■ 3.Trust(委託)
「・・・僕には大切なひとがいた。迫り来る死を前にして躍起になっていた僕に、眩しすぎるくらいの光と、包み込むような愛を与え てくれた、春のような女性が・・・。」 自分より微かに大人びた瞳で遠くを見つめる目の前の男の話を、中居は不思議な気持ちで聞いていた。 どこかで聞いたことがある。確かにいつかどこかで、聞いたことがある言葉だった。 「・・・僕のわがままだったんだ。最後まで医者であり続けたいと願ったことも、恩師や友人の申し出を拒んだことも、そし て・・・・・・最愛のひとを一人残して、自ら消えようと決めたことも・・・・・・。」 男の愁いを帯びた瞳がうっすらと潤む。 「・・・やり残したこと、伝えたいことはたくさんあった。医者としても、彼女に対しても・・・・。」 「・・・・・・」 「しかし、愛するひとを残して旅立った僕が、そのような想いを抱くことは贅沢だと、そしてそのような想いを伝えられずに永遠に苦 しむのが、神から授かった命を自ら絶った僕に与えられた罰だと・・・そう思って、今日までを過ごしてきた・・・。」 「・・・・・・」 「だが・・・・」 男の瞳は一層切なさを増しながら濡れてゆく。 「・・・だが、どうしても伝えたいことがあるんだ。言葉に出来ないくらいのたくさんの想いがある中で、どうしてもこれだけは、と いう想いが・・・。」 「・・・・・・」 男はふいに顔を上げ、中居の顔をまっすぐに見つめながら言った。 「・・・君に、伝えてもらいたい。」 「・・・え・・・・?」 「君に・・・僕の生まれ変わりである君に、僕の代わりに伝えて欲しいんだ。」 「で、でも俺・・・」 「手を貸してくれないか。」 ためらう中居を遮るように、男は中居の手を取った。 「すまない、少し苦しいかもしれない。」 「!?・・・うっ・・・・!!」 瞬間、中居は思わず声を上げた。手を通してたくさんの言葉や想いが流れ込んでくる。 ・・・愛しい、せつない、逢いたい、恋しい、感謝、幸せ・・・そして、中居の華奢な体では耐え切れないような苦痛や辛さも。 滝のように流れ込んでくる多くのものに、中居の胸は張り裂けそうであった。 「・・・っ・・・・・!」 あまりの胸の苦しさに中居の意識が遠のきかけたところで、男は手を離した。 「・・・はぁ・・・、はぁ・・・っ」 「・・・すまなかった」 男は苦しそうに息をする中居に労りの眼差しを向けながら、言葉を続ける。 「・・・君に、伝えてもらいたい。」 「・・・・・・・」 「・・・頼む。」 「・・・でも・・・こんなにたくさんのことを・・・俺一人でなんて・・・・・」 「心配しなくていい。元の世界に戻っても、伝えることはすべて君にわかるようにしてある。それに・・・・・」 「・・?・・・・・」 「・・・伝えるべき相手も、君のすぐ近くに転生しているはずだ。」 男は、幸せそうな、切なそうな、複雑な表情を瞳に含みながら、中居に優しい微笑みを向けた。 「・・・頼んだよ・・・・」 「あっ・・・!」 男が中居の肩に軽く触れると、中居の体はふわっと浮き上がり、そのままどんどん水底から遠ざかっていった。