1.判決
一部認容,一部棄却
2.争点
本件の争点は,YがY医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として,本件特許方法に該当するところのX主張のイ号方法を実施しているか否かという点にある。
3.判断
「第三 争点に対する判断
〔緒言〕
本件の基本的争点は,前記第二の二記載のとおり,YがY医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として,本件特許方法に該当するところのX主張のイ号方法を実施しているか否かという点にあるところ,右実施の事実の有無につき,まず,X医薬品の一部変更申請における確認試験の方法及び右方法と本件特許方法との関係を判断,確定した上で,後記二(YはY主張のイ号方法を実施しているか。),三(Y医薬品における本件特許方法の実施の有無)の各項目の順序に従い検討を加えていくこととする。
一 本件特許方法とX医薬品(「ノイロトロピン特号3cc」)の確認試験の方法
1 X医薬品の一部変更申請
Xは,昭和62年11月20日,X医薬品について一部変更申請をするに当たり,本件特許方法によるカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法を適用した試験データを添付し,「規格及び試験方法」欄中の「確認試験」の項目に本件特許方法を記載(すなわち,次項にいう「方法A」を記載)し,平成4年5月11日,厚生大臣からその承認を得た(甲15,17)。
2 X医薬品に係る製造承認事項一部変更承認書(甲17)の「規格及び試験方法」の項の「確認試験(5)」に記載されている確認試験の方法(以下「方法A」という。)の内容及び技術的特徴
(一)「方法A」の試験方法の内容は,別表2左欄記載のとおりである(甲17別紙(4))。
(二)「方法A」の技術的特徴
(1)「方法A」と【B】ら「血漿カリクレイン様物質産生阻害能を評価するin vitro測定法」(基礎と臨床第20巻第17号-昭和61年12月)(甲3添付資料4,甲68別紙3)に記載されている試験方法(以下「【B】らの試験方法」という。)との対比
イ 両方法を対比した内容は,別表2記載のとおりである。
ロ 同表記載の「方法A」と【B】らの試験方法とを対比・検討すると,両者は被検物質を添加した試料溶液を所定時間反応させた後,LBTIを添加し,次いでこの反応液と合成基質溶液とを混和反応させて,反応液の吸光度を測定し,この吸光度と同様にして得た対照液についての吸光度との吸光度差を被検物質のカリクレイン阻害活性能の測定値としている点では同じであり,ただ,前者は得られた吸光度差が標準溶液の吸光度よりも大きい場合を合格品としているのに対し,後者はこの吸光度差から被検物質のカリクレイン生成阻害能を定量している点で異なる。
しかし,両者とも試料溶液の吸光度と対照液の吸光度との吸光度差をもって被検物質のカリクレイン生成阻害能を定量している点では測定方法としては同一のものである。
(2)右のとおり,「方法A」は【B】らの試験方法と同一のものであると認められる(なお,甲3によれば,本件特許方法は前記【B】らの論文に記載された血漿カリクレイン様物質産生阻害能の測定方法を基礎として出願されたものであることが認められる。)ところ,【B】らの試験方法の特徴(すなわち,「方法A」の特徴)は次の点にあると認められる。
イ 被検物質溶液にヒト血漿とカオリンを混和してカリクレイン様活性を惹起しカリクレイン様活性が時間経過とともに直線的に増加する一定時間内にLBTIを添加することによってそれ以後のカリクレイン様物質の産生を停止させる点
ロ この反応液と合成基質溶液とを混和反応させて,反応液の吸光度を測定し,この吸光度と同様にして得た対照液についての吸光度との吸光度差を被検薬剤のカリクレイン阻害活性能の測定値とする点
(3)そして,「方法A」は右の各特徴を併せ持つことによって,次の理由により被検物質のカリクレイン生成阻害能を定量することができるものと認められる(甲22,32,34,37ないし39,45,49,53,54,63,68,弁論の全趣旨)。
イ 酵素活性は,酵素の反応速度,すなわち,酵素が基質に作用する際の単位時間当たりの反応生成物の産生量で示される。したがって,酵素の活性を正確に求めるためには,測定反応時間内において酵素の反応速度が一定(反応生成物量の増加率が一定)であるという条件,すなわち,反応時間の経過に伴って反応生成物の量が直線的に増加する条件の下で測定を行うことが必須要件となる。
ロ 「方法A」について言えば,ヒト血漿,血液凝固第]U因子活性化剤であるカオリン懸濁物,電解質,被検物質からなる溶液を混合反応させた場合,加えられる「血液凝固第]U因子活性化剤」,血漿中の「血液凝固第]U因子」,「プレカリクレイン」の量は共に一定であるから,「カリクレイン」の生成量は,反応の初期においては一定の反応速度で直線的に上昇(増加)する。しかし,反応の進行に伴い,系中の変化を受けるべき物質(プレカリクレイン)の量が消費されて減少してくると,反応は次第に頭打ちになって生成量は曲線を描くことになり,この曲線部分は,この系における「カリクレイン」の反応時間に応じて正比例した生成量を正しく示すことにはならない。
ハ 反応時間と生成量との正比例的相関関係を正しく示しているのは反応時間と生成量との間に直線関係が成立している部分であって,この部分のカリクレイン生成量を対照基準(被検物質を加えない基準値)とし,被検物質がこの生成をいかほど抑制するかを測定することによって「被検物質のカリクレイン生成阻害能」が定量的に測定できる。
ニ そして,この測定点におけるカリクレインの生成量を正確に特定(固定)するためには,測定点における生成済みカリクレインの量及びその活性には影響を与えることなく,カリクレインの生成反応をそれ以後確実に停止しなければならない。ホ この目的のためには,プレカリクレインに作用してカリクレインを産生させる活性化された血液凝固第]U因子の効力を特異的に阻害するが,生成されたカリクレインの量(活性)には影響を与えないLBTIのような特異的阻害剤を測定点において反応系に添加しなければならない。
ヘ このような阻害剤を用いなければ,測定時点においても,カリクレイン生成反応は停止せず,カリクレイン生成反応が連続して進行することとなり,測定時点におけるカリクレインの生成量を特定することができなくなる。
ましてや,定量的測定法に必須の前提条件たる「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間」がいつからいつまでかということを確認することはできない。
ト 被検物質非添加群についても吸光度を測定し,比較対照の基準値とし,これと被検物質添加群の測定値との差をカリクレイン生成阻害能に対応する測定値としているので,正確な測定ができる。
(4)イ ところで,Yは,「方法A」(本件特許方法)では阻害活性の正確な測定はできないとして,乙44(国立循環器病センター研究所理学博士【C】〈以下「【C】」という。〉作成「意見書」)を提出している。右意見書の具体的内容としては,次に摘記するような事項が述べられている。
a プレカリクレインのカリクレインへの変換(活性化)を触媒する代表的な因子としては活性型血液凝固第]U因子(]Ua因子)の外にも,複数の因子が関連している。
b この測定系におけるLBTIの使用目的は,単に]Ua因子のみを阻害することに置かれており,他のカリクレイン量を変動させる複数の要因は排除できない。
c LBTIは]Ua因子の特異的阻害剤としてはあまり優れたものではなく,15mg/ml以上の高濃度では]Ua因子を阻害するが,血奬カリクレイン活性をも有意に阻害するので,その特異性に問題がある
d LBTIのロット毎の阻害効果にバラツキを示す場合があり,LBTIの使用
がむしろ誤差の要因になると考えられる。
LBTIではなく,優れた阻害特異性が1980年に既に報告されていたトウモロコシ・トリプシンインヒビター(CTI)を選択すべきであった。
ロ 右意見書について,ニューヨーク州立大学医学部内科学,【D】教授(以下
「【D】教授」という。)は次のような意見を述べている(甲68)
a 希釈していない血漿の場合は,種々の内因性因子の影響を無視することができないが,【B】らが使用している血漿希釈の範囲では,これらの内因性因子の影響を無視できることがはっきりしている(前記【B】らの論文8891頁左欄2-5行,本件明細書3頁右欄7-10行)。
b 血奬を20分の1以上に希釈すると血漿中の阻害物質の作用は検出できない。
c 仮に他の未知の血漿蛋白質が何らかの影響を有していたとしても,被検物質を添加した群と非添加の対照群の吸光度の差を求めることによってそれらの影響は相殺される(前記【B】らの論文左欄8893頁7-36行)。
d 血漿カリクレイン活性に対するLBTIの直接的阻害作用について
「方法A」(本件特許発明の方法によるカリクレイン産生阻害能の測定方法)において使用されているLBTIの濃度では,F]Uaは阻害されるが,血漿カリクレイン活性には影響を及ぼさないことが確認されている(前記【B】らの論文8891頁5-9行,本件明細書4頁左欄23-29行)。
e LBTIの品質についてのロット間のばらつきとコーン・トリプシン・インヒビターあるいはCTIの優位性について
@通常,各実験のすべての測定には同一ロットのLBTIが用いられる。
したがって,ロット間のばらつきは結果に対して影響を及ぼすことはない。
A前記【B】らの論文では,LBTIは終濃度約4mg/mlでF]Ua活性をほぼ完全に阻害することが示されている(前記【B】らの論文8891頁左欄5-7行)。
被検物質の阻害能を測定するために実際用いられているLBTIの終濃度は,15mg/mlである(前記【B】らの論文8890頁左欄下から4-2行,本件明細書5頁右欄33-38行,5頁左欄7-27行)。
Bこれらのデータは「方法A」で用いられているLBTIの濃度が,十分な安全閾を見込んでF]Ua活性を完全に阻害するために必要な濃度の3倍以上であることを示している。
したがって,仮にLBTIの製造ロットが同一でないとしても問題がない。
CLBTIは市販されており,その品質はメーカーにより規格化されている。
LBTIの代替品としてのCTIの使用も本件特許方法に開示されている。
