草原の甘利山の上に千頭星山を望む 甘利山・千頭星山
甘利山はツツジと展望の良さで名があり、初夏の開花期は相当な人出だという。地元でも売り出しているようで甘利山を宣伝するパンフレットまでできている。ずいぶんと昔は中央本線の駅から延々と歩いて上っていたそうだが、林道が通じ、その終点には宿泊施設も建てられて、いまでは車で上がれば30分程度で山頂に着く。山歩きとしてはさすがにこれでは物足りないので、甘利山奥の千頭星山までの半日行程を計画し、人影の少なそうな秋に出かけてみることにした。


車で国道20号を北上して韮崎駅近くで左折し、川を渡って甘利山へと続く道に入る。林道を30分くらいは走ったか、広河原という地名の文字通り広い平坦地に着く。窮屈な林道を走ってきたので、ここの広さは意表を突かれる。登山口近くには売店、見渡す広場の先、多少の高みのある奥には宿泊施設の甘利山グリーンロッジ。とはいえ駐車場からだと遠望できる山並みは多くなく、木々の合間から金峰山を望み、茅ヶ岳曲岳火山群を見下ろすくらいである。こちらのほうがだいぶ高いので、太刀岡山などただの地表の出っ張りにしか見えない。
甘利山への登路は途中に東屋が建つ尾根筋を辿るものとそうでないのとあり、前者がよく歩かれているようだったのでこちらに入る。木々の合間を行くのはわずかな時間で、東屋への分岐を見送って早々に頭上が開け、笹原のなかに木々が立つ中を行く。葉のほとんど落ちたツツジの低木が行く手に広がれば伸びやかな草山の甘利山はすぐそこで、背後に立つ千頭星山の黒っぽい姿との対比が印象的だ。振り返れば甲府盆地が低く、ずいぶんと彼方の山々が薄群青色に霞む。ひときわ大きいのは富士山だ。広大な空間の中を慌てて歩く必要などなく、前後左右を見渡しながら行く。
甘利山山頂から遠景に奥秩父の稜線
甘利山山頂から遠景に奥秩父の稜線。
正面に金峰山、左に小川山、右に北奥千丈ヶ岳。
手前左に金ヶ岳と茅ヶ岳。茅ヶ岳の中腹から曲岳が頭を覗かせる。
右手手前にコブのような双耳峰の太刀岡山。
甘利山の山頂はまるで山頂らしくない、だだっ広い盛り上がりに過ぎない。だが眺望は問答無用の一級品で、周囲すべて遮るものがない。奥秩父から御坂の山々、富士山を経て手前に大きな櫛形山。行く先には奥甘利山から千頭星山に続く稜線が改めて大きく、かつ高い。ここまでは山歩きをしない観光客もよく来るらしいが、朝のうちは人影はまばらだった。
さてもう少し歩かないと山を歩いている気がしない。千頭星山へ辿る径は山道らしい細いもので、稜線を少し下がって登り直し、山腹を行く。途中に奥甘利山という高みがあり、右手に少し寄り道する。少々開けた頂からは富士山側の眺めがよい。しかしここまでが(ここからも)各所で好展望なので、あまりありがたみはない。山名通り、離れの休憩所然とした佇まいに魅力を感じるべきだろう。
整然としたカラマツの林
整然としたカラマツの林
登路は徐々に急になるものの、歩きにくくはない。相変わらず笹原にカラマツの木々が並ぶなかを行く。10月の稜線は、ところどころに色づく広葉樹がアクセントになっていて、たとえ遠望がなくても十分愉しい。もちろん眺めがよければ言うことナシだ。
右手に青木鉱泉へのルートを分けると稜線は幅広かつほぼ平坦になり、草原のなかを行く開豁な山上漫歩となる。左手前方には千頭星山がだいぶ低くなっている。梢越しに右手には鳳凰三山が頭を出してもいる。左手を見返れば、眼下遙かに甲府盆地。空は高く、風はない。日はあるものの暑過ぎず、理想的な秋の山行日和。
千頭星山めざして光回る笹原を行く
千頭星山めざして光回る笹原を行く
甲武盆地が眼下に。左手遙かは南大菩薩
