月のすきま(2001年12月)

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2001/12/02(日) 走るジジイ


 日曜の仕事はなぜか疲れるな、とぼんやり思いながらゴミ車を運転していると、
 傍らの歩道を壊れたようなゼンマイで、ジジイが走っていた。
 うれしげに喘ぎながら…。
 福岡国際マラソンにインスパイアされたか。おい、ジジイ!
 夕陽の中を冗談のようにジジイは走ってゆく。
 あんなジジイになりてえ。

 

 
2001/12/04(火)  冬の雨


 ベニカナメ生垣。
 雨の中ひとりでバリカンの舞い。
 冬の枝は固い。
 ちぎれた枝は鋏で剪り戻し。
 まいにち植木のお手入れ。
 むこうの国では殺し合い。
 リセット出来ないOSの上、破滅のプログラムを走る。
 午後には雨があがった。
 吐く息が白い。

 

 
2001/12/05(水)  洗濯屋


 今日もひとり。
 自販機にお茶買いにゆく角にクリーニング屋があり、
 そこの親父がいつも踊るように仕事している。
 いまどき1枚いくらもしないようなYシャツを、
 丁寧にうれしそうに折り畳んでいる。
 ときどき目が合うのだけれど、
 お互いつまらないものを見たなという顔で過ぎる。
 向こうはどうかしらないが、
 オレにとっては一日の希望だ。
 

 
2001/12/07(金)  お裁縫


 祈りが言葉を生んだのだ

 とつぶやく小梅の後ろでお裁縫。
 手拭いの端がほつれて来ているし、部屋着のジャケツの襟や袖口が破れている。
 とつとつと愚直に針を刺し糸をひく。
 肩が凝るし、下手なんだが、嫌いじゃない。
 少し繕えば生き返るモノたち。
 オレはモノが捨てられない。
 夢はガラクタを入れておける倉庫と、作業場を持つこと。
 ガラクタどうしを組み合わせ魂を入れる。
 最期まで朽ちるまでつきあってやる。
 

 
2001/12/09(日)  朝の光


 霜の降りた朝、引き合う音の中、一日が生まれる。
 久しぶりの休日、朝の光を楽しむ。
 南の窓、本棚をうつろう光…。
 ゆっくり珈琲を飲み、新聞をめくり、食パンを焼く。
 妻が目を覚まさぬようヘッドフォンでテレビを見る。
 小腹が空いたのでラーメンを作る。
 麺を鍋に入れ、箸を立て、ふと想いがよぎった。
 生まれたものはみな死に、朽ちる。
 そういうこととして生き、存在している。
 例外はない。
 存在とは、このOS上を走るプログラムのことだ。
 では虚無や永遠を想うこの魂は何なのか。 
 いつも離れぬこの「私」は誰なのか。
 祈るように彼方に焦がれるのは何の姿だろう。
 ラーメンを食べ眠くなったので、
 日だまりに毛布を敷いて寝た。
 

 
2001/12/10(月)  北風


 シラカシにかじり付きながら北風に吹かれて哀しくなった。
 フードをかぶり鋏を伸ばす。
 寒いたってこの漁期を逃せばオマンマ喰いあぐねる。
  かあちゃんのためならエ〜ンヤコ〜ラ…
  波の谷間に命の華が…

 凍土に鋤を入れ冬日に影を長くする。
 冬はますます、ますます長く閉じこめる。 
 薪を割り、薪をくべ、馬鈴薯を分け合う。
 そんな暮らしを描くことで生きることをした画家がいた。

 鍋食いてえ。
 あったかい鍋をおまえと…。
 

 
2001/12/11(火)  百舌


 今日も寒い。
 イトヒバを左手で梳くい、右手で鋏む。
 上から下へ。ひとたまひとたま。
 午後から崖っぷちの藪になった生垣を調える。
 何年も放っておいた深い藪。
 深く潜って忌み枝を元から抜いてゆく。
 左から右へ。ひとつひとつ。
 穴の底からふと仰げば、
 大ケヤキに冬の陽が燃えている。
 天空にモズの声。
 しばし呆け、
 身に戻り、
 また藪に潜る。
 