いずれか一方が使用される限り,LBTIとCTIの選択が「方法A」を用いて得られる結果に影響を及ぼすことはない。
ハ 判断
乙44においては,何らの実験を行うことなく,「方法A」では阻害活性の正確な測定ができないとしている。しかしながら,この結論については,【D】教授が右のとおり逐一反論しており,右反論は合理的な根拠に基づいていると考えられる。また,乙44は「方法A」の正確性(精度)を問題にしているが,仮に「方法A」が精度的に完全なものでないとしても,「方法A」は既にX医薬品の確認試験の方法として承認されているのであるから,むしろ本件において問題とされるべきは,Y主張のイ号方法が「方法A」と同等程度以上の精度を持つものであるか否かということであり,ここで「方法A」自体の精度を論ずることに格別の意義を見出すことはできない。したがって,乙44の前記意見は採用することができない。
3 確認試験の意義とX医薬品における本件特許方法の実施
(一)財団法人日本公定書協会編「医薬品製造指針(1991年版)」(平成3年9月17日株式会社薬業時報社発行)第U部第1章「7 承認申請書の記載要領」の「(8)規格及び試験方法欄」には,規格及び試験方法の意義として,「医薬品が兼ね備えるべき要件として,有効性,安全性及び品質の確保の3つがある。つまり,いかに薬効に優れ,安全性が確認された医薬品であろうとも,実際に製造され,流通するとき一定の品質を保つことができないのであれば,その医薬品は医薬品としての存在意義が失われることはもとより,むしろ有害な事態を惹起することになると考えられる。このように医薬品において品質の確保はきわめて重要なもののひとつであり,規格及び試験方法はそれを規定するものとして重要視される。したがって,承認審査の際,規格及び試験方法は厳重に審査され,また,承認後製造される医薬品の品質は承認された内容と完全に合致することが法的に義務づけられている。したがって,承認内容に違反するものがあれば,それは不良医薬品として法的処分を受けることになる。」(甲11の4の64頁)との記載があり,また,確認試験について,同試験は,当該医薬品が目的物であるか否かを確認するために必要な試験であり,原則としてすべての有効成分について記載することが必要であるとされている(甲11の4の72頁)。
確認試験とは,「医薬品を構成する物質又は医薬品中に含有されている主成分などについて,それぞれの特異な反応を用いて特性に応じて試験し,その医薬品の同定に役だつ試験」(乙16の1)と定義することもできる。
4 X医薬品に係る製造承認事項一部変更承認書(甲17)には「方法A」を含めて5種類(「方法A」以外のものとして,@日局・1アミノ酸クロマトグラフ法による〔アミノ酸〕A日局・12吸光度測定法〔紫外部吸収物質,λmax268〜272nm〕,Bモリブデン酸アンモニウム/1-アミノ-2-ナフトール-4-スルホン酸〔リン〕,CHPLC法(オクタデシルシリルーシリカゲル/0.01Mリン酸二水素カリウム・pH5.5)〔該酸塩基〕)の確認試験が記載されている。そして,乙17(「ノイロトロピン特号3cc」の医薬品インタビューフォーム)に「本剤は,ワクシニアウイルスを接種した家兎炎症皮膚より抽出し,ただちに製剤するものであって,原薬を保存することがないので安定性の試験は実施できないが,ロットごとに製造工程中で原薬確認を行っている。」(3頁)と記載されていることからすると,右にいう原薬確認を行うには,常に必ず「方法A」を含めた前記5種類の確認試験を行わなければならず,これを行う限り必然的に本件特許方法を実施することになる。
二 YはY主張のイ号方法を実施しているか
1 YがY医薬品について実施している確認試験の方法が薬事法上具備すべき要件
(一)後発医薬品の審査(先発医薬品の確認試験の方法との同一性)について
(1)薬事法14条4項(但し,平成6年6月29日法律第50号による改正前のもの)は,医薬品等の製造の承認の審査について,「第二項の規定による審査においては,当該品目に係る申請内容及び前項に規定する資料に基づき,当該品目の品質,有効性及び安全性に関する調査(既に製造又は輸入の承認を与えられている品目との成分,分量,用法,用量,効能,効果等の同一性に関する調査を含む。)を行うものとする。」と規定している。
(2)後発医薬品は先発医薬品との間に医薬品としての「同一性」がなければならないが,後発医薬品と先発医薬品との同一性調査は,申請内容である成分及び分量又は本質,製造方法,用法及び用量,効能又は効果,貯蔵方法及び有効期間,規格及び試験方法の各々が同一性を有するか否かを調査することによって行われる。そして,右のうち「規格及び試験方法」(「確認試験」も含まれる。)については薬事行政上「同等又はそれ以上」であることを「同一性」の審査基準としている。(甲3,56,70)
(3)甲72(「医薬品返送(返戻)事例集」平成2年3月。甲58添付のものと同じ。)に掲載されている事例(特に事例686,689,690など参照)及び弁論の全趣旨によると,後発医薬品については,先発医薬品との「規格及び試験方法」の同一性調査が薬事行政上極めて重要視され,非常に厳格に実施されていることが窺われる。
(二)製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」と実際に実施している試験方法との同一性について
(1)一般に,医薬品の製造業者は,医薬品の製造に当たり,医薬品の製造承認において承認された「規格及び試験方法」を実施することが義務付けられる。しかしながら,当該方法と同等又は同等以上であることが十分に確認される場合には,当該方法と異なる方法を実施することが許される。(乙14,弁論の全趣旨)
(2)さらに,後発医薬品につき製造承認を受けるためには,その製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」が先発医薬品のそれと同一内容のものである必要はなく,先発医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と同等又はそれ以上の精度のものであることが証明できるものであれば(前記二1(一)(2),50頁),異なる試験方法を採用しても差し支えない。
そして,後発医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載した確認試験の方法と,現実に業として実施する場合の確認試験の方法とは,必ずしも同じ方法であることを要しない。ただし,この場合であっても,後発医薬品承認の趣旨からして,当然,同等以上の試験方法であることが要求される。(争いがない。)
乙14(株式会社薬事日報社の発行〈昭和60年10月28日〉に係る厚生省薬務局監視指導課監修「GMP事例集」医薬品の製造管理及び品質管理に開する基準事例集1985年版)(医薬品の製造管理及び品質管理規則等の各条文等に関する具体的な運用事例について,問答形式で解説を加えたものである。)のS3-17の問答(47頁)には,「製造承認書記載の確認試験方法と異なる試験方法を,相関性等を十分に確認した上で原料の確認試験方法として用いてもよいか」との問に対して,「用いてもよい。ただし根拠等を製品標準書等に明記しておくこと。」との答が記載されており,製造承認申請書記載の確認試験方法は異なる試験方法で代用できることが明記されている。
2 Y主張のイ号方法は,薬事法上具備すべき要件を備えているか(Y主張のイ号方法は,「方法A」と同等又はそれ以上のものか。)。
(一)Y主張のイ号方法が薬事法上具備すべき条件
Y主張のイ号方法は,その構成(別紙目録(四))において,「方法A」(ひいては本件特許方法)と異なるところ,前説示(二1(二)(2),52頁)によれば,この場合,Y主張のイ号方法は「方法A」(先発医薬品たる「ノイロトロピン特号3cc」の確認試験の方法)と同等程度以上の測定方法であることが薬事法上要求されることとなる。
(二)「方法A」とY主張のイ号方法との対比
「方法A」とY主張のイ号方法とを対比した内容は別表3記載のとおりであり,これによると,Y主張のイ号方法は次の三点で「方法A」と相違していることが認められる。
・LBTIを使用していない点
・被検物質非添加群を設定していない点
・カリジノゲナーゼ(腺性カリクレイン)の標準吸光度と比較している点
(三)Y主張のイ号方法は被検物質のカリクレイン生成阻害能を正確に定量することができるか。
Xは,右(二)掲記の相違点があることにより,Y主張のイ号方法によってはカリクレイン生成阻害能を正確に定量すること(カリクレイン生成阻害能の有無を検知するだけでなく,どの程度の阻害能があるかを測定すること)ができないとしている。
そこで,Xの主張について,以下検討する(言い換えれば,Y主張のイ号方法が,「方法A」と同等程度以上の測定方法であると言えるか否かを検討する。)。
(1)「LBTIを使用していない」点について
イ Yは,LBTIを添加しなくてもカリクレイン生成阻害能を測定することができるとしているが,その理由として次の点を挙げている。
a 特異的阻害剤を加えないカリクレイン測定法が広く行われ,定着している(乙2,3,4,6)。
b 一般に行われる「カリクレイン測定法」においても,カリクレインを生成させる条件とカリクレイン量の測定条件等を調整し副反応の発生を最小としている。
そして,実際には,実験目的から無視できるものとなり,場合によっては補正により処理されており,特異的阻害剤を使用することなしに,広くカリクレイン測定は実施されている。
c 特異的阻害剤を用いることなく,カリクレイン生成と反応時間との間に実質的に直線的な関係が成立する時間は測定されている。
d 乙21(【E】ら「カリクレイン様物質産生阻害活性測定法の追試実験報告書」(リマ豆トリプシンインヒビターについての検討))によると,一次反応終了後,時間が経過すると室温放置及び0℃放置の両方法とも,LBTIを用いても被検物質が示すカリクレイン様物質産生阻害率を一定に保持することはできなかった,とある。
e 大阪薬科大学教授【F】(以下「【F】教授」という。)は,LBTIなど特異的阻害剤を用いない方法により(コントロール吸光度を測定している。),「ローズモルゲン注」のカリクレイン様物質産生阻害能の確認ができることを実験により確認した(乙19)。
