1.判決
請求棄却。
2.争点
本件の争点は,YがY医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として(本件特許方法に該当する)X主張のイ号方法を実施しているか否かという点に尽きるが,この点を判断するためにより具体的に以下の点が争いとなっている。
1 本件特許方法は,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるか。
2 Y主張のイ号方法は,本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないか。すなわち,
(一)Y主張のイ号方法は定性的試験方法か,定量的試験方法か。
(二)LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いないY主張のイ号方法は,生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないか。
(三)Y主張のイ号方法中のエタノール抽出処理により,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するか。
3(一)XがX医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法。
(二)YがY医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品であるY医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は,先発医薬品であるX医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ,厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)
(三)右(二)の方法と,Yが現実に業としてY医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法とは,必ず同じ方法でなければならないか(医薬品の製造業者は,現実に業として医薬品を製造する際,当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許されるか。)
3.判断
「第四 争点に関する判断
一 本件特許方法は,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるか(争点1)。
1 本件発明の出願前に次の(一)ないし(六)の文献が刊行されており,当該文献にはそれぞれ以下のような記載がある。
(一)昭和52年10月30日発行の「薬理と治療」第5巻臨時2号(乙第1号証)所載の【L】らの「序論−Kallikrein−Kinin Systemの最近の知見」と題する論文
・・・
(二)昭和56年6月25日発行の臨床化学第10巻第2号所載の【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文(乙第2号証)の緒言
・・・
(三)昭和58年6月15日発行の臨床科学第19巻第6号所載の【A】らの「カリクレイン活性」と題する論文(乙第3号証)の「測定法」の項
・・・
(四)昭和55年6月1日発行の「血液と脈管〈日本血栓止血学会誌〉」第11巻第2号所載の【N】らの「蛍光基質を用いたヒト血漿中プレカリクレインの測定法とその応用」と題する論文(乙第4号証)の「方法」の項
・・・
(五)昭和49年9月15日発行の日本薬学会「ファルマシア」第10巻第9号所載の【O】の「ヒト血漿プレカリクレイン研究の最近の進歩」と題する論文(乙第6号証)の「活性測定法」の項
・・・
(六)昭和50年8月20日発行の日本生化学会編「生化学実験講座5 酵素研究法(上)」(乙第7号証)の「プレカリクレイン活性化酵素(ハーゲマン因子)の測定法」の項
・・・
2 右各文献の記載に照らすと,本件発明の出願当時本件発明と全く同じ技術思想に基づいて被検物質のカリクレイン生成阻害能を測定する方法が当業者間に知られていたかどうかは別として,ヒト血漿中のカリクレイン活性の測定法として種々の方法が報告されており,しかも,カリクレイン活性に対し特異性のある発色性又は蛍光性合成基質や,反応を抑止するために酸やリマ豆トリプシンインヒビターなどのような阻害剤を使用して,最終的に反応液中に遊離生成するpNA(p-ニトロアニリン)の吸光度を測定すること,あるいは遊離生成するMCA(7-アミノ-4-メチルクマリンアミド)の蛍光を測定することによって,生成したカリクレイン活性を測定する方法も既に知られていたことが認められる。
そして,本件発明の明細書によれば,本件発明における被検物質のカリクレインの生成阻害能の測定は,直接カリクレインの生成阻害能を測定するというものではなく,第一次反応で生成したカリクレインを第二次反応において定量することにより行うものとされるが,その生成カリクレインの定量の方法についてはこれを直接定義するような記載は存在せず,カリクレインの活性(酵素量)を血漿中に存在する高分子キニノーゲン,合成基質等,カリクレインに対する特異的基質を用いて測定する方法が好ましいものとされ(公報7欄30行〜8欄33行),実施例では,発色性合成基質D-Pro-Phe-Arg-pNAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するpNA(p-ニトロアニリン)の405nmにおける吸光度を測定する方法,及び蛍光性合成基質Z-Ph-Arg-MCAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するMCA(7-アミノ-4-メチルクマリンアミド)の蛍光(Ex-380nm,Em460nm)を測定する方法が示されている(なお,pNAの遊離量〔発色量〕から酵素活性を求める方法には,基質分解に伴う吸光度変化を連続的に観察し,一分間の吸光度変化量を求める方法〔初速度法又はレートアッセイ法〕と,吸光度が直線的に増加している範囲内で一定時間反応させた後,50%(V/V)酢酸などを用いて酵素反応を停止してから吸光度を測定し,一分間当たりの変化量を求める方法〔エンドポイント法〕とがあるが〔甲第18号証・昭和57年7月1日株式会社講談社発行の講談社サイエンティフィク「カリクレイン・キニン」237頁,237頁〕,前示のとおり本件発明の第一次反応も酵素反応であって,測定点はカリクレイン活性が飽和してしまう前の,カリクレイン生成と反応時間との間に実質的な直線関係が成立する時間内に設定されるから,生成カリクレインの活性をエンドポイント法で測定するものということができる。)。
