月のすきま

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2001/09/01(土) 22:48:00  記号じゃない


 太陽に被爆した。
 声が涸れた。
 紫外線にあたりすぎると声が涸れる。
 そういう契約。
 まあビールが旨けりゃよかとよ。

 「千と千尋の神隠し」、コンビニでセル画のコミック本が2巻まで出ている。
 このあいだ何の気なしに見て驚いた。
 映画館は苦手なので、いこうかいくまいか迷っている。
 ビデオはいつ頃出るんだろう。

 小梅は低血圧で足先が冷たい。
 少しアルコールが入ると心臓がバクバクいっている。
 傷ましいカラダ。
 でも踊るとおもしろい。

 新宿での火災事故をマスコミがはしゃぎ回っている。
 想像力が必要だ。
 死は記号じゃない。
 

 

2001/09/02(日) 23:58:00   夢、幻の如し


 今度、友達の家の垣根を直すことになって、いそいそと足りない道具を揃えにホームセンターなど回る。最近のホームセンターは侮れない。竹割用にも使えるいいナタを見つけてニンマリする。追入れノミの一番いい奴を買い恍惚とする。道具は一緒に成長するようなところがあって、なまくらは、どこかなまくらな構えを誘引してしまう。いつか鍛冶のようなことをやって自分の道具を作ってみたいだの、小屋がけでいいから家を一軒建てて棲んでみたいだの、炭を焼いてみたいだの、最近はそんなことばかり考えている。どういうことなんだろう。昔からそうだったと言えばそうなんだけれども。
 小学校の頃から技術家庭科が苦手で、女の子からバカにされていたのに、今は職人面して食べている。いや見渡せば自分だけじゃなく、世のお父さんたちはみな、ホームセンターに列べられた道具や材料に目を輝かせ、日曜大工したり、庭いじりしたりして喜んでいる。田舎暮らしがはやり、古民家がちやほやされ、地域の自然や共同体が見直される。
 転回しているなぁ。世界経済が否応なく押しやった変革の果てに、半径500mくらいの身の回りの関係性が、多層化して未知になっている。近くは遠くて、遠くは近い。そろそろみんな惑星移住か? それでたどり着いたのがこの星か?
 初源への憧れ。環界との関係性をひとつひとつ確かめながら(まるで宇宙人のように)炭を焼く。
 データによれば古代ギリシアの平均寿命は19歳、ヨーロッパでは16世紀に21歳、19世紀に26歳、飢饉や疫病、戦乱が続いたヨーロッパでは、民衆の多くは栄養失調だったという。日本では江戸時代初期に30歳前後、明治初年頃は42〜44歳だそうだ。平均寿命が50歳を越えたのは第二次世界大戦後のことだと言う。高齢化社会というのは、死後の世界が実現したということか。
 何がいいたいのか分からなくなったが、挙国一致のあの時代が幻影であったように、いまこの時代が「夢、幻の如し」と未来や過去に言われてもおかしくはないのだ。
 夢も現も所詮は「濃度」の問題なのだが。
 

 

2001/09/03(月) 23:01:00  人夫出し


 高木護『人夫考』を読んでいて博多の人夫出しを思い出した。
 博多駅の北のガードを越えて少し歩いたところにそれはあった。朝6時前に顔を出せば、早い者順で仕事がもらえた。当時最低日当8000円保証、運転すれば9000円、クルマを持ち込めば10000円くれた。10年くらい前の話だ。一日二日稼げば一週間は暮らせる。その一週間のあいだに何かをつかめばいい。その何かがなにかはさっぱりわからなかったが。
 最初の仕事は博多湾に浮かぶ小島の小学校の屋根葺きだった。駅からマイクロバスに乗せられ、漁港のようなところから小舟に投げこまれたとき、すわタコ部屋行きかと身構えた。昼には、屋根職人たちの手元をしながら、全開の玄界灘の中にいた。みな海の色に染まっていた。波が煌(きら)めいた。
 人夫出しは労働宿を兼ねていて、常雇いの人夫が寝泊まりしていた。常雇いといっても、働きたい時に働くだけで、経営者の方も、宿賃と飯代をきちんと払っていれば何の文句もなかった。眉に入れ墨を入れている元漁師の老人や、不幸を一身に背負ったように暗い顔をしている若者や、駅周辺でいつも酔っぱらって暴れている痩せた男など、毎回メンバーが違ったし現場も違った。お互い話すこともなく、ただその日その日の監督の指示通りに動いて、5時に上がり、日当を受け取って帰った。
 