f 【G】教授(以下「【G】教授」という。)は,LBTIなどの特異的阻害剤を用いる方法でも,これを用いない方法でも,「カリクレイン様物質産生阻害活性」の測定ができることを明らかにしている(乙20の1「報告書」)。
g Y主張のイ号方法では,第一次反応から第二次反応への移行を「直ちに」実施することが基本的な要件であり,LBTIの使用を要件としない。
LBTIを添加しても,第一次反応の後,第二次反応を「直ちに」実施しなければ,第二次反応終了後の吸光度が一定にならないことは乙29の実験により確認されている。
h Y主張のイ号方法により,カリクレイン様物質産生阻害活性が確認できることは,乙38(【E】ら「実験報告書(イ号方法」)によっても裏付けられる。
ロ Yの右各主張についての判断
a Yの主張aについて
乙2(【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文 臨床化学第10巻第2号〈昭和56年6月25日発行〉所載),3(【A】らの「カリクレイン活性」と題する論文 臨床科学第19巻第6号〈昭和58年6月15日発行〉所載),4(【H】〈以下「【H】教授」という。〉らの「蛍光基質を用いたヒト血漿中プレカリクレインの測定法とその応用」と題する論文 「血液と脈管〈日本血栓止血学会誌〉」第11巻第2号〈昭和55年6月1日発行〉所載),6(【I】「ヒト血漿プレカリクレイン研究の最近の進歩」)には,それぞれ,カリクレインを測定することについての記載はあるが,右いずれの文献の場合も反応系に「被検物質」は添加されていない。したがって,これらの文献は,いずれも,「被検物質」のカリクレイン様物質産生阻害活性を測定する方法を開示したものとはいえない。
b Yの主張bについて
右主張を認めるに足りる証拠はない。
c Yの主張cについて
第一次反応で生成された「カリクレイン」の量を測定するには,カリクレインの活性は損なわず,プレカリクレインからカリクレインを生成する作用を有するF]Uaの活性を阻害することが必要である。
特異的阻害剤とは右のような阻害作用を有するものをいうのであり,特異的阻害剤は阻害活性の測定には必要であるといえる。
Yは「特異的阻害剤を用いることなく,カリクレイン生成と反応時間との間に実質的に直線的な関係が成立する時間は測定されている。」とするが,これを裏付けるに足りる証拠はなく(乙2の143頁には反応時間とカリクレイン活性との関係を表すグラフ(Fig.1)が示されているが,このグラフは甲3資料4の401頁の(Fig.2)と比べると,直線性に劣る。),採用できない。
なお,甲53(【J】らの「実験報告書」)はLBTI添加と非添加の場合とを比較したものであるが,これによると,非添加の場合には直線的な比例関係が成立しないことが示されている。
d Yの主張dについて
乙21の実験においては第一次反応終了液を室温で放置したとあるが,そのような実験条件を設定すること自体極めて非科学的で(甲32参照),同実験結果の信頼性は乏しい。
e Yの主張eについて
乙19(【F】教授作成の「実験報告書」)は,(イ)被験薬剤非添加群であるコントロールが設定されている,(ロ)カリジノゲナーゼ標準溶液による基準値が設定されていないという点で,Y主張のイ号方法とは異なり,右イ号方法が「方法A」と同等以上か否かを判断するための資料とはなり得ない。
f Yの主張fについて
乙20の1(【G】教授作成「報告書」)は,カリクレインを測定する方法があれば,阻害活性も測定できるという趣旨の意見を述べているにすぎない。
しかるに,「方法A」(本件特許方法)は,カリクレインを測定する方法が存在するということを前提とした上で,カリクレイン活性を測定するための測定点でLBTIの添加により第一次反応を停止させる点に特徴がある。
乙20の1はLBTIの添加については何ら言及していないのである。したがって,乙20の1の記載内容をもってLBTIの添加の必要性がないと結論づけることはできない。
g Yの主張gについて
@Y主張のイ号方法における一次反応から二次反応への移行がいかに速やかに行われたとしても,その後に行われる二次反応の反応時間(20分間-乙35ないし37参照)中も反応系中の活性型血液凝固第]U因子の作用によってプレカリクレインがカリクレインに変化する反応は進行を止めないものと認められる。
そして,この第二次反応過程でのカリクレイン生成を防ぐために添加されるものがLBTIである。
甲53(【J】らの「実験報告書」)記載の実験IはLBTI非添加の場合には添加の場合に比してカリクレイン生成が増加していることを明らかにしている。
Aまた,Yは「LBTIを添加しても,第一次反応から第二次反応への移行を『直ちに』行わなければ第二次反応の吸光度が一定にならない」旨主張する。
しかし,仮にそのとおりであるとしても,Y主張のイ号方法自体はLBTI非添加であり,第一次反応におけるカリクレイン生成量を正確には測定できないものとせざるを得ないから,Yの右主張するところをもってしても,Y主張のイ号方法が「方法A」と同等以上の方法であることの根拠とすることはできない。
h Yの主張hについて
「方法A」(ひいては本件特許方法)は,甲3の資料4のFig.2及び甲53の図1に見られるように,0分から20分までの間に反応時間と吸光度との間に比例関係が成り立つという前提の上に成り立っている。
しかるに,乙38(【E】ら「実験報告書(イ号方法」)の図1は,甲53(【J】らの「実験報告書」)の図1と同様に反応時間と吸光度との関係を表すものであるが,LBTI添加の場合の反応時間曲線が直線関係を示していない。このような結果は,そもそも,乙38の実験を実施した際の測定操作自体の妥当性を疑わせるものである。また,仮に乙38の実験の結果Y主張のイ号方法によっても被検物質につき用量依存的に直線が得られることが確認されたとしても,乙38の図1を参照すると,Y主張のイ号方法とKPI活性測定法とではその測定値に小さからぬ差が出ており(反応時間10分の場合で数値上は20%の差がある。),「方法A」を基準の方法とした場合に,Y主張のイ号方法がその定量性において「方法A」と同等程度以上の定量方法であるとは認め難い。
右のいうKPI活性測定法のKはカリクレイン(Kallikrein),Pはプロダクション(Production),Iはインヒビション(Inhibition)のそれぞれの頭文字である。
ハ 以上のとおりであるから,LBTIを使用しなくても「方法A」と同等以上の精度でカリクレイン様物質産生阻害活性の定量測定が可能であるとすることはできない。
(2)「被検物質非添加群を設定していない」点について
イ Yはこの点について次のような主張をしている。
a〔当審における新主張〕
Yは,Y主張のイ号方法を実施するに際し,その前提として「被検物質非添加群」の吸光度を必ず測定している。
乙8(【E】ら「イ号方法による追試実験報告書」),同15(【E】ら「イ号方法追試実験報告書〔他社製品での検討〕」)にこのことが記載されている。
b Y主張のイ号方法では,被検物質非添加の状態で第二次反応後の吸光度が0.4前後の一定の値になるように,測定ごとに血漿の希釈倍率を決定している。
これはまさしく,「被検物質非添加群」の測定にほかならず,被検物質非添加群の吸光度測定値は約0.4であることが確認されている。
c Xは「被検物質非添加群」の測定は測定値変動を償却する役割があるとし,これを設定しないY主張のイ号方法では測定値変動の償却ができないと説明している。しかし,実際には,Y主張のイ号方法でも「被検物質非添加群」の測定がされているのであって,Xの右指摘は誤りである。
ロ Yの右各主張について以下検討する。
a まず,被検物質非添加群の測定値は,酵素反応が阻害されていない状態での測定値,すなわち,被検物質添加群測定値との比較対照となる基準値である。そして,この被検物質非添加群の測定値と被検物質添加群の測定値の「差」がすなわち「阻害能」であるから,そもそも被検物質非添加群の測定値がなければ,被検物質の阻害能は算定できない(そして,この被検物質非添加群の測定と被検物質添加群の測定は,一回の測定毎に,同時に並行して実施する必要がある。何故ならば,酵素反応を用いる実験では,実験ごとに測定値が変動することが避けられないからである。被検物質非添加群と被検物質添加群の測定値の変動を最少化し,両群の測定値を正確に比較するためには,両群の実験条件を均一としなければならない。そして,両群の実験条件を均一とするためには,一回の実験ごとに,同時に並行して両群の測定を実施する必要がある。このように同時に並行して実施された被検物質非添加群の測定値は,両群の酵素反応が適正に進行しているかどうかの指標ともなるので,反応自体の信頼性を保証する上でも重要である。)。したがって,カリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定のためには「被検物質非添加群」の測定が不可欠である(甲63〔大学教授【K】の意見書」はこれを「実験常識」であるとしている。)と解されるところ,当審におけるYの新たな主張aは,一般論として「被検物質非添加群」の測定なくしては阻害活性の定量が不可能であることをYとしても認める趣旨のものと解するのが相当である。
そこで,この点に関連して,Yが引用する乙8,15の各記載を検討しつつ,Y主張のイ号方法が「被検物質非添加群」を「コントロール群」として実際に使用していると言えるのか否かについて次項以下において考えてみることとする。
b Yは,Y主張のイ号方法が「被検物質非添加群」を「コントロール群」として実際に使用していることの根拠として,乙8及び同15のうちの次の記載部分を引用している。
乙8(【E】ら「イ号方法による追試実験報告書」)
「ヒト正常血漿溶液
試料溶液のかわりに0.25M塩化ナトリウム溶液を用いて,下記の測定方法と同様に操作した場合の吸光度測定値が約0.4を示し,且つ,試料溶液のかわりに0.25M塩化ナトリウム溶液を,カオリン懸濁液のかわりに0.05Mトリス塩酸緩衝液(pH8.0)を用いて下記の測定法と同様に操作した場合の吸光度測定値が0.04以下を示すように,生理食塩水でヒト正常血漿を希釈し,ヒト正常血漿溶液とした。」
乙15(【E】ら「イ号方法追試実験報告書〔他社製品での検討〕」)
「ヒト正常血漿溶液
