緑に覆われる本谷川 

タイトルと冒頭の写真だけ見ると沢登りでもしたように思われるかもしれないが、実態は傍らの車道歩きである。しかしこれがなかなか愉しい車道歩きなのだった。

初めて増富温泉から奥秩父の稜線を目指したときは、瑞牆山荘行きのバスがなくなってしまった時刻に温泉街に到着したものだから、車道を歩いて高度を稼ぎ、暗くなってから初日の宿のある金山平に到着した。夕暮れの闇が濃くなっていく中でも沢沿いの車道脇には銘板の掲げられた岩やら瀬やら大木が認められて、明るいうちに宿に着けるか若干心細くなってくる身には気が紛れるものだったが、なにせ日暮れと競争なので落ち着いて眺める暇もなく行き過ぎてしまい、何年か経って再訪した際は明るい時間帯だったものの、温泉からバスを乗り継いだものだから、何も目に入らなかった。ひさしぶりに瑞牆山に行こうと考えた際、このなおざりにしてきた渓谷探勝も加えれば面白いと気づき、車道を歩いて山に向かうことにした。

土産物屋の前にある停留所を出発して橋を渡り、数軒ある温泉宿を見送ると先には広い車道が延びるばかりになる。右手には水勢盛んな本谷川があちこちで岩に白く砕けている。水音とともに響き渡るのはヒグラシの澄んだ鳴き声で、近く遠くから十重二十重に聞こえてくる。風はないので葉のそよぎはない。ときおり通り過ぎる車以外は水と蝉ばかりが山の空気を震わせる。

建物が尽きた左手は層を成す岩盤が剥き出しになっており、「増富温泉の石灰華」と題された説明版によれば温泉堆積物だという。日の当たらない岩は石灰華という言葉から想像するよりは綺麗でない。岩だけが露出し常時、日に照らされていればもっと白かったかもしれない。

右手にあった川が車道をくぐって左手に現れるところ、日受橋なる脇には「日受淵」という文字だけの看板が立っている。淵というから川に特徴があるのだろうが、なぜこの名前が与えられているのかはわからない。そもそもどこが淵なのか自信をもって指させないのだった。だがそんなことは大したことではないと思わせるほど水は澄み、川底の石の色が場所場所で異なることまでわかる。穏やかに流れていると思えば、流れを遮る大岩に乱され水泡が水中にも空中にも漂う。先まで流れを見通せないほど木々が流域を覆っている。

日受淵(?)
日受淵(?)

鯨岩
鯨岩

再び流れを橋で渡るところ、「鯨岩」なる岩が埋もれている。真上から眺めてみると潮吹き穴に見えるものまである。さすがにこれは人為的なものを感じるが、岩本体はたしかに鯨と呼ぶに足りる質感で、世界にはカワイルカというものがいるのだからカワクジラというのがいてもおかしくないのではと思わせるものだ。先には一枚岩の岩壁がそそり立っている。足下の看板には「下矢立岩」とある。きっとこの先に上矢立岩があるにちがいにないと思わせる命名だ。

5月最終日はまだ新緑
5月最終日はまだ新緑

 下矢立岩
下矢立岩

温泉を出たところでは二車線だったのが一車線になり、緑のトンネルの中を行く。川の流れが再び左に変わると、予想通り「上矢立岩」の標識が出てくる。木々の合間から垣間見える岩壁から見上げる高さであることだけはわかるものの、対岸にあるせいで大部分は茂った葉に隠され、「下」と異なり全体像は掴みがたい。冬枯れの季節であればよく見えることだろう。

木々に隠れて見えない上矢立岩
木々に隠れて見えない上矢立岩

見下ろす水面は木々を映して若葉色に染まり、葉群を抜けて届く光が斑点となって浮かぶ。あいかわらず水音は高い。先には高い理由の一つが見えてくる。横に長い「怒滝」だ。小規模ながら、奥入瀬渓谷の銚子大滝を思い出させる。

怒滝
怒滝

標識が立つのは滝や岩に対してだけはない。周囲に比べて目立つ木にも案内がある。怒滝の近くには「恵比寿の木」というのがあり、途中から二股になった幹が抜きんでた高さで樹冠を広げている。

”恵比寿の木”
”恵比寿の木”

だが重々しさでは岩に勝てるものはない。道路端に巨大な岩饅頭のようにわだかまるのは「大黒石」で、これのおかげで車道は大回りを余儀なくされている。右手に回った流れの対岸に見えてくるのは、水面上に覆い被さるようにせり出しているそれはそれは巨大な岩で、脇に「弁慶の力石」と看板が立っている。正面から見ると相当な圧迫感で、増富温泉から先の流域でもっとも驚異的な岩だろう。

大黒石
大黒石

弁慶の力石
弁慶の力石、右奥の看板と大きさを比較されたし

案内看板があるからといって、案内しているのが全て目に入るかというとそうでもないらしい。「翁滝」という標識が立っているのを見つけ、葉の合間からすぐ下を流れる川沿いに視線をさまよわせてみるのだが、それらしい滝は見えない。とすれば山腹にかかる支沢にあるのかと目をこらすものの、やはり見えない。川縁まで降りて確認すればわかったかもしれないが、そこまですることもないかと先を急ぐことにしたのだった。