 

2001/09/04(火) 18:06:00  秋刀魚


 雨の中、泥だらけで公園の草を刈っていると、単調な仕事に嫌気がさすことがある。
 陰気な木立の下で作業を続け、ときどき芝広場の方を眺める。
 緑の明るさ。
 夏とは違った透明な緑。吸収してゆく秋の緑。
 ぼんやり考えながら草を集めていると、ちりんちりんと自転車を鳴らす者がいる。
 妻だった。
 「心電図どうだった」
 今日は健康診断の日だった。
 「ん? 何も言われなかったよ」
 そうか。
 「今夜は秋刀魚にするね」
 サンマか。 ペロもいれてくれる?
 「あいよ」

 去ってゆく妻を呼び止める。
 「ところでおれってどうよ」
 にっこり笑って妻は言う。
 「カッコイイわよ」

 よしよし。
 

 

2001/09/05(水) 18:53:00  kaisei


 快晴。
 刈り取った芝の上に寝る。
 大の字。
 地球にはりつく。
 そうすっとあとはsoraで、
 soraは広く、kumoなど流れて、
 kigiの葉もそろそろ身支度し、
 あとはなんだっけ、
 あとは…
 ああ、ore か、
 ore はもういない、
 快晴。

 

2001/09/06(木) 22:26:00  行商の思い出


 仕事帰りの自分は汚れ物なので、そのまま風呂に直行する。
 湯船につかりながら、ふと「行商」やっていた頃を思い出した。

 一泊二食付き3500〜4500円の商人宿に泊まりながら、後ろに赤い箱をつけたカブで農山村を走り回る。
 農道やあぜ道をゆきながら、あっちの田んぼにひとり、こっちの畑にふたりと人を見つけては、カバン抱えて走ってゆく。
 相手は突然現れた若造を怪訝そうにしながら、ちょうどいい一服の相手だとタバコを取り出す。
 こちらは親しそうに世間話しながら、頃合いを見計らって四六版の雑誌を取り出す。
 仕事は「現代農業」という農業雑誌の定期購読取りだ。
 反応は色々だったが、大抵は単なる本屋だと分かって安心されることが多かった。
 農村部にも、宗教の勧誘やら、家紋売りやら、家屋敷を勝手に撮った航空写真売りやら、色んな人間が出入りしていた。
 初対面の農家のオヤジに気に入られて、泊まっていけだの、ムコになれだの、跡を継げだの言われたり、逆に石をぶつけられる勢いでたたき出されたり、家によって人によって地域によって様々だった。

 長崎の上五島列島のO島という島にはひとりで入った。佐世保から船で4時間くらいかかったような気がする。学校の先生が生徒達にテープで見送られていたから、3月末くらいの季節だろう。この島は人柄がよく、おもしろいくらい契約が取れた。るんるん気分でバイクを走らせた。一般に長崎はどこでもそうだが、どこからでも海が見える。この島はとくに山と海との起伏が美しかった。
 と、向こうの谷底の田んぼにひとりの農夫が見えた。急な谷を降りるのは危険で手間だが、こういう人気のないところでは邪魔が入らず、わざわざ来てくれたという心理で契約が取れやすい。もういっちょういくか、と藪をかき分け降りていった。「こんにちわ〜!」「ごせいがでますね!」
 農夫は耳が遠いのか振り向きもしない。こちらはあちこち傷を作りながらようやく谷を降り、田んぼのあぜ道を駆け寄ってゆく。「きょうは、よか天気ですねえ〜」「現代農業で〜す」
 農夫はじっと向うをむいている。どうもおかしいと思いながら、近づいてようやく気づいた。相手は上手に作業服を着せられたカカシだった。

