旭川縁から眺めた龍ノ口山、左奥に見えるのが龍ノ口八幡宮を戴く北峰

龍ノ口山

年末年始に連れの実家に帰省した折り、連れが言い出すには、子供のころ一家で岡山市北部にある龍ノ口山の八幡宮にでかけたことがあり、また行ってみたいと。市北部にはほかに市域最高峰である金山を筆頭に本宮高倉山、笠井山などがあり、龍ノ口山はそれらのなかでも最も市民に登られている山だという。人を呼ぶ聖域を抱え、市街地に対して最前面にあってアクセスが容易で、駐車場を多数用意した市民公園のように整備されているとあれば、それも当然だろう。この日の計画としては、麓を流れる旭川から八幡宮をピークに乗せる北峰に登り、本峰との鞍部を経由して山頂に達してゆるやかな西尾根を下って起点に戻るものとした。連れの父の車を借りることにして冬空の好天に二人で家を出た。


駅前の市街中心部から県道27号線を北上して町中を抜けると旭川の堤防上を走るようになり、狭く雑然とした市街地から広々とした山紫水明へと眺めが変わる。劇的とすら感じるほどで、しかも正面にはすでに龍ノ口山が見えているのだから嬉しくなる。中原橋で左岸に渡って川上にある社会福祉法人施設の旭川荘へと向かい、広い敷地の北端を回り込むと龍ノ口山北峰山上にある八幡宮への登り口がある。
龍ノ口・金山登山詳細図 』によるとこの山は登山口もルートもたくさんあるようで、いま立つ場所ですら左手から高まる尾根を辿るものと、右手の谷あいを進んで本峰との鞍部に出て上がるものの二つある。本日辿るのは左手の尾根筋だ。途中に岩場があり面白さはこちらが優っていることだろう。八幡宮は合格祈願の目的でも登られるらしく、入学試験が近い正月のせいか中高生が目立つ。みな勢いよく尾根筋に突撃していく。
ここがほんとうにお宮への参道なのかと思えるほど細い道のりから始まる。足下はまだ土の表面だ。左手は冬枯れの木々を縫って旭川沿いの空間が開け、対岸遙か先の笠井山や金山の山肌などが窺える。徐々に岩が出てくると斜度も上がりだし、よく先を見ないと不必要に脚を上げて疲れてしまうような段差が頻繁に出てくる。一般観光客が立ち止まってぜいぜい言っている。突撃隊の中高生もあちこちで悔しそうに休んでいる。
出だしは穏やかな道のりが・・・
出だしは穏やかな道のりが…
岩の斜面に。
岩の斜面に。
それが八幡宮近くまで続く。
それが八幡宮近くまで続く。
八幡宮手前の見晴らしのよい場所から本峰の稜線越しに金甲山(中央)と怒塚山
八幡宮手前の見晴らしのよい場所から本峰の稜線越しに金甲山(中央)と怒塚山
旭川と対岸の山
旭川と対岸の山
ブーツで登っている若い女性もいれば羽織袴で下ってくる青年もいる。よく言えば明るい雰囲気の尾根道は30分ほどで見晴らしの良い場所に着く。八幡宮はすぐそこのようだが混雑しているだろうしここより眺めがよいとも思えないので小休止することにした。旭川下流に向けて空間が広がり、岡山市街が陽光に霞む。川の畔に立つ笠井山はずいぶんと低くなってきた。反対側に目を向けると龍ノ口山本峰稜線の撓みからちょうど児島半島の金甲山が顔を出している。遅れていた連れもようやく上がってきた。上着と中間着を着たフル装備で登ってきたので冬だというのに汗まみれになっている。


八幡宮に集う人々は、そうそう手軽に来られる場所でないためか単に正月だからか年齢層が低い。戦国時代は山城だったらしいが、その後お宮になって、現在では山上にある受験の神様になっている。しかしはためく幟には厄除けとか安産祈願とかあってよろず引き受けの様相なので、連れともども初詣とすべく行列の最後尾につき、お賽銭を上げて本年の無事など願った。

正月の賑わいの八幡宮
本殿前は賑やかだが、後方に回ると奥社と小さな社がいくつか建つだけで静かなものだった。ここは旭川を隔てた対岸の笠井山や金山の眺めが良い。足下には絶壁注意の旨を告げる標識があり、灌木のため一見わかりづらいが相当の傾斜のある崖が川岸に向かって落ち込んでいるようだ。運動不足でバランス感覚が劣化している状態だと何が起こるかわからないので早々に退散した。
八幡宮裏より、岡山市最高峰の金山を望む
八幡宮裏より、西に金山を望む。
八幡宮裏より北東を俯瞰する
同じく八幡宮裏より北東を俯瞰する。
左の水面は旭川。左右の山裾が出会う部分で光るのは前原池。
その左に立つのは甲岩で、左方へ本宮高倉山への登路の一つが延びる。
平野部中央に居並ぶ棟は岡山刑務所。
本殿前から参道へ出て、来た道へは入らず、なだらかに続く東への幅広の道へ向かう。こちらの参道はいやに楽だなと思っているのも束の間、登ってきた岩場道ほどではないがかなりの急降下が始まる。段差が大きな石の階段で街着の人たちが渋滞し、下りなので危ないため追い抜くことはせずに従っているとどんどん列が長くなる。
山道の自然渋滞が解消したのは本峰との鞍部に当たる広い平坦地に出てからだった。右手に行けば谷あいを旭川ほとりの登り口へ、左に行けばさらに南岸の登り口へと、十字路になっている。地図上では五叉路とされている場所だ。幅広の山道なのに目の前の本峰に登ろうとする人の数が少ないのはすでに目的は達してしまったのと、北向き斜面のため数日前の雨雪が乾ききらず地面が濡れ落ち葉で敷き詰められているのを敬遠するせいかもしれない。

石鳥居と常夜灯の立つ五叉路
ともあれおかげで自分たちのペースでのびのびと歩ける。ゆったりと上がっていくと斜度が緩まり、ベンチやテーブルがそこここにしつらえられて見晴らしも良く明るい山頂に達した。
目前にこれからたどる西尾根が左右に延び、その向こうに岡山市街を底にして空が高い。かなたに逆光に黒く長いのは児島半島の山々で、左端の八丈岩山から貝殻山剣山を経た稜線はいったん大きく下り、独立峰のような金甲山と怒塚山を起こしている。そのはるか右手には常山が台形の姿を押し立てている。なかなかよい眺めだ。空いているベンチに腰を下ろし、湯を沸かして飲み物をつくり、連れの母に作ってもらったおにぎりを二人して食べた。
山頂。
山頂。
岡山市街を俯瞰する。
左手彼方に児島半島の山々、中央やや右に常山が見える。
手前に低く延びるのは操山。
山頂からは開けた斜面を下って樹林の尾根に下り、「グリーンシャワーの森」として安心して歩けるよう整備された道のりを歩いた。整備されたといっても妙な舗装をされたりとかはないので山歩きの気分が殺がれることはない。山頂に続く展望台からは右手に八幡宮登山口近くへ下る近道が分岐しており、たいがいのひとはその道に入り、西尾根を忠実に下る人影は少ない。おかげでかなり落ち着いた散策になった。
山頂から西尾根を下る。
山頂から西尾根を下る。
山頂からの西尾根は急な上り下りがなく、会話しながら歩くにはよいものだった。そういうのが好きな連れは「これは自分のために用意されたような山だ」とか嬉々として言う。ではまた来よう、登りはまたあの岩場を辿ってルート選びを愉しみ、八幡宮で初詣しようと話し合った。
2011/01/02

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue