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終章




 本研究はココアバター固化過程の実験的・理論的解析を基礎として、新規な
トリアシルグリセロールをココアバター系へ導入することによって、トリアシ
ルグリセロール分子間相互作用を利用し、新たな物性を有する食用固体脂を開
発した内容をまとめたものである。論文の前半では、ココアバターを構成する
主要な3種類のトリアシルグリセロール分子の単独の結晶化過程を検討し、そ
の後、それらの成分分子を混合させた系における相挙動を明らかにした。後半
では、OSOとSOSの2成分系における結晶化挙動・相挙動を詳細に調べ、
OSOをココアバター系へ導入した際の物性変化を検討し、OSOを利用した
新たな物性を有するチョコレート油脂の開発に応用した。各章の概要は以下の
通りである。

 第1章第2章では、高純度の試料を用いて、POPの5多形(α、γ、pseudoー
β'2、pseudo-β'1、β2)、SOSの4多形(α、γ、pseudo-β'、β2)およびPOS
の4多形(α、δ、pseudo-β'、β)の融液からの結晶化挙動を解析した。融液中に
結晶が析出するまでの誘導時間(τ)を、恒温セル上に試料を乗せ光センサーを
装着した偏光顕微鏡を用いて測定し、各多形の結晶化速度をτ−1として求めた。
多形の同定はX線回折およびDSCにより行った。
 結晶化方法として、単純冷却結晶化・融液媒介結晶化を用いたが、以下にま
とめるような結果が、POPとSOSにおいてほぼ共通に確認された。
 (a)結晶化速度は常に不安定多形の方が安定多形よりも大きかった。また、β2
  型の出現はγー融液媒介転移結晶化によってのみ観測された。β1型の析出
  は認められなかった。
 (b)同一結晶化温度において、融液媒介結晶化による結晶化速度は、常に単純
  冷却による結晶化よりも大きかった。
 (c)多形の出現挙動は単純冷却と融液媒介結晶化で異なっていた。
POSでは上述の(a)に関しては同様な結果を示したが、以下の3点で異なって
いた。
 (1)pseudo-β'型が、熱的に不安定なδ型よりも広い温度範囲で析出した。
 (2)析出する多形は、単純冷却の場合と融液媒介結晶化の場合とでは異なって
  いた。
 (3)δ型は、単純冷却で25.5℃〜28.3℃の範囲でのみ得られた。
POSにおいて得られたPOPやSOSとの違いは、POSが光学活性物質で
あり用いた試料がラセミ体であったことと関連させて考察した。また3種の
Sat-OーSat型トリアシルグリセロールの結晶化挙動を、ココアバターの結晶
化挙動と関連させて考察し、ココアバターのテンパリング過程では融液媒介結
晶化による結晶核の生成が起こっているものと結論された。

 第3章では、前章で検討した高純度のPOP、POS、SOSを使用して
2成分系および3成分系の結晶化挙動を調べた。試料は、これら3種類のトリ
アシルグリセロールを種々の割合で混合し(73通り)、アセトンに溶解した
ものをロータリーエバポレーターによって減圧下で溶媒を除去させながら、ト
リアシルグリセロール混合物を結晶化させ、析出した結晶を30℃で6ケ月エ
ージングした後、DSCで融解挙動を、X線回折で結晶構造を調べた。この結
果、すべての試料は安定型に転移が完了しており、DSCによる融点のデータ
から3成分系の融点曲線を得た。また、その融解挙動の解析から、ココアバタ
ーにおける3種類のSat-OーSat型トリアシルグリセロールを、どのような組
成比で混合した場合に目的の融解挙動、融点が得られるかについて考察した。

 第4章では、OSOとSOSの混合系における結晶化挙動を、X線回折、
 DSCにより検討した。その結果、 OSOとSOSとは、その混合比が1:1の
ときにCompound結晶を生成し、これ以外の混合割合ではCompoundとSOS
、または、OSOとが共晶を形成することを明らかにした。また、この共晶状態
ではCompoundとSOSまたはOSOが独立に多形転移を起こすことを確認した。
これらの結果から、SOSとOSOの混合系における相図を作成した。Comp-
ound結晶のβ型は2鎖長であり、その構造モデルとしてSOSとOSO中のス
テアロイル酸鎖とオレオイル鎖とが分離し、2分子型ラメラを形成しているも
のと推定した。

 第5章では、SOS/OSO系で生成するCompoundについて、その多形現象、
結晶化速度を解析した。Compoundには、α型とβc型の2種類の多形が同定され、
βc型への固相転移は0℃近辺で速やかに起こることが確認された。融液からの
結晶化では、βc型が非常に大きな速度で析出した。融液から析出したβc型の単
結晶レ−ザー顕微鏡写真の結果から、トリアシルグリセロールのβ型に典型的な
晶癖が認められた。Compoundを構成するSOSやOSOは、単独では複雑な多
形現象と転移過程を示すことと比較し、これらの結果は特異的であり、その違
いを分子論的に考察した。
 さらに、SOS/OSO系で生成したCompoundは、POP/OSO系、POS
/OSO系でも認められ、SOS/OSOのCompoundと類似した結晶構造である
ことが確認された。

第6章では、OSOをココアバターと混合した際の結晶化挙動および生成し
た結晶の耐熱変形性について、油脂系・チョコレート系において検討した。
ココアバター中のSat-O-Sat含量と等量のOSOをココアバターに混合す
ると、第4章で示したようなCompoundが生成されることを明らかとした。これ
はココアバターの主成分がSOS、POS、POP(>80%)であるために
SOS/OSO系の場合と同様の現象が起こったものと考えられた。このよう
にして得られた結晶の耐熱変形性を調べた結果、融点は高いにもかかわらず、
可塑性の非常に大きな結晶であることが認められた。この現象は、OSOを混
合して調製されたダークチョコレートにおいても観測された。 しかし純粋な
OSO/SOS系では可塑性の増大が認められなかったことから、このような
可塑性の変化は、ココアバター中に存在する液状油画分によってもたらされる
ものと推測し、液状油がCompound結晶に対しどのような影響を与えるかについ
て分子論的に考察した。

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