一方,XがX医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験法方法」の欄に記載したX医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法は,甲第15号証(Xの研究開発本部薬事企画部部長【P】作成の平成6年3月4日付報告書)及び甲第17号証(X作成の昭和62年11月20日付医薬品製造承認事項一部変更承認申請書による申請のとおり承認する旨の厚生大臣作成の平成4年5月11日付医薬品製造承認事項一部変更承認書)によれば,「本品100mlを正確に量り取り,水20mlを正確に加えた後,この液100mlを正確・・・,水を加えて正確に20mlとし,試料溶液とする。試料溶液0.2mlと0.5M塩化ナトリウム溶液0.2mlをガラス製以外の試験管にとり,氷水中で冷却した後,これにあらかじめ氷水中で冷却した乾燥人血漿希釈液0.1mlを正確に加えて振り混ぜ,直ちにあらかじめ氷水中で冷却したカオリン懸濁液0.5mlを正確に加えて振り混ぜ,氷水中で正確に20分間放置する。この液0.4mlを,あらかじめリマ豆トリプシンインヒビター溶液0.2mlを正確に量り氷水中で冷却した試験管に正確に加えて振り混ぜ,氷水中に保存する。この液0.1mlを,あらかじめ発色性合成基質溶液0.3mlを正確に量り,30±0.5度の水浴中で加湿した遠沈管に正確に加えて振り混ぜ,30±0.5度の水浴中に正確に20分間放置した後,クエン酸溶液(1↓100)0.8mlを正確に加えて振り混ぜる。氷冷した後,遠心分離し,上澄液を試料溶液とする。別に試料溶液の代わりに水を用いて,試料溶液と同様に操作して,対照比色液とする。得られた試料比色液及び対照比色液につき,水を対照として波長405nmにおける吸光度を測定するとき,試料比色液と対照比色液の吸光度差は,p-ニトロアニリン標準溶液の波長405nmにおける吸光度よりも大きい。ただし,試料比色液及び対照比色液はそれぞれ二検体ずつ調製し,その平均値をそれぞれの吸光度とする(カリクレイン様物質産生活性)。」というもの,すなわち,被検物質を加えた条件下で得られた試料比色液と被検物質を加えない条件下で得られた対照比色液の吸光度差をp-ニトロアニリン標準溶液の波長405nmにおける吸光度と対比することにより被検物質のカリクレイン生成阻害能を測定するものであることが認められるが,本件発明の明細書には,そのように試料比色液と対照比色液の吸光度差をp-ニトロアニリン標準溶液の波長405nmにおける吸光度と対比することにより被検物質のカリクレイン阻害能を測定するという技術思想は全く開示されておらず,実施の一例として,第二次反応で遊離生成するp-ニトロアニリンの405nmにおける吸光度を測定するまでが示されているにすぎない。また,本件明細書の第1図(本件発明の測定法によって種々の鎮痛剤のカリクレイン生成阻害活性を測定した結果を示したグラフ)には,カリクレイン生成阻害率(%)と被検薬濃度(mM)との関係が示されているが,右のカリクレイン生成阻害率(%)の算出方法に関する技術的事項は全く開示されていない。
したがって,本件発明の生成カリクレインの定量方法自体は,結局,第二次反応において最終的に遊離生成するp-ニトロアニリンの波長405nmにおける吸光度を光学的に測定することに外ならないのであって,従来のカリクレイン活性測定技術と異ならないといわざるを得ず,前記X医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法においては,更にそのようにして定量した試料比色液と被検物質を加えない条件下で得られた対照比色液の吸光度差をp-ニトロアニリン標準溶液の波長405nmにおける吸光度と対比することにより被検物質のカリクレイン産生阻害能を測定する方法が行われるものの,これは,本件発明によって定量した生成カリクレインの吸光度測定値をどのように評価するかという評価方法の問題であって,本件発明自体には含まれないものといわなければならず,従来のカリクレイン活性測定法であっても,精度の点はさておき,カリクレイン産生阻害能を測定(定量)すること自体は可能であったと認められる(精度の点については,後記二2説示のとおり)。
3 この点について,甲第37号証(九州大学名誉教授【D】作成の平成6年9月30日付陳述書)中には本件特許方法は従来の公知の単なるカリクレイン測定法ではない旨の記載があるが,それは血漿カリクレイン様物質産生阻害能という概念を定立した点の新規性について言及しているにすぎないものと認められるから,前記2の認定判断を動かすものではない。
また,Xは,YがY医薬品につき厚生大臣から製造承認を受けたカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法がいかなるものであるかについては主張せず,医薬品製造承認申請書の提出も拒んでいることについて種々論難するが,医薬品の製造業者にとって営業秘密に属するとみられる医薬品製造承認申請書の記載内容についてまで主張又は証拠提出をすべき義務を課せられる法律上の根拠は見い出し難い(Xも,本訴においてX医薬品につき製造承認を受けたカリクレイン様物質産生阻害活性の測定方法がいかなるものであるかについてその内容を全面的に開示しているわけではないし,その医薬品製造承認申請書の全体を証拠として提出しているものでもない。)。Yが現に業として実施しているY医薬品の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法については,Xに主張立証責任があるのであるから,Xの右論難は当を得たものとはいえない。
