<論文目次へ戻る><ホームへ戻る

第4章 SOS/OSO2成分系の

相挙動




第1節  緒言

 油脂における分子の配列は結晶,液晶,膜状態において極めて重要である(1)
油脂分子は鎖長ばかりでなく,飽和・不飽和でも異なるアシル鎖がグリセロール
骨格に結合しており、それぞれが非常に近接している。したがってこれらアシ
ル鎖同士の相互作用が構造・機能の発現に大きく関わっている(2)
 アシルグリセロールにおいては、油脂分子配列は脂肪酸の化学的特徴、すな
わち鎖長、炭素数の偶奇、不飽和度(トランス、シス)等に依存している(2)
とくに分子構造や熱力学的挙動は、アシル鎖が cis-不飽和結合を含んでいるか
否かに大きく影響される。これは実際に cis-不飽和をもつ油脂分子が種々の構
造をとることからも明らかである。さらに、cis-不飽和を1ケもつ脂肪酸でも
種々の結晶状態をとることが知られている(3)(4)(5)(6)
 オレオイル鎖は、自然界で最も多く存在するアシル鎖である。とくに、トリ
アシルグリセロール中にオレオイル鎖をもつ油脂は製菓、製薬、化粧品工業に
とって重要である。オレオイル鎖を有するトリアシルグリセロールは、可塑性
や柔軟性を発現する物質としても利用されるが、これはオレオイル鎖と他のア
シル鎖との間の分子相互作用による性質である。それを反映する例は、オレオ
イル鎖を含むトリアシルグリセロール分子の示す多彩な多形現象である。
 単一飽和酸型トリアシルグリセロールには通常α、β'、βの3種類の多形し
か存在しないが(7)、オレオイル鎖を含むトリアシルグリセロールの多形現象は
非常に複雑である。たとえば、OOO(trioleoyl-glycerol)では5種類の多
形が知られており(8)、SOSでもやはり5種類が同定されている(9)。また、
OSO(1,3-dioleoyl-2-stearoyl-glycerol)では3種類の多形が存在する(10)
が、その分子構造は極めて複雑である。
 トリアシルグリセロール中のオレオイル鎖の相互作用を解明する一つの方法
は、オレオイル鎖を含むトリアシルグリセロールの2成分系相挙動を明らかに
することである。このような観点から、SOSとOSOとの2成分混合系は、
非常に興味深い。なぜなら、両者はグリセロール骨格にオレオイル鎖とステア
ロイル鎖が対称的に結合しているからである。すなわち、SOSではステアロ
イル鎖とオレオイル鎖がそれぞれ、sn-1,3ー位とsn-2-位に結合しており、OSO
では全く反対の構造をしているのである。したがってSOS/OSO混合系で
は、特殊な分子配列が起こることが予想される。これはFig.4ー1に示したように、
SOS(9)とOSO(10)とが、全く異なる多形挙動を示すことからも示唆さる。
この多形転移は、最も不安定な多形(両者ともにα型)から最安定型(SOS
ではβ1、OSOではβ)へと向かう不可逆的なものであり、温度および時間の
関数として転移が進行する。この転移に伴い、アシル鎖・グリセロール骨格・末
端メチル基間の分子内力、分子間力によってラメラの繰り返し構造である鎖長
構造が変化してゆく。その際、不安定型(α)では、2鎖長構造となり、オレ

Fig.4ー1 Polymorphic transformations of SOS and OSO.
      (2):double chain length structure.
      (3):triple chain length structure.

オイル鎖とステアロイル鎖が同一のラメラ面内に並んでつまっているが、より
安定な多形へ転移する過程で、2種の分子鎖は分離し3鎖長構造となる。もし、
SOSとOSOを混合した場合、極めて興味ある相挙動がアシル鎖の間の特殊
な相互作用によってもたらされることが期待される。
 トリアシルグリセロール分子の混合系については、Rosselが多くの研究例を
まとめている(11)。 さまざまなタイプの相図の中で、彼はSOS/OSS、
POP/OPOのようなトリアシルグリセロール混合系においてCompoundの生
成することを述べている(P:Palmitoyl)。Moranによると(12)、POP/
OPO2成分系がPOP/CompoundおよびCompound/POPの2つの2成分系相図
で構成され、CompoundはPOPとOPOを等量に混合した際に生じると推定し
ている。また最近、EngstromはSOS/SSO(1,2-distearoyl-3-oleoylgly-
cerol)混合系においてやはり1:1付近の混合でCompoundの生成することを
報告している(13)。彼はSOS/OSO混合系でもCompoundが生成されること
に言及しているが、相図全体に関する詳細は明らかでない。
 本章では、SOS/OSO混合系の相挙動について述べる(14)。 とくに
Compound生成と多形転移について詳細に検討した。これらはSOS(9)
OSO(10)に関する最新の研究成果を基礎としたものである。


