鶴島御前山から高柄山大丸山から高柄山
朝の八時過ぎに中央本線上野原駅に着いた列車からはたくさんのハイカーが降り立った。だがみな山側にある北側広場のバス停に行ってしまうようで、桂川に向かう南側の出口に出たのはわたし独りだった。川向こうには秋山山稜の末端の一つ、鶴島御前山(つるしまごぜんやま)が小ぶりながらも豊かな肉付きの姿を見せている。


このあたりには御前山と名のつくのが三角点ないし標点峰で四つもある。これから目指す山のほかに、四方津御前山、網之上御前山、斧窪御前山。みな川沿いにあり、標高は四百から五百メートル台。これらはみな「烽火台の跡ではないか」と古書にあるらしいが、そこにもなぜ烽火台が御前山という名とされたかまでは書いていないようだ。
これは単なる思いつきだが、冠されている地名の場所から見ると各々がこんもりとした盛りご飯、つまり「御膳」と見えるので、見たままを名付けたというのはどうだろう。奥多摩にも御前山があり、こちらは標高が千四百メートルを超すが、その姿はやはりお椀のご飯盛りに見える。不作凶作があたりまえだった近世以前、「いつでもあんなにたくさんご飯が食べられたら」という願いが込められているのでは、と思うのだ。
この鶴島御前山は丸く盛り上がっているものだから、山道は短いものの総じて急である。そのせいか山頂は上野原の市街地の好展望台だ。足元に流れる桂川が歳月をかけて作り出した河岸段丘の地形もじつによくわかる。背後には陣馬山へと続く奧高尾の山並みが予想以上に高く、南面を見せて暖かそうだ。
上野原市街地
鶴島御前山から上野原市街地を望む
ここから高柄山(たかつかやま)へと山頂稜線を進めば、左手に台形の姿を見せているのが目指す山とわかる。頂稜の行き止まりにはカニの鋏のような胸の高さの岩があり、そこから正面に倉岳山の尖った三角形がよく目だつ。右奧にはアンテナの目立つ三ツ峠山、さらに滝子山から始まる南大菩薩の山並み、手前には扇山と権現山
カニの鋏から下りとなり、しばらく展望はお預けとなる。越えるコブも二つ三つあれば荒れて暗い感じの沢筋を歩いたりもする。かなり前にできたゴルフ場のおかげで途中から断ち切られた旧来の高柄山ルートに合流すると、良く踏まれた歩きやすい道となり、周囲は雑木林で明るい。二山をつなげる縦走路とみなせば変化があって面白いと言えるが、御前山を割愛した単なる高柄山への登路としては、ゴルフ場のおかげで強いられる余計な回り道とアップダウンに不満が湧くかもしれない。途中のあずまやに掲げられたルート案内図上には、憤懣やるかたない旨の落書きが沢山残されてもいる。
高柄山からこちら側へ下ってくる人は少なかったが、山頂に着いてみると人気の山らしく数パーティーが休憩していて賑やかで、それまでの静けさとの落差に驚くことになる。正面に開けた丹沢・道志方面の山並みを見渡し、振り返って越し方の上野原側を俯瞰すれば、街並みはすでにかなり遠くなっているのだった。その手前にいやに小さな独立峰があるのに気づく。さきほど登った鶴島御前山だ。ここからだとずいぶんかわいらしく、意識していないと見落としかねない。


山頂から倉岳山方面に続く主稜線に踏み出せば、急な山道を下っては登り、下っては登りを繰り返す。中央本線側への最初の下山開始点は大丸山という小ピークだが、高柄山からここまでの丹念なコブ越えが標高のわりに楽ではない。それは逆方向に歩いても同じようで、すれ違うハイカーはみな一様に息が上がっていた。稜線から高柄山を振り返ってみると、台形の頭を斜に構えてミニ富士山を気取っている。「低いからと言ってなめちゃいけない。そう簡単には山頂まで来させないよ」とでも言いたげなのだった。
2002/1/14

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