4 したがって,本件特許方法はワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液及びこれを有効成分とする製剤の品質規格の検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として現在までに知られている唯一の方法であるとするXの主張は,採用することができない。
二 Y主張のイ号方法は,本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法とはなり得ないか(争点2)。
1 Y主張のイ号方法は定性的試験方法か,定量的試験方法か(争点2(一))。
(一)Y主張のイ号方法は,別紙目録(四)及び乙第8号証(Yの【G】・【H】作成の平成5年3月2日付「イ号方法による追試実験報告書」)によれば,「A 試料溶液に生理食塩液で希釈したヒト正常血漿溶液を加えた後,緩衝液(0.05Mトリス塩酸緩衝液)で調製したカオリン懸濁液を加えて混和し,氷水中に20分間放置する(以上,第一次反応)。直ちに,この反応液を,水浴中で30℃に保温した緩衝液(0.1Mトリス塩酸緩衝液)と合成基質溶液(H-D-Pro-L-Phe-L-Arg-pNA・2HCl)との混液に加えて,20分間反応させた後,1%クエン酸溶液を加えて反応を停止させて遠心分離を行い,その上澄液の波長405nmにおける吸光度を測定して試料吸光度(AT)を求める。B 一方,試料溶液の代わりに0.25M塩化ナトリウム溶液を,カオリン懸濁液の代わりに緩衝液(0.05Mトリス塩酸緩衝液)を用いて,前記の場合と同様に操作して,吸光度を測定して試料ブランク吸光度(ATB)を求める(以上,第二次反応)。C 別にカリジノゲナーゼ(別名,カリクレイン)標準品に緩衝液(0.05Mトリス塩酸緩衝液)を加えて溶かし標準溶液とする。この標準溶液を,水浴中で30℃に保温した緩衝液(0.1Mトリス塩酸緩衝液)と合成基質溶液(H-D-Pro-L-Phe-L-Arg-pNA・2HCl)との混液に加えて,以下前記の第二次反応と同様に操作して,吸光度を測定して標準吸光度(AS)を求める。D 一方,標準溶液の代わりに緩衝液(0.05Mトリス塩酸緩衝液)を用いて,標準溶液の場合と同様に操作して,吸光度を測定して標準ブランク吸光度(ASB)を求める。D 前記各々の吸光度につき,試料吸光度(AT)から試料ブランク吸光度(ATB)を引いた値と,標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(ASB)を引いた値とを比較し,前者の値が後者の値より小さいときは,本品は規格に合格とする。」というもの,すなわち,試料吸光度(AT)から試料ブランク吸光度(ATB)を引いた値(AT-ATB)と,標準吸光度(AS)から標準ブランク吸光度(ASB)を引いた値(AS-ASB)を算出して両者の大小を比較することにより品質規格適合の有無を判定するものであることが認められる。
(二)しかして,本件発明の構成要件(3)にいう「定量」の意義については,前示のとおり本件発明の明細書にはこれを直接定義するような記載は存在せず,カリクレインの活性(酵素量)を高分子キニノーゲン,合成基質等,カリクレインに対する特異的基質を用いて測定する方法が好ましいものとされ,実施例では,発色性合成基質D-Pro-Phe-Arg-pNAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するpNA(p-ニトロアニリン)の405nmにおける吸光度を測定する方法,及び蛍光性合成基質Z-Phe-Arg-MCAを用いてこれとカリクレインとの反応により最終的に遊離生成するMCA(7-アミノ-4-メチルクマリンアミド)の蛍光(EX-380nm,Em460nm)を測定する方法が示されているにとどまるのであり,したがって,本件発明の構成要件(3)にいう「定量」とは,結局,第二次反応において最終的に生成するpNAの吸光度又はMCAの蛍光を測定することを意味し,前記X医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法における,試料比色液と対照比色液の吸光度差をp-ニトロアニリン標準溶液の波長405nmにおける吸光度と対比するという評価の方法は含まないというべきである。
してみれば,Y主張のイ号方法の構成のうち本件発明に対応する部分である構成Aも,試料溶液の波長405nmにおける吸光度を測定するものであるから,Y主張のイ号方法も,本件発明のいう意味では定量法であるということになる(但し,Y主張のイ号方法は,本件発明の構成要件(2)を欠くから,この点で本件発明の技術的範囲に属しないことはいうまでもない。)。
(三)もっとも,このようにして測定した試料溶液の吸光度測定値の評価方法において,Y主張のイ号方法と前記X医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法とは異なるが,最終的に遊離生成するp-ニトロアニリンの吸光度を一定値と対比することによりカリクレイン様物質産生阻害活性を判定している点は共通するから,右X医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法を定量的試験方法と言うのであれば,Y主張のイ号方法もまた定量的試験方法と言って差し支えないものというべきである。
いずれにしても,Y主張のイ号方法をもって定性的試験方法と言うか定量的試験方法と言うかは,用語の問題に過ぎず,要はY主張のイ号方法が本件特許方法と同等又はそれ以上の方法としてそれに代替し得る方法となり得ないかどうかであるから,次の2以下で検討する問題に帰着することになる。