第2節 実験

2・1 試料

 SOSおよびOSOは不二製油鰍ゥら提供された。POP、POS、SOS、
は分取液体クロマトグラフィーにより調製されたものである。
OSOは酵素によるSSS(tristearoylglycerol)と OOO (trioleoylー
glycerol)による分子間エステル化によって調製し、やはりHPLCによって
精製した。POP、SOSの純度は99%、POS、OSOは98%である。
 2成分系の混合は、すべて重量比で行った。SOSおよびOSOの分子量は
極めて近く(SOS=888、OSO=886)、重量比はほぼモル比と同等で
ある。

2・2 X線回折

 結晶構造は、広角粉末X線回折法により測定した。X線回折装置として理学
電機RAD−UC型(CuKα;40KV,20mA,グラファイトモノクロメータ装着)
を用いた。試料はガラス試料板(深さ0.3mm)に表面が平滑となるように充填し
、2θ=1〜30degまで6deg/ で走査した。X線回折測定の終わった試料はDSC
分析のためにガラス試料板から直接サンプリングし、同一試料でX線、DSC
両測定を行った。

2・3 DSC

 DSC装置はセイコー電子工業RDC2型を使用し、温度および融解エンタ
ルピーの標準として、ガリウムを用いた。実験手順は以下によった。
 SOSおよびOSOを適宜混合した試料約1mgを、アルミニウム製開放パンに
秤量し、DSC炉体を60℃に20分間保ち、試料を完全に融解、混合させた。
その後液体窒素を用いて、20℃/分でー30℃まで冷却し、この温度に5分間
維持することで試料を最も不安定な多形として析出させた。この不安定多形の
融点を、65℃まで20℃/ で昇温分析することによって測定した。また、混
合試料の多形転移は、-30℃で急冷固化させた試料を、種々の温度に放置した
後に測定することで評価した。

 

第3節 実験結果

 Fig.4ー2 はSOS/OSO混合系の最も不安定な多形の融点を示したもので
ある。OSO濃度が0〜40%の範囲では、融点は直線的に低下した。対照的
に、OSO濃度が70〜100%では、融点は−7℃とほぼ一定の値を示した。
−7℃はOSO単体のα型の融点と同じである(10)。これらの結果から、
SOS/OSO混合系の最不安定多形については2つの相の存在が明らかとな
り、OSO濃度が低い場合には固溶体的挙動、OSO濃度が高い場合には共晶

Fig.4-2 Melting points of least stable polymorphs of
      SOS/OSO mixture systems.

Fig.4-3 DSC melting profile of SOS/OSO mixture system
      after aged for 1 month at 20℃.
      (a)SOS=100%, (b)SOS/OSO=90/10, (c)SOS/OSO=70/30,
      (d)SOS/OSO=50/50, (e)SOS/OSO=30/70,
      (f)SOS/OSO=10/90, (g) OSO=100%.

的挙動が示された。その中間範囲は、安定型への転移が速く明確な融点が求め
られなかった。
 Fig.4ー3 には20℃で1ケ月安定化した後に得られた、最も安定な結晶型の
DSC曲線を、 Fig.4-4にはその融点と融解熱量を示した。OSO濃度が、
0,50,100%を除いて、2つの融解ピークが観測された。OSO=0%の時の
融点は41℃、OSO=100%の時の融点は25℃であった。OSO濃度と
SOS濃度とが等しいとき(1:1の時)、単独の融点、36℃が得られた。
これらの実験結果から、OSO濃度=50%を境として、異なる融解挙動を示す
領域が存在することが判明した。
 OSO濃度が50%以下の場合には、高温側の融点はOSO濃度が増加する
にしたがって低下したが、低温側の融点は、35℃近辺でほぼ一定であった。
 一方、OSO濃度が50%以上の領域では、高温側の融点は、OSO濃度が
増加するにしたがって36℃→32℃へと低下したが、低温側の融点は25℃
付近でほぼ一定の値を示した。

