三段ベッド〜Night Train
 
三段ベッド
〜 Night Train
 

  「三段ベッド?」
 車内に入ってまず驚いたのがそれだった。二段ベッドの寝台列車なら日本でも乗ったことがあるが、さらにその上にもう一段あったのだ。天井が高いわけではない。日本なら二段に仕切る空間を三段に仕切っているのだ。ということはつまり、一段当たりの高さというか、居住スペースがその分狭くなる。最初に見た時は荷物置き場かと思った。
「起き上がる時に頭ぶつけそう」
「手すりもないよ。寝返り打ったら、床に落ちるんじゃない」
 ツアーメンバー全員、初めて目にする代物に興味が尽きない。試しに、一番下のベッドに横になってみた。上のベッドがすぐ眼前に迫っていて、かなり圧迫感がある。閉所恐怖症の人には耐えられないかもしれない。二段目も同様だろう。かといって、一番上は落ちた時のダメージが大きそうだ。
「これは究極の選択ね」
 一同、妙なところで感心する。
「ドラフトしようか」
「えー、あたし下の方がいいな」
「じゃ、あたし二番目で」
 意外にもすんなりと席が埋まっていき、僕と妻は三段目に寝ることになった。どうせなら一番上がいいかなと内心思っていたので、こちらとしても異存はない。
 しかし、昇るのがなかなか大変だった。通路側にはしごが付いているのだが、幅は狭いし列車は揺れるしで、けっこう腕に力が要る。
 それでも最上階はやはり快適だった。何より圧迫感がないのが良い。確かに天井は間近に迫っているが、ベッドの上にあぐらをかいても頭がぶつからない程度には高い。それなりに視界も開けている。加えて、見下ろせるので訳もなく偉くなったような気分になる。
 ただしベッドの幅は思いのほか狭い。寝返りどころか、気をつけの姿勢のまま寝なければならなそうだ。まあ、深く考えないことにしよう。落ちたら落ちたでそれも武勇伝になる。
 通路を挟んだ向かい側の席ではインド人のオヤジが大きないびきをかいていた。発車したばかりだというのにもう熟睡しているとはなかなかの強者だ。もっとも、それくらい神経が図太くなければこの列車に乗る資格はないだろうが。
 いつの間にか車内の灯りが落ちていた。そろそろ時間ということか。懐中電灯を頼りに枕元を片付け横になって毛布を被る。マットが硬すぎる気がしないでもないが寝心地は良い。疲れた腰にはかえってこのくらいの方が合っているかもしれない。
 線路の継ぎ目を越えるたびに鳴る、カタタン、カタタン、という走行音が耳に心地よい。それを子守唄代わりに僕はすぐに眠りに落ちていった。
 翌朝、目覚めると下界は既に活動モードに入っていた。顔を洗いに洗面所に行く途中で、何か変だと気づいた。三段ベッドが消え、みんな普通の座席になっている。
「昼間はこうして跳ね上げておくんです。ほら、簡単でしょ」
 実演付きでガイドが説明してくれた。なるほど、合理的な仕組みだ。これなら昼夜問わず快適に過ごせる。日本の寝台列車にもない機能だ。途上国だからと甘く見ていたが、進んでいるところは進んでいる。やはり経済指標だけでは測れないことがあるのだ。
 

   
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