Old Fashioned Rock Wave

Rock Around The Eagles

Bands Around The Eagles
バンズ・アラウンド・ザ・イーグルス

後編

 70年代も後半を過ぎてやや黄昏れてきた感のあるウエスト・コースト・シーンですが、ウエスト・コースト第3世代ともいえる新しいバンドの台頭もあり、まだまだ消えぬ西海岸の灯火?といったところでしょうか?まぁ、ごゆっくりどうぞ。

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EAGLES/HOTEL CALIFORNIA
ホテル・カリフォルニア
1976年

 『呪われた夜』ですでにスーパー・グループとしての地位を手に入れたイーグルスですが、今作からギターにジョー・ウォルシュを加えさらなるサウンドの強化を図りました。結果としてタイトル曲に見られるようにドン・フェルダーとのロック史に残るツイン・リード・ギターの掛け合いを生みだすなど、最高傑作として完成度の高い作品となりました。アメリカ建国200年の年の終わりに、今までの曲とは一転して、カリフォルニア幻想の終焉を歌うこのアルバムで一つの歴史が終わったとわかったのは、それからしばらくしてからのことでした。

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THE DOOBIE BROTHERS/TAKIN' IT TO THE STREET
ドゥービー・ストリート
1976年

 ドラスティックな変化を遂げたドゥービーズの問題作でもあり傑作でもあります。トム・ジョンストンが健康上の理由で奥に引っ込み、新たに参加したマイケル・マクドナルドが前作から参加しているジェフ・バクスターとともにスティーリー・ダンで培ったブルー・アイド・ソウル色を前面に出しています。南部的な豪快なサウンドが一転して、ニューヨーク的なジャズ・ソウル色の強い洗練されたものに変化を遂げたときには、結構衝撃を受けましたが、それはそれで良かったとすぐに思えるほど素晴らしいアルバムになっています。新生ドゥービーズ第1弾ですが、その後のドゥービーズの路線を決定した価値ある1枚といえます。


POCO/ROSE OF CIMARRON
シマロンの薔薇
1976年

 数あるポコのアルバムの中でも人気の高い1枚です。通算では11枚目(国内未発売の76年のポコ・ライヴを含めて)になります。第3期ポコも円熟の域に達した感もあるこの頃ですが、ラスティ・ヤングの頑張りが目立ちます。オープニングを飾るラスティ作のタイトル曲はシンプルなコード進行のキャッチーなカントリー・ロック・ナンバーですが、徐々に盛り上がるコーラス・ワークに感動を覚える名曲です。この「シマロンの薔薇」を基調として、前半はラスティ・ヤング、後半はポール・コットンの作品を並べている中、ティモシー・シュミットのセンチメンタルなナンバーが1曲づつ挿入され爽やかな隠し味になっていることも見逃せません。無理してロック色を出すことなく、全体に穏やかなカントリー・タッチのアルバムになっており、まさに自然体のポコの魅力満載の名盤といえます。


AMERICAN FLYER
アメリカン・フライヤー
1976年

 NY出身でソング・ライターとして活躍していたエリック・カズ、元ピュア・プレイリー・リーグのクレイグ・フラー、元ブルース・プロジェクト、BS&Tのスティーヴ・カッツ、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのダグ・ユールが結成したアメリカン・フライヤーのデヴュー作。メンバーからしてイースト・コースト色が強そうですが、全くそんなことはなく、バンドというよりシンガー/ソングライターのアルバムかと思ってしまうくらい歌を重要視したサウンドになっています。リンダ・ロンシュタットやボニー・レイットで既に知られた名曲「ラヴ・ハズ・ノー・プライド」をはじめエリック・カズの作品は彼らしい優しさや包容力に満ちたものであるし、他のメンバーの曲もそれに負けず劣らずメロディアスな佳曲ばかりで、レベルの高いアルバムになっています。シンガー/ソングライター・ファン必聴の名盤と言えます。ちなみにプロデュースはビートルズでお馴染みのジョージ・マーティンが担当しています。
 アメリカン・フライヤーはこの後77年に2ndアルバム『スピリット・オヴ・ア・ウーマン』を発表後消滅、78年にエリック・カズとクレイグ・フラーがデュオ・アルバム『クレイグ・フラー/エリック・カズ』を発表しています。