 夜、漁港脇の民家に泊まった。きのうまでの宿が何かの都合で客をおけなくなり、急遽この家を紹介されたのだ。息子の勉強部屋のような2階に通された。風呂はドラム缶風呂のようなものだった。窓を開けるとすぐ船が見えた。港いちめんが夕焼けていた。
 

 

2001/09/07(金) 21:58:00   右翼の兄ちゃん


 いつだったか公園の造成工事をしていると、細い口ひげを生やした30半ばくらいのスリムな兄ちゃんが「監督さんですか」と近づいて来た。材料屋かと思い、施工写真撮りながら応ずると、名刺出しながら、近くの右翼です、と言う。「はっきりいってバックはヤクザなんですけどね、実はいま近くで工事している監督さんたちにご協力願っているんですよ」ご協力とは何かと訊くと「向こうの○×建設さんは3万円だったんですがね、ご協力願えませんか」言葉は丁寧だが、目は威嚇している。要求がストレートなのでおかしみがあった。「そういうのは会社の方へ行ってくれよ」「いやいやそんなことしたら手が回っちゃうじゃないですか」両手を腰の前で交差させぶらぶらさせる。「あくまで監督さん個人の裁量でご協力願っているんですよ」「きちんと領収書も発行しますから、ほらね」なるほど住所と結社名を印刷し朱印を押した大仰な領収書を持っている。そういえばうちの社長がどこかの公園でヤクザに因縁をつけられて20万も払ったとぼやいていた。こういう輩は無下に断ると打設したばかりのコンクリをめちゃくちゃにしたり、現場に汚物を撒いたりすると聞く。24時間現場で番をしているわけにはいかないので工程が大幅に遅れてしまうのだ。こちらは工期内に工事を完成させるのが至上命令だから、奴らはそれにつけ込む。お役所はそういう事情には我関せずだ。この兄ちゃんは回りに屈強の土木労働者もいるというのに臆することなく、あけすけにたかってくる。なんて奴だと思った。このパフォーマンスにいくらか出してもいいような気分になった。「いったいいくら持ってるんですか」とこちらの財布をのぞき込む。財布には一万五千円あった。五千円だけ出した。「そっちにもっといい色したお札が入っているじゃないですか」これは道具を買う金だから駄目だと嘘を言って断った。「ちゃんと領収書書いてもらうよ」はい、はい、とペンを走らせ何事もなく去っていった。その領収書を会社に提出し、五千円は戻ったが、あの兄ちゃん、あの才覚をもっと別のところに活かしきれないのだろうか。ちんけな公園工事にたかったって、ろくな稼ぎにもならないだろうに。
 

 

2001/09/10(月) 06:43:00  えんえん


 のろのろ台風。
 「緑を育てていますJT」の巨大な流通倉庫敷地内の肥料穴掘り。
 2丁スコで延々。えんえん。
 夜は、寺崎勉『野宿ライダー、田舎に暮らす』読了。
 面白かった。

 ニュースで日本にも狂牛病発生の疑いと報じていた。
 大変なことになる。
 

 

2001/09/11(火) 06:19:00  野分


 野分(のわき)と昔の人は言ったそうだが、台風15号はすごかった。
 岸壁で波の動きを「面白れえな」と見ていたら突風で海にとばされそうになった。
 クルマの中で昼飯食べていたら風で横転しそうになった。
 近くの県立公園の目通り1m以上、樹高20m以上のユリノキが7本根こそぎ倒れていた。
 こんな景ははじめて見た。
 午後、風が弱まるとそんな倒木処理に追われ、結局7時まで残業になった。
 

 

2001/09/12(水) 07:10:00  テロ


 昨日の台風被害のニュースでも見ようと新聞取り出してみて驚いた。
 アメリカの同時多発テロ。
 テレビをつけると身の凍るような映像だ。
 あの中でいくつの命が消えどれくらいの苦痛が続いているのか。
 朝から気持ちが真っ暗だ。
 あほのブッシュはヒロイックに指揮を執るんだろう。
 だが、テロリズムは、実行犯や組織を追い込んで壊滅させて終わりではない。
 自爆テロに走るまでに追いつめた世界の構造がある。
 その構造がクリアに見えていなかった。
 日常の中にこそその構造は隠されているのだが。
 それにしても、どんな想像力も及ばないような出来事が次々と現実のものとなっている。
 台風一過、秋晴れの朝。
 緊張している。
 