 
2001/12/12(水)   富士


 今日は、こころが風邪を引いたというやつか、何をやっても繋がらず、
 壁のようなものが立っていた。
 まいにち毎日外に出て登ったり降りたりしている。
 冬日に目を刺され、首筋の寒気にフードを被り、鋏を入れたり出したりしている。
 法面の刈込みの生垣の向こうに、
 元アイドル歌手が掃除をし、布団を干していた。
 昔のままの髪型で、昔のままの声で誰かと話していた。
 農家の嫁さんの着るような赤い割烹着でしゃきしゃき働いていた。
 仕事帰り、駅前で日本酒を買って出ると、精薄の青年ふたりが甲高い声で、
 なにか楽しそうに話し合っていた。
 素っ頓狂で楽しそうだった。
 しゃぼしゃぼと自転車をこいで帰る。
 そういえばこの丘で今朝も富士が見えた。
 思いの外、富士は近くて、でっかかった。
 

 
2001/12/13(木)  ヒイラギモクセイ


 雨の中、ヒイラギモクセイの生垣結束。
 痛い、寒い、痛い、寒い…。
 だんだん追いつめられたアルカイダのような気分になってきた。
 気持ちはすっかりテロリストだ。
 こんなとき口ずさめるウタがあればな…。
 酷い現場を放して包む、やわらかく稟としたウタが…。
 ウタはいったい何処へいった。
 オレ達が口ずさむべき時代の詩は…。

 でも今日はカレーだからいいや。
 寝ちまおう。

 
2001/12/15(土)  八百屋


 きょうも夕闇のなか帰る。
 信号待ちするカーブの左に小さな八百屋がある。
 八百屋といっても、大根とか馬鈴薯とか二三種類のものをベニヤ板の上に並べているだけだ。
 枯れ木のような爺さんが店番をしている。
 白髪の頭にちょっこり毛糸の帽子を乗せてミカン箱の上に座っている。
 裸電球に照らされて彫りが深くみえる。
 いちにちここで日が経つのを待っているのか、客がいるのを見たことがない。
 

 
2001/12/16(日)  日は過ぎる


 ひろがる虚空のようなもの
 不思議、ふしぎ、不思議
 こんなに限定された物理のなかで
 オレの重力は不良する
 日は昇り、日は沈み、
 日は過ぎる
 いま死んだ
 いま生まれた
 月夜に
 みんな魂の匂いをかぐ
 ひろがる虚空のようなもの
 なぜ求める
 なぜ追い求める
 日は昇り、日は沈み、
 日は過ぎる
 

 
2001/12/17(月) 


 冬陽に目を刺されながら、シャラの木の古皮を剥く。
 オレンジの斑(まだら)。
 赤松が妙齢の婦(おんな)なら、沙羅は若い娘か。
 身を固く締め。

 金木犀の綾枝を抜く。
 もっと始まりの方へ光を届かせる。
 姿にやわらかな風を入れる。

 と、向こうの方から空気を賑わせて、
 二三羽の鳥がついと行った。
 いま抜いた枝と枝の間を。

 ときおり見えない葉陰に鳥の巣を見かける。
 つややかな卵に驚くこともある。
 鳥はどれも必死な目をしている。
 必死に生きて、うたい、いつか

 落ちるように死ぬ。
 

 
2001/12/18(火)   zakuro


 冬ざれの石榴を鋏む。
 棘を傷みながら手を伸ばす。
 手が逃げる。
 ピラカンサやユズほどではないが。疼痛。
 鳥の残した実が細い枝先に揺れる。

  露人ワシコフ叫びて石榴打ち落とす (西東三鬼)


 脚立の上でザクロを頬張る。
 思いの外まだみずみずしい。
 犬のようにむしゃぶり、種を吐き散らす。
 小さい時間。
 地を染めた、
 サザンカの花びらの上。
 

 
2001/12/19(水)  アララギ


 霜柱が立った。
 寺の一位(イチイ)を刈り込む。
 榧(カヤ)に似るが、葉が痛くないので、すぐ分かる。
 脚立の下の躑躅(ツツジ)が狂い咲きしている。

 帰り花顔冷ゆるまでおもひごと (岸田稚魚)


 帰り花には死の匂いがする。
 植物生理的には干天が続いたり台風などで木が痛めつけられたりした年に多いらしい。
 色うすく冬の日だまりにふるえている。

 いちにちがゆく。
 夕闇の空を後ろに透かして刈り込んだ玉の仕上がりをみる。
  
 南西に爪のような月。
 

 
2001/12/20(木)  あかぎれ


 今日も寺の庭の手入れ。
 微かに香の漂う。
 灌木の中に手を入れ、落葉古葉を掻き出す。
 クマデ、ではなく手熊。
 あかぎれが痛い。


   谷に夜が来て胼(ひび)薬厚く塗る  (村越化石)


 絶不況だ。
 会社は今年の忘年会を中止し、ボーナスもカットの構え。
 サツキの下を這いつくばりながら、自分の危機管理能力を考える。
 圧倒的な次元を見据えること。 
 地べたのダンゴムシの世界の向こうに、最高塔の視座を得ること。
 それしかねえべ。
 

 
2001/12/21(金)  雪催(ゆきもよい)


 参道のユキヤナギの生垣を刈り込む。
 黄葉した小さい葉が曇り空に光るようだ。
 触れればハラハラ散るひかりの置き処。


 しだいに冷え込んできた。
 今日は午後から雪の予報。
 それまでに高く徒長した菩提樹の枝を詰める。
 吐く息が白い。

  鳥も木もうたがひぶかく雪催  (千代田葛彦)
  

 昼寝から起きたら雨だった。
 熱い茶を飲んでから合羽を着込む。
 脚立が濡れて冷たい。
  

 
2001/12/22(土)  付け火


 このあいだ、仕事帰りに、
 神社の社(やしろ)の後ろで大きな火炎が上がっているのが見えた。
 焚火にしては大きいなと思っていたが、放火だと言う。
 近所のものでなんとか消し止めたらしいが、最近放火によるボヤ騒ぎが多い。 

 近くの公園では、ホームレス達が暖をとるためにベンチを燃やしている。
 寒い夜の炎。
 
 神社で火を見たとき、子どもが突然飛び出してきて、トラックで轢きそうになった。
 あの子が火を付けたのかも知れない。
 帽子を目深にかぶり、右も左もなく、道路を横切っていった。

 最近、庭の植木にクリスマスのイリュミネーションをチカチカ飾るのがはやっている。
 自分が放火犯だったら、こういう家を狙ってしまうだろう、
 そう思いながら、自転車をこいで帰る。
 

 
2001/12/23(日)  ニンゲンなんてもうおしまいだ


 日曜日を休まないと曜日の感覚がない。
 12月に入ってから一日しか休んでいない。
 雨の日も風の日も外に晒される。
 このあいだヒグラシを聴いたと思ったら、もう百舌の引き裂くような声がしている。
 陽の角度が日増しに下がり、目に刺さる。
 昨日が冬至だったらしい。
 砥石を入れたバケツの水が凍っていた。
 そんな斜めの星に乗って、歳月を織り上げている。

  ニンゲンなんてもうおしまいだ
  オレは暴力が怖くて眠れねえ
  平和なんて幻だ
  一人の馬鹿に壊される
 
 そんなふうに唄う若者の歌をラジオで聴きながら昼寝した。
 ふふん。
 

 
2001/12/24(月)  へろへろと


  …彼は「その人のことは何も知らない」と言って、激しく誓いはじめた。する
 とすぐ鶏が鳴いた。ペテロは「鶏が鳴く前に、三度わたしを裏切るであろう」と
 言われたイエスの言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。…

  …そのとき、イエスを裏切ったユダは、イエスが罪に定められたのを見て後悔
 し、銀貨三十枚を祭祀長、長老たちに返して、言った、「わたしは罪のない人の
 血を売るようなことをして罪を犯しました」。しかし彼らは言った、「それは、
 われわれの知ったことか。自分で始末するがよい」。そこで彼は銀貨を聖所に投
 げ込んで出ていき、首をつって死んだ。…

  …さて、昼の一二時から地上の全面が暗くなって、三時に及んだ。そして三時
 ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。
 それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という
 意味である。…


  聖書で一番好きな箇所。
  

  …またあるとき、唯円房はわがいふことをば信ずるかとおほせのさふらひしあひ
 だ、さんさふらふとまうしさふらふしかば、さらばいはんこと、たがふまじきかと、
 かさねておほせのさふらひしあひだ、つつしんで領状もうしてさふらひしかば、た
 とへばひとを千人ころしてんや、しからば往生は一定すべしとおほせさふらひしと
 き、おほせにてはさふらへども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともお
 ぼへずさふらふと、まうしてさふらひしかば、さてはいかに親鸞がいふことを、た
 がふまじきとはいふぞと。これにてしるべし、なにごとも、こころにまかせたるこ
 とならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれども
 一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくてころ
 さぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべしと。


  歎異抄で一番好きな箇所。
  我が心の善くて殺さぬにはあらず。


 今日はいちにち松の手入れ。
 飽きもせずに松葉を引く。
 最後に藁を巻いてやり、墨縄で化粧。
 手の胼(ひび)に松ヤニと墨縄の墨が入って落ちない。
 

  へろへろとワンタンすするクリスマス  (秋本不死男)
 

