが、先日夫妻から「宛先を指定しようが結局は二人とも目を通すので意味が無い」との指摘を受け、今後片方に読まれたくないメールについてどうすれば良いのか目下思案中である。

 「連絡」「報告」「速報」などという素っ気ないタイトルは、相手方の職場にプライヴェートな内容のメールを送付する際に用いるのだが、一方不思議な事に、同一人物に対しプライヴェートアドレスに送付するメールのタイトルは「妻の真っ白な剥き身に荒縄を」「青姦で絶頂」「千本の手が肉体をまさぐる」「悦楽の飲尿」などといった、無差別エロメールやアダルトヴィデオの惹句も色を失う様なタイトルを用いるケースが多い。因みに職場に送るメールとプライヴェートメールアドレスに送るメールとは、共に内容的にはそう大きく違わぬたわいも無い話題なのだが。


2001/12/13

言語読解能力

 幼少より国語の成績が著しく劣っている私が他人の事を論うのも何なのだが、世間には言語読解能力が著しく欠けている、或いは著しく異なる方向を向いている輩が存在する様である。具体的には、「○○である」「○○であろう」という種の文章を「此の発言者は『○○である』事を希望している」と解する能力を有する人物が少なからず存在するのだ。

 幾ら彼等とて、「明日は雨であろう」などという発言を「貴様は明日が雨の方が良いと思っている」と曲解する事は稀である。而るに、「彼は出世しないであろう」「彼は斯様な報いを受けても当然であろう」「彼は早晩落命するであろう」などという発言をそれぞれ「貴様は彼が出世出来ない事を希望している」「貴様は彼が斯様な報いを受ける事を希望している」「貴様は彼が死ぬ事を希望している」などと曲解する事に掛けては、此方が呆れ返る位彼等は得意なのだ。

 無論、上記の例に於いてそれぞれ私が「彼」の人事権を握る上司だとか弁護士だとか医師だとかといった立場で有れば、「貴様が出世させないから『彼は出世しない』んやろが。って事は貴様が『彼は出世しない』事を希望してるんやろが」などと解釈されるのは至極当然の事であろうが、斯様な例外を除き、文字通り解される事は不可能なのであろうか。私にしてみれば、斯様な特殊能力の持ち主については、逆に彼等自身が心の中で「○○である」事を希望しているのでは無かろうかと邪推せざるを得ないのだが。

 以上を踏まえた上で改めて述べるが、私は決して、テロの影響で観光地の客足が激減する事を希望するもので無ければ、観光客激減に苦しむ自治体が此の儘苦しみ続ける事を希望するものでも無いのだ(2001/12/12参照)。


2001/12/12

観光キャンペーン

 米国の同時多発テロの影響で当の米国及び一部の国内観光地の客足が激減しているとの事であり、其れは其れで或る意味当然の事と思えるのだが、客足激減に伴い観光収入が激減して困窮している自治体が一生懸命観光誘致キャンペーンを行っている模様である。

 確かに困窮の為に観光客及び来訪者の観光単価のアップを訴える気持ちは解らぬでも無いのだが、抑も訴える側には何故観光客が激減しているのかを冷静に考えた事があるのか。只単に「テロの被害にあった」という過去の事実に対する畏怖のみならず、「遠くない内に第二、第三のテロが起こるかも知れぬ、其の際に自分自身が巻き込まれるかも知れぬ」という、蓋然性のそう低くない(而も其の後の米国の強硬な姿勢は寧ろ蓋然性を高めているとも言えよう)己の身に振り掛かる危険を省みて、大抵の人間は「行きたい」という気持ちを堪えてすら、場合によっては一度決定した旅行に高いキャンセル料を支払って迄して旅行中止を余儀無くされているのである。決して観光に興味が無いとか、当該観光地の魅力が解らぬとかといった理由では無いのだ。

 此が若し昨今の「狂牛病」の如く、何等かの対策を立て「安全宣言」なんぞを行う事が出来るのであれば話は別である。然し相手はテロ。彼程のテロ行為が実行された後、件のテロ組織が未だ壊滅の様相を見せぬ中、何時何処でどの様な方法でテロが行われぬかなど誰も予測し兼ねる状況に於いては、対策だの安全宣言だのが期待出来る筈も有るまい。

