探検隊、未知へ挑む |
〜 Kbal Spean |
「ねえねえ、川の中の遺跡だって。見てみたいと思わない?」 旅行会社のパンフレットをあれこれ比べていた妻が話しかけてきた。 「何、それ」 「だから見てみたいと思わない?」 その瞬間から、妄想が目まぐるしく頭の中を駆け巡り始めた。与那国島の海底に眠る人工物と思しき遺構。火山の爆発で海中に没したとされる伝説のアトランティス。そして、失われた大陸ムー。古代文明の謎の系譜にまた新しい1ページが刻まれるのだ。 しかし、川の中にあるという遺跡をどうやって見学するのだろう。グラスボートか。それともシュノーケルでも付けて潜るのだろうか。だとしたら、少なくとも水着は持っていかなければ。ゴーグルなんかは貸してくれるだろうか。 「クバル・スピエンだって。知ってる?」 古今東西、遺跡にはかなり詳しい方だが、そんな名前はついぞ聞いたことがない。政情が安定するにつれカンボジア全土で発掘が再開されるようになったというから、どこぞのジャングルで新手が見つかったのかもしれない。 「決めた。このコースにしよう。未知の遺跡がある以上、探検隊としては行ってみなくちゃね」 こうして、僕たちの「アンコール遺跡とプノンペン4泊6日」は始まったのだった。 バンテアイ・スレイからでこぼこ道をさらに奥地へ。アンコール三聖山のひとつであるプノン・クレンを目指す。ここは遺跡群を縫って流れるシェムリアップ川の源流であるとともに、石材の切り出し場でもある。群雄割拠だったクメール王国を統一したジャヤヴァルマン2世は、ここで宗主国のシャムからの独立を宣言したとも言われており、いわばアンコール朝発祥の地だ。そのせいもあってか、神の棲む山として崇められ長らく信仰の対象となっていた。 「ここからはハイキングです。準備はいいですか」 ガイドが示す指の向こうに細い坂道が伸びていた。トレッキングの始まりだ。 しばらくはなだらかなアップダウンが続く。道は意外なほど踏み固められていて歩きやすい。木々の葉で直射日光が遮られるので気温の割には涼しく感じる。首筋に滲む汗も爽やかだ。鳥のさえずりが聞こえる。なんて快適な森林浴なのだろう。 と思っていたら巨大な岩が行く手を塞いでいた。落石の跡なのだろうが、5m以上はあろうかという大岩が何枚も道の真ん中で重なり合い、通せんぼしている。これでは崖沿いの狭い空間を回り込んで行くしかない。 「今も落石はあるんですか」 「そうですね。1mくらいのものならちょくちょくあります」 やがて、道端のところどころに赤い目印が塗られているのに気がついた。迷子にならないための工夫かと思いきや、立ち入り禁止の警告なのだという。 「このあたりは、ついこの間までポル・ポト派の支配地域でした。もともと人があまり立ち入る場所ではないので、地雷の撤去も進んでいません。はみ出すと危ないので気をつけてください」 やけにあっさりガイドは言うものの、こんなにアバウトなマークで本当に大丈夫なのだろうか。だいたい、素人にはどこからが「はみ出す」位置に当たるのか、よくわからない。 探検は自己責任が基本だ。落石があろうが、地雷が埋まっていようが、自分の力で乗り越えて行かなければならない。誰にも頼ることはできない。そもそも未知との遭遇には困難が付き物と昔から相場が決まっているではないか。 しかし、冷静に考えてみれば、僕たちが今しているのは探検ではなく観光なのだけれどな。 |
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