羅漢寺山から望む太刀岡山太刀岡山

黒富士火山群を初めて訪れた日、朝早く観音峠にタクシーで上がり、曲岳、枡形山、黒富士を踏んで越道峠に出て太刀岡山を往復し、峠に戻って平見城経由で里に下った。山の麓に出てみると峠から往復した道のりの優しさとは裏腹な険しい岩壁が頭上高くまで聳えている。太刀岡山が誇る鋏岩の岩壁で、朝の車窓からは見落としたものだ。その偉容は圧倒的で、クライミングするわけではないものの、やはり太刀岡山はこちら側からでなければ登ったことにならないだろう。こうして再訪を心に決め、翌週には再び山の麓に立った。


甲府駅前から小一時間で着いた清川バス停から観音峠に向かって延びる車道を上がっていく。あたりの高い山が初冬の風情なのに太刀岡山は背が低いせいか紅葉が山頂近くまで残っており、急激な斜面のおかげで植林が少ないため山肌のほとんどが錦模様だ。山腹のあちこちにまとう岩壁が彩りをさらに引き立てている。途中、道ばたに座っている白い犬に出会った。左前足の先が失われている。事故にでもあったのだろうか。人間が怖いのかおびえた風情を見せていた。怖がらなくていいんだよと内心呟く。
登山口近くの駐車場から見上げる鋏岩岩壁
登山口近くの駐車場から見上げる鋏岩岩壁
登山口先の道路脇にある小さな駐車場は満杯で、車が10台以上停まっていた。あまり広くない山頂は人だかりなのだろうか。その場合は早々に下ってしまおう。鋏岩の岩壁を心ゆくまで見上げ、左手奥の観音峠の脇に頭をもたげる曲岳を見やってから歩き出す。右手の川にかかる橋を渡り、集落のなかに続く舗装道を上がって左に曲がるとすぐ太刀岡山を案内する標識が目につく。民家の裏を抜けた先の竹林脇から山道で、最初から急な登りだ。腕力こそ使わないものの斜度が終始変わらない息の切れるような登りが続く。
休みたくなるころ人の声が聞こえてきた。石造りの祠の上に大きくのしかかる一枚岩でクライミングをする人たちだった。一緒の団体なのか小グループの集合なのか、10人弱はいただろうか。クライマーに取り囲まれた祠は所在なさげだった。ここで息を整え、暑いのでTシャツ一枚になって再び登り出した。5分程度で左手に突き立つ巨大な岩が目に入り、標識があって鋏岩と教えている。山道脇のにとりついてみたが3mも登るとすでに足がかりがない。これは危ないと下りてみると岩の前方下から人が出てくる。実際の鋏岩はこの岩の裏にあるらしい。
回り込んでみると岩と岩の間で、絶壁の上に突き立つ岩の基部だった。ここから眺める麓の谷間は大きく、正面の観音峠を鋏んで居並ぶ山々が間近い。左には初冬の風情の茅ヶ岳と金ヶ岳、右には曲岳と鬼頬山、黒富士。ここからだと鬼頬山の南面に開いた絶壁下の洞窟がはっきりと見える。目のようにも鼻のようにも見える。特徴的な山名はこの絶壁と洞窟が関係しているのかもしれない。その麓、紅葉に取り囲まれて平見城の牧場施設が山腹に高い。見下ろせば高度感がまたすばらしい。絶壁の上なのだから当然だ。文字通り真下に登山口の駐車場が見える。下手に鋏岩の突端に登ろうとして足を踏み外したら命はない。なので岩と岩の間の安全な隙間から眺望を愉しんだ。
鋏岩から観音峠を挟んで左に茅ヶ岳・金ヶ岳、右に曲岳
鋏岩から観音峠を挟んで左に茅ヶ岳・金ヶ岳、右に曲岳。曲岳手前に見えるのは平賀城の牧場施設。 
鋏岩から下を覗き込む
鋏岩から下を覗き込む。車道沿い右手に登山口近くの駐車場が見える。
山道に戻り登高を再開する。あいかわらずの急傾斜で、山道の両側が紅葉とはいえ常に眺めつつ登れたものではない。それにしても山頂まで傾斜が変わらないからてっぺんにはひょっこり出てしまうのではないだろうか、そんなことを考えていたら実際にその通りになった。行程の先が明るくなり、前方右手に見えていた太刀岡山自身の尾根筋が見えなくなると、一週間前にゆっくり休んだ石の祠の前に出た。