2 LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤を用いないY主張のイ号方法は,生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないか(争点2(二))。
(一)Y主張のイ号方法では,カリクレインの生成を停止させるために,LBTIのような生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤をカリクレイン生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間内に加える,という本件発明の構成要件(2)を欠いていることは明らかである。
Xは,この点について,LBTIのような阻害剤を使用しなければ,@一定反応時間後においてもカリクレイン生成反応が停止せず連続して進行することとなり,測定点におけるカリクレインの生成量を特定することができず,Aまして,定量的測定法に必須の前提条件たる「カリクレインの生成と反応時間の間に実質的に直線的な関係が成立する時間」が何時から何時までかということを確認することができず(乙第2号証の図1において,反応時間5分と10分との2つの測定点が示されておりこの2点が線分〔直線〕で結ばれているが,測定点を増加してより細かい時間間隔で測定しそれらの測定点をプロットしたうえで結べば,直線で結ばれていた部分も決して直線とならないのである。),B生成カリクレインの定量に用いられる合成発色基質は活性型血液凝固第]U因子(F]Ua)によっても分解され,カリクレインと同様に発色するので,反応系中で生起するこのような副次的な反応をトリプシンインヒビターのような阻害剤によって抑制しない限り,右のような直線的な関係が成立する正確な定量的カリクレインの産生検量線を求めることは不可能である旨主張する。
(二)まず,@及びBの主張について検討するに,第二次反応については,Y主張のイ号方法においてもX医薬品の品質規格検定のための確認試験の方法においても,酸(クエン酸)を阻害剤として添加することにより測定時点以降の反応の進行を停止させてカリクレイン活性を測定していることからみても,第一次反応においても,測定時点以降の反応の進行を停止させた方が測定時点での反応生成物の量をより正確に測定できることは明らかである。したがって,第一次反応における測定時点で活性型血液凝固第]U因子F]Uaの作用を停止させないと,第一次反応の測定時点以降第二次反応の測定時点までの間に余分なカリクレインが生成されることになるので,カリクレイン活性の測定値は実際の値よりも大となるし,またF]Uaの発色性合成基質に対する影響によってもカリクレイン活性の測定値は実際の値よりも大となると解されるから,LBTIのような阻害剤を用いた場合に最終的に遊離生成するp-ニトロアニリン(pNA)の吸光度の測定値よりも,これを用いない場合に最終的に遊離生成するp-ニトロアニリン(pNA)の吸光度の測定値の方が大きくなることは明らかであって,LBTIのような阻害剤を用いない場合には,これを用いて場合よりも第一次反応の測定時点におけるカリクレイン生成量の測定の正確度において劣るものと解される。
乙第8号証,第9号証によっても右判断は左右されない。
(三)次に,Aの主張について検討するに,前記乙第2号証(昭和56年6月25日発行の臨床化学第10巻第2号所載の【A】らの「血中カリクレインの簡易測定法」と題する論文)及び乙第3号証(昭和58年6月15日発行の臨床科学第19巻第6号所載の【A】らの「カリクレイン活性」と題する論文)に記載された従来の測定方法は,被検物質の活性を測定するのではなく単に血漿中のカリクレイン量を測定する方法であるが,第一次反応における測定時点でLBTIを用いずに第二次反応を行って活性測定をしていること,乙第2号証に,「カオリン懸濁稀釈活性化法では6.25mg/mlで20分後に最高活性を示し」(142頁右欄)との記載があり,乙第2号証の図1からカリクレイン活性の飽和時間を読み取ることができることが認められる。また,乙第4号証(昭和55年6月1日発行の「血液と脈管〈日本血栓止血学会誌〉」第11巻第2号所載の【N】らの「蛍光基質を用いてヒト血漿中プレカリクレインの測定法とその応用」と題する論文)及び乙第7号証(昭和50年8月20日発行の日本生化学会編「生化学実験講座5 酵素研究法(上)」)によれば,従来の測定技術でも第一次反応の測定時点でLBTIを用いて第一次反応を停止させる場合があると認められるけれども,乙第4号証に,(基質Z-phe-arg-MCAは)「このように血漿カリクレインに対し特異性が高い基質であるが,amidolysisの時に大豆トリプシンインヒビターとリマ豆トリプシンインヒビターを加え,血奬カリクレインに対する特異性をさらに高めた(血漿カリクレインは大豆トリプシンインヒビターにより抑制されるがリマ豆トリプシンインヒビターでは抑制されない)。」(236頁右欄)と記載されているように,LBTIをカリクレインの発色基質特異性を増すため(つまり正確なカリクレイン生成量を測定するため)に用いる旨記載されていることからみて,LBTIを用いないがカリクレインの生成量を定量することは(LBTIを用いた場合より正確度において劣るものの)可能と考えられるから,第一次反応における測定時点の設定も可能というべきである。
Xは,前記乙第2号証の図1において,反応時間5分と10分との2つの測定点が示されておりこの2点が線分(直線)で結ばれているが,測定点を増加してより細かい時間間隔で測定しそれらの測定点をプロットしたうえで結べば,直線で結ばれていた部分も決して直線とならない旨主張するが,右X張事実を認めるに足りる証拠はない。