FUNKY KINGS
ファンキー・キングス
1976年

 イーグルスの「ピースフル・イージー・フィーリング」、「過ぎた事」でソング・ライターとしてお馴染みのジャック・テンプチンがリチャード・ステコル、ジュールス・シアーらと結成したグループです。ジョニー・リヴァースがカヴァーしてヒットした「スロー・ダンシング」を始め、ウエストコーストらしいナンバーが揃っています。ファンキー・キングスのアルバムはこの一枚だけですが、ジャック・テンプチンはこのあとソロ・アルバムを発表し、80年代はグレン・フライの共作ブレインとして活躍し、90年代にはジャック・テンプチン&セクルージョンズとして、ほぼこのメンバーで3枚のアルバムを出しています。


SILVER
シルヴァー・ファースト
1976年

 のちにグレイトフル・デッドに参加するブレント・ミドランド、バーニー・リードンの弟のトム・リードンらが結成したポップなバンドです。今でもFMでよくかかる「恋のバンシャガラン」(きっと聞けばわかるはず)をはじめ全編メロディアスなポップ・ロックで占められています。AORファンならきっと気に入ってもらえると思いますよ。後述する『プレイヤー』に通じるものがありますね。


Fire Fall
ファイア・フォール・デヴュー!
1976年

 元フライング・ブリトウ・ブラザースのリック・ロバーツと元バーズのマイク・クラークが結成したファイア・フォールの1stアルバム。マナサスのレパートリーでもあったリック・ロバーツ作の「イット・ダズント・マター」をはじめ、イーグルスを別格とすれば、カントリー・ロック、フォーク・ロックの発展型といえるウエスト・コースト・ロックという様式のひとつの完成といえる作品集となっています。爽やかなコーラス、アコースティック・ギターの刻みに対してエッジの効いたエレクトリック・ギター、タイトな8ビートなどジャケットの美しさをそのまま音にしたような完成度を誇っています。しかし、その後の彼等はじょじょにハードなサウンドを指向していったのはちょっと惜しいことでした。


FOOLS GOLD
フールズ・ゴールド
1976年

 ダン・フォーゲルバーグのバックバンドであった彼等をグリン・ジョーンズ、ジョー・ウォルシュ、グレン・フライらがプロデュースしたイーグルス直系とも言えるフールズ・ゴールドのデヴュー作。ダン・フォーゲルバーグが曲を提供したり、イーグルスのメンバーが参加したりと何かと話題が先攻しがちですが、内容は実にポップで爽やかなカントリー・ロックを展開しています。中心メンバーのトム・ケリーは、のちにAORでお馴染みのあのエアプレイに参加したり、コンポーザーとしても活躍しています。ちなみにバンド名は、ポコの曲名やFool's Gold Publishingから来ていると思われます。


POCO/INDIAN SUMMER
インディアン・サマー
1977年

 前作『シマロンの薔薇』がカントリー・ロックとしてのポコの傑作とすれば、この12枚目にあたる本作はウエスト・コースト・サウンドとしてのポコの最高傑作といえます。ラスティ・ヤング、ポール・コットン、ティモシー・シュミットの3人の魅力がバランスよく生かされたこのアルバム、ポコの余裕あるいは風格すら感じます。70年代ウエスト・コースト・ロックのスタンダードとして、ポコ・ファンならずとも聞いておきたい1枚といえます。ポコの歴史を綴ったポール作の「リヴィング・イン・ザ・バンド」、甘いヴォーカルが持ち味のティモシー作の「時の流れに」、ラスティ作のメドレー「ザ・ダンス」などベーシックなウエスト・コースト・ロックの数々に酔いしれてください。なお、本作を最後にティモシー・シュミットとジョージ・グランサムのリズム・セクションが脱退し、安定していた第3期ポコも終焉となりました。ティモシーは、ランディ・マイズナーの後釜としてイーグルスに『ロング・ラン』から参加しています。