 

2001/09/12(水) 23:00:00  日のすきま


 暑かった。
 夏がぶり返したようだった。
 各公園の倒木処理。

 日々の現実をこなしながら、現実の総体から目をそらさないこと。
 目の前の景がどんな現実なのか、現実の各層をよく腑分けし、混乱させないこと。
 悲鳴をあげたってなんにもならない。
 声を出す間があったらもっと目を開いて見ることだ。

 指導者はみな「民主主義の危機だ」「自由への挑戦だ」と叫んでいる。
 おいおい。いまあるこのシステムに、そんな言葉は乖離しているんじゃないの。
 わしゃ、はずかしくてよういわん。
 こんな言葉で世界中が覆っているから、オレの中にテロリストは潜伏しているのだ。
 
 いま、ほんとうのこと、現実と乖離しない言葉を語ることは難しい。
 だから日にすきまを作ってなんとか息をするのだ。
 

 

2001/09/13(木) 00:14:00  よくあること


 きょうはサイゼリアの裏に倒れた大イチョウの片づけ。
 二股に別れた部分からぽっきり折れていた。
 半分色づいたギンナンが選果場のように落ちている。
 100年もののこのイチョウが何で倒れたか。
 折れた部分まで登ってみて分かった。
 見えない部分が腐ってうろになっていたのだ。
 表面には顕れない内部の崩壊。
 少しの風やきっかけで巨体が折れる。
 あるいはもう崩落しているのにそれが見えないことがある。
 そしてそれは人間の目にはよくあることなのだ。
 

 

2001/09/16(日) 23:34:00  とれ・ふぁちげ


 じっとり湿気の多い暑い一日。
 部屋の模様替え。疲れた。
 EPSONのGT-8200Uというスキャナ買い込んだが、デジカメに比べたら、パソコンに取り入れた画像がイマイチ悪い。写し取っているんだから当たり前か。
 新聞に、アメリカの女性下院議員が、武力行使に唯一反対票を投じたと出ていた。
 420対1だそうだ。
 はじめ全会一致と伝え聞いていたので、イヤ〜な感じがしていたが、勇気ある人もいるんだな。この人はイラク空爆も、コソボ派兵にも反対していたと言う。
 テロは憎悪と恐怖でひとのこころを片向きにする。片向きのこころ同士が正義を振りかざすのが戦争だ。懸命に自分の理を確認している。
 自戒を込めて言わねばならないが、価値観や信念や信仰は、人間を何かの「義」に染める。小山俊一の言う「義じるし」という奴だ。
 自分の「義じるし」の構造は何なのか。自分の根っこは何なのか。こんなときこそ考えて見た方がいいかも知れない。
 

 

2001/09/17(月) 18:15:00  PJ Harvey


 工場の植え込みの剪定。えんえん。
 そのあと剪定屑をブルーシートに積んで、ゴミ車のあるところまで引っ張って運ぶ。
 斜めになって、カラダを傾けて、えんえん。
 仕事が単調で飽きる。なんども時間を見る。さっき見た時から10分と経っていない。
 斜めになって、突っ張って、シートを引っ張る。えんえん。
 飽きた。工場は飽きた。
 毎日ベルトコンベアーのラインに立っている人はさぞ苦役だろう。
 斜めに突っ張ってシートを引っ張って、何度も繰り返して、苦役ということを考える。
 先祖の先祖のそのまた先祖、こんなかたちで働いていたんだろうな。
 楽しみは昼の握り飯と仕事上がりのチュウかドブロクで、集落の一軒にもらい風呂に行って、夜の星をみながら何かを思ったのだろう。
 えんえん永遠の人間の地べた。
 労働に憂いたへとへとの夜は、ブルースかと思ったが、今夜は、
PJ Harvey・To Bring You My Love
 がクールなのであった。
 