(四)以上のように,Y主張のイ号方法では,先発医薬品であるX医薬品の品質規格指定のための確認試験の方法のようにLBTIのような阻害剤を用いた場合よりも,第一次反応の測定時点におけるカリクレイン生成量の測定の正確度において劣るものと解されるが,LBTIのような阻害剤を用いた場合に比べ,最終的に遊離生成するp-ニトロアニリン(pNA)の吸光度が大となる,すなわちカリクレイン活性が大となり,被検物質の活性が劣る数値を示すことになるのであるから,Y主張のイ号方法でも,比較対象となる標準吸光度(AS)の値の設定いかんによっては,被検物質につきX医薬品と同等又はそれ以上のカリクレイン様物質産生阻害活性を有するものと判断し得る可能性はあると考えられる。
したがって,LBTIのような阻害剤を用いなくとも実用に耐え得る生成カリクレイン定量の方法が存在する可能性があるから,X主張のようにLBTIのような阻害剤を用いないY主張のイ号方法は生成カリクレインを定量するための測定法とはなり得ないとまで断定することはできない。
3 Y主張のイ号方法中のエタノール抽出処理により,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液のカリクレイン様物質産生阻害活性は失活するか(争点2(三))。
(一)甲第9号証の1(【E】作成の平成5年9月2日付実験報告書)の「W考察・判定」の項には,「今回の実験結果から,試験方法Aにより処理・測定した場合,ノイロトロピン群とコントロール群の吸光度差の大部分が,実際上の対照群とも言える生理食塩液群でも認められた。従って,ノイロトロピンを試験方法Aにより処理・測定した場合は,ノイロトロピン由来の血漿カリクレイン様物質産生抑制作用がほとんど認められず,本抑制作用を評価するための試験法としては,試験方法Aは適当ではないと判断できる。」との記載がある。また,甲第13号証(Xの生物活性科学研究所第一天然有機部部長【K】作成の平成5年12月17日付陳述書)は,ノイトロピン錠の医薬品製造承認申請に際しXが昭和61年9月8日厚生省に提出した「ノイロトロピン錠指示事項回答概要(2)」(甲第14号証の2)に掲載したNSP(ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液)のエタノール分画実験の結果について説明したものであるが,その中には,「測定の結果,NSP中のKPI活性はエタノール易溶性のT-3画分に移行せず,エタノール難溶性画分であるT-2画分に移行し,その間にその活性(量)はNS画分に比べ顕著に低減していました(同23頁)。また,『図3再混合による活性回収率の変動』(同23頁)に示す通りT-1,T-2及びT-3画分を再混合しても元のNS画分のKPI活性に回復しなかった(同23頁)ことから,NSPのKPI活性はエタノール抽出により失活すると結論づけました。『NSPのKPI活性はエタノール分画によって失活する』という私共の実験結果は,カリクレイン-キニン系領域の研究で著名な神戸学院大学薬学部【E】教授の『実験報告書』(甲第9号証)の実験結果によっても裏付けられています。」との記載がある。
(二)Xは,これらの記載を根拠に,Y主張のイ号方法はワクシニアイウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液につきエタノール抽出処理を行うものであるため,右抽出液中のカリクレイン様物質産生阻害活性を示す成分が失活するという欠陥を有しており,Y主張のイ号方法によってY医薬品(ローズモルゲン注)につきカリクレイン様物質産生阻害活性を確認することができたとする実験結果(乙第8号証)は,右のエタノール抽出処理により注射薬であるY医薬品中の塩化ナトリウムが試料溶液中に溶出し,その結果,試料溶液の最終塩濃度がカリクレイン様物質産生反応のための至適塩濃度の範囲を外れることによる影響ではないかと考えられる旨主張する。
しかし,乙第31号証(Yの【G】・【H】作成の平成6年12月5日付実験報告書〔脱塩操作の違いによるカリクレイン様物質産生阻害活性の検討〕)によれば,エタノール抽出により脱塩した試料溶液とマイクロ・アシライザーにより脱塩した試料溶液とにおいて同等のカリクレイン様物質産生阻害活性の存在が確認されたことが認められ,また,右甲第13号証の図A(エタノール分画法)の操作と図B(エタノール抽出操作〔イ号方法〕)の操作とは,エタノール処理に至る過程が異なり,厳密にはエタノール処理自体も異なるものであるから,右主張は採用することができない。
三 XがX医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(争点3(一)),YがY医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品であるY医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は,先発医薬品であるX医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ,厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)(同(二)),右(二)の方法と,Yが現実に業としてY医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法とは,必ず同じ方法でなければならないか(医薬品の製造業者は,現実に業として医薬品を製造する際,当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許されるか。)(同(三))。
1 以下の事実は本件訴訟手続上明らかである。
(一)Xは,平成5年3月6日付調査嘱託の申出書により,Xは,Y医薬品の薬事法に基づく医薬品製造承認書中の「規格及び試験方法」の欄にX主張のイ号方法が記載されていることを確認するために,平成4年6月10日弁護士法23条の2に基づき東京弁護士会を通じて厚生省薬務局審査課長に照会したが,それに対する回答は,「医薬品製造(輸入)承認申請は,申請者が薬事法に基づく承認を受けるためのものであり,薬事法により義務付けられている表示事項以外の内容については回答することはできない。本事項については,当該製造業者に直接照会されたい。」というものであり,一方,Yは本件訴訟においてY医薬品の製造承認において承認を受けた試験方法はY主張のイ号方法であると主張しているので,右承認を受けた方法はY主張のイ号方法であるかX主張のイ号方法であるかにつき,厚生省薬務局に調査の嘱託をするよう申出をした。
