上野原駅近くの桂川橋から夕暮れの四方津御前山(2004年)、背後は扇山四方津御前山

中央本線沿線の高尾駅から大月駅の間には御前山と名のつく山がいくつかある。四方津駅の北にわだかまる四方津御前山はその一つだが、山塊の西半分は住宅地 が造成されてもはや山歩きの対象とはならず、山頂部から東半分がようやく静けさを保っている。稜線部には岩場もあってスリリングかつ眺めがよく、例によって昼近くからどこかに歩きに行こうかと選んだ山としては予想以上に充実したものになった。


冬間近の日曜日、昼近く着いた四方津駅は閑散としていた。周囲の山肌を覆う紅葉も輝きが失せ始めている。だが空は青く風も少なく、山の上では展望が期待できそう だ。昼食代わりのパンを買い求めに駅前のコンビニに入る。応対に出てこられた老婦人いわく、紅葉の山もよいが葉の落ちた山々の稜線に透かし見る木々の枝振りがまたきれいです、と。意を同じく するかたの言葉に嬉しくなって店を出る。
駅から国道20号を東京側に歩き、左へ、住宅地であるコモア四方津に向かう車道をたどる。見晴らしはよい。右手に桂川を超えて紅葉の山々、その上に高柄山が高い。学校を乗せている左手の高台が低くなると御前山の山肌が見えてくる。色づいた木々のなかに白い岩がよく目立ち、本日は岩稜歩きがあることを思い出させてくれる。
車道が左にカーブすると住宅地のヘリで、前方右手に建物が見えてくる。料理店で、その手前を右に入ると突き当たりに鉄製階段があり、これが登山口になる。あたりは見事な紅黄葉が日に輝き、足ごしらえなどしながら見回しては今日山に来てよかったと思う。今年目にする山の彩りはこれが最初で最後になるだろうからだ。
色づく雑木林
色づく雑木林
階段を登ると明瞭な山道で、光の透き通る葉群を仰ぎ見ながらさほどのことなく稜線に出る。ここは右手の本峰と左手の西峰との鞍部 にあたり、展望が好いという西峰に寄るべく左に向かう。5分もかからず眺望のすぐれたピークだ。なぜか人工芝のようなシートが敷いてあるがそんなことは気にしない。目の前の御前山本峰が大きいのは当然として、その左手に広がる上野原の町並みを前景とした陣馬山から生藤山笹尾根に続く山並みはゆったりとした気分にさせてくれて言うことなしだ。
西峰より上野原市街地の上に生藤山山塊(左)と陣馬山を望む
西峰より上野原市街地の上に生藤山山塊(左)と陣馬山を望む
さらに左手には権現山と扇山がひときわ高く大きく控えているが、若干の灌木が手前に立つためすっきりとした眺望が得られない。振 り返れば四方津御前山の西に広がる住宅地が足下に広がっている。首都圏郊外にあるというのにやや狭めな間隔で建つ家々がどことなく圧迫感を催させるのは遠くの山々を眺めたあとだからだろうか。居並ぶ屋根の上には秋川の懐かしい山々が逆光に黒く沈んでいる。
西峰はじっさいには狭い山頂で、5人でも窮屈に感じるに違いない。このときは誰もいなかったのでのんびり休憩できた。本日は湯沸かし道具を家に置いてきたので熱いコーヒーを淹れられないのが残念だった。