 

2001/09/20(木) 21:35:00  秋冷


 ここ2〜3日体調が悪く「すきま」を作れなかった。
 今日は昨日までの残暑が嘘のような秋冷の一日だった。
 赤茶けた色になったカマキリが腹をふくらませ草むらから威嚇してきた。
 木槿も百日紅ももう終わりだ。
 百年前も千年前も同じ事を書いた。
 様々な言葉で、
 無限などないということを、
 そんな永遠に晒されて、、
 

 

2001/09/21(金) 19:28:00  タマさん


 雨の中、明日の仕事の準備をしていた。
 黒土1立米、生垣用のマキ10本、エレガンテシマ1本、布掛け支柱と竹一束。
 竹を積み込むのに水道の方で何かやっているタマさん50ン歳(孫有り)に声をかけた。
 竹の末の軽い方を持ってもらってトラックに乗せようとするがタマさん背が足りない。何をするかと思ったらいきなりポンとトラックに放り投げた おかげでこちらはリバンドくらって首をいった。帰って風呂上がりに湿布薬を張る。
 タマさん。このヒトは現場で単管パイプを担いだまま一回転して、居合わせた者すべてをなぎ倒したという伝説を持つヒトだ。ゴミ車に剪定ゴミを積んでいて、ぼかすか枝をぶつけられることは枚挙にいとまがない。蘇鉄の葉の中に入った葉っぱを取ろうとして顔中血だらけになり、クレーン車の荷台に乗ろうとして思いっきりブームに額をぶつけ病院送りになった。草刈り中にいきなり「アチャアチャ」いいながら耳を叩いて踊り出すから何事かと思えば、アシナガバチ2〜3匹に耳を刺されてそれが耳から離れないのだと言う。チップソーで蝦蟇をまっぷたつに切ってしまってアハアハ笑っている。いきなり振り向いて散歩中の老婆の足を切断しそうになる。小学校の裏藪を拓いている時にシマヘビの子どもがでてきた。コブラだコブラだと大騒ぎ。ゴマダラカミキリをみせると「クモ?」と訊く。突然脚立をガチャガチャいわせて叫んでいるので、落ちたのかと思ったらスズメバチを見たのだと言う。どんなに現場が忙しくても「プールがあるから」「野球を見るから」と帰ってしまう。お客さんのいる縁側でごろんと昼寝してしまう。旦那がいるのに大きな声で手入れの仕方を訊いてくる。昨日は疲れたので今日はゆっくりやると仕事始めに宣言している。

 ………………………………………………
 ………………………

 ところでタマさん、さっきからジャブジャブ何やってるの?
 「アハ。このあいだ拾ったギンナン洗ってるの」

 まだ仕事中だよ!
 

 

2001/09/22(土) 21:59:00  へとへと


 やっと一週間が終わった。
 へとへと。
 
 秋の陽は目に入る。
 夕方から寒くなった。

 中身が実質が変わっているのに、いつまでもつまらぬ形式に囚われている。
 そんな感じの疲れ。
 
 狂牛病の特集をこのあいだテレビでやっていた。潜伏しているかどうか調べる手だてがないのだという。治療法もないのだという。冗談のような病気。

 エイズに狂牛病にテロにグローバリズム…。
 その他なにを書き加えれば現在になる? 

 だけどオレたちゃ負けないゼ、
 そんな山谷ブルースではなく、 
 あっとうてきな、
 圧倒的な、光源へゆこう。
 

 

2001/09/23(日) 22:47:00  ヘーゲル「人夫考」


 秋晴れの寒い一日。
 いちにちホームセンター回り。
 それにしても体調が悪い。
 気持ちもネガティブになり閉じこもる。
 高木護「人夫考」読了。
 ヘーゲル「歴史哲学講義」四分の一。
 歴史を世界精神の自己発展と見たヘーゲルは、ネイティブアメリカンやアボリジニやアンデスの人々の深い精神性を無価値とみた。
 発展形を取らない精神の価値だってある。
 ものごとがすべて線形に進むとは限らない。
 

