五石散策路の積石から谷を隔てて貝殻山を望む

宮浦から貝殻山周遊

瀬戸内海に突き出す岡山県の児島半島は小さな山並みが脊梁を成しており、貝殻山はそのなかの一峰を成している。頂上部は広々とした芝生の公園のようで、ベンチや東屋(*2)まで設けられている。北方の海岸沿いを走る車道には貝殻山登山口という停留所があって登山口を示す立派な標識まで立っている。児島半島の山で同じく車で山頂まで上がれる山としては、金甲山が車で上がることのみを想定して開発されたらしいのに対し、貝殻山は歩いて登ることも念頭に整備されたようだ。一種の役割分担が図られたのか、瀬戸内を展望する景勝地として変化に富んだ魅力を演出しようとしたのかもしれない。


岡山港を回り込み、登山口バス停へと車を走らせる。山側は小さな川沿いの細長い公園になっており、車で進入できる。奥まった先が登山口で、山から吹き下ろす寒風を受けて身支度し出発だ。しっかりした標識に導かれて里道を辿り、脊梁から下る尾根筋の一つに取り付く。散り敷かれた落ち葉と風化した花崗岩の砂礫とで滑りやすい坂だが、ここを辿るのは二度目で、初めて歩いたときは緊張の連続だった連れも慣れたものでわりと楽に歩いている。一登りして出る平坦な山道は山腹を巡る幅広いもので、山側には谷の奥にある溜め池から水を通すための細い用水路が設けられている。新しそうなU字溝で補強された部分もあるものの、土砂に埋もれている部分も一箇所ならずあった。
金山池へと尾根を乗っl越す
金山池へと尾根を乗っl越す
岡山港から小豆島に向かうフェリー
岡山港から小豆島に向かうフェリーを望む
左手に木々の枝の合間から岡山港など眺めつつしばらく辿ると、金上池という溜め池のほとりに出る(*1)。好天の冬空を映した水の色が美しい。山道の傍らには三つの石碑が立ち、この池にまつわる歴史を伝えている。真ん中に立つ一番大きなものによると、嘉永五年に造営された池はその後七十六年間は無事だったようだが、大正十二年七月一日に「崩潰」したという。台風か梅雨の長雨で増水し決壊したのかもしれない。さっそく同月十二日修理に着手し、翌年三月二十日に竣工し、さらにその翌月から九月にかけて増築したとある。
水が美しい溜め池の金山池
水が美しい溜め池の金山池
その右手に立つものは、昭和二年に「樋守」なる役目を四十年も務めた方の功績を讃えている。水に対する当時の人々の認識のみならず、「樋」の維持が現代ほど手軽でなかった様子も伝えているようだ。おそらく道のりの脇に伸びていた用水路の前身であったものがここで言う「樋」なのだろう。
最後の石碑が伝えるところでは、昭和二十八年六月に「崩潰」し、このときは何の理由でか修理の着手が遅れ、翌年の二月に復旧工事を開始している。工事自体も長引き、昭和三十二年に竣工したとある。これより、少なくとも昭和初期までは溜め池の水が重宝されたことが窺われる。戦後はどうなのだろうか。減反政策のあおりを受けて必要性が低下したのだろうか。そして現代ではどうしているのだろう。初夏になったら用水路は整備され、水が流されるようになるのかもしれない。
コースは溜め池の山側を回り込む。途中に二段になった平坦地があり、立ち寄ってあたりを見回してみると底の抜けた炊飯釜が半ば土に埋もれているのが目に入る。ひょっとしたらここに「樋守」の方が住んでいたのかもしれないなどと想像してみるのだった。


貝殻山登山道は池を回り終わると急な山の斜面を絡むように登り出す。樹林に覆われたじめついた道のりで、展望も開けない急登が続く。ときおり立派な石段がしつらえられており、何かの参道かとすら思わせるが、おそらく登山道として整備した名残なのだろう。北面を行くせいか融け残りの雪まで目に入る。なんども電光型に折り返してようやく斜度がゆるんだと思うと、木々に覆われた行く手の奥に舗装道が目に入った。
貝殻山直下を巡る車道に出たのは登山口を出てちょうど一時間後だった。そこから右へ5分ほどで貝殻山駐車場に着いた。階段道を数分で出るのはお馴染みの広々とした芝生の山頂だ。風が強いせいか、元旦の午前中のせいか、誰もいない。いつものように瀬戸内の島々が逆光に輝く海に浮かび、児島半島の先端には八丈岩山、振り返れば金甲山がゆったりと山体を広げているばかりだ。何度も来ていながら「ここはいいねー」と連れが言う。自分も、今年もまた山名の由来となった貝塚の場所を確かめるのを忘れ、周囲の眺めを堪能した。本日は貝殻山そのものを登ってきたので、眺望の有り難みもいつも以上というものだ。午になってもいたことでもあり、食事休憩とした。周囲の見晴らしがよい分、吹きさらしなので新春の風が冷たい。東屋(*2)にはいって風を避け、バーナーで湯を沸かし、二人して今年最初の野外で口にするコーヒーを飲んだ。
山頂から正面に八丈岩山と小豆島を望む
山頂から正面に八丈岩山と小豆島を望む
逆光の瀬戸内を俯瞰する
逆光の瀬戸内を俯瞰する
この貝殻山、岡山市街北部などから遠望すると稜線に埋もれるようにわずかに高まる鈍角の三角形でこれといった特徴がなく、独立峰風情の金甲山や怒塚山、児島半島から離れた常山のほうがはるかに目を惹く。今回、宮浦から金上池を経て上がってみたが、風土と歴史を感じさせる前半はともかく、後半の単調な直登気味は少々味気ない。別な登路である五石散策路の尾根は正確には貝殻山の尾根ではないので、この山の最大の魅力はやはり山頂そのものにある、ということになりそうだ。


下りはその五石散策路の尾根を下った。こちらのほうが本日の登りより遙かに眺めが良く、細かい変化があって飽きさせない。加えて尾根筋のため足下が乾燥していて歩きやすい。自分たちとしては宮浦から稜線に登るコースであればこちらを主にしていくだろう。左手に立つ剣山や右手後方に高くなっていく貝殻山を見送り、お馴染みの「ほほえみ岩」に出会う。「この岩を見るとお正月だなと思う」、そう言う連れと再会を喜び手を合わせたのち、岡山港の青い海を見下ろしつつ、登山口へと下っていった。
2011/01/01

(2013/1/6追記)
*1 この池に出る前に、太平洋戦争時のB29墜落に因む十字架を案内する標識がある。寄り道してみると、山腹の里道の脇に飾り気のない小さな十字架が立っている。墜落は、あの岡山大空襲時のことらしい。連れの父から聞いてはいたが、実際に目にすると当時との時空がほんの少し狭まった気がした。
(2014/1/1追記)
*2 2013/12/29に連れと登ってみたところ、東屋はなくなっており、ベンチが置かれているだけになっていた。なぜなくしたのだろう?さほど老朽化していたとは思えなかったのだが・・・。瀬戸内海島嶼の説明板も、敷地の角にあったものが、わざわざ見通しの悪い場所の地面に埋め込まれていた。木々も伸びて眺望も悪くなってきていた。
東屋はどこに?
東屋はどこに?

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