 「観光大使」的存在の人物が登場してニコニコ顔で従来通りの観光キャンペーンを行ったり、況や政府が観光慫慂を行ったりなどといった行為は、断腸の思いで旅行を中止した旅行者を思いっ切り馬鹿にした巫山戯た行為であると言えよう。観光地の自治体は兎も角、政府なぞ困窮の観光地を支援する方法位他に幾らでも実行出来ようが。


2001/12/11

ナメシ

 先日職場近くの百貨店地下にて弁当を購入する際、「御飯は普通のお米とナメシと二種類がありますがどちらに致しましょうか」と問われ、「は?普通のお米と、もう一つは何て仰いました?」「ナメシです」「済みません、ナ…何ですか?」「ナメシです」「恐れ入ります、ナメシ…でしたっけ、其れって何なのですか?」「(一寸むっとして)御飯に野菜を混ぜて炊き込んだものです」との遣り取りを店員と交わす事となった。取り敢えずナメシ(其の時は未だ自信を持って「ナメシ」と言えなかったのだが)の御飯を食する事となった。

 暫し頭を悩ませ、「新嘗祭」「大嘗祭」からの類推でナメシは「嘗め・し」=「嘗める」の過去形であり、屹度新米から造られた高貴な御飯という事では無いかと思う一方で、矢張り「ナメシ」というのは何かの聞き間違いでは無かろうかとも思っていた。何れにせよ名古屋なる土地、炊き込み御飯になかなか奇異な名称を付与するものであると感心した次第。

 さて、此の話題を作品にしようとして「エゾシカの嘶き」のネタ帳に「ナメシ」と入力した途端「菜飯」と表示され、何やねん菜っ葉の飯という事かよと気付き、余りの呆気ない結末に呆れ返る事となった。其れにしても売場の店員に対し、漢字で喋らんかいなどと無茶な要求こそする積もりは無いが、「朝飯」の「アサ」や「酢飯」の「ス」にアクセントを掛けぬのと同様、「菜飯」の「ナ」にアクセントを掛けるべきでは無かろうと強く感じた次第。


2001/12/10

ラジオ・スターの悲劇

 もう20年以上も前の洋楽アルバムを探し回り先日購入した。発売以来何度かの廃盤を経てCD化された其のアルバムに収録されているバグルスのヒット曲「ラジオ・スターの悲劇」が無性に聴きたくなったのだ。子供の頃巷に溢れ返っていた其の音楽を聴いて何等かの郷愁に浸ろうとした訳では決して無く、寧ろ逆に今頃になって此の旧い曲が新しいと感じられた為である。

 エフェクトを掛けたヴォーカルに、所々に顔を出しては何時しかメロディに合流するシンセサイザーの音色、エッジの立ったスネアドラムのリズムという、当時流行の兆しを見せていたテクノポップ的な要素を含みつつも、当時耳にしていた頃から際立った新鮮さはそう感じられず、寧ろ単に耳障りの良い洋楽ポップスとしての認識しか無かったのだ。

 処が数ヶ月前、globeのトランス・リミックスアルバムを聴いて矢鱈空虚な気持ちになった直後あたりから突然10年以上振りに「ラジオ・スターの悲劇」が私の脳裏を激しく駆け巡る様になったのだ。明らかに旧い曲である筈なのに、時代の先頭集団を為している曲以上に其れが新鮮に感じられたのだ。

 そして先日アルバムを購入して全曲を通して聴いてみたのだが、他の曲が当時の「時代の先端」の匂いを遙かに強く放っているにも拘わらず、現在の私から見れば此等の曲は「80年代の匂い」の曲であり、一方で「ラジオ・スターの悲劇」は新鮮な曲であった。

 時代と同じ初速度で併走しようとしても、時代は突然加速したり減速したり或いは明後日の方向に向かったり空を飛んだり地を潜ったりする為長くは保たない。しかし逆に、時代と同じ初速度で走り直ぐに道が離れたとしても、何れ己の動線が時代と交錯したり合流したりという事も有り得なくも無いのだ。CDを繰り返し聴きつつ、結局は世のトレンドの盛衰論に帰結した次第。


2001/12/09

旅欲の行方・2001-2002

 例年の如く此の年末年始、何処でどう過ごすかを検討する事となった。幸い今回は七連休を取得出来る運びとなり、日程的に行程の選択肢が一層広まる事となろう。本来であれば長期休暇と来れば即北海道というのがお決まりなのだが、此の時期は私の目標である「北海道海岸線ドライヴ一周」が雪に阻まれ、更に私好みの獣関連施設は冬季期間に閉鎖される処が少なからず存在する事等から今回は北海道を見送る事とする。

 国内で一週間過ごせそうな場所が他になかなか見当たらぬ儘、私の目は短絡的に海外へと向かった。実は此の歳になって海外には一度しか足を向けて居らず、而も暫く英語圏で過ごした知人と共に英語圏の国に向かうという事で或る程度大舟に乗った積もりで其の旅行に臨んだ為、今回の様に全く何から何迄一人というのは純粋に初めてなのである。而るに左様な経験不足など何処吹く風、長月の所謂同時多発テロの影響で海外旅行が激減しており、人気も少なく安価で海外が楽しめそうな気がするという点に惹かれた次第。

 前回は獣趣味が高じて豪州に足を運んだのだが、昔から中国文化に惹かれ、高校時代に「中国文化研究サークル」なる集団を立ち上げ率いていた(2000/03/29参照)私が今回の旅先に中国を選択するのに時間は掛からなかった。然し査証が必要となり年末年始に間に合うか判らぬ為、次善策として査証の不要な香港を選択した次第。幸い香港に於いては元日から競馬が開催されており、正に午年のスタートに相応しいでは無いか。

 次は宿と航空機の手配を検討せねばならぬ。旅行社のウェブサイトを巡ってもなかなか此の期間の格安旅行或いは格安航空券が存在せぬ。実際に旅行社に足を運ぶも、米国テロの影響で逆に亜細亜方面は人気が高く年末年始は格安航空券が存在せぬとの事。逆に往復数万円の米国旅行を推薦され、己の欲望との乖離に暫し頭を悩ますものの、矢張り欲望には勝てずに何とか香港への航空券を求めんと帰宅後再度ウェブサイトを漁りまくった結果「格安航空券」の倍以上の価格の航空券を手配する事が出来、宿も何とか押さえる事が出来たのだ。

 其れにしても今回の旅行は出発から現地での過ごし方から何から全くイメージが湧かぬが、抑も此が本来の旅の愉しみでは無いか。金の無い学生時代に唐突に思い立ち寝袋一つで当てもなく列車で彷徨い翌日の行先どころか当日の夜に何処で寝るかすら検討が付かぬ旅行を行い、予想外であり且つ予想を遙かに超える位愉しい土地、愉しい風景、愉しい出会いを得た結果、旅行を趣味とする事が出来た、其の時の喜び以上のものを再び味わえん事を期待して止まぬ。


2001/12/08

歯磨き

 数年前親不知を抜歯した際に私の歯艶だの歯並びだのの余りの汚さを見兼ねた医者が、抜歯後の治療がてら私に歯磨きを一からじっくりと指導して下さる運びとなったのだが、先ず基本理念として、歯刷子は歯に対して左右に擦らねばならぬとの事であった。

 物心付いて初めて歯刷子を手にした幼少の頃、歯磨きの際に歯刷子は歯に対して左右に擦るものと教わり、確か周囲やマスコミも其の手法を推奨していたのだが、程無くして歯刷子を歯に対して上下に擦るものと教わる事となり、周囲やマスコミも今迄の主張など何処吹く風と言わんばかりに其れがさも当然という顔で其の手法を推奨した儘、私自身何一つ疑う事無く大人になる迄の間上下擦りを行っていたというのに。

 其れにしても我々の生活に於ける基本的行為であり身体の健康を維持する行為の一つである歯磨きについてそう時を経ずして此程迄に「正」とされる手法が「誤」とされる(或いは其の逆)とは、程度の差こそあれ「健康を維持する」とされていた行為が「人体に悪影響を及ぼす」とされる事であり、冷静に考えれば非常に恐ろしい事では無かろうか。


2001/12/07

記念

 此処だけの話、今月中に「エゾシカの嘶き」連載が千回を迎える為、何か記念すべき事を行うのも亦愉しからず哉という事で思索を巡らせようとしたのだが、ふと一つの疑念が私を過ぎった。