融解エンタルピーについては、SOS(△H=155.2KJ/mol)、SOS/OSO
=1:1(△H=135.3KJ/mol)、OSO(△H=137.8KJ/mol)であった。これ以
外の混合割合における△Hは、2つの融解ピークの合計値である。

 X線回折測定の結果を、Fig.4-5に示した。

 長面間隔については、SOSおよびOSO単品の場合、65Aに相当する回
折線が観測されたが、この値は3鎖長構造を有するSOSのA型(9)、および
 OSOのβ型(10)と同じである。 SOSとOSOを混合することによって、
45Aに相当する新しい回折線が観測される。この回折線の強度は、SOSま
たはOSOの単品側から、1:1混合比率へ近づくにつれて増大し、同時に65A
に相当する回折線強度が低下した。そして、OSO:SOS=1:1の時に、
45Aの単独の回折線のみが現れた(Fig.4-5d)。

Fig.4-4  Melting points (● for SOS and OSO, ○ for compound) and
      heat of fusion (△H、□) of stable polymorphs of
      SOS/OSO mixture systems.

Fig.4-5 X-ray diffraction spectra of SOS/OSO mixture systems.
      (incubated at 20゚C, for 1 month)
      (a)SOS=100%, (b)SOS/OSO=90/10, (c)SOS/OSO=70/30,
      (d)SOS/OSO=50/50, (e)SOS/OSO=30/70,
      (f)SOS/OSO=10/90, (g) OSO=100%.

Fig.4-6 Small angle X-ray diffraction spectra of SOS/OSO=1/1.

 この回折線について、X線小角散乱装置を用いて詳細に測定したところ、
  d=44.72A であった(Fig.4-6)。

 短面間隔については、SOS単品が典型的なβ2型であった。この多形は2番
目に安定な結晶構造である(9)。2番目に安定な多形が出現したのは、本実験条
件では極めて妥当である。なぜならば、最安定多形のβ1型の出現は極めて遅く、
40℃で1週間のエージングによって初めて析出するからである(9)。OSO単
品の短面間隔もβ型に相当するものである(10)
 すべての混合割合において、2θ=19.2゚(d=4.6A)に強い回折線が認められ
た。このスペクトルは三斜晶(T//)の副格子構造に特徴的なものである(15)
2θ=20〜25゚での回折線は、OSO濃度が増加するにしたがって複雑にな
ってくる。SOS:OSO=1:1では、SOS単独、OSO単独の場合とは
明らかに異なる回折線パターンとなっている。

Fig.4-7 Long spacing values of SOS/OSO mixture systems at
      different concentrations.

 Fig.4-7には、OSO濃度とともに、長面間隔がどのように変化するかをまと
めた。この図から、45A付近の回折線がOSOを混合すると共に現れ、同時
に、1:1以外の混合割合では、65Aの回折線も常に存在していることが明
らかである。
相挙動をより詳細に分析するために、SOS:OSO=90:10の場合と、
SOS:OSO=30:70の2つの場合について、多形転移を精密に観測し
た。これらの2種類の混合割合は、SOS:OSO=1:1を挟んで両側の領
域を知るために選んだ。

