【寺町】 まず、堀江さんが手がけられたマシンからお願いできますか。

【堀江】 エポック社に入ったのは、ここがテレビテニスを手がけているという会社だという動機からなんです。
最初の1年は営業にいました。その頃、ブロックくずしがブームになっているということで、本社に配属され開発をやることになるんですよ。
私が最初に手がけたのはデジコム9(LSIゲーム)なんですよ。これを設計し基本的な回路を手がけた後、私はテレビゲームに移りました。
エポック社の第2作はシステム10なんですよ。これは私が営業のときにやっていて、私がこちらに来てから参加したのはテレビ野球ゲームなんです。今見るとイモっぽいデザインですよね(笑)。私が設計したんです(爆笑)。これが第3弾です。
テレビベーダーになると、プログラムには携わっていません。監修という立場です。カセットビジョンもね。スーパーカセットビジョン(以下SCV)では2種類ソフトをやりました。


【寺町】 テレビベーダーで一歩下がられるわけですね。またどうして?

【堀江】 パクパクマンとかハンディゲームやったりね、'82からはSCVの開発やっていたんですよ。FLはもう出てたから液晶ですね。パクパクマンの設計とか。

【寺町】 うわ!パクパクマンは堀江さんの設計だったんですか!?今、インターネットの掲示板なんかで、ハンディゲーム史上最高のパックマンゲームだとの声があがってるんですよ。

【堀江】 あれは気合入りましたよ(笑)。300万台近く売れたんだよね。あのあと、2種類出したけど、パクパクマンが一番おもしろかった(笑)。橋の下にエサが一個あるの知ってます?

【寺町】 知っています(笑)。あれ、食べ忘れると「あれ?全部エサ食ったはずなのに」とオロオロとなって、そこをガブ!(爆笑)。


大ヒットしたパクパクマン(これは低価格再販版)。

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