 
2001/12/25(火)  泰山木


 タイサンボクの大木の懐に入り、古葉や忌み枝を取りながら螺旋状に上ってゆく。
 懐は広く、オレは中空に自由自在。
 今日は雪催で冴えた冷気の曇り日。
 気温が10℃以下だと鼻で吸う気体が美味い。
 泰山木は6月ごろ、純白の大きな花弁の、香り高い花をつける。
 枝を切っても香り高い。
 香りを楽しみ、気体を愉しみ、中空での姿態をたのしんだ一日。

 今夜は雪の予報。
 

 
2001/12/26(水)  老猫


 今日はシイノキの懐で半日を過ごした。
 隣家の日だまりに老いた猫が二匹うずくまっていた。
 毛がぼさぼさで肉が衰えていた。
 一匹はブロック塀の上、もう一匹はトタンの物置の上にいた。
 ブロックの上の猫は白に茶の三毛で、向こうを向いていた。
 トタンの上のは黒っぽく、斜めにこちらを向いていた。
 二匹とも大きな猫だった。
 冬の陽がゆっくりとふたつを温めていた。

 猫だったことがある。

 それから椎木だったこともある。

 そうしてこうして、
 なんだか、

 なにもかもが、

 とにかく、
 こうして分かれ、

 かなしかった。
  

 
2001/12/27(木)  魚も鳥も


 穏やかな冬のいちにち。
 最後の庭の手入れを少し余裕を持って終えた。
 半年の、一年の庭の塵、芥、
 植木鉢をどかし、古瓦をめくり、埃を払った。

 とにもかくにも今年一年無事乗り越えた。
 そのことに感謝しようと、ふと考えた。

 日が過ぎて、日が積もり、さらに離れてゆければいい。
 魚も鳥もみんな美しい距離だ。

 明日は道路のゴミ拾い。
 明後日はクルマを洗ってやっと仕事納め。
  

 
2001/12/28(金)  ゴミ拾い


 湾岸を走る道路の植込みのゴミ拾い。 
 ゴミ袋を持ち、炭ばさみで空き缶やビニールや紙くずなどを拾ってゆく。
 臭くて汚くて厭だが、時折変なものが捨てられている。
 今日はダンベルセットとエロビデオを拾った。
 軟式の野球ボールと戦友の住所録と延長コードが一緒のビニール袋に入っていた。
 ラブホテルの横はいつも放置自動車が並んでいる。
 ホームレスのねぐらになっていて、雑誌や毛布が詰め込まれている。
 去年の5月にここでホームレスがひとり死体になっていた。
 見つけた者は2時間警察に事情聴取されていた。
 長い歩道をゴミ拾いながら歩いていると、初老の小母さんが嘔吐して座り込んでいた。
 大丈夫ですか、救急車をよびましょうか。
 いいえ結構ですと、応えた小母さんは聖者のようだった。

 
2001/12/29(土)  仕事納め


 クルマを洗って倉庫を整理して今年の仕事納め。
 夕方、詰所で簡単な年忘れの酒宴。
 今年作った庭のその後の客の反応を伝え聞いて少しジンと来る。
 ビール三本。
 畑道にほぼ満月。
 土産のポンカン左手に提げ、しゃぼ、しゃぼと自転車をこぐ。

 松吉、松吉…、

 松吉って誰だっけ…。
 名辞以前のほろ酔い月夜。
 ゆらゆら揺れて無限の水際をゆく。
 

 
2001/12/30(日)  こんなふうに


 久しぶりに駅前のデパートにゆく。
 一年のお疲れさんでコムサのケーキを喰う約束をしていたのだ。
 妻は娘のようにはしゃいでいる。
 
 コムサのケーキは確かに美味い。
 不景気だというのに、こじゃれた店は繁盛している。
 きっと新しい価値を提示できた者に、停滞をひとつ突き抜けた者に、客は未来を
投資する気持ちになるのだろう。
 経済(カネ)とは、未来(価値)が見えるかどうかの動きなのだろう。
 いま不景気なのは旧態の価値に人々が飽き飽きしているからなのだろう。
 歴史は人が作る。
 人の根っこが。

 人混みにいると不安になる。
 帰省のみやげを買う妻と別れて、ひとり本屋に籠もる。
 写真集の棚を端から端まで全部見た。
 木村伊兵衛は被写体に物語を構築する、
 最近の若い作家は被写体を通して自分の物語を解体する。
 けれどもうそんなしみったれた感性にカネは払えねえのだ。
 


 (お知らせ)

 明日から正月帰省のため、「日のすきま」はお休みいたします。
 広島、岡山、愛媛、と渡り歩いてきます。
 再開は1月5日か6日の予定です。
 今年一年ありがとうございました。 (松吉)