 SOS:OSO=90:10の時のX線回折測定とDSC分析の結果を、
Fig.4-8、Fig.4-9に示した。試料の調製法は以下の通りである。
 規定の重量比で混合された試料を、60℃で60分間融解しその後、-30℃
で急冷固化させた。この試料は、23℃で11日間エージングし多形転移を起
こさせた。
Fig.4-8aに見られるように、急冷固化直後にはα型が生成した。これは、
2θ=21.2゚(d=4.2A)での強い回折線によって示されている。 長面間隔は
53Aであり、この値はSOSのα型(48A)に近い。Fig.4-8aに観測され
るその他の小さな回折線は、より安定型の結晶に由来するものと考えられる。
 急冷固化直後のα型の生成は、DSCの融解曲線でも示される。Fig.4-9aに
おける25℃付近の融解吸熱ピークは、αの融解に伴うものである。この吸熱
ピークに引き続いて観測される発熱ピークと、37℃での大きな吸熱ピークは、
昇温分析中の試料パンで起こったαの融解に伴うより安定な結晶の析出(転移)
と、新規に生成した結晶の融解(吸熱)によるものである。
 23℃でのエージングによって、X線回折スペクトルとDSC融解曲線に
大きな変化が観測されたが、これらの結果は、混合系でのSOS画分および
Compound画分の独立した多形転移を示すものである。

Fig.4-8 Changes of X-ray diffraction spectra of SOS/OSO=90/10
      during incubation at 23゚C.
      (a) after quenching, (b) 3 days, (c) 8 days, (d) 11days

Fig.4-9 Changes of DSC heating thermograms of SOS/OSO=90/10
      after incubation at 23゚C.
      (a) after quenching, (b) 3 days, (c) 8 days, (d) 11days

 Fig.4-8bのX線回折スペクトルは、SOS(γ)型とCompound(β)型(以
下、βcと記述する)
のそれぞれのスペクトルが重複されたものとなっている。
  SOSのγ型は、d=4.73、3.88Aの強い回折線によって特徴づけられる。
d=4.60Aの回折線はβcのものである。さらに、Fig.4-8bには、2組の長面間
隔が表れている。実線の矢印で示したのがCompoundのもので、破線の矢印で示
したものがSOSのものである。 実線の矢印はβcの45Aに相当している
(Fig.4-4参照)。破線の矢印は70Aに対応し、SOSのγ型の長面間隔と同
じ値である。Fig.4-9bに観測される大きな吸熱ピークは、βcとSOS(γ)の
融解にともなうものであるが、これらはほぼ等しい融点をもつため、融解曲線
では重なってしまっているものと考えられる。
 8日間のエージングの後、SOS画分はγ型からpseudo-β'型、β2型へと転移
した(Fig.4-8c、Fig.4-9c)。X線回折スペクトルのデータは極めて複雑であ
るがSOSのγ型、pseudo-β'型と、βcのスペクトルを含んでいる。これら3種
の多形は、次のように識別可能である。
   SOS(γ)    :d=4.73、3.88A
   SOS(pseudo-β'):d=4.18、3.70A(9)
   βc          :d=4.60A
さらに、多形転移の進行によってSOS(pseudo-β')の回折線強度が増大する
のに伴って、SOS(γ)の回折線強度が減少していることも、図から読みと
ることができる。長面間隔を示す回折線には変化がないがこれは、SOSのγ
型とpseudo-β'型の長面間隔が両者共に70Aであるためである(9)
 DSCの融解曲線にSOSのγ型、pseudo-β'型(37℃)、βcの融解が観測
されている(Fig.4-9c)。DSC融解曲線では、41℃でのSOS(β2)型の
融解がみられるが、X線回折スペクトルではこの多形は明瞭には認められてい
ない。この事実は、DSCでの昇温分析中に、SOSのγ→pseudo-β'→β2へと
連続的に多形転移が起こっていることを示唆している。
 11日間のエージングによって、SOS画分では、より安定な多形への転移
が起こった(Fig.4-8d、Fig.4-9d)。破線の矢印で示された長面間隔は、65
Aであり、この値はSOSのβ2型と等しい(9)。 また、短面間隔はSOS(β2)
とβcに等しいものであった。DSCの融解曲線でも、これら2つの多形が明瞭
に分離された。  これらの結果から、SOS:OSO=90:10の混合系においてX線回折
と熱分析により、SOS結晶とCompound結晶の2種類の結晶が、βcの融点以下
で共存し、独立に多形転移を起こすことが確認された。

Fig.4-10 Changes of X-ray diffraction spectra of SOS/OSO=30/70
      at (a) 15゚C and (b) 27゚C.

 Fig.4-10には、SOS:OSO=30:70の場合のX線回折スペクトルを
示した。
(a)は、試料をー30℃で急冷固化させた後、15℃でエージングし測定したも
ので、(b)は、(a)の試料を27℃で測定した結果である。これら2つのスペク
トルの差は、(b)の方が短面間隔スペクトルがより単純化していること、破線の
矢印で示された長面間隔が(b)では消失していることである。これらは、15℃
の測定では観測された、βcに対応するスペクトルが、27℃での測定で消失し
た結果である。これは、βcが27℃では融解してしまったことを示している。
このことは、(b)のX線回折スペクトルのバックグラウンドの増大、すなわち液
状画分の増大にも表れている。これらの結果から、SOS:OSO=30:70
の混合割合では、OSOのβ型の融点である25℃以下で、βcおよびOSO
(β)の2つの結晶が共存しており、25℃以上ではβcと液状油とが平衡とな
っていることが結論できる。


第4節 考察

4・1 相挙動

 液体中においてどのような割合にも混合できる、2成分混合系の固相におい
ては、一般的に3つの相が存在し得る。それらは、固溶体、共晶、Compound生
成である。 多くの油脂の混合系についてそれぞれの特徴的な分子間相互作用
を反映した、これら3種類の例が報告されている。
 固溶体は、炭素数が2だけ異なるパラフィンにおいて生成される(16)。炭素
数の2つ異なる偶数酸の飽和脂肪酸は,Compoundの生成をするようである(17)
。これはX線回折測定の結果、2鎖長構造でお互いの分子末端基が結合したよう
なCompound分子モデルが示唆されている(18)。アルカンとアルケン(16)、また
は、ステアリン酸とオレイン酸(17)のような飽和、不飽和鎖の混合系では、結
晶状態ではなんらの相互作用も起こさず、monotecticあるいは共晶状態となる。

 トリアシルグリセロールの場合には、相挙動は極めて複雑となる。その大き
な原因は、多形現象とグリセロール骨格に結合しているアシル鎖の組成による。
たとえば、単酸型飽和脂肪酸の場合、アシル鎖の炭素数が2ケ以上異ならない
場合、安定多形ではごく狭い範囲の固溶体をもつ共晶を生じる。しかし準安定
多形であるα型やβ'型では固溶体を形成する(11)。 同様な結果は、光学活性な
ジアシルグリセロールでも報告されている(19)。 アシル酸組成に関していえば、
cis-単酸型不飽和トリアシルグリセロールに対しては、単酸型飽和トリアシル
グリセロールは全く溶解しない(11)。 しかし、最近の研究では transー型の二
重結合が相挙動を変化させるという興味深い報告がある(20)。 これはEEE-
OOO、EEEーSSS系(E:elaidoyl)で認められたもので、部分的な溶解
が起こるというものである。

   SOS/OSO系の相図を、Fig.4-11に示した。最も重要な点は、1:1の
混合割合において、新しいCompoundを生成することである。このCompoundは、
融点が36℃で融解エンタルピーは、△H=135.3KJ/molである。
 このCompoundは、SOSあるいはOSOとの間では共晶系を形成し、OSO
濃度が 50%を境として2本の液相線、AーB(OSO<50%)とBーC
(OSO>50%)つくる。OSO濃度が50%以下では、36℃以下の温度
で、SOSのβ2型とβcが共存する。36℃以上に昇温するとβcは融解し、その
結果、SOSβ2がOSOとSOSを含有する液体と共存することとなる。
 ここで注意しなければならないのは、SOSのβ2型は最安定多形ではないこ
とである。最安定多形は融点43℃のβ1であるので、Fig.4-4に示されたOSO
<50%での相挙動は、正確には熱的な平衡状態ではないということになる。

Fig.4-11 A phase diagram of SOS/OSO mixture system.
      L: mixed liquid, SOS: stable crystal of SOS,
      C: stable crystal of compound,
      OSO: stable crystal of OSO.

