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にゃんこさんが書いたサイドストーリー 「Seasons」

■ 第8話 台風の夜 その1

その日は昼から天気が崩れた。
雲は瞬く間にどんよりと低くなり、生暖かい風が小さな庭に入ってくる。
青い実をたわわにつけた柿の木が、時折くる強風にあおられ、わさわさと揺れた。
「台風が近づいているんですよね」
倫子は、生乾きの洗濯物を抱えたまま、空を見上げた。
「大丈夫でしょうか?」
不穏な低い雲は、倫子を不安にさせた。
「多分上陸はしないだろう、さっきニュースで言ってた」
「そうですか、よかった…」
でも、なぜか倫子の不安は消えなかった。
(なんなのだろう、この嫌な気持ちは)
気持ちを吹っ切りたくてわざと明るく言った。
「今日まででしたよね、学会は。小橋先生は帰りに寄られるのかしら?」
「明日、帰る前に寄りたいといっていたが」
「そうですか。じゃあ、今度こそ何かおもてなししなくちゃ。私、雨が降らないうちにお買い物してきちゃいます」
財布の入った小さなバックを手にとった倫子を、直江は小さく呼び止めた。
「なんですか?」
「転ばないようにな」
「はあい」
倫子は振り向くと明るく返事をして、バタバタと出て行った。
その後ろ姿を見送りながら、直江は思った。
今、自分が心静かな生活を楽しめるのも、倫子がすべてを整えていてくれるお陰だ。
倫子が出かけたのを確認すると、机の上から、この間取り寄せた名づけの本を手にとった。
こんな本を取り寄せてしまうなんて、我ながらおかしい…とその時、直江は軽い眩暈を覚えた。
壁に手をついて体を支えると、そろそろと壁を伝い寝床に戻る。
枕もとで本のページを開きながら、直江はこれまでにない感覚に包まれていた。
自分の子供が生まれる…柔らかな幸せ。
一度は諦めた穏やかで優しい生活、それはこれまでの闘病の苦しみを癒すのに十分過ぎる、と直江は思った。たとえそれが、心ひそかに指折り数える日々であったとしても…だ。

夜になると、雨風はますますひどくなった。横殴りの雨が小さな家の雨戸にたたきつける。
TVの臨時ニュースは、台風が進路を変え松本のほうへ向かっていることを告げている。
「大丈夫かな…」
倫子は不安な気持ちでそわそわしたが、隣の部屋の直江はいつもと変らない様子で、洋書を読んでいる。倫子は自分の落ち着かない様子が急に恥ずかしくなってきた。
「懐中電灯でも探してこよーっと」
と勢いよく立ち上がったとき、後ろで激しく本を閉じる音がした。
振り返ると直江が読んでいた本を、痛みに耐えるようかのようにぎゅっと握り締めている。
「どうしたんですか?」
「なんでもない」
倫子は慌てて駆け寄ると直江の顔を覗き込んだ。うつむいたその顔は、照明の陰となり心なしか蒼く見える。
「病院へ行きましょう」
受話器を取る倫子を直江は止めた。
「わざわざこんな雨の中行くほどではない、大丈夫だ…」
「でも…」
「医者が言うのだから間違いない!」
今までその言葉にだまされてきたのです、といいたい気持ちを倫子は押さえた。
確かに、この大雨のなか出かけるほどではないのかもしれない、雨に当たって逆に具合が悪くなることだって考えられる。
「判りました」
倫子は受話器を戻した。

しばらくすると直江の様子は落ち着いてきた。赤みを取り戻した顔に安心した倫子は、ふと枕もとにあった『赤ちゃんの名づけ事典』を見つけ手にとった。
直江はそれに気付くと照れた様に小さく笑った。倫子も微笑み返すと耳元でささやいた。
「せんせ、いい名前見つかりましたか?」
直江は静かに笑うだけで答えはない。
「楽しみにしてますから…」
「ああ」
倫子は直江の手を取り、両手でそっと包んだ。外の嵐とは裏腹に、倫子の心は穏やかになっていった。

 

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