ヒト凍結乾燥血漿1バイアルに精製水1mlを加えて溶かし,これを,次に示す4.測定方法におけるコントロールの吸光度測定値が約0.4を示し,かつ,ブランクの吸光度測定値が0.04以下を示すように,生理食塩水で希釈し,ヒト正常血漿溶液とした。」
乙8,15の右各記載はヒト血漿の希釈倍率を決定するための実験を示すものと考えられるが,これをもってYは「被検物質非添加群」の測定であるとしているものと解される。
c ところで,乙8,15については,これらを批判するものとして,次の証拠がある。
〔甲63(神戸学院大教授【K】作成「意見書」)〕
・乙8の実験報告書に従えば,同実験の担当者はまずバイアル瓶に入ったCi-Trolを蒸留水で溶かした後生理食塩液を加えて希釈し,「測定方法」に記載された操作を行って,その吸光度を測定し,どれだけの量の生理食塩水で希釈すれば吸光度が「約0.4」になるか,すなわち吸光度に対する希釈倍率の決定を行っているに過ぎない。この希釈倍率決定のための操作を,比較対照基準としての被検物質非添加群の測定であるというのは,全く非科学的である。
・乙8においては,被検物質添加群の測定結果(ATATB)は,カリジノゲナーゼ群の測定結果(AS-ASB)と比較されているのみで,被検物質非添加群とは比較されていない。
・乙15に記載されている実験方法はY主張のイ号方法を実施したものではない。
・ローズモルゲン注を検体としてイ号方法による測定を実施したと報告されている乙34の1ないし4及び同35ないし38を精読しても,被検物質非添加群の測定は実施されていない。
〔甲64(大阪大学蛋白研究所教授【L】作成「回答書」)〕
・血漿希釈率の決定のための実験は,被検物質の測定を行うに先立って行われるので,被検物質の測定と同時に行わなければならない対照群の測定とはなり得ない。
・乙8にはその測定の実施を指示する記載は見当たらないし,それを実施した測定結果が示されていない。したがって,対照群の測定が行われているとは思われない。
・乙15の実験ではカリジノゲナーゼの測定が行われておらず,これと被検物質添加群の測定値との比較が行われていないので,Y主張のイ号方法ではない。
・乙34の1ないし4及び同35ないし38のいずれの実験方法の欄にも対照群の測定の実施を示す記載は認められず,いずれの実験結果にもそれを実施した測定結果が示されていない。したがって,イ号方法において対照群の測定が行われているとは思われない。
〔甲65の1(大阪市立大学助教授【M】作成「意見書」)〕
・「被検物質非添加群」とは,特にある反応に対する被検物質の阻害活性を測定する試験系の場合には必ず実施しなければならないものであり,被検物質の添加群と同じ実験において同時に併せて行われなければならない。
・乙8には,ヒト血漿の希釈倍率を決定するための操作は記載されているが,これは測定試験を行う前の単なる試薬類の調製操作としか認められない。
乙8の「4.測定方法」には被検物質を添加しない対照群の測定は全く記載されておらず,Y主張のイ号方法においては「被検物質非添加群」は実施されていないと判断する。
・乙8の「試験結果」「判定」の項においても,カリジノゲナーゼによる測定結果と比較して判定しているのみで,被検物質非添加群との比較結果が示されていない。
・乙15の実験ではY主張のイ号方法の必須要件であるカリジノゲナーゼによる吸光度測定が行われていないため,方法自体がY主張のイ号方法と異なる。
・Y主張のイ号方法による被検物質測定の実測値(乙34の1ないし4)及びY主張のイ号方法実施に関する報告書(乙35ないし37)の記載内容をみても,被検物質非添加群を実施した旨の記載はない。
d 判断
右甲号各証に記載されている内容はいずれも妥当なものであると考えられる。すなわち,
@乙8,15の「ヒト正常血漿溶液」の項の記載は,測定試験を行う前の試薬類の調製操作として記載されているとするのが相当である(但し,乙15の方法はY主張のイ号方法ではない。)。
A「方法A」においては,「被検物質非添加群」の吸光度から「被検物質添加群」の吸光度を差し引いた吸光度が「阻害活性」に対応する数値となる。
B乙8の「測定方法」の項には,「被検物質非添加群」についての測定を行ったことは示されておらず,その測定数値を「試験結果」の項において阻害活性算出のために使用したことも示されていない。
CYは乙15をY主張のイ号方法による測定結果としているが,これはコントロール(被検物質非添加群)を使用し,その数値処理においてコントロール吸光度(AC)から試料溶液(被検物質添加群)の吸光度(AT)の差をとっているものであるから,これはそもそもY主張のイ号方法を実施したものではない。
DYがイ号方法を実施している事実に関する証拠であるとして提出している乙34(カリクレイン様物質産生阻害活性に関する試験データ),同35ないし37(Y主張のイ号方法実施の現場を見聞したとする「報告書」)のいずれを参照しても,被検物質添加群の測定結果はカリジノゲナーゼ標準溶液を用いた測定結果と比較されているのみであって,被検物質非添加群を用いた場合のカリクレイン生成量の測定結果については記載も比較もされていない。
ハ したがって,Y主張のイ号方法においても「被検物質非添加群」の測定を実際に行っている旨の,Yの主張は採用できない。
(3)「カリジノゲナーゼ(カリクレイン)の標準吸光度と比較している」とする点について
イ Yは,この点について,次のとおり主張している。
a Y主張のイ号方法において,カリジノゲナーゼ標準溶液を比較対照とするのは,安定的かつ正確に,カリクレイン様物質産生阻害能を確認するためである。
b Y主張のイ号方法においてカリジノゲナーゼを用いる目的は次のとおりである。
@ 「誤差の吸収・償却」のために用いるのではない。
Y主張のイ号方法においては,「被検物質非添加群」の吸光度は測定されているので,Xのいう「誤差の吸収・償却」がこれにより確保されている。
Aカリクレイン様物質産生阻害能を算出する際の吸光度の「保証基準(判定基準)」として用いられるものであり,KPI活性測定法で用いられているp-ニトロアニリンに対応するものである(乙39〔【N】らの「報告書」〕の3頁の図参照)。「被検物質非添加群」の吸光度は約0.4と測定されている。したがって,理論的には,被検物質添加試料の吸光度がこれより小さければ,被検物質にはカリクレイン様物質産生阻害能があることになる。
しかし,実際には複雑な要因の関係する反応であり,正確性を確保するため,Y主張のイ号方法においては,ブランクの吸光度を測定しその差を見ることとし,かつ,保証基準(判定基準)としては,安定的なカリジノゲナーゼ標準溶液を使用している。
Bカリジノゲナーゼ(腺性カリクレイン)は,活性量の明らかな国家標準品(国立衛生試験所標準品)として安定した品質のものの入荷が可能である。
Cこれを用いた値をカリクレイン様物質産生阻害能の判定基準とし,被検物質の値がこの値より低い時にカリクレイン産生阻害能が「有る」と判定される。
D被検物質非添加群の吸光度は0.4前後であり,カリジノゲナーゼ標準液の値(0.3前後)との差が保証基準となる。
これにより,阻害能が一定値以上存在することが確認できる。
Eまた,カリジノゲナーゼ(腺性カリクレイン)の使用により,発色性合成基質(S-2302)の品質及び第二次反応の異常を毎回確認できる。
ロ Xは,Yの右主張に対し,次のとおり反論し,甲35(【J】作成「陳述書」)を提出している。
a 主張
カリジノゲナーゼにより触媒される酵素反応は,血漿カリクレイン・キニン系の活性化反応とは全く異質の反応である。したがって,被検物質非添加群に代えてカリジノゲナーゼ標準液を用いて被検物質のカリクレイン生成阻害活性を測定することは理論的に誤っている。
b 甲35
・Yはコントロールに代え,固定的な「カリジノゲナーゼ標準溶液」の吸光度を用いて,それを「理論上の基準値より約0.1厳しく設定している」旨主張している。
この主張は「被検物質非添加群」の吸光度目安値をA’,そのブランクの吸光度目安値をAb’とし,「カリジノゲナーゼ標準溶液」の吸光度をAS,そのブランクの吸光度測定値をASBとすると,次式のように表される。
(A’−Ab’)−(AS−ASB)=約0.1
理論上の基準値 (式3)
・さらに,YはY主張のイ号方法では被検物質添加群の吸光度測定値をAT,そのブランクの吸光度測定値をATBとした場合,次式に示すような関係が成立すれば規格適合であるとしている。
(ASASB)>(AT−ATB)
(式4)
・しかし,コントロールを設定せず,これに代えて用いる当該活性化反応(一次反応)とは全く関係のない前記「理論上の基準値」(A’−Ab’)及び「カリジノゲナーゼ標準溶液」の吸光度(AS)は,被検物質添加群(AT)の変動に連動しないので(このことは甲9の6頁表2の「Δ吸光度」の表でも明らかである。)実験ごとに(式3)の示す吸光度差0.1を保証することにはならない。
・したがって,被検物質添加群の吸光度測定値(AT)と対比すべき,この「カリジノゲナーゼ標準溶液」による基準値自体が比較対照となり得ないことから,(式3)及びそれを前提とした(式4)は成立せず,被検物質添加群の吸光度が規格適合とすべき吸光度差0.1を確保したことにはなり得ない。
・Yは,また,被検物質を添加しない場合の吸光度(A’)が約0.4となるよう血漿の希釈度を決定している旨主張している。
しかし,これは,毎回実験に用いるヒト正常血漿を希釈するための単なる目安となる数値に過ぎず,実験ごとの「被検物質非添加群」の吸光度の数値が0.4であることを意味するものではない(規定あるいは確認したものではない。)。
・このような「一応の目定」による測定では,統計学上,「被検物質非添加群」の吸光度は設定値「0.4」をはさんで上下(左右)対称に正規分布することから,行った実験の約半数が吸光度差0.1以下となるばかりか,Y主張のイ号方法ではコントロールを設定していないので(A’−Ab’)を測定することができず,どの実験が吸光度差0.1を確保できているのか,いないのかすらわからない。
ハ 判断
a Yは,Y主張のイ号方法においては,「被検物質非添加群」の吸光度は測定されているので,Xのいう「誤差の吸収・償却」がこれにより確保されていると主張するが,Y主張のイ号方法においては,被検物質非添加群の吸光度が測定されているとは認められないことについては,前記二2(三)(2)ハ(81頁)において説示したとおりである。