(二)当裁判所は,平成5年3月17日,右調査嘱託の申出を採用し,厚生省薬務局に対し民訴法262条に基づき次の事項につき調査の嘱託をしたが,厚生省薬務局審査課長は,同年4月22日付で,右嘱託については,「申請者が承認審査のために提出したものであり,その内容に関する資料は,国家公務員法(昭和22年法律第120号)100条1項の「職務上知ることのできた秘密」に該当すると考えられるので,回答できない。」旨回答した。
(調査嘱託事項)
Y株式会社フジモト・ダイアグノスティックスが,薬事法第14条第1項に基づいて取得した「ローズモルゲン注」並びにその有効成分たる「FN原液『フジモト』」の医薬品製造承認書中,「規格及び試験方法」の項に記載されている測定方法は,
(1)別紙(四)記載の方法(Y主張のイ号方法)ですか,別紙(三)記載の方法(X主張のイ号方法)ですか。
(2)右いずれでもないときは,どのような方法ですか。
(三)Xは,平成5年6月11日付文書提出命令申立書及び同年9月14日付訂正補充書により,次の各文書(記載部分)はYが本件訴訟において民訴法312条1号所定の引用をした文書に該当するとして文書提出命令の申立をしたが,当裁判所は,平成6年1月18日,右各文書(記載部分)は同条同号所定の文書に該当するとは認められないとしてXの右申立を却下した。
販売名「ローズモルゲン注」に係る厚生大臣の平成4年2月21日付「医薬品製造承認書」中,添付の「医薬品製造承認申請書」の「規格及び試験方法」欄表示の「別紙(1)」中,「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験に係る記載部分
販売名「FN原液『フジモト』」に係る厚生大臣の平成4年2月21日付「医薬品製造承認書」中,右同様の記載部分
(四)当裁判所は,平成6年1月12日,Yに対し,以下の三点について釈明を求めた。
「(1)Y主張のイ号方法は,X指摘のY医薬品に係る医薬品製造承認申請書の規格及び試験方法欄表示の別紙(1)中「確認試験」の項に記載されているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験に係る記載のものと実質的に同一であるという主張か。
(2)前項が否定の場合,Yは,右医薬品製造承認申請書記載の方法を開示する意思はあるか。
(3)前二項とも否定の場合,YがY主張のイ号方法を開示したことの意義は何か(本件訴訟においていかなる意味があるのか。何ら意味がないことではないか。)。
これに対し,Yは,平成6年1月18日付第6準備書面で,以下のとおり釈明した。
「(1)実質的に同一であると主張するものではない(詳細は第三の三2【Yの主張】(一)記載のとおり)。
(2)Yは,現時点においては,右医薬品製造承認申請書記載の方法を開示する意思はない(詳細は同(二)記載のとおり)。
(3)Yによるイ号方法の開示は,Yが本件特許方法を実施しているとのX主張に対する積極否認の意義を有するとともに,本件特許方法がカリクレイン様物質産生阻害活性能の唯一の測定法であるとのX主張についての積極否認の意義をも有する。」
(五)当裁判所は,平成6年1月18日,当事者双方に対し,次の見解の可否について意味を求めた。
「【見解】
ローズモルゲン注(Y医薬品)がノイロトロピン特号3cc(X医薬品)と同等性のある医薬品であることを,次記の方法により一応証明することができる。但し,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液は両者とも同一の方法で作成した同一濃度のものとする。
記
本件特許公報236頁以下に記載の実施例1又は実施例2に記載の方法を基本的に適用するが(各場合とも被検薬以外は同一条件に設定),但し,@同方法にある,LBTI溶液(生成したカリクレイン活性には実質的に無影響で活性型血液凝固第]U因子活性のみを特異的に阻害する阻害剤)関係の物質は添加しないこととし,A被検薬水溶液として,X医薬品を0.1ml,0.2ml,0.3ml,0.4ml,0.5ml・・・,・,Y医薬品を0.1ml,0.2ml,0.3ml,0.4ml,0.5ml・・・とする場合に分け,各反応時間を15分,20分,30分・・・とする場合に分け反応させて,各場合のカリクレイン生成量を,各対応の数値毎に対比し,そのいずれの場合もY医薬品がX医薬品と同等と評価できることが判明する場合。」
これに対し,Xは,平成6年3月15日付回答書で,Y主張のイ号方法も,求釈明の「記」に記載されている方法も,先発医薬品たるノイロトロピン特号3ccにつき承認されたカリクレイン様物質産生阻害活性測定法とは全く異質の方法であって,得られた結果が同じであるからといって,これをもって異質の測定法に基づく測定結果を比較することは意味がなく,まして医薬品の同等性を云々することはできない旨釈明した。
一方,Yは,平成6年3月14日付第7準備書面で,右【見解】は正当であるが,右【見解】が妥当するのは,カリクレイン様物質産生阻害活性以外の規格及び試験方法を総合して,同等と評価されていることが前提である旨釈明した。
(六)当裁判所は,平成6年2月25日,当事者双方に対し,次の二点について釈明を求めた。
「(1)ノイロトロピン特号3cc(X医薬品)の製造承認申請に際し,本件「カリクレイン様物質産生阻害活性測定法」を適用してカリクレイン様物質産生阻害活性が測定確認されたこと及びその具体的測定値を示して承認を受けたことを明らかにする証拠が,当審に提出されているかどうか。提出されている場合はその証拠番号。
(2)前回平成6年1月18日付求釈明書の【見解】中の但書「但し,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液は両者とも同一の方法で作成した同一濃度のものとする。」を削除した場合に,同書面「記」についての意見」