 「記念」というと大抵の場合、派手な装飾を施したり賞品を用意したりといったケースが多いのだが、本来「記念」とは「後々の思い出に残しておくこと」(広辞苑)。元来人間は楽しい思い出よりも辛い思い出の方が身体に染みて記憶されがちという習性に鑑みれば、楽しい仕掛けよりは辛い仕掛けを施す方が寧ろ「記念」として人々の心に深く刻み込まれ其の価値が高まるのでは無かろうか。

 そう考えれば、例えば千作目の作品を誰も知らぬ様な言語だとか特定のブラウザやOSでしか読めぬ仕様で記載したり、此の作品のみパスワードを自分で探し求めて入力しないと読めぬ様にしたり、此の作品を読んだ人は生まれ変わって泥鰌になり生きた儘玉子綴じにされて柳川鍋になる様呪いを掛けてみたり、等といった工夫を施さねばなるまい。

 しかし私にとっては此の方が却って楽しい記念より面倒臭い。矢張り辛い仕掛けは施すまい。


2001/12/06

ウェブ辞書

 「EZOSHIKA TOWN」のトップページ下欄に設けている検索エンジンの英和辞典を使用した際、表示されている単語の発音が音声ファイルとして提供されている事に気付いた。血気盛んな中学生や高校生であれば数々の猥語の発音を聴いて悦ぶのであろうが、流石に好青年たる私には左様な幼稚な真似など出来ぬ。

 私は猥褻でも何でも無い「come」という単語を音声で愉しむ事とした。此を連続再生させると正に洋物エロヴィデオに於いて女性が絶頂時に殊更大声で「come!come!come!…」と叫ぶ光景が音声で想起出来るのである。個人的にはもう少し声を上擦らせて欲しいだのキーを高くして欲しいだの絶頂に達する前に「oh,yeah…」などという喘ぎが欲しいだのと思ったりもするのだが左様な贅沢は此の際求めぬ。和物専門の私としては寧ろ国語辞典に此の音声機能を導入して欲しいと切に願う次第。


2001/12/05

続・好みのタイプ

 先日送別会に参加した際、初対面の女性から好みの獣のタイプを問われ、2001/05/28で述べた通り、或る場合に於いては此の獣、また或る場合に於いては此の獣と好みが変わってくる旨伝えたのだがどうも相手は納得せず当方がうんざりする位にしつこく「いいから一番好きなのは何なの」と問うてくる。無論相手が私の一押しの獣を知ったからといって別に彼女が私に其の獣を宛ってくれる訳でも無ければ彼女自身が其の獣と獣愛を育む訳でも無かろう。私にとっても彼女にとっても何等変化の無いたわいも無い話題に何故此程迄に執心するのか。

 相手のしつこさ及び当方の説明など全く耳に入っていない様子に好い加減辟易しつつ彼女の執心の理由を考えてみた。恐らく彼女が男性を見る際には、観賞、結婚、浮気、一時的性交、永続的性交等々それぞれが全て単一の定規でしか測れないのであろう。即ち、観賞していて良いと思った男性と勝手放題交わり結婚し、同様の男性が出現すれば新たに乗り換えれば良いのだ。少なくとも私には理解し難いのだが、冷静に他人事として捉えてみるに、或る意味此は此で判り易い思想であると言えよう。


2001/12/04

 狂牛病の症状を見分ける方法の一つとして暫く前に「ニュースステーション」にて紹介されていた方法に、牛の耳元でドラム缶を叩く等の物音を立てた時に過剰に怯えたり涎を垂らして興奮したりするか否かというものがあった。

 馬学を人並み程度に学んだ積もりの(1999/11/03参照)私としては、若し同様の行為を馬に対して行えば馬は狂牛病に罹患した牛どころでは無い反応を示すばかりか気も狂わんばかりに嘶き怯える事が容易に推測される。元々草食獣たる者、被捕食者という己の悲しい性故、外敵からの僅かな危険を察知する為に非日常的な物音には何かしら過剰に反応すべきなのであり、大型草食獣の象ですら、斯様な物音に興奮し暴れ、時には周囲の人間を死に至らしめる位なのである。

