能岳鶴島御前山から、平成十七年度の伐採前の八重山の山並み

鶴島御前山の山頂から生藤山方面を遠望すると上野原市街地の上に三つのコブを並べる小さな山並みがあることに気づく。いちばん奥が能岳とされるようだが、ガイドマップによれば能竹山とも向風山とも記されている。のんびり家を出て訪ねるにはほど近いところにあり、歩程もそれほどではない。桜の季節、山里の春を期待しつつ出かけてみた。


午もまわったころに上野原駅発飯尾行きバスに乗り込み、新井バス停というところで降りた。ここから能岳や聖武連山に続く車道が分岐する。舗装路を淡々と歩いていき、徐々に家並みが少なくなると桜やヤマモモが集落のそこここに目立ち始め、道ばたにはシバザクラとスイセンが並んで咲いている。このあたりには春がいっせいに来たようだ。
能岳山麓、向風の桜
能岳山麓、向風の桜
山が両側から迫ってきて集落の家並みが途切れるころ、小さなトラス橋で沢を渡る。そのすぐ先で道標が視野に飛び込んできて、右手に上がっていく幅広の道を『八重山ハイキングコース』の入口だと教えている。八重山とはなんぞやと思うものの、地図によればここを辿ることになっているので入っていく。
植林のなかをゆるやかに行けばほどなく支尾根の稜線に出る。雑木林に囲まれた明るい場所で、峠ではないが、峠の風情が漂う。だがその先は山腹を絡んで暗めの植林帯のなかを行く道のりで、短い時間帯だが飽きそうになる。慰めはすぐ隣の聖武連山が近く仰げることで、山頂のアンテナまではっきり見える。山塊の主稜線と思えるものに乗るとあたりには針葉樹以外の木々も増え、ようやく山を歩いている気がしてくる。もう前方すぐそこが能岳山頂だが、左手にはゴルフ場が広がり、人声も近い。やや興ざめだが、生藤山周辺の稜線が広々と展開し、笹尾根まで望めるのは感謝しなければならない。
能岳山頂直下から聖武連山(右)
能岳山頂直下から聖武連山(右)
能岳の山頂直下は急坂だが、振り返って見渡す展望は味がある。正面に聖武連山を小さく配して、その左手に権現山、右手に笹尾根が高く長い。ちょっとした山深さを感じさせてくれる眺めだ。能岳山頂は木々に囲まれていて眺望は得られないが、小広く開けた空き地は人影がないせいで落ち着くものだった。
進行方向そのままに山を下ると、享和の年号が彫り込まれた石仏が佇んでいるのに出会う。こんなところになぜ仏さまがいらっしゃるのだろうか、往時は峠道が通っていたのだろうか。もしそうだとしても北方はすべてゴルフ場となっているので、いまでは峠越えはしたくてもできない。


能岳を含む小山塊は南方から遠望すると三つのコブが並んでおり、いちばん北にあって聖武連山と対峙するのが能岳で、その南に二つ続く。能岳から真ん中のコブへの稜線は、右手が広範囲に伐採されて、眺めはすこぶるよい。ただ伐採跡が広すぎて、かなり荒れた感じを与えもする。生えていたのはアカマツだろう、剪断された幹があちこちに横倒しにされている。二つ目のコブには最近造られたと思しきあずまやが建てられ、多少木々が眺めを遮るものの、葉が落ちた季節であれば扇山から秋山山稜、丹沢の山並みがよく見える。
能岳山頂直下南方に佇む仏さま
能岳山頂の南方に佇む仏さま。
飾り気のなさがとても好ましい。
ここはいわばY字路になっており、右に下る尾根と、左へ、正面に見える三番目のコブに続く踏み跡が分かれている。左に向かえば10分ほどで最後のコブに着く。ここには地元小学校の生徒に見せるべく立てられた自然観察の案内板があり、「コナラは土が深く、適度にしめった土地に多いのに対して、赤松は、かわきがちな尾根に多い」とある。なるほど。混在している場合はどちらも我慢できる状態、ということなのかもしれない。
見下ろせば稜線下には学校のような建物があり、その向こう、左右に白く広がるのは上野原の町並みで、背後にのしかかるように盛り上がるのは鶴島御前山、そのすぐ背後の高柄山だ。彼方の虚空に浮かんで畏怖を感じさせるのは丹沢の檜洞丸や大室山。里では桜が咲く時期の午後にこれだけ見晴らしが得られれば十分満足だ。
三つ目のピークから上野原の町並み
三つ目のピークから伐採地を越えて上野原の町並みを俯瞰する。
市街地のすぐ上に鶴島御前山、その右上に高柄山。彼方に浮かぶのは丹沢の大室山。
あいかわらず伐採地が続く稜線を学校らしき建物めがけて下り出す。少し下ったところで踏み跡は十字路になっており、立て札があって山梨県名で「平成17年度保安林整備事業施行地」と書かれている。伐採はつい最近行われたらしい。鶴島御前山あたりからこの山稜を眺めたら、どういう景色になっているものやら。
まっすぐ下れば下山地点はすぐのようだが、左手にやや高みを保った尾根が続いていて、そちらへ行けはしまいかと十字路を左に曲がる。が、すぐに踏み跡は折り返して山腹を下りだしてしまう。しばらくで尾根筋をまっすぐ下ってきた道と合流する。ここには”八重山”と書かれた重々しい標識がある。その近くには、「関係者以外は立ち入りを遠慮されたい」というこれまた立派な、立派すぎるほどの看板も立っている。後者は自然観察案内板のと同じ小学校名で立てられていた。どうやらこの山塊全体を指して”八重山”と呼ぶものらしいが、北側の入口で「八重山ハイキングコース」と案内しておきながら南側の入口で立ち入りを遠慮してほしいとは、標識設置者が異なるだろうとはいえ、少々混乱している印象を与える。


この標識が立つあたりは密やかな裏山の雰囲気で好ましいだけに、やや残念に思う。気を取り直して平坦な幅広の道をしばしで、目標とした建物(中学校だった)前の車道に出た。地図上で”大越路”とされているあたりだ。ここから適当に道を選びつつ、上野原駅まで歩いて帰った。市街地を抜けるところでまちがえてかなりの回り道をしたが、それでも下山口から所要一時間ほどだった。じゅうぶん明るいうちに駅に着いたせいか、行楽帰りの客が満載の列車に乗る羽目になった。
2006/4/09

回想の目次に戻る ホームページに戻る


Author:i.inoue
All Rights Reserved by i.inoue