これに対し,Xは,平成6年3月15日付第2回の回答書で,(1)の点については,甲第3号証により明確になっているが,今回新たに甲第15号証を提出する(第三の三1【Xの主張】参照),(2)の点については,平成6年1月18日付求釈明書の「記」に記載されている試験方法はY医薬品の「規格及び試験方法」として成立の余地のない方法である旨釈明した。
一方,Yは,平成6年3月14日付第7準備書面で,(1)の点については,
Xは,そのような証拠は提出していない,(2)の点については,平成6年1月18日付求釈明書に示された【見解】は,但書を削除した場合でも,正当である旨釈明した。
(七)当裁判所は,平成6年3月18日,Xの平成6年3月15日付第2回の回答書中の「(1)『後発医薬品たるYの『ローズモルゲン注』は,その先発医薬品たる『ノイロトロピン特号3cc』の『規格及び試験方法』に合致したが故に後発品として承認されたものである。・・・『ローズモルゲン注』が『ノイロトロピン特号3cc』と同一の医薬品であるか否かを確認する唯一の試験方法は,『ノイロトロピン特号3cc』の製造承認申請書の『規格及び試験方法』の欄に記載されている試験法(それはとりもなおさず本件特許方法である)でなければならない。」との記載について,
Xに対し,
「右記載は,Yの『ローズモルゲル注』の製造承認申請書の『規格及び試験方法』が,その先発医薬品たる『ノイロトロピン特号3cc』の製造承認申請書の『規格及び試験方法』の欄に記載されているものと全く同一の規格及び試験方法でなければ,製造承認されないとの趣旨か。それとも,それが最も製造承認を得られ易い方法であるから,Yもそのようにしたに違いないとの趣旨か。前者の場合は,何故製造承認され得ないかその理由を明らかにされたい。」と,
Yに対し,
「Yは,X主張の右記載を事実と認めるか。認めない場合は,その理由。」と
各釈明し,
「(2)『LBTIの如きトリプシンインヒビターが用いられなければ,『カリクレイン生成と反応時間の間に直線的な関係が成立する時間』(特許請求の範囲の記載参照)が何時から何時までかということを確認することができないので,生成カリクレインを定量するための測定法にはならない。他方,生成カリクレインを定量するために用いられるD-Pro-Phe-pNAの如き発色基質は活性型第]U因子によっても分解され,カリクレイン同様発色する。反応系中で生起するこのような副次的反応を,トリプシンインヒビターの如き阻害剤によって抑制しない限り前記の如き『直線的な関係が成立する』精確な定量的カリクレインの産生検量線を求めることは不可能である。」との記載について,
Xに対し,
「生成カリクレインを定量するために用いられるD-Pro-Phe-pNAの如き発色基質は活性型血液凝固第]U因子によっても分解され,カリクレイン同様発色する,ということは,トリプシンインヒビターの如き阻害剤によって抑制しない場合には,一定量の活性型血液凝固第]U因子を一定量のヒト血漿に加えたとき,反応開始時でカリクレインが全く生成していないものも,カリクレインが十分に生成したものも,生成カリクレインを定量するためのD-Pro-Phe-pNAの如き発色基質による測定では同一の測定結果となり,測定結果に差異は出ないということか。」と,
Yに対し,
「Yは,X主張の右記載を事実と認めるか。認めない場合は,その理由。」と
各釈明した。
これに対し,Xは,平成6年4月21日付第三回回答書で,(1)の点については,Y医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」が,先発医薬品たるX医薬品の製造承認書中の「規格及び試験方法」の記載と同一でなければ,Y医薬品は製造承認を受けることができない,との趣旨である,(2)の点については,第三の二2【Xの主張】(二)の末段記載と同旨の釈明をした。
一方,Yは,平成6年4月20日付第8準備書面で,(1)の点については,X主張事実は否認する(詳細は第三の三3【Yの主張】のとおり),(2)の点については,X主張は誤りである(詳細は第三の二2【Yの主張】(三)及び(二)第三段参照)旨釈明した。
(八)当裁判所は,平成6年4月25日,当事者双方に対し,「当裁判所は,職権で,本件につき,厚生省薬務局に対し,次の事項につき調査嘱託をする予定である。」として,右調査嘱託をすることについて意見を求めた。
(調査嘱託事項)
「当該医薬品がワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液のような有効成分が明確でない医薬品の場合,後発医薬品が,先発医薬品と同等のものと認められ,製造承認を受けるための実務上の取扱いに関して,次の見解が対立している。いずれの見解が正しいか。なお,両説とも正しくないときは,貴局の取扱いを御教示下さい。
(甲説) 後発医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」が,先発医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と同一でなければ,後発医薬品は製造承認を受けることができない。なお,ここにいう,「同一の規格及び試験方法」とは,右製造承認申請書又は製造承認書記載の「規格及び試験方法」が同文であることまでは必要としないが,「規格」としても,「試験方法」としても内容が同じでなければならないという意味である。
(乙説) 一般に,医薬品の確認試験方法については,その目的に照らし,先発医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と同等又はそれ以上の精度のものであることが証明できるものであれば,異なる試験方法を採用しても差し支えない。したがって,後発医薬品が製造承認を受けるためには,その製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」が先発医薬品のそれと同一内容である必要はない。」
