締切堤防から淡水湖越しに怒塚山金甲山から怒塚山

連れの郷里の岡山に向かったのは年末の帰省ラッシュがピークに達した日だった。一夜明けた大晦日、児島湾はいつものにように波静かで、海面を隔てて横たわる児島半島の上空には金甲山(きんこうざん)を初めとする馴染みの面々が並んでいる。
帰ると必ず金甲山には登るとはいえ多少ゆっくりしてから山に向かうのが常だが、元旦からは天気が悪いとの予報が出ていたので早々に登ることにした。横着して車で上がるというのはせず、麓から山道をたどって山頂に達し、瀬戸内海を眺めた。帰りは往路を戻ったものの途中までで、いつも金甲山だけで終わってありきたりなので隣の怒塚山(いかつかやま)に挑戦してみたいという連れの要望を受け、自分も未踏の踏み跡に入った。児島半島の山々は主稜線部を車道がめぐるせいか山頂が公園化しているものが多いが、怒塚山は雑木林に覆われた山頂らしい山頂で、冬枯れの梢越しに広がる周囲の眺めも良く、ふたりとも大満足しながら山を下っていったのだった。


金甲山はこれまで数回歩いて登っているが、郡集落から畑地の広がる谷戸を詰めて溜め池のほとりに出るいつものコースは登るひとが多くなったのか、新しく途中にベンチなどしつらえられ、竹製の杖なども用意されていた。どちらもありがたく使わせていただく。
児島湾岸を走る車道から半時弱で最初の溜め池のほとりに着く。その脇から始まる送電線巡視路は急で、踏み跡は明瞭なのだがところどころ滑りやすく、ひさしぶりに山を歩く連れは少々おっかなびっくりだ。約半時で送電線鉄塔の足下に達し、そこからようやく斜度がゆるむ。
落ち葉の山道
落ち葉の山道
山中金刀比羅宮
山頂近くにある金刀比羅宮
このコースは以前だと木の枝にまきつけてある古い赤テープが目につくくらいだったはずだが、今回は新しいピンクのテープがあちこちに目立ち、わりと最近に設置されたと思える標識がところどころに見られた。山頂直下、レストハウス跡手前に貝殻山方面に向かう石段の幅広の道があり、だいぶ長いこと雑草に覆われたままで歩けたものではなかったが、今回初めて刈り払いされ進めるようになっている。入ってみたところ、石像や石碑がいくつか立つ小広場があって行き止まりで、長年「この道を行けば稜線を縦走できるのではないか」と思っていたが、残念ながらそうではなかったことがようやくわかった。
山頂下の石仏石碑
金甲山頂下の石仏石碑。
中央の石仏の足下には山名にもある”甲”が奉じられていた。
舗装路が尽きる金甲山の山頂に着いたのは送電線鉄塔からさらに半時ほど経ってからで、山歩きは半年ぶりの連れもこれくらいであれば楽に乗り切れるようだった。大晦日の昼間のせいか人影はない。あいかわらず閉鎖されたままのレストハウスには、ここをねぐらにする捨て猫たちがいた。みな空腹なのだろう、ひとの足音を聞きつけると次々と寄ってくる。連れはかわいそうすぎて手が出せないと、瀬戸内の眺めもそこそこに引き返していった。1歳、2歳くらいだろうか、これからの冬本番、寒さと食糧難をしのげればよいのだが。本当に猫好きなら親猫に不妊手術なりをしておくべきだろう。
金甲山レストハウス跡から高松方面の瀬戸内海
山頂の金甲山レストハウス(閉鎖中)から高松方面の瀬戸内海
山頂から往路を戻って20分ほどで、怒塚山との分岐に着く。目の前に高まる山肌は一面の冬枯れで、頂稜部はすぐそこに見える。連れが行くにしても危険なところはなさそうだ。最初の登りはちょっと急だが雑木林に囲まれた行程は明るく、足を出せば土埃さえ舞う山道は落ち葉の立てる音が耳に心地よい。まだ2時間ほどしか山を歩いていないので二人とも元気だ。とくに焦ることもなく、だいたい20分ほどで怒塚山の山頂に着いた。
郡ハイキングルート途中から怒塚山
郡ハイキングルート途中から怒塚山方面
疎林が囲む山頂は金甲山方面がやや伐採されて眺めがよい。ここから見る半島最高峰は適度に近いところから見ているためか盟主にふさわしいどっしりとした姿だ。反対側、葉の落ちた木々の合間から眺める児島湖の湖岸線も美しい。とくに倉敷川や笹ヶ瀬川の河口は滑らかな曲線を描き、新緑の季節なら狂おしく見えるかもしれない。
怒塚山頂から金甲山
怒塚山頂から金甲山を望む
小広い山頂の中央には木が一本立っていて一見鳴子のようなたくさんの木ぎれが下がっている。なにかと思うと登頂記念の札だった。同じく木にくくりつけられたクーラーボックスのなかにこの木ぎれが用意され、マジックペンまであって「ご自由にお使いください」とあるのだった。地元の山岳会が設置されたものらしい。記入済みの札の中には最近のものも何枚かあった。怒塚山は全国レベルはもとより県レベルでさえもあまりガイドに載ることがないと思えるが、この山を愛するひとは多いのだろう。
木々の合間からすかし見る児島湾と岡山市街地
下りは、行程こそ違うが金甲山への登りと同じく、送電線巡視路をたどった(冒頭の写真で、右上から左下に並ぶ鉄塔に沿って続く)。人家近くまで雑木林の中を行き、よく踏まれていた。植林が現れ、無秩序な竹林を過ぎると民家の屋根はすぐそこで、車道に出ると右手すぐ先が締切堤防だった。山頂から一時間弱ほど経っていた。
10分も歩かないところに楠石荘という名の温泉旅館があり、一風呂浴びて冷えた体を温めた。ここは帰省のたびに日帰り入浴で立ち寄っているところで、そういう客が増えたのか受付にはタオルやシャンプーなど入浴セットの陳列棚がしつらえてあった。帰りのバスは年末年始運行予定になって本数が少なくなっており、家まで歩いても一時間とかからないので堤防を渡って帰ることにした。日の傾きだした淡水湖の上では、冬鳥が何羽も漂っていた。
締切堤防上から児島湖越しに常山
締切堤防上から児島湖越しに常山
2005/12/31

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