怪獣島にやって来たのだ〜Ta Prohm
 
怪獣島にやって来たのだ
〜 Ta Prohm
 

   アンコール遺跡群の人気投票があると仮定してみよう。本命はもちろんアンコール・ワット。対抗でバイヨン。ここまでは大方が予想するところとして異論はないだろう。しかし、それらをまとめて抜き去る可能性を持った大穴がいる、と言ったら意外に思われるだろうか。
 知っている人なら「ああ、あれね」と納得してくれること請け合いのはず。小回りコースの中でもひときわ異彩を放つ「侵食される」遺跡、タ・プロームだ。
 その昔、ウルトラマンで「怪獣島」という話があった。太平洋に浮かぶ人跡未踏の孤島で多くの怪獣たちがバトルロイヤルを繰り広げるという内容だ。通常は一話に一体しか登場しない怪獣も、このときばかりはレッドキングやらピグモンやら次から次へと現れ、さながらオールスターゲームのように豪華だったことを覚えている。
 しかし、子供心に強烈な印象として残っているのは怪獣よりも人食い植物だ。調査のために島を訪れた科特隊員、確か毒蝮三太夫だったと思うが、彼が山道を歩いていると、背後から伸びてきた樹の蔓にいきなり襲われてしまうのだ。
 ひょっとして、世界のどこかにはあんな植物が生息しているのだろうか。実は学校の裏山にも生えているのかも。不安と怖いもの見たさとで、森や林の近くを通るたびにドキドキした。空想の産物とわかっている怪獣より、身近にある植物の方が断然リアルに感じられたのだ。
 しかし、何十年かの歳月を経てその怪獣島とそっくりの光景を目の当たりにすることになろうとは思わなかった。ただし、タ・プロームで襲われているのは人ではなく遺跡なのだが。
 丸太ほどもある太い木の根が、半ば崩壊しかけている回廊の壁を締め上げ、屋根を踏み潰している。蛸に似ているもの、蛇に似ているもの、鳥の足に似ているもの。縦横無尽に触手を伸ばすそれらはバラエティーに富んでいて、角度によってはまったく違うものに見えたりする。まさに自然が長い年月をかけて作り上げた芸術だ。
 写真や映像で何度か目にしたことがあったのである程度は想像がついていたが、実物はやはり迫力が違う。そして不気味だ。植物というより動物に近い。今にも動き出しそうなのだ。取って食われることなどあり得ないとわかっていても自然と腰が引ける。
 素材の取り合わせによるところも大きいだろう。植物という有機物と石という無機物、もっと言えば生物と無生物が一体となっていることからくる気持ち悪さだ。SF映画などで人体の一部が機械化したキャラクターが出てくるが、細部や動きがリアルなほどおどろおどろしく感じるではないか。
 学問的にはこれらの植物はガジュマルの一種だ。榕樹、または現地語でスポアンと呼ばれる。植生からしてアンコール一円に広く分布しているはずだが、なぜかタ・プロームだけが大々的に遺跡に喰い込んでいる。
 呆気に取られながら歩いているうちに、ある榕樹、というかオブジェに目が釘付けになった。回廊と一体化している太い木の表面を、さらに細い木が網の目のように這っているのだ。寄生樹だろうか。まるで筋肉と血管だ。下手な人体模型よりよほどそれらしい。なぜホルマリン漬けになっていないのかが不思議なくらいだ。
「これ、考古学というより医学の範疇でしょ」
 もはや理屈ではない。生理的な部分に訴えてくる。注射が怖いとか血を見るのが嫌というのと同じだ。カエルの解剖が駄目という方が近いか。ともかくはっきり言って気持ち悪い。しかし、目が離せない。どうしよう、見ちゃったよ、という感じだ。
 いつか夢に出てくるに違いない。うなされるだろうな、きっと。こんなふうに、毒蝮三太夫も怪獣島の夢を見たのだろうか。
 

   
Back ←
→ Next
 


 
静寂のカンボジア
 

  (C)2002 K.Chiba & N.Yanata All Rights Reserved