b Yは,理論的には被検物質を加えない場合の吸光度よりも,被検物質を加えた場合の吸光度が小さければ「カリクレイン様物質産生阻害能」があるとし,実際には複雑な要因が関係する反応であり,正確性を確保するために,Y主張のイ号方法においては,ブランクの吸光度を測定してその差を見ることとし,かつ保証基準(判定基準)としては安定的なカリジノゲナーゼ標準液を使用していること及び被検物質非添加群の吸光度は約0.4前後であり,これより約0.1小さいカリジノゲナーゼ標準液の吸光度(0.3前後)との差が保証基準となり,これにより阻害能が一定値以上存在することが確認できると主張している(乙39資料F-18参照)。
これは,すなわち,基本的には次の関係があるときに「カリクレイン様物質産生阻害能」があるということになる。
理論上の基準値(約0.4)−被検物質添加群>0
そして,正確性を確保するために次の場合を合格とすることになる。
理論上の基準値(約0.4)−被検物質添加群>約0.1
ただ,Y主張のイ号方法では,上記のような「理論上の基準値」を測定しているのではなく,実際上は被検物質添加群についての測定値とカリジノゲナーゼ標準液についての測定値とを比較することによって合否判定をしているのであり,それは次のようになる。
カリジノゲナーゼ標準液吸光度(約0.3)>被検物質添加群吸光度(As−AsB) (AT−ATB)
しかしながら,カリジノゲナーゼ(カリクレインは血漿中に存在するのに対して,カリジノゲナーゼは組織〔臓器及び分泌腺〕に存在する。カリジノゲナーゼは血漿カリクレインとは異質の酵素であり,血漿カリクレインによって生成されるブラジキニン(H-Arg-Pro-Pro-Gly-Phe-Ser-Pro-Phe-Arg-OH)とはアミノ酸組成を異にするペプチドであるカリジン(Hlys-Arg-Pro-Pro-Gly-Phe-Ser-Pro-Phe-Arg-OH)を産生させる酵素である。)による反応は,生化学的にみて,ヒト血漿カリクレイン・キニン系の酵素反応とは全く無関係の反応であると認められるので,そのカリジノゲナーゼによる反応から得られた吸光度測定値の試験ごとの変動は,被検物質を添加した場合の測定値の変動と連動するとは考えられず,したがって,この被検物質を添加した場合の測定値の変動を償却することができるとは考えられない(なお,Yは,Y主張のイ号方法においては「被検物質非添加群」の吸光度が測定されているので,「誤差の吸収・償却」はこれにより確保されている旨主張するが,この主張が採用できないことについては前記二2(三)(2)ハ(81頁)で既に述べた。)。
すなわち,Y主張のイ号方法では,血漿からのカリクレイン生成反応という,測定ごとの変動が避けられない測定系を用いながら,その比較対照基準として,血漿を用いないカリジノゲナーゼ標準液を使用しているため,血漿を用いた時のカリクレイン生成反応における試験ごとの測定値の変動を償却できず,したがって,カリジノゲナーゼ標準溶液は「阻害能」を測定する際の基準とはなり得ないものと認められる。
そして,「被検物質添加群」の吸光度についての測定値が誤差変動を含んだものであり,かつ,その誤差変動を償却することができない以上は,この数値と「カリジノゲナーゼ標準液吸光度」の測定値とを比較して,右の関係式を満足するか否かを確認してみてもそれは定量性の点から見て技術的には意味のないものであるといわざるを得ず,したがって,右の関係式を満足するか否かで合否を判定することは,技術的観点から見て,医薬品の検定方法としては妥当なものとすることができない。
c 一方,「方法A」は,「被検物質非添加群」の吸光度と「被検物質添加群」の吸光度とを測定して,その吸光度差がP-ニトロアニリン標準液の示す吸光度(0.10-甲15参照)よりも大きいことをもって合格とするものである。
そして,「方法A」は「被検物質非添加群」の吸光度と「被検物質添加群」の吸光度とを測定して,その吸光度差を阻害能に対応する測定値として得ているため,測定値の変動が償却された正確な阻害能を得ることができるものと認められる。
d 以上のとおりであるから,「カリジノゲナーゼの標準吸光度と比較している」点において,Y主張のイ号方法は「方法A」と同等程度以上の精度でカリクレイン産生阻害活性の定量測定が可能であるとすることはできない。
3 小括
(一)Yは,「Yが本訴で開示したY主張のイ号方法は,Y医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄の「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験に係る記載内容については何ら言及したものではなく,YはY主張のイ号方法と右申請書の記載内容とが実質的に同一であると主張するものではない。なお,Y主張のイ号方法の内容も,本訴の判断に必要かつ十分な限度でこれを開示したものにすぎず,現実にこれを業として実施する際には更に詳細な条件設定が必要であることはいうまでもない。」旨の主張をしている。
(二)しかるに,Y主張のイ号方法は,その開示されたところによって具体的に検討してみても,前記二2(三)(55頁から96頁)でみたとおり,薬事法上遵守されるべき「方法A」と同等程度又はそれ以上の確認試験の方法であることという要件が満たされているとは認め難いと言わざるを得ない。
なお,Y医薬品の製造承認申請書のうち「規格及び試験方法」の欄の「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害括性の確認試験に係る記載内容は,本件全証拠をもってしても,明らかではない。
また,乙52(財団法人日本公定書協会編「医薬品製造指針(1995年版)」123頁)には「規格及び試験方法は,当該医薬品の品質を,規格全体から総合的に保証するように設定する。例えば,医薬品の確認は確認試験の項の試験結果のみによるとは限らず,規格及び試験方法全体の試験結果から医薬品が確認されればよい。」との記載があるが,本件のように,生体の皮膚組織から抽出された抽出液の場合には,医薬品の品質を定める「規格」に適合するか否かを測定する確認試験の方法がとりわけ重要であると考えられるし,Y医薬品の製造承認申請書に記載された「規格及び試験方法」が全体的・総合的判断において「方法A」と同等程度又はそれ以上の確認試験の方法であると評価されたものであるということを認めるに足りる証拠もない。
(三)製造承認事項と医薬品の製造管理及び品質管理規則による製造と出荷・販売
(1)薬事法に基づく「医薬品の製造管理及び品質管理規則」(平成6年1月27目厚生省令第三号)は,次のとおり定めている(甲59)。
(製品標準書)
第四条 製造業者は,医薬品の品目ごとに,製造承認事項,製造手順その他必要な事項について記載した製品標準書を当該医薬品の製造に係る製造所ごとに作成しなければならない。
(製造管理責任者の業務)
第六条 製造業者は,製造管理責任者に,製品標準書,製造管理基準書又は製造衛生管理基準書に基づき,次の各号に掲げる医薬品の製造管理に係る業務を適切に行わせなければならない。
(中略)
二 次に掲げる業務を自ら行い,又は業務の内容に応じてあらかじめ指定した者に行わせること。
イ 製造指図書に基づき医薬品を製造すること
(中略)
(品質管理基準書)
第七条 製造業者は,製造所ごとに,検体の採取方法,試験検査結果の判定方法その他必要な事項を記載した品質管理基準書を作成しなければならない。
(品質管理責任者の業務)
第八条 製造業者は,品質管理責任者に,製品標準書又は品質管理基準書に基づき,次の各号に掲げる医薬品の品質管理に係る業務を計画的かつ適切に行わせなければならない。
一 次に掲げる業務を自ら行い,又は業務の内容に応じてあらかじめ指定した者に行わせること。
イ 原料及び製品についてはロツトごとに,資材については管理単位ごとに試験検査を行うのに必要な検体を採取し,その記録を作成すること。
ロ 採取した検体について,ロツトごと又は管理単位ごとに試験検査を行い,その記録を作成すること。
(後略)
そして,昭和55年厚生省令第31号による「医薬品の製造管理及び品質管理規則」にも右と同旨の規定(3条,4,7条)が置かれていた(甲3添付資料6参照)。
(2)右にみたとおり,製造承認・許可を受けた医薬品を製造販売するには,薬事法の規定に基づいて定められた基準・規則に則り,承認事項の製造方法に従って原料及び製品を製造し,すべての製造ロツトごとに試験検査し,承認事項の「規格及び試験方法」(但し,前説示〔二1(二)(1),52頁〕のとおり,右「規格及び試験方法」と同等又は同等以上であることが十分に確認される場合には,右方法と異なる方法でもよい。)に適合したもののみが出荷・販売されることになる(甲3)。
(3)したがって,品質・規格(規格及び試験方法)等が先発医薬品と同等であると評価・承認された後発医薬品の「ローズモルゲン注」を実際に製造するには,Yは「ローズモルゲン注」の原料である「FN原液『フジモト』」並びにこれを含有する製剤「ローズモルゲン注」につき,各々の製造段階で製造ロツトごとに承認事項の「規格及び試験方法」に従って,各々試験検査して合否を判定し,その結果を記録・保存しなければならない。
(四)ところで,乙35(滋賀県立大学看護短期大学部教授【O】作成「報告書」),同36(大阪薬科大学助教授【P】作成「報告書」),同37(大阪市立大学工学部助教授【Q】作成「報告書」)によると,いずれも,Yの彦根工場において,@試験対象たる「ローズモルゲン注」はカリクレイン様物質産生阻害活性を有すること,A「Yの本測定方法」の分析手順書においてはLBTIは使用されていないこと,B標準品としてカリクレイン(カリジノゲナーゼ)が使用されており,p-ニトロアニリンは使用されていないことをそれぞれ確認したとある(但し,Yが被検物質非添加群の測定に相当すると主張するところのヒト血漿の希釈倍率を決定するための測定が実施されている旨の記載はない。)。
