花はどこへ行った
シンハラ語と日本語の係り結び4  Sinhala QandA77-4

2008-Mar-03 2015-May-06

 それが教条論的な反駁であるというのは、係助詞には連体形已然形の動詞が呼応しなければならず、厳密に連体形・已然形動詞の呼応がなければ「係り結び」とは認めない、というものだからだった……


 

係り結び…タミル語も?

   タミル語にも係り結びがある、インドネシア語にも同様の現象が見られる。英語にも係り結びと認められる現象がおこる。英語の係り結びには渡邉明が触れている。
 TVジャーナリズムを巻き込んで一頃、日本を席巻した感のあるタミル語の日本語ルーツ説は紆余曲折の結果、タミル語の係り結びにまで話が及んでいる。タミル語の係り結びは、賛同者はいるものの大野晋氏しか唱えないし、インドネシア語の係り結びに至ってはまったくの噂でしかない。

 係り結びの検索を日本語版グーグルで試みる。すると、英文サイトを検索したときとはまったく反対の結果が現れます。日本語版グーグルでは「タミル語 係り結び」での検索に千五百あまりのサイトが表示されるものの、「シンハラ語 係り結び」で探ると、検索結果にはこの「かしゃぐら通信」のサイトが一つと2チャンの噂話が載るだけ。

※2015年5月現在ではシンハラ語の係り結びに触れるサイトが増えて、肯定派と否定派の論と意見が載るようにもなった。

 日本語サイトと英文サイトの違いはあまりに落差が大きい。シンハラ語の係り結びを紹介する英文サイトにはこうある。

 「ここに紹介する(係り結びに関する)論文を読みたい方は次のファイルの種類からお好きなものを選んでダウンロードしてください。本の形式で欲しい方は購入してください」
 ダウンロードできる資料はもちろんフリー。本の体裁で欲しいという特殊なご要望ならばお買い求めください、という訳だ。

 

ハグストロムの「係り結び」

 シンハラ語に係り結びがあるという発見は最近のできごとだ。
 1992年の岸本秀樹によるWh移動の研究(LF Pied Peping; Evidence from Sinhala)でシンハラ語の接辞に特殊な移動の兆候があることが指摘され、2001年に渡辺明が係り結びとの関係でシンハラ語の疑問マーカーに言及した。
 ただ、シンハラ語に係り結びがあることを-kakarimusubiという表記と用語で-最初に指摘したのは、ポール・A・ハグストロムPaul A. Hagstromだった。
 ハグストロムの論文は1999年の「The movement of question particles/1999 疑問接辞の移動」から2006年の「Historical developement ka kakari and sinhala/2006係助詞”か”の歴史的変遷とシンハラ語」に至るまで、シンハラ語と日本語の疑問接辞、「ダ」と「か」を比較して、これら2言語のWh疑問文のWh移動を解析している。

 これらの論文以前にハグストロムは1998年に「Decomposing Questions/1998疑問文解析」を表していて、ここに日本語とシンハラ語のWh移動やWh句全体を移動させるpied pipingの存在が指摘された。1998年4月28日のことだった。

 ハグストロムの「疑問文解析」は、それまでの日本人研究者によるシンハラ語のWh移動に関する研究の焼き直しに過ぎないと指摘されることがある。それは、例えばこんなことを指している。

 ハグストロムは日本語の疑問接辞「か」を「kakari-joshi(係助詞)」であると見据えて、この係助詞が文末動詞の連体形を導くという鎌倉時代以前の古日本語の形態に論を進める。この論が渡辺明の論文からの借用であったり、あるいは岸本秀樹のWh移動に関するシンハラ語研究とバッティングする。

 「係助詞”か”の歴史的変遷とシンハラ語」では、シンハラ語の疑問接辞「ダdha ? 」がシンハラ動詞活用のE形と結びつくという指摘を綿密に行い、彼自身、シンハラ語が日本語とあまりに平行して似通うことに驚嘆している。しかし、シンハラ語の疑問要素question element(疑問マーカー)の働きは岸本秀樹が1992年に「LFパイドパイピング;シンハラ語からの証明」で既に指摘していることで、疑問文において動詞が-e形をとることにも、消極的にではあるのですが言及している。

 【参考】
ハグストロムのシンハラ語「係り結び」論に関しては「疑問文解析Decomposing Questions」を参照。
「LFパイドパイピング・シンハラ語からの証明 LF Pied Peping; Evidence from Sinhala」(岸本秀樹Hideki Kishimoto・鳥取大学1992シンハラ語のWh移動とハーメルンの笛吹きpied piping