これに対し,Xは,平成6年5月9日付求意見に対する意見書により,一般論として言えば,乙説は決して誤りではないが,本件では乙説の適用される余地はあり得ず,甲説が正当である旨述べた(詳細は第三の三2【Xの主張】(一)及び(二)記載のとおり)うえ,それ故嘱託書記載の調査嘱託事項は次の(1)及び(2)記載の事項に改められるべきである,とした。
「(1)Y主張のイ号方法は,X医薬品の製造承認申請書中の「規格及び試験方法」に記載されている検定方法と「同等又はそれ以上の精度のもの」に該当するか否か。
(2)後発に係るワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液又はそれを有効成分とする後発医薬品の製造承認申請に当たってカリクレイン様物質の産生阻害活性を検定する方法として申請書の「規格及び試験方法」に記載されている方法としては,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を有効成分とする先発医薬品たる「ノイロトロピン特号3cc」あるいは「ノイロトロピン錠」の製造承認申請に当たって申請書の「規格及び試験方法」に記載されている方法と異なる検定
法を記載することで承認が得られるか。」
一方,Yは,平成6年5月9日付意見書により,Xは前記平成6年5月9日付意見書により乙説の正当性を承認し,この点について当事者間に争いがなくなったので,右調査嘱託についてはその必要性がない旨の意見を述べた。
(九)当裁判所は,職権により,平成6年5月9日付で厚生省薬務局に対し前項記載の事項について民訴法262条に基づき調査の嘱託をし,同年7月15日付書面により回答予定日の照会もしたが,厚生省からは現在に至るまで回答がない。
2 株式会社薬事日報社昭和60年10月28日発行の厚生省薬務局監視指導課監修「GMP事例集」医薬品の製造管理及び品質管理に関する基準事例集1985年版(乙第14号証)は,医薬品の製造管理及び品質管理規則等の各条文等に関する具体的な運用事例について,問答形式で解説を加えたものであるが,そのS3-17の問答(47頁)には,「製造承認書記載の確認試験方法と異なる試験方法を,相関性等を十分に確認した上で原料の確認試験方法として用いてもよいか(例えば,赤外吸収スペクトルで官能基の確認試験が代替できる場合や薄層クロマトグラムのRf値で,成分の確認試験に代替する場合等)。」との問に対し,「用いてもよい。ただし,根拠等を製品標準書等に明記しておくこと。」との答が記載されており,製造承認書記載の確認試験方法は異なる試験方法で代用できることが明記されている。
また,平成5年3月改訂・作成のX医薬品(ノイロトロピン特号3cc)の医薬品インタビューフォーム(乙第17号証)の「原薬の確認試験法」の欄(3頁)には,「*日局・1 アミノ酸クロマトグラフ法による〔アミノ酸〕 *日局・12 吸光度測定法〔紫外部吸収物質,λmax268〜272nm〕 *モリブデン酸アンモニウム/1-アミノ-2-ナフトール-4-スルホン酸〔リン〕 *HPLC法(オクタデシルシリル―シリカゲル/0.01Mリン酸二水素カリウム・pH5.5)〔核酸塩基〕 *カリクレイン様物質産生阻害活性試験」との記載があり,「原薬の純度試験法」の欄(4頁)には,「*日局・23 重金属試験法・第2法 *日局・40 ヒ素試験法・第3法・装置Aを用いる方法 *塩化第二鉄試験〔フェノール〕*トリクロル酢酸溶液(1↓5)〔たん白質〕」との記載があり,「製剤中の原薬確認試験」の欄(6頁)には,「*日局・1 アミノ酸クロマトグラフ法による〔アミノ酸〕 *日局・12 吸光度測定法〔紫外部吸収物質,λmax268〜272nm〕 *モリブデン酸アンモニウム/1-アミノ-2-ナフトール-4-スルホン酸〔リン〕 *HPLC法(オクタデシルシリル―シリカゲル/0.01Mリン酸二水素カリウム・pH5.5)〔核酸塩基〕 *カリクレイン様物質産生阻害活性試験」との記載があり,「製剤中の原薬定量法」の欄(6頁)には,「SARTストレスマウスを用いて鎮痛係数を求める生物検定法による3-3用量検定法」との記載がある。
3 以上によれば,争点3(一)については,XがX医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法は前記一2説示のとおりであると認められるものの,争点3(二)の,YがY医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法(後発医薬品であるY医薬品の製造承認申請書記載の「規格及び試験方法」は,先発医薬品であるX医薬品の製造承認書記載の「規格及び試験方法」と内容的に同じでなければ,厚生大臣から製造承認を受けることができないか。この点に関する厚生省の審査実務はどうなっているか。)については,証拠上不明という外はない。
争点3(三)については,前記2前段認定の事実によれば,YがY医薬品の製造承認申請書の「規格及び試験方法」の欄に記載したカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法と,Yが現実に業としてY医薬品について実施しているカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法とは,必ずしも同じ方法であることを要しない(医薬品の製造業者は,現実に業として医薬品を製造する際,当該医薬品の確認試験の方法を変更することは許される)ものと認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
第五 結語
以上のとおりで,YがY医薬品の品質規格検定のためのカリクレイン様物質産生阻害活性の確認試験の方法として(本件特許方法に該当する)X主張のイ号方法を実施しているとの事実は,本件全証拠によるも認められないから,Xの本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却を免れない。」