 

2001/09/24(月) 21:42:00  求菩提山のふもと


 透明な秋晴れのいちにち。
 福岡の豊前市の奥、求菩提山の麓の村を回っていた時のことを思い出した。
 茅葺き屋根と柿の実の色、稲穂の匂い、群れなす蜻蛉、山には法師。
 求菩提山は山伏の修行の山なのである。
 小川の木橋のほとり、ふとバイクを止めると、草むらの中に、一年前捨てた靴がそのままそこにあった。つい昨日忘れていったみたいだった。
 しばらくその靴を眺めてじっとしていた。
 秋の澄んだ光がくっきりとした陰影を作っていた。
 仕事をやめてずっとそのままうずくまっていたかった。
 

 

2001/09/25(火) 23:32:00  飛蝗


 いちにち草刈り、草あつめ。
 新聞敷いて地べたに昼寝。
 陽が膝の上を移動する。
 熟睡。
 起き上がっても、ここがどこかしばらく分からない。
 そんな日がつづく。
 赤ん坊の頭で、
 オレ、ナニヤッテンダロウ、と考える。
 足下を、ぱたぱたぱたとバッタが飛ぶ。
 

 

2001/09/26(水) 23:06:00  立ち読み


 今日は病院へ行った。来週月曜日に内視鏡検査することになった。内視鏡は何回目だろう。毎回死ぬ思いをする。
 それから久しぶりに都心に出た。新宿ルミネの青山ブックセンターでコミックの立ち読み。移動して、池袋西武リブロの「ぽえむ・ぱろうる」でコミック立ち読み。そしたら横に町田康がいた。朝日の月曜の読書欄の企画で本を一万円以内買い込むとすればこの作家は何を買うか、とかいうのをやりに来たらしい。「有名人だぁ〜」と思い内心舞い上がったが、素知らぬ振りをした。あとで向かいのジュンク堂で落ち合った小梅に「町田康に会ったよ」と伝えたら、「え?知り合いなの?」といわれた。「うん、ちょっとな」と応えて嫉妬する。オレも企画持ちで本を買ってみたい。
 今日買った本。『木の家に住むことを勉強する本』農文協、『木の声がきこえる』講談社、『樹木のクリニック』社団法人全国林業改良普及協会。
 

 

2001/09/27(木) 23:06:00  shiika


 小梅が万葉とバラでパソコンを空けてくれないので、ひとりぽつねんと録画しておいたドキュメンタリーなどみる。
 旧ユーゴスラビアの内戦下、3行詩・haiku・を心の支えに生きてきた男達の姿。
 それぞれの民族の言葉で、ISA(一茶)やBASYO(芭蕉)の名が飛び交う。
 今度のアメリカのテロでは夜通し詩が朗読されたとか。
 本は読まれなくなっても、言葉は、詩歌は、人のこころから廃れることはないのだと思う。
 いま欲しいのは、消費される物語ではなく、日々を踏み出す一行の詩なのだ。
 

 

2001/09/29(土) 18:59:00  走る


 単調な毎日。
 今日も草刈り草集め。
 日々が過ぎゆく。
 細長い公園。
 ぱいすけ両手に持って突然走り出す。
 がしがしと地面に爪先を突きつけてゆく。
 なんだいけるじゃないか。
 速い速い。
 心肺機能、下半身と上半身の連動、腕の振り、足の引き上げ、
 風を切る。
 まだまだいける。
 おうよ、
 走れ。
 

 

2001/09/30(日) 21:38:00  秋雨


 たまった新聞を速いスピードで読む。
 子どもが学校や自宅で殺され、ドブ川に捨てられ、若い兄弟が新築の家の中で餓死し、歌舞伎町の風俗店が燃え、牛が狂い、巨大ビルが崩壊した。
 夕方から高橋尚子を見る。ゴール間際に声が出た。妻は目をぐしゃぐしゃに泣きはらしてスパゲッテイをゆでる。
 夜になって雨足が強くなった。窓をあけると冷たい秋の匂い。