しかしながら,右各報告書にいう「分析手順書」なるものの内容及びそれがYの彦根工場における医薬品の製造工程に関連していかなる位置づけを有するものであるのかが明らかでないし,そもそも,右各報告者に提示された「分析手順書」なるものがYの工場における実際の製造工程においてYの医薬品の検定のために採用されているものであるということを認めさせるに足りる裏付け資料はない。してみると,乙35ないし37をもってしても,いまだ,Y主張のイ号方法が,Yの工場における実際の製造工程において,Y医薬品の確認試験の方法として実施されているということを認めさせるに足りないというべきである。
(五)以上述べたところを総合して合理的に解するならば,自ら医薬品等の製造,販売を業とし,その製造,販売する医薬品については品質,有効性及び安全性を確保すべき義務を負っている製薬企業としてのYが,薬事取締法規上具備すべきこととされている要件を充足しているとは評価し難いY主張のイ号方法をあえて採用し,しかも実際にこれを用いてY医薬品を製造,販売しているというような異例の事態が生じているとは容易に認め難いと言わなければならない。
三 Y医薬品における本件特許方法の実施の有無
1 本件特許方法について
(一)本件特許方法は次の構成を有する(前記第二の一1(三)13頁)。
「動物血漿,血液凝固第]U因子活性化剤,電解質,被検物質から成る溶液を混合反応させ,次いで該反応におけるカリクレインの生成を停止させるために,生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加え,生成したカリクレインを定量する。」
(二)本件特許方法は,次の理由により,被検物質のカリクレイン生成阻害能を定量することができるものと認められる。
(1)酵素活性は,酵素の反応速度,すなわち酵素が基質に作用する際の単位時間当たりの反応生成物の産生量で示される。したがって,酵素の活性を正確に求めるためには,測定反応時間内においては酵素の反応速度が一定(反応生成物量の増加率が一定)であるという条件,すなわち,反応時間の経過に伴って反応生成物の量が直線的に増加する条件の下で測定を行うことが必須要件となる。
(2)本件について言えば,「動物血漿,血液凝固第]U因子活性化剤,電解質,被検物質からなる溶液を混合反応させ」た場合,加えられる「血液凝固第]U因子活性化剤」,血漿中の「血液凝固第]U因子」,「プレカリクレイン」の量は共に一定であるから,「カリクレイン」の生成量は,反応の初期においては一定の反応速度で直線的に上昇(増加)する。
しかし,反応の進行に伴い,系中の変化を受けるべき物質(プレカリクレイン)の量が消費されて減少してくると,反応は次第に頭打ちになって生成量は曲線を描くことになり,この曲線部分は,この系における「カリクレイン」の反応時間に応じて正比例した生成量を正しく示すことにはならない。
(3)反応時間と生成量との正比例的相関関係を正しく示しているのは反応時間と生成量との間に直線関係が成立している部分であって,この部分のカリクレイン生成量を対照基準(被検物質を加えない基準値)とし,被検物質がこの生成をいかほど抑制するかを測定することによって「被検物質のカリクレイン生成阻害能」が定量的に測定できる。
(4)そして,この測定点におけるカリクレインの生成量を正確に特定(固定)するためには,測定点における生成済みカリクレインの量及びその活性には影響を与えることなく,カリクレインの生成反応をそれ以後確実に停止しなければならない。
(5)この目的のためには,プレカリクレインに作用してカリクレインを産生させる活性化された血液凝固第]U因子の効力を特異的に阻害するが,生成されたカリクレインの量(活性)には影響を与えないLBTIのような特異的阻害剤を測定点において反応系に添加しなければならない。
(6)このような阻害剤を用いなければ,測定時点においても,カリクレイン生成反応は停止せず,カリクレイン生成反応が連続して進行することとなり,測定時点におけるカリクレインの生成量は特定することができなくなる。
ましてや,定量的測定法に必須の前提条件たる「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間」が何時から何時までかということを確認することはできない。
(7)しかるところ,本件特許方法は,「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内」に「特異的阻害剤」を添加するという構成を有しているので,右に述べたような定量的測定を行うための要件を備えているということができる。
2 本件特許方法によらなくとも,カリクレイン様物質産生阻害活性を定量的に測定することは可能か。
(一)本件特許方法以外の公知のカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測量方法は存在するか。
Yは,本件特許方法以外にもカリクレイン様物質産生阻害活性を定量的に測定する方法は存在する旨主張する。そこで,以下,Yが指摘するところの公知の方法が本件特許方法と同様のカリクレイン様物質産生阻害活性の定量法であるといえるか否かについて検討する。
(1)乙2(【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文 臨床化学第10巻第2号〈昭和56年6月25日発行〉所載)について
イ そこに記載されている実験内容は,次のとおりである。
a カオリン懸濁液(血液凝固第]U因子活性化剤)に血漿を加えてなるプレカリクレイン活性化反応液を所定時間反応させ,これにZ-phe-arg-MCA(MCA基質)を加えて反応させたのち蛍光強度を測定して,カリクレイン活性を測定する。
b プレカリクレイン活性化反応液にSBTI,EWTI,t-AMCHA又はアプロチニンを添加し,活性の阻害率を求める。
ロ 右のとおり,乙2にはカリクレイン活性を測定したこと及びその反応系にSBTIのような阻害剤を添加したものについてもカリクレイン活性を測定したことが記載されている。
しかし,乙2の反応系には本件特許方法におけるような「被検物質」は添加されておらず,乙2に示されている試験は被検物質の阻害活性能を測定することを目的としたものではない。
ハ すなわち,乙2に記載されている前記イaの試験は血中カリクレイン活性測定のための適当な試験条件を確立することを目的としたものであって,このため,種々の条件下でカオリン懸濁液によって血漿中のプレカリクレインを活性化して得られるカリクレインの活性を測定しているものであるが,そもそも反応系には「被検物質」を添加しておらず,したがって,イの試験は,被検物質の阻害活性能を測定するものではない。
また,乙2に記載されている前記イbの試験は,反応液中にSBTI,EWTI,t-AMCHA又はアプロチニンを添加した場合に,カリクレイン活性がどの程度活性が阻害されるかを測定しているが,これはSBTI,EWTI,t-AMCHA又はアプロチニンそのものの活性阻害率を求めたものであり,これを添加することによって,それ以後のカリクレイン生成を停止させて,その測定点でのカリクレイン生成量を固定し,もってその測定点での被検物質による阻害活性の測定を可能にするというものではない。
二a なお,乙9(【F】教授作成「実験報告書」)は「甲第1号証である阻害剤(活性型血液凝固第12因子に対する阻害剤)を用いた特公平4-14000号特許公報記載の測定法(本件特許方法)と,乙第2号証である昭和56年6月発行の臨床化学第10巻第2号第140-148頁記載の,阻害剤を用いずに第一次反応後直ちに第二次反応を行う測定法とを比較検討」したものであり,検討の結果として,乙2の測定法によっても,被検薬のカリクレイン生成阻害能を確認することができると結論づけている。
b しかしながら,乙2自体は血中カリクレイン活性の測定法についての文献であり,被検物質の阻害活性を測定することを目的としたものではないこと,したがって,乙2によって被検物質のカリクレイン生成阻害能を確認するための方法が本件特許方法以外にも知られていたとすることはできないことは既述したとおりである。
c 乙9は,乙2の方法をそのまま被検物質のカリクレイン生成阻害能に応用しても本件特許方法と同程度の精度で阻害能の確認ができるとするものであるが,その阻害率についての測定データ(6頁表1)を参照すると,測定値に著しい変動が見られ,測定値の信頼性に問題があると考えられるので,このような測定値を前提とした乙9の結論は採用することができない。
(2)乙4(【H】〈以下「【H】教授」という。〉らの「蛍光基質を用いたヒト血漿中プレカリクレインの測定法とその応用」と題する論文「血液と脈管〈日本血栓止血学会誌〉」第11巻第2号〈昭和55年6月1日発行〉所載)について
大豆トリプシンインヒビターとLBTIとを併用し,生成カリクレインを含む第二次反応液に大豆トリプシンインヒビターを存在させてカリクレイン活性を消失させたものと,同じくLBTIを存在せしめてカリクレイン活性を保存させたものとの測定値の差を取ることによってカリクレイン活性を抽出するものであって,反応系に存在する被検物質の阻害活性能の測定のために,試料溶液の第一次反応における測定(時)点以後のカリクレイン生成を停止させる目的でLBTIが用いられるものではない。すなわち,右報告にある測定法は被検物質のカリクレイン生成阻害能を測定するというものではなく,本件特許方法と目的,構成,効果を異にするものである。
(3)乙7(日本生化学会編「生化学実験構座5酵素研究法(上)」(昭和50年8月20日発行)の「プレカリクレイン活性化酵索(ハーゲマン因子)の測定法」の項)について
イ 乙7には次の事項が記載されている。
a プレカリクレインとプレカリクレイン活性化酵素(ハーゲマン因子)とを反応させ,37℃で放置後LBTIを加えて,活性化酵素を失活させたのち,活性化されたカリクレインの活性をヒドロキシルアミン法で測定することにより,プレカリクレイン活性化酵素活性を測定する。
b 精製した,あるいは部分精製したプレカリクレイン活性化酵素を用いて同様の方法によってプレカリクレインを定量する。
ロ しかしながら,乙7記載の方法はLBTIを添加してカリクレイン生成反応を終了させている点では本件特許方法と同じであるが,その測定の目的は,プレカリクレイン活性化酵素の活性の測定又はプレカリクレインの定量であって,その反応系には「被検物質」は用いられていない。
したがって,乙7の試験方法は,反応系に「被検物質」が存在しないことから,「被検物質」のカリクレイン生成阻害能を測定するものではあり得ず,本件特許方法とは目的も構成も異にするものである。