 そう考えれば、牛なる草食獣、従来の私の考えを遙かに上回る位鈍重な獣と言えよう。別段此について善し悪しを論じるものでは無く、実は非凡な草食獣であるという点を指摘する迄の事なのだが。


2001/12/03

ウィルス

 先日来夥しい量のウィルス付きメールが到着する。最初の一、二通の内は「おお、ウィルス対策ソフトもなかなか快調に活動して居るわい。偶にはしっかり働いてもらうのも良かろう」と思っていたのだが、次第にそう呑気な事も言えぬ位ウィルス対策ソフトが活躍する事になろうとは予想だにし得なかった。

 しかし其れにしても、此等のウィルスが、今年長月に「対米国テロの一環か」「有力企業も次々と感染」などと全世界的に喧伝された所謂「Nimda」程巷間で話題にならぬとは些か奇異に感じられる。正直な処、「Nimda」については個人的に何等影響どころか不審なメールの到着すら殆ど無かったというのに。そう考えると、或る意味世間の流行を肌身で感じ取れぬという点で些か悔しい思いすら抱かざる得ぬ。


2001/12/02

寓居近辺

 偶々酉の刻辺りに寓居近辺の裏道を選んで自転車で走行していた時の事、或る民家の前でブザー音がけたたましく響いた。どうやら家の前に防犯センサーが張られているようであり、何等疚しい処の無い私ですら思わず足早に其処を通り過ぎる事とした。暫く走る内にまた別の民家では前を通り過ぎた際にスポットライトを浴びる羽目となり、またしても何等不埒な行動をとっていない私が思わず自転車を漕ぐ足を速めまくる事となったのだ。

 確かに引ったくりだの物盗りだのが絶えず朝のローカル番組でも週に一度は其の区内に於ける犯罪のニュースが流れる位治安の悪い地域である事は承知しているのだが、其れにしても其の地は名古屋駅から直線距離にして僅か二キロ余り。仮にも県庁所在地であり「日本第三の土地」と地元民のみが豪語する街の中心駅の至近にあってたかだか自転車如きに対して過剰とも思える位の反応を示さざるを得ない事についてはとやかく言うまい。街の中心であろうが人通りが激しかろうが此が治安の善し悪しとリンクするとは限らぬ。私が大いに驚いたのは、自動車も通過する筈の道路に面した民家の前をたかだか自転車が通過しただけで此を不審者と認め周囲に大音声を発したり大光量の光線を浴びせたりしても全く問題の無い位に人通りの少ない地区が、あまつさえ「車社会」を誇る土地の中心駅から僅かの地に存在する事なのだ。


2001/12/01

検索エンジン・2001/11

 今回の検索語ランキング、「エゾシカの嘶き」の追撃を許さぬ「包茎写真」がまたも勝利を収めるのか、其れとも愈々「エゾシカの嘶き」が雪辱を晴らすのかが注目されたのだが、見事優勝したのは伏兵「強制女装」、二着に僅差で「エゾシカの嘶き」、三着に「包茎写真」が入った。恰も実際の競馬に於いて、神無月に行われた天皇賞・秋でテイエムオペラオーとメイショウドトウとの対決を無視するかの如く伏兵アグネスデジタルが勝利を掻っ攫ったのを彷彿させる様な結果に終わったのだ。

 四着には初登場で「ペガサスの絵」。他にも「ペガサス 馬 イラスト ダウンロード」なる語が登場していた事から来年の干支用のネタ探しと思われるのだが其れにしても従来の上位ランキングには決して顔を表さぬ種類の検索語である。五着はランキング常連「陰茎写真」。なお今回特記事項として「女性用風俗」「女性用風俗店」「女性専用風俗」が相次ぎ上位にランクインし、此等を一つと考えれば優に「強制女装」に勝る位のアクセス数を誇っていたのだ。

 次に下位に目を向けてみる。「性器の名称 性行為 体位」「人妻 個人 マンコ」「新宿 キャバクラ えり」「貸出 膣」。正に己の欲望を其の儘検索エンジンにぶつけたと言わんばかりである。其れにしても最後のものは要求内容が余りに即物的では無かろうか。

 さて今回、過去の検索語の中でも最高傑作の部類に属する物が登場した。「輝くマンコ」。何やねんそれ。輝いた処で嬉しい物でも無かろうに。


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