これは、今回の実験においてSOSのβ2型をβ1型へ完全に転移させるための熱
的なエージングが、必ずしも充分ではなかったことによるものである。したが
って、本来の液相線AーBは、Fig.4-11よりも上に位置するものと考えられる。
とくにOSO濃度の低い領域では、融点の上昇がさらに大きいものと思われる。

 OSO濃度が50%以上の場合、OSOのβ型の融点である25℃以下でβcと
OSO(β)が共存している。25℃以上に昇温するとβcとOSOの液体が
平衡となる(液相線:BーC)。
 B点はβcの単結晶の生成する点である。融解挙動およびX線回折スペクトル
の結果から考えて、Fig.4-11のB点でのβcは非常に安定であることが推測され
る。なぜならば、B点では液体も結晶も全く同じ組成を有するためである。し
たがって、SOSとOSOが1:1で形成するCompoundは36℃に特徴的な融
点をもつものと考えられる。

 これらの点を確認するために、Compoundとその他の物質の生成量を精密に測
定し、初期混合量との比較を試みた。理論的には、SOSとOSOの初期混合
量が、 
       SOS/OSO=m/n
であるとき、OSO<50%では、
      SOS/Compound=(mーn)/2n
となり、OSO<50%では、
       Compound/OSO=2m/(nーm)
となるはずである。
 これらの関係は、DSCでの融解挙動に表れている。 たとえば、SOS/
OSO=90/10の場合(Fig.4-4、Fig.4-9)、SOSとβcの存在割合は△H
を勘案すると79/21となり、理論値の80/20とほぼ等しい。

    Fig.4-12 DSC heating thermogram of SOS/OSO=40/60
      of β of OSO andβc

. また、Fig.4-12には、SOS/OSO=40/60の場合の、DSC昇温分析
の吸熱ピークを示したが、βcとOSO(β)の存在量実測値は、78/22で
あり、計算値の80/20と良い一致を見せた。
SOS/SSO混合系では(13)、Engstromは2つの共晶相を報告している。こ
れらの相は、SOS/SSO=1/1において生成する、Compoundと接し、そ
の結果4本の液相線が形成されている。 SOS/Compound領域においては、
SOSー液相とCompoundー液相があり、Compound/SSO領域では Compound
ー液相とSSOー液相が存在する。
これらの結果は、本実験で得られた結果と対照的である。これは主にβcの融点
が低いために起こったものであろう。 不安定多形のα型の生成に関しても、
SOS/SSO系とSOS/OSO系で違いが認められる。SOS/SSO系
では完全な単一相が存在するのに対し、SOS/OSO系ではこのようなα
型に関する性質は、OSO<=30%の範囲でしか観測されなかった。
 これらの違いは、現在のところ、完全には理解できない。たとえば、SOS
/SSOとSOS/OSOではわずかな分子配列の違いがありそれを反映して
いるものと考えられる。 最後に付け加えると、Engstromによって測定された
SOS/OSOにより生成するCompoundのX線回折スペクトルは、本実験で得
られたものと全く等しいものであった。

4・2 Compoundの構造モデル

   SOS/OSOで生成するCompoundの構造について、X線長面間隔、短面間
隔および融解エントロピーにもとづいて考察する。長面間隔の 44.72Aはラメ
ラの繰り返し単位が2本のアシル鎖で構成される2鎖長構造を意味している。
このことから、Compoundのβcの構造を Fig.4-13のようにモデル化した。この
図には3鎖長構造を有するSOSのβ2型と、やはり3鎖長のOSOのβ型も同
時に示した。SOS(β2)とOSO(β)はどちらもステアロイル鎖とオレオ
イル鎖とが分離した構造をとっている。これは、多形転移に伴ってアシル鎖分
離(chain sorting)が起こった結果である。Fig.4-1に示したように、SOS
とOSOにおいては、急冷固化直後に不安定多形のα型が初めに生成し、熱的
なエージングによってより安定な3鎖長構造へと転移する。 アシル鎖分離は、
OSOよりもSOSでより起こりやすいといえる。というのはSOSでは2鎖
長構造はα型でのみ認められるがOSOでは2鎖長構造はα型とβ'型で起こる
からである。SOSとOSOの混合系においては、グリセロール骨格とこれに

Fig.4-13 Structure model of stable polymorphs of
      (a) SOS, (b) OSO and (c) compound.

結合したステアロイル鎖、オレオイル鎖の3種類の要素の適合性によって最も
安定な構造が決定される。最も安定な結晶構造においては、 cis-2重結合にお
いて屈曲したオレオイル鎖とほぼ直線のステアロイル鎖とは隣接して配向する
ことは極めて困難であると考えられる。Fig.4-13cに示したように、Compound
においてはステアロイル鎖とオレオイル鎖との総数が全く等しいので安定性が
高まるものと考えられる。
βc型の長面間隔が 44.72Aであることは、Fig.4-13cに表したように、オレオ
イル鎖とステアロイル鎖の両方がラメラ平面内で傾斜していることを示してい
る。この事実は、アシル鎖がラメラ面に対して垂直な構造をもっているSOS
のα型の長面間隔(48.3A)(9)やOSOのα型(52A)(10)と比較してみると
よくわかる。これらのことから、βc型でのアシル鎖傾斜はSOSやOSOのβ型
に類似しているものと考えられる。その詳しい考察は、 次章で行うこととする。
 この点を確認するために、POS/OSOおよびPOP/OSO系でCompound
の生成を試み、長面間隔を測定した(詳細は 第5章参照)。その結果、1:1
混合での最安定多形として2鎖長構造が出現し、その長面間隔はPOS/OSO
系で 44.1A、POP/OSO系で 42.8Aであった。Fig4-12cから簡単に推測
されるように、ラメラ面に対するアシル鎖傾斜が等しければ、アシル鎖長が長
くなった場合、長面間隔に与える影響は3鎖長構造では2鎖長構造よりも2倍
の影響が出るはずである。この傾向は、POS/OSOおよびPOP/OSO
系で明確に認められた。
すなわち、これらの系で生成したCompoundの長面間隔の差は 1.9Aであり、こ
の値はPOPとSOSの差の 4Aのちょうど半分であった。

    副格子構造についてはβc結晶において、強い 4.6Aの回折線が得られたこと
から、三斜晶構造(T//)が形成されているものと考えられる。同様の結果は、
POP/OSO、POS/OSOで得られたβcでも観測された。しかしながら、
ステアロイル鎖とオレオイル鎖のそれぞれの副格子構造に関しては確たる証拠
はない。しかしながら、ステアロイル鎖部分に関してはおそらくT//であると
思われる。オレオイル鎖に関しては、EngstromはSOS/SSO系で生成する
Compoundでは O'//であると仮定している(13)。 この構造(O'//)はオレ
イン酸の低温多形(γ型と命名された(21))に初めて見いだされたものである
(21)。 さらに、エルシン酸(cis-13-docosenoic acid)のγ型(23)や、パル
ミトオレイン酸(cis-9-hexadecanoic acid)(24)、アスクレピン酸(cis-11-
octadecanoic acid)(25)にも見いだされた。これら4種類の不飽和脂肪酸にお
けるγ型は同じX線短面間隔を示すが、その中では 4.7Aの回折線が最も特徴
的である。しかし、βcにはこの回折線が存在していない。このことから、現段
階ではβc結晶のラメラ中のオレオイル鎖に関してはO'//であるとは結論できな
い。さらなる検討が必要となろう。次章で明らかにするように、βcの単結晶が
得られている。したがって単結晶を用いた構造解析が可能となろう。

 結晶の安定性に関しては融解エントロピー(△S)の値を使って議論できる。
βcの△Sは、0.44KJ/mol/degであったが、この値はOSO(β:△S=0.46/KJ/
mol)や、SOS(β2:△S=0.49KJ/mol/deg)よりも小さい。融解エントロピー
は結晶と融解状態との状態の差を表しているので、Compound結晶はOSO(β)
やSOS(β2)よりも若干融液に近いといえる。この理由ははっきりしないが
オレオイル鎖がそれ自身屈曲しているために、オレオイル鎖部分での密なパッ
キングが困難であるためであろうと推測される。

 最後にSOS/OSO系でCompoundの生成することが、油脂の混合技術の上
で非常に興味深いことに触れたい。すなわち、極めて可塑性に富み、軟らかい
油脂がつくれるという点についてである。この原因はオレオイル鎖が油脂混合
物中で、「すべり」効果を引き起こすためか、あるいは不純物として含有され
ている液状油がオレイン酸ラメラ部分に局在することが関与しているためであ
ろうと考えられる。詳しくは第6章で論考する。