(4)以上によると,Yが指摘するところの公知の方法は,いずれも,本件特許方法と同様のカリクレイン様物質産生阻害活性の定量法であるとはいうことができないものであって,ほかに,本件証拠上,本件特許方法以外に公知のカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定方法が存在することを認めるに足りる証拠はない。
(二)本件特許方法の構成(前記三1(一)105頁)を備えなくとも,カリクレイン様物質産生阻害活性の定量は可能か。
(1)イ Yは,この点に関して,乙44(国立循環器病センター研究所理学博士【C】〈以下「【C】」という。〉作成「意見書」)を提出している。右乙44は,LBTIを用いなくても,被検物質のカリクレイン生成阻害能を測定することは可能である旨の意見を述べ,次の事項を指摘している。
a 第一次反応においても活性型血液凝固第]U因子を阻害せず,第二次反応中で活性型血液凝固第]U因子が吸光度に影響を与えたとしても,同一条件でコントロールや各種の測定値と比較することにより,]Ua因子を阻害した場合と同等程度の阻害能(%)を求めることができる。
b 反応時間などの各種の測定条件を適切に設定すれば,第二次反応系での]Ua因子の影響を最小限に押さえ,]Ua因子阻害剤を用いた場合と実質的に同等の測定値(吸光度)を得ることも可能である。
c カオリンを用いた]U因子の活性化能の測定につき,第一次反応及び第二次反応の全過程において,]Ua因子の阻害剤を使用しない測定系を用いて,カリクレインを測定したことがある(昭和57年6月30日発行の「臨床病理臨時増刊,特集 第50号第102〜113頁」)。
ロ これに対して,【D】教授は次の意見を述べている(甲68)。
a 【C】らの測定法では,ヒト由来の蛋白質ではなく,ウシ由来の精製された蛋
白質が用いられているが,これは重大な欠点である。
b 本件特許方法は,プレカリクレインからカリクレインへの変換に至るヒトのカスケード反応に対する薬物の阻害作用を測定することを目的としている。
c ヒトの精製F]Uは一旦精製されると,冷凍された状態でさえ不安定である。異なるヒトF]U精製品は常にわずかの割合の活性化されたF]Uを含んでおり,この割合は標品ごとに異なっているのでコントロールすることができない。時間とともにその割合はどの標品においても上昇する。
d ウシのF]Uは自己活性化せず,したがってヒトの場合と異なる。
e ヒトの血漿系を用いた場合,検出可能な量の活性型F]Uを含まないF]Uが得られ,ヒト精製蛋白質を用いる方法に比べれば再現性が高い。
f 【C】らの測定法を用いた場合の結果は,「方法A」によって得られる結果と同じではあり得ない。
g 【C】らの測定法ではLBTIが使用されていないので,カリクレインの生成が継続される。
h 反応段階でポリブレンを用いているが,この物質は,F]Uaに対する阻害作用がほとんどなく活性化表面の電荷を中和して表面介在性のF]Uの活性化反応を阻害するものである。
i したがって,ポリブレンを使用してもF]Uaによるカリクレインの更なる生成は停止されない。
加えて,F]Uaによる合成基質の分解が寄与して,最終段階におけるカリクレインのみの定量を不可能とするおそれが常にある。
j したがって,LBTIを添加することは血漿カリクレインの精製に対する被検物質の阻害作用を定量的に測定する上で不可欠であり,【C】らの方法はこれと代替し得るものではない。
ハ 判断
【D】教授の指摘にあるように,【C】らが行った実験はウシ血漿由来の蛋白質(第]U因子,高分子キニノゲン,]Ua因子)についての試験であり,この試験とヒト血漿由来の蛋白質を用いる試験との間に同等性があることを認めるに足りる合理的な根拠はない。
【C】らの測定法は第一次反応後にポリブレンを添加する操作があるが,このポリブレンは甲68によるとF]Uaの阻害剤ではない。
(2)Y提出の乙46(北里大学薬学部教授【H】〈以下「【H】教授」という。〉作成の平成6年7月19日付意見書)は,種々の文献をあげて,本件特許方法以外にも,血漿カリクレインの活性化阻害能につき複数の方法が考えられるとしている。
イ まず,乙46では,活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)を基質である精製したプレカリクレインに加え,カリクレインを3H-TAMEやMCA基質の分解によって測定する方法を引用している。
しかしながら,これについては,【D】教授が次のような意見を述べている。
この方法では,F]Uは既に活性化されており,また反応系に「方法A」で用いられているカオリンのような活性化表面が用いられていない。このため,この測定方法では,単にF]Uaに対する阻害作用を検出するためにしか用いることができず,カリクレイン精製に必要な反応段階のすべてに対する阻害効果を評価することができない。接触系の活性化反応,すなわち,活性化表面存在下での血漿カリクレイン・キニン系カスケードの活性化反応には,]UFや高分子キニノーゲンと活性化表面との相互作用が関与している。すなわち,この活性化反応は,活性化表面上でF]Uが自己活性化することによって開始し,生成したカリクレインが活性化表面に結合したF]Uを開裂するという正のフィードバック機構により促進され,その結果,反応系全体が活性化される。これらの反応は【H】教授の引用する方法には含まれておらず,したがって,これらのいずれの反応段階に対する阻害作用も測定することができず,この方法は「方法A」に代替できない。
ロ 【H】教授は,前項の方法以外にもいくつかの方法を挙げ,「方法A」以外の方法でも血漿カリクレインの活性化阻害活性が測定できるとしている。
しかしながら,これについても,【D】教授は次のような意見を述べている。
a フライバー,ギルモアの報文について
この方法は,接触系全体の活性化反応や,その活性化反応に対する阻害剤の評価には用いることができない。
b 【R】教授らの論文について
この論文では,いろいろな種類の基質がカリクレイン活性を測定するために使用可能であることが記載されているが,プレカリクレインがカリクレインに変換されるに至る一連の諸反応に対する活性化や阻害を取り扱うものではない。
c ラジオイムノアッセイを用いたF]Uとプレカリクレインの定量法
この方法は血漿中のそれぞれの蛋白量を測定するものであるが,反応系中にすべての血漿成分が存在する状態でのカリクレイン生成に対する活性化や阻害を取り扱うものではない。
d フレッチャー血漿(プレカリクレイン欠乏血漿)の凝固を用いる方法
この方法では,プレカリクレインとカリクレインとを区別できないため,プレカリクレインからカリクレインへの変換に至る一連の諸反応の評価に使用することはできない。
e 【C】らの方法
前記三2(二)(1)ハ(123頁)と同じ。
ハ ところで,【H】教授は,甲60(平成8年6月4日付「【D】教授のExpert Opinionについて」)では,次のような意見を述べている。
a 【D】教授の鑑定(甲49)の結論は科学的に正しい。
b 「方法A」は次のような方法であり,従来行われていた,血漿中のプレカリクレインの全量を血漿カリクレインに変換し,変換された血漿カリクレインの量を測定することによって血漿プレカリクレインを定量するといった方法や,公知の数あるカリクレイン活性の測定方法の概念とは基本的に異なるものである。
@血漿カリクレインの生成段階(カリクレイン生成量と反応時間との間に実質的直線関係が成立する段階)において,]UFaの特異的阻害剤であるLBTIを添加し,血漿カリクレインの生成反応を停止させて,その時点でのカリクレイン生成量を特定することによりその定量的測定を可能にする。
Aかかる測定値から被検薬物のカリクレイン産生阻害能を算出し,これを薬物の有する生理活性と結びつけるという新しい概念に基く方法である。
ニ 判断
【H】教授(乙46)は文献をあげるのみで,実際に他の方法で血漿カリクレインの活性化阻害活性が測定できることを,引用の文献に記載の方法を使用して実証しているものではない。その上,前掲甲60,68の内容をも考慮すると,【H】教授の意見(乙46)をもって,本件特許方法に代替し得る,別異の構成のカリクレイン様物質阻害活性の定量的測定方法が存在するということを直ちに認めることはできない。
(3)乙9(【F】教授作成「実験報告書」)において「第一次反応から第二次反応への移行を「直ちに」実施することにより,阻害剤を添加しなくても第二次反応におけるFXUaによる影響はない」としていることについて
イ LBTIの添加により第一次反応で生成したカリクレインが安定的に保持されることについては甲32に示されている。
また,LBTIを添加しなかった場合には第二次反応中においてもカリクレインが増加することは甲53(図1,表1)に示されている。
ロ 一方,乙21,29においては,LBTIを加えた後でもカリクレインの産生が継続することが示されている。しかしながら,乙29ではLBTI添加後の時間経過に伴い,吸光度(AT)の低下が見られたとしていながら,乙21では,LBTI添加後の時間経過に伴って,吸光度(AT)の上昇が起こるとしていて,同一の実験者によってこのように正反対の結果が出るということは理解し難いというべきである。また,甲32は,乙21で採用している放置時間及び温度などの実験条件の設定は,実際の実験操作の上から,およそあり得ない常識の範囲を逸脱したものであり,KPI活性測定法に則した実験ではない,としている。右のとおりであるから,乙21,29の実験結果の信頼性は乏しいというべきである。
(4)以上のとおりであり,本件特許方法の構成によらなくとも,カリクレイン様物質阻害活性を定量し得る方法が他に存在しているということを認めるに足りる証拠はないし,その存在の可能性を窺わせるような証拠もない。
3 X医薬品の一部変更申請とY医薬品の製造承認審査に関する経緯
(一)(1)前記第二の一2(一),(二)並びに甲3(【S】作成「報告書(平成4年8月28日付)」),同4(別件準備書面),同16(【S】作成「報告書(平成6年3月4日付)」),同40の1(【S】作成「報告書(平成6年9月28日付)」)及び乙17(医薬品インタビューフォーム「ノイロトロピン特号3cc」)によれば,次の事実が認められる。