LITTLE FEAT/TIME LOVES A HERO
タイム・ラヴズ・ア・ヒーロー
1977年

 リトル・フィートの6作目。ローウェル・ジョージがドラッグのため体調をこわし、2ndアルバム以来のテッド・テンプルマンのプロデュースになっています。ポール・バレル、ビル・ペインの作品が中心となり、ローウェル・ジョージの陰が今一つ薄いアルバムではあります。ドゥービーズからジェフ・バクスター、パット・シモンズ、マイケル・マクドナルドが応援に駆けつけ、「タイム・ラヴズ・ア・ヒーロー」やドゥービーズ・コーラス隊参加の「レッド・ストリームライナー」に見られるドゥービーズ的アプローチやローウェル・ジョージ以外のメンバーの共作になるフュージョン的インスト・ナンバー「デイ・アト・ザ・ドッグ・レース」あたりに、ローウェル・ジョージに依存しない新しいフィート・サウンドを確立しようとするメンバーの意欲が感じられますが、ローウェル・ジョージ・ファンにとっては何とも複雑な心境にさせられる1枚です。


STEELY DAN/AJA
彩(エイジャ)
1977年

 スティリー・ダンの6作目。NYからウェスト・コーストにやって来たD.フェイゲン&W.ベッカーのソングライター・ユニットが辛抱たまらずイースト・コーストに戻っていく、そんなアルバムです。東西のジャズ/フュージョン系のミュージシャンを多く起用し、聞き所はたくさんありますが、タイトル曲「エイジャ」におけるスティーヴ・ガッド(Drs.)とウェイン・ショーター(T.sax)のからみ、「ぺッグ」においては並みいるギタリストの数あるテイクを押し退けて採用されたというジェイ・グレイドンの入魂のギター・ソロなどなどとても書ききれません。ジャズの香りたっぷりのファンキーかつエレガントなLA産NYサウンドの逸品、聞き逃す手はありません。最高傑作と言って間違いないでしょう。


THE SECTION/FORK IT OVER
フォーク・イット・オーヴァー
1977年

 西海岸の裏方セクションの3rdアルバム。ジェームス・テイラーなどのバックアップで有名な彼等は、ダニー・クーチ、クレイグ・ダージ、リーランド・スクラー、ラス・カンケルからなるロックというよりフュージョン・バンドです。ジャズ・フュージョン界に目を向ければ、リー・リトナー、ラリー・カールトン、デイヴ・グルーシン、ジョージ・ベンソン、スタッフ、ボブ・ジェームスなどが人気の頃でありましたが、このセクションも彼等に負けず劣らずカッコいいサウンドを聞かせてくれます。ジェームス・テイラー、デヴィッド・サンボーン、デヴィッド・クロスビーらがゲスト参加しています。


PABLO CRUISE/A PLACE IN THE SUN
ア・プレイス・イン・ザ・サン
1977年

 イッツ・ア・ビューティフル・デイのメンバーであったバッド・コックレルらが結成したサンフランシスコを本拠地とするパブロ・クルーズの3作目。地元のサーファーを中心に徐々に盛り上がりつつあった彼等ですが、このアルバムでようやく全米に認知されるバンドになりました。「ホワッチャ・ゴナ・ドゥ」などのヒット・ナンバーに代表されるファンキーな面と爽やかなコーラスのアコースティックな面が持ち味ですが、まぁ季節と場所をやや選ぶかもしれませんね。AOR的なコンテンポラリーなサウンドに見隠れする太陽と潮風の香りを感じ取ればいいアルバムに聞こえてきますよ。


THE DOOBIE BROTHERS/MINUTE BY MINUTE
ミニット・バイ・ミニット
1978年

 前々作『ドゥービー・ストリート』で、AOR、ブルー・アイド・ソウル路線を打ち出した新生ドゥービーズの傑作。マイケル・マクドナルドとパット・シモンズ主導の中トム・ジョンストンは、このアルバムでは残念ながらゲスト扱いになっています。ケニー・ロギンスとマイケル・マクドナルドとの共作となる「ある愚か者の場合」や「ミニット・バイ・ミニット」のヒットを産み、完全なイメージ・チェンジに貢献した1枚といえますが、まだまだトム・ジョンストンの復帰、かつての豪快なサウンドを待ち望んでいたファンは多かったと思います。そんな中で「スティーマー・レーン・ブレイク・ダウン」に代表されるパット・シモンズのナチュラルな感性は貴重な存在でした。