  【参考】  「疑問文解析」に先行する論文は「シンハラ語のWh疑問詞に後置される疑問マーカーには文末動詞がE形で対応する」という関係を指摘してはいたが、それをkarimusubiとして捉える指摘には至らなかった。更に言えば、疑問マーカーと呼応する動詞語尾がe形を取ることは、シンハラ語で書かれた通常のシンハラ語教科書なら必ず指摘していることであって、そのこと自体は特別な発見でも何でもない。要点はシンハラ語に現れる「係り」と「結び」の関係をkakarimusubiという呼称で捉え返し、日本語の文範疇で解釈したかだろう。

 日本語とシンハラ語の係り結びを比較検討したハグストロムの「疑問文解析」から10年を経ると、シンハラ語の係り結びに対する批判論文が現れるようになる。
 京都大学言語学研究室の特別研究員ローナ・ヤーニックWrona Janick ickがNon movement and kakarimusubiを表してシンハラ語における係り結びの存在を明白に、声高に否定した。
 ローナ・ヤーニックの反論の矢面となったのはハグストロムではなく、2005年に新たにシンハラ語のWh移動を論じてWh-In-Situ and Movement in Sinhala Questionsを発表した岸本だった。

 ローナ・ヤーニックは3点の事項を指摘して、シンハラ語には日本語に較べられるような係り結び現象は存在しないと断じている。特に、日本語の古文と比較せずにシンハラ語における係り結びを述べることは非常識であるとして、万葉集の事例を引きながら日本語の係り結び法則がシンハラ語にはまったく適用できないとした。

 ローナ・ヤーニックは古日本語の「ぞ・なむ・や・か・こそ」の係り助詞全てを検証して、岸本論文が言うシンハラ語の係り結び現象を否定した。否定の論点は次の3点。
①古日本語の係助詞は句末にではなく句中心部に位置する。
②強調の係助詞「か」「そ/ぞ」は述語動詞を連体形で結ぶがシンハラ語の強調接辞「タマイ」と疑問接辞「ダ?」は動詞語尾-A形に結ばれるのが普通で、動詞語尾-E形に結ばれるのは特殊である。
③シンハラ語の接辞と文述部の(動詞語尾との)一致構造はそれが節内部にあるとき動詞語尾との一致を見ない。

 これらの指摘は主流派「国文法」からすれば当然過ぎるもの。シンハラ語の係り結び批判を真正面から試みたのはこの論文だけだ。シンハラ語そのものが馴染みのない言語で、シンハラ語と国文法とをベースにしてシンハラ語を批判できる研究者も層が薄い。


 シンハラ語の係り結び研究も、それに対する批判も、まだその端緒に手をかけ始めたばかり。
 ローナ・ヤーニックはシンハラ語の係り結びに対する反論の中でシンハラ語の「ダ?」と「タマイතමයි 」の二つの助詞-形態素-particle-を取り上げた。この反論の範囲を超えて、シンハラ語の様々な接辞が「係り結び」に関連する。


シンハラ語の「係助詞」は「ダ?」だけではない
 シンハラ語の助詞-形態素-particle-はシンハラ文法で不変化詞(ニパータ)නිපාත と呼ばる。この不変化詞は日本語の助詞とほぼ同じ働きをする。この中に強調を表す"助詞"がいくつかあります。P・A・ハグストロムや岸本秀樹がシンハラ語の係り結びを指摘したのはそれらの助詞-形態素-particle-接辞の中の一部だ。

 シンハラ語の係り結びをもたらすニパータを"係助詞"と呼べば、シンハラ語の係助詞は「ダ」「タマイ」ばかりではない。
 疑問を表す"係助詞"マーカーには「ダ?」のほか、「ドーදෝ 」がある。強調や仮定を表す「ナムnamනම් 」という"助詞"もある。
 「ナム」は名詞の後に置いてその名詞を強調する。動詞(原形)の後に置けば条件・仮定を表します。「ナム」は動詞の終止形と呼応する。


 シンハラ語の「ナムnamනම් 」は語形も、助詞としての役割も、日本語の「なむ/なんnamu/nan」とあまりに似通う。「なむ」が撥音便化して「なん」になるように、シンハラ語の「ナム」も口語では「ナンනං 」で通用している。余りにあからさまな"係助詞"の対応。


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