予想に反して人はほとんどおらず、先行の単独行者がひとり食事をしているだけだった。登山口の駐車場にある車はほとんどがクライマーのものだったらしい。さて本日この山頂ですることは二つ。まずは先週同様に湯を沸かしてコーヒーを飲み、食事をすること。もう一つは、山座同定である。先週鬼頬山から下ってきたときに左手彼方に浮かぶ稜線を眺めて水ヶ森と奥帯那山を認めたつもりになったのだが、もう一度確認したかったのだった。
山頂から東にわずかに開けた隙間からは隣の中津森とその右奥下の小中津森が指呼できる。その上に浮かぶのは水ヶ森に続く尾根途中に盛り上がる一ツ木山、その彼方にうっすら浮かぶ三角形の山はなんだろう・・・しばらく考えて、大菩薩嶺らしいとわかる。一ツ木山のすぐ後ろに隠れる吊り尾根の美しいのは右が幕岩を擁する大沢ノ頭、左が小楢山だ。一ツ木山から稜線はやや右手前に流れて、顕著な水ヶ森の丸頭を起こし、奥帯那山の三角形に続いていく。今いる太刀岡山とあちらの水ヶ森の稜線との間には黒富士や鬼頬山から南下する尾根が横たわるのだが、高さがないため視野を遮ることはない。水ヶ森や奥帯那山は1500m前後の高さだが、太刀岡山からだとこれらの山の背後に高いのが見あたらないので随分と高く感じる。いつか歩いてみたいと思えるスカイラインだ。
山頂から、中津森とその右奥下に小中津森
山頂から、中津森、その右奥下に小中津森。その上に一ツ木山。
一ツ木山のすぐ後ろに隠れる吊り尾根の美しいのは右が幕岩を擁する大沢ノ頭、左が小楢山。
右隅にうっすらと大菩薩嶺の一部が写り込んでいる。
 
水ヶ森
水ヶ森 
南方に目をやれば先週と同じく逆光に富士山が霞んでいる。その足下に御坂の山々が並んでいるのも同じだが、今回はもう少し丁寧に眺めてみる。富士の大きな山体に重なるように尖塔をもたげているのは節刀ヶ岳、その右手に小さいが顕著な台形の頭を出しているのは王岳だ。右手に山体がいやに大きいのは三方分山と天子山塊。三方分山の大きさには驚かされる。富士の左側、御坂山塊が終わりを告げそうな場所に大きな三角形を広げるのは御坂黒岳、そのさらに左にわだかまるのは三ツ峠山だ。節刀ヶ岳と王岳以外の御坂の山は、持参したガイドブックにあった展望図を参考にした。比較的近い茅ヶ岳と金ヶ岳、甲斐駒ヶ岳や鳳凰三山は明確で間違いようがないが、遠くの山は地図だけではどうにもどれがどれだかわからないのだった。
各方面の眺望はそれぞれ木々の隙間からなので地図を持ってあちらへ行ったりこちらへ来たりした。その合間に湯を沸かしてコーヒーをさらに飲む。登頂者は多くはないものの、下の駐車場から次々と登ってくる。年配の夫婦とその娘らしき親子連れ、大きなザックを背負った単独行の若者、お喋り好きな初老の夫婦など。大パーティーは来ず、賑やかすぎることはなかった。


山頂休憩も一時間半に及び、そろそろ下ることにした。北峰を越えて越道峠に出る道のりは木々の葉がみな落ちて見通しがよくなっていた。峠からは前週だと西の平賀城に下ったが、本日は東の草鹿沢町へ、金桜神社を目指して歩くことにした。幅広の林道に足を踏み入れると左手上方に鬼頬山の洞窟を開けた岩壁が高い。太刀岡山の山腹を回り込むなだらかな道のりは光に輝く紅葉の斜面を見上げられて快適このうえなかったが、それもつかの間のことで、すぐに周囲が植林となってしまう。それでも道幅は広く気分はよい。
越道峠から右手の林道より見上げる鬼頬山
越道峠から右手の林道より見上げる鬼頬山。山腹の洞穴が望める。 
 
太刀岡山を巡る林道を歩く
太刀岡山を巡る林道を歩く
丁字路に突き当たって左を選び、舗装された林道ににぶつかって右手に下る。さらに大きな車道にぶつかると、それはバスが通る韮崎昇仙峡線で、金桜神社へは左へ行く。山腹を縫う車道では右手に大きく山を望める場所があり、正面には先ほどまでいた太刀岡山が傾いた日を浴びている。先週は鎧岩岩壁を見上げて得られなかった達成感が、今日は十分に感じられた。


山上の舗装道だが昇仙峡近くのせいか車の往来はわりとある。何の工事があるのかダンプトラックも通る。羅漢寺山との鞍部を越えると車道は急降下し、金桜神社へと着く。この神社への参拝客のためのものか、さらに先の金峰山を目指した巡礼者のためか、神社付近には大正・昭和初期を思わせる佇まいの旅館めいたのが何軒か見られるが、惜しむらくはどうやらみな廃業しているようだ。せめて今しばらく建物だけでも残っていてくれればと思うのだった。
2009/11/7

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