PLAYER
ベイビー・カム・バック
1978年

 LAのスタジオ・ミュージシャンが結成したプレイヤーの大ヒット「ベイビー・カム・バック」を含むメローなデヴュー・アルバムです。もうここまで来るとウエスト・コースト・サウンドもすっかり様変わりしておりまして、カントリーのカの字も出て来ません。洗練された都会感覚が主流になり、AORやフュージョンというジャンルがウエスト・コースト・サウンドの代名詞になり出した時期でした。寄せ集め的サウンドだとか言われもしましたが、ピーター・ベケットとJ.C.クローリーの書く曲は、素晴らしく前述のシルヴァーを少しモダンにシャープにした感じで、ちょっと甘酸っぱい。たまりませんね。90年代になって、再結成しましたがエレクトリック・ポップって感じで馴染めませんでした。


LITTLE FEAT/DOWN ON THE FARM
ダウン・オン・ザ・ファーム
1979年

 すでに『ラスト・レコード・アルバム』というアルバムを発表している彼等ですが、この8枚目のアルバムが真のラスト・レコード・アルバムということになりました。健康状態が心配されこのところ引き気味だったローウェル・ジョージですが、今作ではギター、ソング・ライティングともにかなり前面に出ており、実にフィートらしいダウン・トゥ・アースなアルバムになっています。嬉しいことです。フュージョン的なテクニカルなサウンドをやり始めた他のメンバーに対して「俺達ゃ、ウェザー・リポートとは違うんだぜ」といってたしなめたとか...。しかし、このアルバム発表後に「バンドとしてやることはやりつくした」と解散し、ローウェル・ジョージは以前から温めていた素晴らしいソロ・アルバム『イート・イット・ヒア(特別料理)』を発表し、そのプロモーション・ツアーの途中で帰らぬ人になってしまいました。プロデューサーとしての活躍も期待されていただけに、本当に惜しまれたものでした。
 ちなみに、リトル・フィートはその後1988年に再結成され現在(1998年)でも活躍しておりますよ。

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EAGLES/LONG RUN
ロング・ラン
1979年

 前作『ホテル・カリフォルニア』で言いたいことは言ってしまった満身創痍のイーグルス。内紛も勃発し、ランデイ・マイズナーがやめ、ポコからティモシー・シュミットを引っこ抜き何とかバンドを維持という状況の中での制作になります。完全主義のおかげで録音に2年以上を費やし、"見果てぬ夢"とか"ロング・ワン"とかプロデューサーのビル・シムジクを嘆かせたというこのアルバム、当初2枚組の予定だったのですがレコーディングに時間がかかり過ぎて1枚にしたそうで...。
 アブラヤさん(相互リンクで大変お世話になっている方)と意見が一致するのですが、ビートルズの『レット・イット・ビー』のように一般的評価が低いのですが、それはあくまでも『ホテル・カリフォルニア』と比べての相対的なものであって、絶対的なクオリティはかなり高いといえます。カントリー・タッチのナンバーは収録されておらず、イーグルスにとって真に初めてカントリー・ロックから脱却したアルバムといえるのかもしれません。軽快なタイトル曲、ティモシー作の美しいナンバー「言い出せなくて」、J.D.サウザー、ボブ・シーガーらとの共作の「ハートエイク・トゥナイト」、デヴィッド・サンボーンのサックスが泣かせる「サッド・カフェ」など聞き所も多いのですが、全体を被う重苦しさは隠しようもなく、このアルバムが最後のスタジオ録音ということになりました。
 『ホテル・カリフォルニア』の次のアルバムいうことで必死になって聞いたものですけどねぇ...まさかこれが最後とは。産業化されることなくひたすら自分たちの美学をつらぬいた鷲たちにエールを...。

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実はもう少し続きがあるのです...。
お楽しみに!

To be continued.

バンズ・アラウンド・ザ・イーグルス〜前編
バンズ・アラウンド・ザ・イーグルス〜中編
バンズ・アラウンド・ザ・イーグルス〜おまけ


ホテル・カリフォルニアの冬
テキーラ・サーキットの宴
J.D.サウザー〜イーグルスに最も近かった男
ギタリスト・オヴ・ザ・イーグルス

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