第5節  まとめ

OSO(1,3-dioleoyl-2-stearoylglycerol)とSOS(1,3-distearoyl-2-
oleoylglycerol)の混合系における結晶化挙動をX線回折装置、DSCにより
詳細に検討した。その結果、OSOとSOSとは、その混合比1:1のときに
Compound結晶を生成し、これ以外の混合割合ではCompoundとSOSまたは 
OSOとが共晶を形成することが明らかとなった。この共晶状態ではCompound
とSOSまたはOSOが独立に多形転移を起こすことが確認された。これらの
結果から、SOSとOSOの混合系における相図が得られた。鎖長構造はβ型
で2鎖長であった。Compound結晶の構造モデルとしてSOSとOSO中のステ
アロイル鎖とオレオイル鎖とが分離してラメラを形成し、かつ安定な構造を持
つことが示唆された。さらに、SOS/OSOで生成したものと同様のComp-
oundは、OSOをPOPやPOSと混合することによっても得られることが確
認された。


文献




1. D.M.Small, J.Lipid Res. 25,1490 (1984).

2. D.M.Small, The physical Chemistry of Lipids: Plenum Press,
   New York, pp345-394 (1986).

3. M.Kobayashi, F.Kaneko, K.Sato, M.Suzui, J.Phys.Chem.,90,6371 (1986).

4. K.Sato, N.Yoshimoto, T.Arishima, J.Disp.Sci.Technol, 10,363 (1989).

5. K.Sato, N.Yoshimoto, M.Suzuki, M.Kobayashi,
   F.Kaneko; J.Phys. Chem., 94,3180 (1990).

6. N.Yoshimoto, M.Suziki, K.Sato, Chem. Phys. Lipids, 57,67(1991).

7. J.W.Hagemann, in Crystallization and Polymorphism
   of Fats and Fatty Acids; ed. by N.Garti and K.Sato, Marcel Dekker; New York,
   pp9-95 (1988).

8. J.W.Hagemann, W.H.Tallent, K.E.Holb, J.Am.Oil Chem.Soc., 49,118 (1972).

9. K.Sato, T.Arishima, Z.H.Wang, K.Ojima, N.Sagi, H.Mori,
   J.Am.Oil Chem.Soc.,66,664 (1989).

10. D.R.Kodali, D.Atkinson, T,G,Redgrave, D.M.Small, J.Lipid Res.,
   28,403 (1987).

11. J.B.Rossel, Adv. Lipid Res., 5,353 (1967).

12. D.P.J.Moran, J.Appl.Chem., 13,91 (1963).

13. L.Engstrom, J.Fat Sci.Technol., 173,94 (1992).

14. T.Koyano, I.Hachiya, K.Sato, J. Physical Chemistry,
   in press.*************

15. L.Hernqvist, in ref.7, pp97-137.

16. D.M.Small, in ref.2, pp183-232.

17. E.S.Lutton, in Fatty Acids, Ed. by E.S.Markley, Part 4, Wiley:
   New York, pp2583-2641 (1967).

18. G.Degerman, E. von Sydow, Acta Chem.Scand., 12,1176 (1958).

19. M.Iwahashi, K.Ashizawa, M.Ashizawa, Y.Kaneko, M.Muramatsu,
    Bull.Chem.Soc.Jpn., 58,956 (1984).

20. A.Desmedt, C.Culot, C.Deroanne, F.Durant, V.Gibon,
   J.Am.Oil Chem.Soc.,67,653 (1990).

21. S.Abrahammson, I. Ryderstadt-Nahringbauer, Acta Crystallogr.15, 1261 (1962).

22. M.Suzuki, T.Ogaki, K.Sato, J.Am. Oil Chem.Soc., 62,1600 (1985).

23. M.Suzuki, K.Sato, N.Yoshimoto, S.Tanaka, M.Kobayashi ,
   J.Am.Oil Chem.Soc., 65,1942 (1988).

24. N.Hiramatsu, Y.Sato, T.Inoue, M.Suzuki, K.Sato, Chem.Phys.Lipids, 56,59 (1990).

25. N.Yoshimoto, M.Suzuki, K.Sato, Chem.Phys.Lipid, 5,67 (1991).


論文目次へ戻る><ホームへ戻る