イ Xは,昭和62年10月2日,別紙目録(一)記載の抽出液を有効成分(有効成分の表示―ノイロトロピン単位)とする「ノイロトロピン錠」の製造承認を得た。なお,Xは,その製造承認前の審査の際,中央薬事審議会新医薬品第三調査会から,「1 抽出物であるため有効成分が明らかでないので,生物活性を中心に検討すること,2 従来の鎮痛剤と作用機序が異なるため,それに基づいた検定法を確立し,これを用いて力価規格を決定すること」という二点につき指摘を受け,右指摘の趣旨に沿って研究を重ねた結果,右「ノイロトロピン錠」を開発するに到った。
ロ 一方,Yは,同年11月13日,Y医薬品につき製造承認申請をしたが,その際,有効成分の量の表示方法として,「mg」を使用した。
ハ Xは,同月20日「ノイロトロピン特号3cc」(X医薬品)につき一部変更申請をした。この一部変更申請は,「ノイロトロピン特号3cc」(X医薬品)が,その用いる原薬を,同年10月2日に製造承認を得た「ノイロトロピン錠」と同じくするところから,既に昭和28年に製造承認を得て製造・販売を続けてきた「ノイロトロピン特号3cc」につき,「有効成分の量の表示を従来の「mg」から「ノイロトロピン単位」に変更し,生物学的試験法として,カリクレイン様物質産生阻害活性(力価)試験及びSARTストレスマウスを用いて鎮痛係数を求める生物検定法を設定し,かつ新たに薬効としてスモン後遣症を追加することを目的としてなされたものである(すなわち,右の一部変更申請においては,当初よりその申請書にカリクレイン様物質産生阻害活性(力価)試験が記載されていた。)。
(2)右認定の経過によれば,Y医薬品の当初の製造承認申請書に記載された「規格及び試験方法」は,中央薬事審議会新医薬品第三調査会から示された前記課題を解決するような内容のものでなかったことが合理的に推認し得るとして妨げない。
(二)(1)甲3(【S】作成「報告書(平成4年8月28日付)」)には,後発医薬品であるY医薬品の審査状況に関して,Xの担当者(【S】)が厚生省の担当官から受けた説明の内容として,次の記載(一部)がある。
イ 厚生省薬務局審査課の担当官は,昭和63年8月23日,Xに対して「ノイロトロピン特号3cc」の後発医薬品の審査の参考とするために「ノイロトロピン特号3cc」(旧規格のもの。すなわち,昭和28年承認当時のもの)の承認書の写し等の関係資料の提出を要請した。その際,同担当官は,Xに対して,「旧規格の『ノイロトロピン特号3cc』に基づいて後発医薬品の審査をするのではない,新薬として承認された『ノイロトロピン錠』など最近の承認事項をも参考にする。」という趣旨のことを述べた。
ロ Xは,同年10月,厚生省に対して「ノイロトロピン特号3ccの『規格及び試験方法』については,ノイロトロピン錠の『規格及び試験方法』にカリクレイン生成阻害活性(KPI)の確認試験等の試験項目をも追加して,製造承認の一部変更承認申請をした」旨を伝えた。
ハ 厚生省の担当官は,平成3年11月13日,Xに対し,「KPIの測定法については公表論文(【B】ら「血漿カリクレイン様物質産生阻害能を評価するin
vitro測定法」(基礎と臨床第20巻第17号―昭和61年12月)(甲3添付資料4,甲68別紙3))があることを承知している。『ノイロトロピン錠』の承認審査の際,中央薬事審議会新医薬品第三調査会でKPIについて審議され,その調査報告書にもその旨記載されている。」旨述べた。
ニ 厚生省の担当官は,同月26日,Xに対し,「ノイロトロピン特号3cc」の規格及び試験方法はX医薬品の一部変更承認申請においては実質審査が終了していること,後発医薬品の審査にもその点を含めて検討している旨述べた。
ホ 厚生省の担当官は,同4年2月21日,Xに対し,承認申請に当たっては最新の科学レベルのものを要求する,「ノイロトロピン特号3cc」の一部変更承認申請の規格・試験方法は一応の評価を終えており,これらの内容で承認されることは容易に予測できる,既承認(一部変更承認申請以前の規格)のものと比較して審査するのではなく,審査時点の最新の科学技術レベルのもので判断するのが妥当である,後発品の承認時点では,先発医薬品の評価済みの規格及び試験方法と比較する旨の説明をした。
(2)甲3の右各記載は,後発医薬品の一般的な製造承認審査の在り方に照らしてみても,合理的で,首肯し得るものであると認められる。
(三)右(一),(二)の認定事実のほか,Y医薬品の製造承認申請当時後発医薬品の承認に係る標準的事務処理期間は2年(甲40の2)であったところ,Y医薬品については申請から承認までに約4年3か月を要していること(X医薬品についても一部変更申請から承認までに約4年半を要しているが,これは,新効能としてスモン後遺症状の冷感・痛み・異常知覚を追加したために,新薬の場合と同様の審査が行われたためであると認められる。甲40の1)を考慮すると,Y医薬品の製造承認の審査業務に関与した厚生省の担当官は,Y医薬品がX医薬品と同一製剤であることから,右審査の際,既承認のノイロトロピン錠の承認規格及びX医薬品の一部変更申請の申請書に記載されたカリクレイン様物質産生阻害活性試験すなわち「方法A」と対比しつつ,Yに対して,「方法A」と同等以上の確認試験の方法を設定することを促すため相当綿密な指示,指導(申請書の返送を含む。)を行い,Yも,これを受けて,「方法A」を考慮に入れないまま製造承認を得ることは困難であるという認識の上に立ち,右指示,指導に従って前記【B】らの論文を含め種々の調査を行い,追試を繰り返したものと推認するのが相当である。
四 まとめ
1 前記(二3(五),105頁)認定のとおり,Y主張のイ号方法は,その開示されている事項が一部に過ぎないということを考慮に入れるとしても,抽象的な方法の域を出ないものであると言わざるを得ず,Yが実際に右方法を実施しているとは認め難いというべきである。そして,本件特許方法以外に公知のカリクレイン様物質産生阻害活性の定量的測定方法が存在することを認めるに足りる証拠はなく(前記三2(一)(4),118頁),また,本件特許方法の構成によらなくともカリクレイン様物質産生阻害活性の定量を可能にする方法が存在しているということを認めるに足りる証拠もない(前記三(2)(二)(4),131頁)。そのほか,Y医薬品の製造承認申請の経緯をみてみるとX医薬品の一部変更申請及びY医薬品の製造承認申請については同時進行で審査が行われたこと(前記三3,132頁),及び,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液は多成分を含む,化学構造未詳の天然抽出物であることから,後発医薬品(Y医薬品)が先発医薬品(X医薬品)と品質,規格につきその同等性を担保するためには,先発医薬品と別異の無関係の方法を用いては,医薬品としての組成,力価につき品質の同一性を担保し難いと考えられること,以上の諸事情を総合すると,Y医薬品はいずれもX主張のイ号方法(すなわち,本件特許方法)を用いて製造されていると認めるのが相当であり,かつ,Y医薬品のうち別紙目録(二)記載の製剤についてはX主張のイ号方法(すなわち,本件特許方法)を用いて製造された上その販売がなされているものというべきである。
2 Xの本件各請求について
(一)本件特許方法は,概念的にはいわゆる方法の発明(単純方法)として区分し得るものではあるが,もともと,薬事法上の「確認試験」は医薬品を構成する物質又は医薬品中に含有されている主成分などについてそれぞれの特異な反応を用いて特性に応じて試験し,その医薬品の同定に役立つ試験であって,医薬品としての品質を一定に保つための試験であるという特殊性から,また,本件特許方法はY医薬品の製造工程に必然的に組み込まれ他の製造作業と不即不離の関係で用いられていると考えられることから,本件の場合には,「方法の使用」即「物の生産」という関係が成立しているものとみることができる。してみると,本件特許方法は,その実質に即して,「物を生産する方法の発明」(製造方法)と同じく,本件特許方法を用いて製造された物の販売にまで,侵害停止を求め得る効力を有するものと解するのが相当である(Yが平成4年10月上旬以降Y医薬品を販売していることについては,当事者間に争いがない。)。そして,これに付随して,Xは,本件特許方法を用いて生産された物(Y医薬品)の廃棄を求め得るというべきである。
さらに,Yが,Y医薬品のうち別紙目録(二)記載の製剤について健康保険法に基づき薬価基準の収載申請をしているということは,医薬品の販売行為そのものとは異なる行為であるとはいえ,少なくとも医薬品販売行為の準備行為として位置づけることができ,販売目的を離れては意味をもたない行為であるから,Y医薬品を薬価基準から削除するための措置(薬価基準収載申請の取下げ)を求めることは本件特許権に対する侵害の予防に必要な行為(特許法100条2項)として許されると解するのが相当である。
(二)しかしながら,他方,Xの本訴請求のうち,XがYに対して,YがY医薬品について薬事法に基づいて取得している各製造承認の取下げ及び右製造承認をY以外の第三者に承継,譲渡することの禁止を求める請求は,後発医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載された確認試験の方法と,現実に業として実施する場合の確認試験の方法とは必ずしも同じ方法であることを要しないということ(前記二1(二)(2),52頁),及び,Y医薬品の製造承認申請書のうち「規格及び試験方法」の欄に記載された確認試験の方法の内容が証拠上不明であるということ(前記二3(二),97頁)に照らし,本件特許権による禁止効の範囲外のこととして,いずれも認容できないというべきである。
第五 結論
以上の次第であって,Xの請求は,Y医薬品の製造・販売の差止,宣伝・広告の停止及び別紙目録(二)記載の製剤について薬価基準収載申請の取下げ並びにYの所有するY医薬品の廃棄を求める限度で理由があるのでこれを認容すべきであるが,その余は失当として棄却すべきであるから,これと結論を異にする原判決を右趣旨に従って変更することとし,訴訟費用の負担につき民訴法96条,89条,92条を適用し,仮執行宣言はこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。」