西峰から本峰へは10分ほどで着く。こちらは西峰と異なり平坦な地が小広く開けているが展望はほとんどない。梢越しに扇山などを窺うくらいで、夏場はさらに視界が遮られることだろう。
静かな四方津御前山山頂
静かな四方津御前山山頂
広い山道を進むと山梨放送のアンテナ塔が建っている。周囲はフェンスで囲まれていて休憩する余地も雰囲気もないが、展望は山頂よりだいぶよい。ゴルフ場を手前に広げているとはいえ権現山の眺めは悪くない。その右手に長々と延びる笹尾根が郷愁を誘う穏やかな山容を見せている。
アンテナ施設脇より権現山を望む
アンテナ施設脇より権現山を望む
アンテナ設備の裏には脇に追いやられてしまったのだろう石祠がひっそりと建って桂川側を向いている。その祠を右手に見るところからヤブに隠れ気味の細道が稜線縦走路だ。すぐに予想外の急降下となる。ロープが下がっていなければほんとうに滑落しても不思議ではない斜度だ。山の難易度が突然に上がり、慎重に下っていく。(じつのところ、後から出てくる岩稜よりこの下りのほうが緊張度が高かった。無難な山歩きとするならばアンテナ設備のところから往路を引き返すのがよいのだろう。)
下りきってようやく落ち着いた稜線からは右手に鶴島御前山が大きい。その手前に尖っている山が栃穴御殿とすれば、中腹の開墾地に点在する家々が栃穴集落なのだろう。いわば川向こうであるし北側斜面でもあるしで昔は往来にも苦労したのではと思えるのだが、柔らかな秋の日を受けて山の中程に浮かぶ集落は桃源郷のようにも見える。
秋色に輝く木々の群れが左右を彩るなかを行くと、いよいよ岩場が現れて爽快感を与えてくれる。最初にでくわす岩場はそのまま上を歩いて越すが、次の左に傾いた岩場は正対すると圧迫感がある。これも上のへりを行きたくなるところだが、無理せずに右下の岩が土に埋もれる部分の細い踏み跡をたどる。


見晴らしが開ける次の岩場は難しくなく、しばし上野原を取り巻く山々を眺め渡す。右手の鶴島御前山はすでにお馴染みとして、正面には桂川南岸の藤野丘陵を圧するように石老山がピラミダルな山容を誇示して新鮮だ。左手にはこれも見慣れた陣馬山から生藤山、笹尾根へと続く山屏風。さらにその左手に権現山となるわけだが、このあたりからの権現山は前方に遮るものが無く、大きな背中の眺めを堪能できる。
四番目の岩場、やや左手へと立つ岩塔を登り切ると、稜線上の岩場は終了だ。再び穏やかになった林のなかを行くと唐突に名のない十字路に出る。左右に通じるのは峠道で、本日の下山路である右手の道に入る。(じつは下るまえに稜線をしばらく行ってみたが、雑木林の中、コブのアップダウンがしばらく続きながら徐々に高度を落としていくようだ。適当なところで切り上げて峠に戻った。)
岩稜より石老山(奥)、鶴島御前山と栃穴御殿
岩稜より石老山(奥)、鶴島御前山。
御前山手前の三角錐は栃穴御殿。
途中、やや慎重に岩場を横切るように下る箇所があるが、それ以外は概して難しくない道のりが続く。小さな谷間を回り込むとすぐに学校の建物らしきが見えてくる。植林帯のなかに出ると右手に車道が目に入り、跳びだしてみると学校の正門前だった。宿直の先生のものらしき車の窓ガラスに周囲の紅葉が映り込んでいる。


車道を道なりに下っていくと国道20号に出る。目の前には比較的大きなスーパーマーケットがあり、その裏手に出る細道に入って、桂川と国道との路地を拾うように川の上流へ、四方津駅目指して歩いていく。冬日はすでに低く、左手の山並みは影のなかに沈み、右手に見上げる四方津御前山の稜線のみ輝かせている。ここからだと穏やかそうに見えるがじっさいには岩場が続く稜線だ。高さや見た目だけでは判断できないのは人も山も同じだなどと悟ったようなことを考えつつ、夕暮れに包まれつつある里道を歩いていった。
巌中学校校庭から見上げる四方津御前山山頂部
峠から下り着く学校(巌中学)の校庭から見上げる四方津御前山山頂部
2008/11/30

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue