(原審:大阪高判平成9年11月18日(平成7年(ネ)第1743号)
<事案の概要>
X(原告,控訴人,被上告人)は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲第1項記載の特許発明を「本件発明」又は「本件特許方法」という。)を有している。
発明の名称 | 生理活性物質測定法 |
出願日 | 昭和62年9月8日(特願昭62-225959号) |
出願公告日 | 平成4年3月11日(特公平4-14000号) |
登録日 | 平成5年1月19日 |
登録番号 | 第1725747号 |
Xは,別紙目録(一)記載の抽出液及びそれを有効成分とする別紙目録(二)記載の製剤(注射剤)について,昭和28年9月5日,承認番号(阪薬)第8134号により厚生大臣から薬事法に基づく製造承認を受け,昭和51年9月1日健康保険法に基づく薬価基準の収載を受け,同年11月1日から右抽出液を製造して,一管3ミリリットル中右抽出液3.6ノイロトロピン単位を含有する水性注射液として製剤のうえ,「ノイロトロピン特号3cc」の商標の下に鎮痛・鎮静・抗アレルギー剤として販売している(以下,右抽出液及び製剤をまとめて「X医薬品」という。)。Xは,昭和62年11月20日付で厚生大臣に対し,X医薬品について薬事法14条4項の規定により医薬品製造承認事項一部変更承認を申請し(以下「一部変更申請」という。),平成4年5月11日付で厚生大臣から承認を受けた。なお,Xは,昭和62年10月2日付で別紙目録(一)記載の抽出液を有効成分とする錠剤(ノイトロピン錠)について厚生大臣から薬事法に基づく製造承認を受けた。
Y(被告,被控訴人,上告人)は,別紙目録(一)記載の抽出液(FN原液「フジモト」)及びそれを有効成分とする別紙目録(二)記載の製剤(注射剤)について,昭和62年11月13日付で厚生大臣に対し,先発医薬品であるX医薬品と規格が同等又はそれ以上である後発医薬品として,薬事法14条1項の規定により医薬品製造承認申請をし,平成4年2月21日,厚生大臣から承認を受け,同年7月10日付で右製剤(注射剤。商品名「ローズモルゲン注」)について,健康保険法に基づく薬価基準の収載を受け,同年10月上旬からこれを販売している(以下,右抽出液及び製剤をまとめて「Y医薬品」という。)。
本件は,Xが,X医薬品やY医薬品のようなワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法としては,現在までに本件特許方法が唯一知られているだけであるところ,Y主張のイ号方法は,カリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定法ではなくて単なる定性的測定法にすぎず,しかもカリクレイン・キニン系の反応において,LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いておらず,また,その方法中のエタノール処理によりワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するので,本件特許方法のようなカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないから,Y医薬品がX医薬品と同等又はそれ以上の薬効を有する後発医薬品として厚生大臣から医薬品製造承認を受けた以上,Y医薬品の製造承認申請書中の「規格及び試験方法」の欄にはカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として本件特許方法に該当するX主張のイ号方法が記載されているに相違なく,現実にYが業として実施しているY医薬品の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の試験方法もX主張のイ号方法以外にはあり得ない,
と主張し,このことを前提に,
@YがY医薬品を製造販売すれば必然的に本件発明を実施することになり本件特許権を侵害することになると主張して,別紙目録(一)記載の抽出液の製造,別紙目録(二)記載の製剤の製造,該製剤の販売及びそれらの物の宣伝広告の停止を求めるとともに,
AYがX主張のイ号方法を医薬品製造承認申請書中の「規格及び試験方法」の欄に記載してY医薬品につき厚生大臣の製造承認を受けたことは,本件特許方法に該当するX主張のイ号方法を実施する準備行為であるから除去されねばならず,健康保険法に基づく薬価収載によって取得しているY医薬品の製造販売に関する資格を喪失させる必要があると主張して,本件特許権の侵害の予防のため特許法100条2項に基づき,YがY医薬品について薬事法に基づいて取得している各製造承認及び別紙目録(二)記載の製剤について健康保険法に基づいて収載を受けている薬価基準の各取下げを,
BYがY医薬品の製造承認によって得ている地位(それは本件特許方法に該当する「規格及び試験方法」の定めを含むものである。)を第三者に承継せしめ,又は譲渡すること(薬事法施行規則21条の6参照)により本件特許権侵害が更に拡散することを防止する必要があると主張して,右承継,譲渡の禁止を,
CYの所有するY医薬品の廃棄を
各求めたものである。
第一審(大阪地判平成7年6月9日(平成4年(ワ)第7157号))は,Xの請求を棄却した。
X控訴。
控訴審(大阪高判平成9年11月18日(平成7年(ネ)第1743号)は,Xの請求を一部認容した。
Y上告。
<判決>
破棄自判。
「一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
1 Xは,発明の名称を「生理活性物質測定法」とする特許権(特許番号第1725747号。以下「本件特許権」という。)を有している。
2 本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項の記載は,「動物血漿,血液凝固第]U因子活性化剤,電解質,被検物質,から成る溶液を混合反応させ,次いで該反応におけるカリクレインの生成を停止させるために,生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加え,生成したカリクレインを定量することを特徴とする被検物質のカリクレイン生成阻害能測定法。」である(以下,右記載の発明を「本件発明」という。)。
3 Yは,原判決別紙目録(一)記載の抽出液(以下「Y抽出液」という。)及びこれを有効成分とする同目録(二)記載の製剤(商品名「ローズモルゲン注」。以下「Y製剤」という。Y抽出液及びY製剤を併せて,以下「Y医薬品」という。)につき薬事法に基づく製造承認を受け,Y医薬品を製造販売している。また,Y製剤については健康保険法に基づく薬価基準への収載が行われている。
4 Yは,Y医薬品を製造するに際し,品質規格の検定のために,カリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験として,原判決別紙目録(三)記載の方法(以下「本件方法」という。)を使用している。
二 Xは,本訴において,Yが本件方法を使用してY医薬品を製造した上販売することは本件特許権の侵害に当たると主張して,(1)Y抽出液の製造の差止め,Y製剤の製造販売の差止め及びこれらの宣伝広告の差止め,(2)Y医薬品の廃棄,(3)Y製剤について健康保険法に基づき収載された薬価基準申請の取下げ,(4)Y医薬品について薬事法に基づき取得した製造承認の申請の取下げ及び右製造承認によって得ている地位の第三者への承継,譲渡の禁止を求めている。
原審は,(一)本件方法は,本件発明の技術的範囲に属する,(二)本件発明は,概念的には方法の発明であるが,本件方法がY医薬品の製造工程に組み込まれ他の製造作業と不即不離の関係で用いられていることからすれば,実質的に物を生産する方法の発明と同視することができ,本件特許権は,本件発明を用いて製造された物の販売についても侵害としてその停止を求め得る効力を有すると判断した。その上で,Xの請求(1)のうち,本件方法を用いたY抽出液の製造の差止め,本件方法を用いたY製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め,(2)Y医薬品の廃棄,(3)Y製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限度でXの請求を認容し,その余の請求を棄却した。
三 しかし,原審の判断のうち右(二)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
1 特許権者は,自己の特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の差止めを請求することができるところ(特許法100条1項),特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有するから(同法68条本文),第三者が業として特許発明を実施することは,特許権の侵害に当たる。そして,特許発明の実施とは,方法の発明にあっては,その方法を使用する行為をいうから(同法2条3項2号),特許権者は,業として特許発明の方法を使用する者に対し,その方法を使用する行為の差止めを請求することができる。これに対し,物を生産する方法の発明にあっては,特許発明の実施とは,その方法を使用する行為の外,その方法により生産した物を使用し,譲渡し,貸し渡し,若しくは輸入し,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為をいうから(同項3号),特許権者は,業としてこれらの行為を行う者に対し,これらの行為の差止めを請求することができる。
2 方法の発明と物を生産する方法の発明とは,明文上判然と区別され,与えられる特許権の効力も明確に異なっているのであるから,方法の発明と物を生産する方法の発明とを同視することはできないし,方法の発明に関する特許権に物を生産する方法の発明に関する特許権と同様の効力を認めることもできない。そして,当該発明がいずれの発明に該当するかは,まず,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(同法70条1項参照)。
これを本件について見るに,本件明細書の特許請求の範囲第1項には,カリクレイン生成阻害能の測定法が記載されているのであるから,本件発明が物を生産する方法の発明ではなく,方法の発明であることは明らかである。本件方法がY医薬品の製造工程に組み込まれているとしても,本件発明を物を生産する方法の発明ということはできないし,本件特許権に物を生産する方法の発明と同様の効力を認める根拠も見いだし難い。
3 本件方法は本件発明の技術的範囲に属するのであるから,YがY医薬品の製造工程において本件方法を使用することは,本件特許権を侵害する行為に当たる。したがって,Xは,Yに対し,特許法100条1項により,本件方法の使用の差止めを請求することができる。しかし,本件発明は物を生産する方法の発明ではないから,Yが,Y医薬品の製造工程において,本件方法を使用して品質規格の検定のための確認試験をしているとしても,その製造及びその後の販売を,本件特許権を侵害する行為に当たるということはできない。したがって,Xが,Yに対し,Y医薬品の製造等の差止めを求める前記(1)の請求はすべて認容することができないものである(なお,本件訴訟の経過に徴すれば,右(1)の請求を,本件方法の使用の差止めを求める趣旨を含むものと解することもできない。)。
4 特許法100条2項が,特許権者が差止請求権を行使するに際し請求することができる侵害の予防に必要な行為として,侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許発明にあっては,侵害の行為により生じた物を含む。)の廃棄と侵害の行為に供した設備の除却を例示しているところからすれば,同項にいう「侵害の予防に必要な行為」とは,特許発明の内容,現に行われ又は将来行われるおそれがある侵害行為の態様及び特許権者が行使する差止請求権の具体的内容等に照らし,差止請求権の行使を実効あらしめるものであって,かつ,それが差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要するものと解するのが相当である。
これを本件について見るに,Y医薬品が,侵害の行為に供した設備に当たらないことはもとより,侵害の行為を組成した物に当たるということもできない。また,本件発明が方法の発明であり,侵害の行為が本件方法の使用行為であって,侵害差止請求としては本件方法の使用の差止めを請求することができるにとどまることに照らし,Y医薬品の廃棄及びY製剤についての薬価基準収載申請の取下げは,差止請求権の実現のために必要な範囲を超えることは明らかである。したがって,XのYに対する前記(2)及び(3)の請求も認容することができないものである。
四 そうすると,以上と異なる見解に立って,Xの前記(1)の請求の一部及び同(2)(3)の請求を認容した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は理由があり,原判決中Y敗訴部分は破棄を免れない。そして,前記説示に照らせば,Xの本件請求はすべて理由がないとした第一審判決は,結論において正当であるから,右部分に対するXの控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」