四八二標石地点から正面に望む大久保山

大久保山(大菩薩山系)

晩秋の一日、中央線初狩駅から北に高まる殿平に登って鞍吾山を越え、恵能野という集落に出た山行は、少々厳しい急登があったものの、終日静かで眺望もまずまずの佳いものだった。鞍吾山は大菩薩主稜線から東に派生する尾根の一つに高まるピークだが、その北にまた尾根筋があり、大久保山というピークをもたげている。山頂近くに立つ送電線鉄塔からは周囲の眺めがかなりよいらしい。まだ紅葉が残っているだろうし、登ったばかりの山(鞍吾山)を隣の尾根から眺めるのも一興と、二週連続で中央線沿線に向かった。


いまや大月駅はいわゆる山ガールが目立つ。いったいどこに行くのだろう、岩殿山だろうか。山慣れたような男性パーティからは「タクシーで登山口まで・・・」という会話の断片も聞こえてくる。さすがにこれは岩殿山ではないだろう、雁ヶ腹摺山だろうか。そこここの賑やかさとはうってかわって、8時40分発ハマイバ前行きバスは閑散としたもので、乗客4名、うちハイカー2名だった。若い女性は元より、たとえ好天の日曜でもこの路線はそもそもハイカーには不人気らしい。
間明野というバス停で降りる。車道をやや戻り、右手に神社(金山神社、簡素な白木の覆堂のなかにある本堂は朱塗りの華やかなものだった)を見て、その隣に下る沢筋の舗装路を上がる。巨大堰堤を正面に上がっていくと、その脇で舗装路は尽き、山道が始まる。涸れ沢に沿った山道を行く。途中錯綜している部分は最下段の沢沿いのものを追う。沢の源頭を越すと巨石が鎮座し古い標識が立つ切目峠に着く。里の峠らしいよい雰囲気だ。
切目峠の大岩と馬頭観世音石碑
切目峠の大岩と馬頭観世音石碑
峠から北上し、杉の植林のなかを上がる。左手の梢越しには富士型に変貌した鞍吾山が秋色に染まっている。色づいた雑木が目立つようになると四八二と刻まれた赤く塗られた標石が目を惹くピークに出る。正面に初めて大久保山が見上げられるところだ。目の前は気持ちよい広葉樹の林、右手下にはハマイバだろうか、集落がすぐそこに見える。
緩急緩と繰り返す山道をたどっていく。急な部分はかなりの急坂だ。鞍吾山の頂稜がどんどん目の高さに近づいていくる。右手彼方には雁ヶ腹摺山が頭を出してくる。常緑樹だらけのなか、平坦な部分は幅も広く歩きやすいが、傾斜が増すと途端にふくらはぎが痛くなるほどの急傾斜になる。右手が急崖といってよい谷間で、左手にガリーのような道筋らしきがくだっていくところを越えると、あとは急登の連続だった。もう山頂かというのを二、三回繰り返す。
平坦路であれば幅もあって歩きやすい
平坦路であれば幅もあって歩きやすい
梢越しに左隣の鞍吾山を望む
梢越しに左隣の鞍吾山を望む
幅も距離も短いが殿平のように幅広の平坦な肩に出る。勝手に大久保平と命名する。ここまで来ると葉をつけた木は一本もない。冬の世界だ。最後の急登を木の幹につかまり足を滑らしながらこなして、ようやく山頂に着く。葉が落ちているせいで北方の黒岳、雁ヶ腹摺山は梢越しでも見晴らしがよいが、中央線沿線は逆光になるためどれがどの山か判然としない。
すでに冬枯れの山頂 黒岳と雁ヶ腹摺山が垣間見える
すでに冬枯れの山頂
黒岳と雁ヶ腹摺山が垣間見える
山頂先の送電線鉄塔まで足を伸ばしてみるとずいぶんと好展望だった。要領を得なかった南側の展望も、高川山や九鬼山を始めとして、シルエットになっているとはいえ今倉山御正体山、杓子山は明瞭だ。本日の富士山は山頂から左手に白い乱れ髪を吹き流している。足下では先週登った鞍吾山が目立たない尾根筋になってしまっている。
送電線鉄塔基部から、杓子山(右)、御正体山(中央)、今倉山(左)。中景にごつごつとしているのはは花咲山、手前の木々に隠れるようにあるのは鞍吾山。
送電線鉄塔基部から、杓子山(右)、御正体山(中央)、今倉山(左)。中景にごつごつとしているのはは花咲山、手前の木々に隠れるようにあるのは鞍吾山。
顧みれば、黒岳に雁ヶ腹摺山へは眺望の夾雑物がなく、広がる空が大きい。右手彼方に小さく泣坂の頭と大峰が並び、楢ノ木尾根の長さを証明している。しかしなにより迫力があるのは目前の滝子山と北に延びる稜線、そこから急激に落ちる山肌だ。とても1,500メートルそこそことは思えない存在感だ。
送電線鉄塔基部から黒岳(左)と雁ヶ腹摺山
送電線鉄塔基部から黒岳(左)と雁ヶ腹摺山
送電線鉄塔基部から滝子山
同じく、滝子山。
下山は、鉄塔付近から巡視路を恵能野川に下ろうとしたが見つからず、けっきょく往路を戻った。バス時刻まで間があったため、切り目峠から恵能野へと続く踏み跡を追ってみたところ恵能野川の畔に出てしまい、さらに試しに踏み跡不明瞭な植林内を下流に向かってみると山腹が川に落ち込む地形となったため、平坦路を歩いて恵能野に出られるわけではなさそうだと結論し、深追いせず引き返した。


峠から間明野への道を戻り、車道に出たところで近くにお住まいのかたと立ち話した。最近は熊やら鹿やらやはり出るらしい。今朝だか昨日だか、畑の大根の葉っぱがみな鹿に食べられてしまったとか。今年の四月につかまえたイノシシの子供が鎖に繋がれて飼われているとのことなので見に行った。そこそこ大きくなったのだろうとはいえ、まだ子供っぽいなりのがとことこくるくる回って、盛んに地面を掘っていた。
2012/11/25

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue