植樹公園から仰ぐ瑞牆山。中央右奥が山頂。大ヤスリ岩が目立つ。 瑞牆山周遊

夏にテント泊で出かける訓練として手頃な場所はと考えるに、富士見平に幕営して瑞牆山に登ることを考えた。瑞牆山荘からであればテント場まで1時間、翌日に空身で山を往復すれば実際の大荷物は2時間弱だ。それでは訓練にならないので、往路の歩き始めは増富温泉からとして負荷のかかる時間を長くし、二日の山は、背負う負荷は低いものの、山頂から往路を戻らず不動滝側に下り、植樹の森公園を回って富士見平に登り返す周遊コースとしてこちらも時間を長めにした。

韮崎から増富温泉までは9時台のバスに乗った。出発が遅いのか、さほど混んではいない。終点で降りた後、瑞牆山荘行きのバスには乗り継がず、予定通り車道を歩きだす。傍らを流れる川に沿って名の付いた奇岩や大木が次々と現れて飽きない。カナカナ蝉の大合唱が林内に響き渡り、賑やかな水音が歩くにつれて強弱の振幅をつける。明るく照り返す若々しい木々と合わせて絵に描いたような初夏の趣で、舗装道を歩いているのもまるで苦にならない。それでも流れを離れて高度を上げるようになると蜩だけが音響効果を付けるだけになる。代わりに視界は広がり、金山平では金峰山がおおらかな姿を見せる。甲府盆地近辺から遠望するのと違って、間近で見ると迫力がある。

瑞牆山荘前は下山のバス待ちのハイカーがそこそこ集まっていた。山中に入ると次々と下ってくるハイカーに出くわす。ところどころでヤマツツジが咲いていてなかなか華やかだ。左手奥に水場が見えてくると富士見平小屋はすぐだった。想像と異なりテント場はずいぶんとたくさんの人がいる。古いガイドマップには10張(が可能)のように書かれているが、実際には10どころか50くらいは楽に可能ではという広さだ。きっと整地して広げたのだろう。小屋に幕営料金1,000円/人を払い、500円のビールを買って幕営場所を探しに行く。敷地内の奥にようやく余裕をもって張れる場所があり、何年ぶりかに土の上でテントを広げ、祝杯の意味を込めてビールの缶を開けた。

富士見平のキャンプ場
小屋前から眺める富士見平のキャンプ場

水を確保して夕飯をつくり、食後にうとうとしていると日没前の冷気が漂い出す。Tシャツ一枚では寒くなってくる。さすがは2,000m近い高さだ。この日、下界では相当暑かったらしいが、山上の夜更けは夏用シュラフのジッパーを閉めないと寝ていられなかった。

3時過ぎに近所の高校生山岳部が起き出し賑やかになったので目が覚める。再び寝られそうにないので朝食を食べ準備をして4時過ぎにテント場を出た。

みな金峰山に行くのか瑞牆山への登山道は静かだった。頭大の丸岩が転がる歩きにくい幅広の道が徐々に下りだし、流れのほとりに出る。登り返す先には巨大な岩が鎮座しており、その脇の階段を上ってから後は岩の合間を縫うような道筋をたどり続ける。背後が開けたなと思うところで振り返れば金峰山への稜線が近い。間を置いて再び振り返れば今度は富士山が高い。登山道の左前方に大ヤスリ岩がそそり立つのが見えてくる。遠目にはつるっとした垂直の岩壁を見るに付け、クライマーたちはいったいどうやって登るのだろうと思う。

登山道から朝の瑞牆山を仰ぐ
登山道から朝の瑞牆山を仰ぐ
朝露のシャクナゲ
朝露のシャクナゲ
どちらを見ても岩だらけ
岩だらけの登路
登路途中で富士山を振り返る
振り返り見る富士山

帰路に入る予定の黒森分岐に着く。立派な標識が立っていて山頂まではあと10分とある。通常ならもう楽勝というところだが、この先には掴まざるを得ないクサリが何本か出てくる。困難なものではないが、慣れない人たちが先行していたら渋滞するかもしれない。しかも山の北側を回り込むため何のことはないルート上に残雪さえあり、油断していると滑りかねない。まだ6月なので融けきっていないのだろう。帰路にはじっさい転んでいる人がいた。

岩盤だけで構成された山頂はほぼ全周が見渡せる展望地で、朝早いせいか遠くの山までよく見える。まず目に飛び込んでくるのは左右に広がる南アルプスの連嶺で、甲斐駒ヶ岳の左肩上がりの姿が大きい。稜線部が白いのがまだ春山状態であることを告げている。左手には金峰山が大きい。登路でせりあがるのを見ていたものの、改めてその大きさに目を見張る。五丈岩がよく目立つ。金峰には一度登っているものの、五丈岩に触れた覚えがない。よし、次に富士見平に来るなら登るのは金峰山だ。

奥秩父にあって唯一アルペン的な山の左には、いかにも奥秩父的な樹林の山、小川山が丸い頭を日に晒している。さらにぐるりと自分の身体を半回転させると、奥秩父山塊に対峙する広い裾野の上に八ヶ岳が高い。南アルプスほど純白ではないが赤岳や横岳には雪が残り、なめてもらっては困るよと言いたげだ。

大きな山ばかりに目がいくが、少々低めの山も見落とすのはもったいない。八ヶ岳連峰の手前には広い谷間を隔てて低い山並みが広がり、稜線部がまだ赤茶けた横尾山が目を惹く。さらに右手には女山が控えめに三角錐の山体をもたげている。南アルプスの遙か手前には茅ヶ岳、金ヶ岳曲岳を初めとする黒富士火山群が甲府盆地を隠すように立ち、八ヶ岳のさらに右手前には男山、天狗山御座山が無骨な山頂部を突き上げている。

瑞牆山山頂から彼方に南アルプス。中景左に茅が岳と金ヶ岳、その左手前に曲岳。右下に大ヤスリ岩。
瑞牆山山頂から彼方に南アルプス(正面に白峰三山、手前に鳳凰三山が重なる。
その右に三山同様に白い仙丈岳、甲斐駒ヶ岳、鋸岳。白峰三山の左に白いのは荒川岳)。
右端の奥に白いのは中央アルプス(空木岳のあたり)。
中景左に茅が岳と金ヶ岳、その左手前に曲岳。右下に大ヤスリ岩。
瑞牆山頂から八ヶ岳を望む
牆山頂から八ヶ岳を望む。
中景の中央は横尾山。

明瞭に見える山ばかりではない。彼方には浅間連峰が、北アルプスが、中央アルプスが浮かび、どれがどのピークなのか考えているといくら時間があっても足らないくらいだ。 山頂は風通しがよくて涼しいことこの上ない。長袖シャツを着込んで岩陰に腰を下ろし、改めて山岳展望に浸り続ける。だいぶたってからバーナーをザックから出し、湯を沸かしていつものようにコーヒーを淹れて飲んだ。

下りは予定通り黒森分岐から不動滝側に入る。分岐から途端に静かになり、ようやく自分の山になった気がする。樹林のなかをこまかく曲がりながら下りだし、徐々に大きな岩が現れてくる。見上げる岩峰の名称が書かれた説明版もそこここにあった。広い谷間に小さな家くらいの大岩が転がる場所を過ぎると、登ってくる人たちに出会うようになる。朝早く上がってくる人たちはみな単独行者だ。早々に下ってくる自分の姿に驚く人もいたが、昨夜キャンプ場に泊まって周遊していることを告げると納得していた。周遊山行を説明すると面白い計画だと褒めてくれる人もいた。流れに沿うようになると谷間に注ぐ日差しが明るい。傍らの岩場から流れ下る水は冷たく美味だった。

大岩の転がる谷間
大岩の転がる谷間

冷涼感のみならず重量感もある不動滝
冷涼感のみならず重量感もある不動滝

不動滝は一枚岩の岩盤を流れ落ちる優美な滝だった。滝口の上にかかる太陽と山道の脇に立つ灌木のおかげで最初は全体像が掴みがたかったが、間近に出てみると左手にそそり立つ広い岩壁と相まって雄大な情緒を醸し出している。下から登ってきてこの滝を見て帰るだけでも価値があるだろう。ところどころ遊歩道のように整備された道のりを流れに沿って下り、砂防ダムを二度ばかり見ると林道終点で、ここから登り出す人たちの車が多数停まっていた。周囲はカラマツの新緑、昨日同様にセミの声がかまびすしい。

舗装林道を高原周遊の趣で歩いて行くと、植樹公園の一角に出る。左手を見上げると意外な近さで瑞牆山の岩峰群が林立している。ここの管理センターで飲料を買い求め、少々休憩する。駐車場には車が多い。何しにきた人たちなのだろう。ひょっとしたらクライミングだろうか。

植樹公園に向かう林道から周囲を仰ぐ
植樹公園に向かう林道から周囲を仰ぐ

植樹公園管理棟兼食堂・物品販売所とその隣のキャンプ場
植樹公園管理棟兼食堂・物品販売所とその隣のキャンプ場

休憩を切り上げて再び車道を行くと富士見平小屋へを示す標識がある。これに導かれて左手の植樹された斜面に入り、壊れそうな橋で沢を渡って遊歩道をたどる。尾根筋を回り込むところで小屋へ続くと教える標識があり、山道が尾根伝いに続いている。左手を見上げれば再び瑞牆山の岩峰がそそり立っていた。今回の山行で瑞牆山を眺めるのはこれが最後になった。

山道は歩きやすく、半時も歩くとヤマツツジにシャクナゲが左右に花を咲かせる道のりとなり、しかも静かでよい。降りてくる人の気配がしたので顔を上げると外国からの若い女性で、近寄ってきて開口一番、日本語で、「ここは最高ですね〜」。聞けば山小屋の手伝いをされていて、休憩時間に散歩に出てきたという。瑞牆山を休憩で歩き回れるとは羨ましい境遇と言えるだろう。

植樹公園近くからの登路途中でのシャクナゲとヤマツツジの競演
植樹公園近くからの登路途中でのシャクナゲとヤマツツジの競演

瑞牆山荘からのルートに合流すると富士見小屋は遠くない。ちょうど昼時だが小屋前にはすでに山を下ろうという人たちが多い。テント場のテントも半分以下にはなったようだ。自分の泊まり場に戻り、湯を沸かしてコーヒーを淹れたのち、テントを撤収して山を下った。

瑞牆山荘前には昨日とうって変わってたくさんの人がバスを待っていた。やってきた小型バスは前払いで、立ち客まで出た状態で出発した。増富温泉の日帰り入浴施設で半分ほど下ろし、数名を乗せた後は、誰も降りず誰も乗らないまま昼下がりの韮崎駅に着いた。白山温泉まで車で出て汗を流してから帰京した。

2014/05/31-06/01 


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