流れは車道の右から左へと移り、見下ろす先で、いったん戻るように急角度に曲がる。その曲がるところに大岩が嫌らしく鎮座しており、ずいぶんと狭くなった合間を凶暴な水流が窮屈そうに抜けていく。水の怒りとも大岩の悪意ともとれる迫力が真上で目を凝らす観察者に伝わってくる。ここは「仙洞屈」というらしい。“窟”ではなく“屈”の字が当てられていることから、流れ方そのものが見所なのだろう。

仙洞屈
仙洞屈

豪快な水の動きを凝視し続けてから車道を覆う木々を眺めると落ち着く気がする。とはいえ右手斜面から車道の上にまっすぐ斜めに伸びている大木を見ると世界の安定感は消し飛んでしまう。「布袋の木」と名付けられたそれは、よくまた倒れないものだという姿勢で伸びている。よほど根張りがしっかりしているのに違いない。

”布袋の木”
”布袋の木”

仙洞屈でいったん山側に引っ込んだ流れはすぐに戻ってきて、車道の脇をおとなしく流れていく。その手前に現れるのは、鏡餅を真横に切って上半部をずらしたような巨岩なのだった。「ゴマスリ岩」というらしいが、今で言えば「ハンバーガー岩」というところだろうか。上半部が上流側に落ちていることから、もともとここにあったのが割れたと考えるのは無理がありそうだ。割れるようにできていた岩が何らかの理由で今の場所に移動させられたときに衝撃で真っ二つになったというのが真相だろう。

ゴマスリ岩
ゴマスリ岩

緑陰の道のりが続く
緑陰の道のりが続く

明るい日差しの下に本谷川はあいかわらず元気に流れる。「おろち滝」などという名前を聞いて真っ先に思い浮かべるのは日光の竜頭の滝だ。なので名は体を表すの謂いの通り、蛇の頭とくねる胴体とを見せる流れが見えてくる。先には大木も出てくる。「弁財天の木(看板には“弁天財”とある)」に「福禄寿の木」。とくに後者は張り渡す枝が頭上を広く覆い、枝振りの見事さにしばし歩みを停めて見入るほどだった。

おろち滝
おろち滝

”弁財天の木”
”弁財天の木”


”福禄寿の木”
”福禄寿の木”

みずがき山リーゼンヒュッテの入り口を右に見ると流域沿いの見所も終わりに近づいてくる。「雁音滝」の看板が示すのは小さく二段になって落ちる滝で、周囲の岩盤も含めて長いこと眺めてみたが、名の由来は見当がつかなかった。その先にいずれも大木の「寿老の木」「毘沙門の木」が続けて現れる。前者は幹周りの太い剛健そうなもので、後者は一見して華奢そうなものの、枝振りは他の木々に引けを取らない。だが近くに同じような大木があって、選定にまったく疑問がないわけではなく思える。なお、銘木は七福神にかけて命名されているようで、とすれば「大黒の木」があってもよさそうなのだが、岩に名を付けてしまったためか、その名の木はないようだった。

雁音滝
雁音滝

”寿老の木”
”寿老の木”

”毘沙門の木”
”毘沙門の木”

名前が付いてなくても立派な木は多い
名前が付いてなくても立派な木は多い

このあたりで奇勝の案内は終了のようだ。歩いている車道は三叉路に行き当たる。左右に続くものは”クリスタルライン”というらしく、右に行けば最終的に恵林寺にまで続く。左に向かえば瑞牆山荘前を抜けて清里に出る。観光道路には違いないようだが道幅は今まで歩いてきたのと変わらず、センターラインもない。瑞牆山方面へはしばらく本谷川に沿うが、谷が広がって平坦地が増え、奇勝として近くに見るべきものはなくなってしまう。

代わりに視界は広がり、行き先の中天には金峰山の支尾根が盛り上がった岩山が見えてくる(鷹見岩だろうか)。金山平に着くころには、右手彼方に金峰山本峰が雄大な姿を浮かべてくる。樹林帯を突き破ってあちこちに突き出す岩塔や岩壁が稜線の優美さを引き立て、またあれを登ってみたいと思わせる。

空に浮かぶ金峰山(右奥) 空に浮かぶ金峰山(右奥)

車道の右手下にはキャンプ場が広がり、空の広さとあいまって高原気分が漂う。かつて泊まった有井館も健在のようでなによりだ。

せっかく開けた展望だが、金山平を過ぎると奥秩父主脈は見えなくなってしまう。山腹を絡んで高度を上げ、平坦な道のりになってきたと思うころ、道ばたに停めている自家用車が目に付くようになると、瑞牆山荘は近い。土日であれば山中が車だらけの光景となれば、山道の入り口はもうすぐだ。車やバイクのエンジン音を間近に聞くのはもう終わり、ここからは誰でも足だけが頼りの山登りになるのだった。

2014/05/31


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