甲武盆地が眼下に。左手遙かは南大菩薩
再び木々を間近に見るようになると、太い枝に絡まって揺れるものに気づく。サルオガセではないか、久しぶり。北八ツの双子池あたりで見た気がするが、だいぶ昔のことで、高い山に行く機会が減った近頃では目にすることがなかった。寄生植物ではなく空中の水分を摂取して育つもので、このあたり、2,000メートルの標高で盆地を真下にする場所では、雲や霧がよく発生するということなのだろう。
風に揺らめくサルオガセ
風に揺らめくサルオガセ
山頂直下の短い急登で振り返ると、山中ではなかなか姿が見えなかった八ヶ岳がようやく眺められたものの、権現岳と赤岳が揃って雲隠れ中だった。韮崎めざして車を走らせていた朝の時点では全身が見えていたのにと思いながら奥秩父に目をやると、甘利山山頂では晴れていた金峰山の上にも雲が沸いている。空気は乾燥気味なのだが日差しは暑い。どことなく夏の日の移ろいにも思える。木々が色づき、セミの声が聞こえてこないのが、夏と違うところだ。
千頭星山頂直下から八ヶ岳を遠望
千頭星山頂直下から八ヶ岳を遠望
千頭星山の山頂はカラマツに囲まれて眺めはなかった。大きな山頂標識には、ただ千頭星とある。安倍奥の山伏と同じく、この山も「山」がついていない名が通称だったのかもしれない。小広く開けているので多人数が腰を下ろして休むにはよいが、意外なことに誰もいない。来るあいだにすれ違った人々がほぼすべて先行していた人たちだったということだろうか。
ともあれここまで展望が良かったので、眺めのない場所で腰を下ろすのは気が進まない。よい休み場所はないかと先に延びる山道を追ってみると、ほんの少し下ったところに天子山塊あたりを遠望できる笹原の小さな切り開きがあった。10月にしては日差しが強くて少々暑いが展望なしよりはよいだろうと腰を下ろし、湯を沸かす。
休憩後、さらに先まで進んでみる。シオジ峠へと下りだす急降下の前で、踏み跡を左へと分け入ってみると、鳳凰三山に続く苺平の東面の壮絶なガレが真正面。深い谷底まで削ぎ落とされた斜面は迫力十分だ。鳳凰三山の稜線へはずいぶんと下ってあのガレの脇を登って行く。地図を確かめると、200メートル下って、600メートルを登り返す。いやこれはたいへんそうだ。
シオジ峠への下り口から苺平東面のガレを望む
シオジ峠への下り口から苺平東面のガレを望む
豪快な光景を見て満足して引き返し、千頭星山を越えてそのまま往路を戻る。戻ってきた甘利山で改めて周囲を見ると、陽気がよいからか、あちこちの山で雲が湧いてきていた。振り返る千頭星山は逆光で黒みを増している。甘利山からの下りは東屋を通らないコースにした。登る人も下る人もいない静かな道のりだった。


グリーンロッジに寄って玄関からなかを覗き込む。玄関ホールに当たる場所が食堂らしく、開放的な建物だった。
車に乗り込んで林道を下り、入浴しようと白山温泉に行ってみたが、すぐ脇に建つ美術館が2015年の大村智博士のノーベル賞受賞で交通整理が出ているほどの盛況で、周囲は人で溢れかえっていた。
大村博士の受賞を祝う張り紙があちこちにありました
大村博士の受賞を祝う張り紙があちこちにありました
この美術館はだいぶ前から行きたいと思っているのだが、そうこうしているうちに今の状態になってしまった。絵はできるだけ落ち着いて見たいので、喧噪が収まるまで待つつもりでいる。ともあれ温泉は別な場所を探すことにした。国道を北上していくと”むかわの湯”という日帰り入浴施設があり、ここで汗を流した。
2015/10/18

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