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にゃんこさんが書いたサイドストーリー 「Seasons」

■ 第3話 夏 その1

青空に白いシーツがはためく。裏庭で洗濯物を干していた倫子は、手を止めると額に浮かんだ玉の汗をぬぐった。
9月ももう半ばを過ぎたというのに、まだまだ残暑は厳しい。
頭上ではセミがうるさいほど鳴いている。
倫子は、洗濯かごからシーツを取ると、広げてさっとさおにかけた。

七瀬が教授を務める松本の大学病院に程近い借家に越して来たのは、8月も終わりのことだった。小橋が紹介してくれた札幌の病院での治療に2ヶ月、七瀬の病院に転院できたのは5月の末だった。倫子の献身的な看護の甲斐あって、やっと自宅療養の許可が出たときには、8月もすでに半分が過ぎようとしていた。

直江の体には些細な負担も与えたくない…倫子が必死になって探したのが、この小さな日本家屋だった。6畳の和室が二つと小さな台所、浴室――地主の大邸宅の離れとして造られた家は、古いが華美にはならない品のよさが漂い、しかも夏の暑さをしのぐには、もってこいの造りをしていた。といっても東京のマンションとは比べ物にならないほど質素な家ではあったが、直江は気に入った様子で、機嫌よく風通しのよい和室の主におさまった。

表で車の音がする。
「すいませーん、宅配便です!」
大きくなったお腹を抱えて、倫子は玄関へと回った。
すると宅配便の制服を来た青年が、窓を開け放った直江の寝室に上がりこもうとしている。
「何をしてるんですか!?」
倫子がとがめると青年はバツが悪い顔をしてこちらを見た。
「いえ…ご主人がこれを枕元にとおっしゃるので」
青年が――多分直江が注文したのであろう――書籍が入っているらしい包みを見せた。
「先生!」
倫子は、部屋の窓にかかっているすだれを上げると、直江を軽くにらんだ。
「そんな無理を言って!」
直江は体を起こすと、2人をみて黙って微笑んだ。
「いいんですよ、ここに置いてください。後で荷を解いて少しずつ運びますから…」
妊婦の倫子にとって5,6冊あろうかというこの包みを、一度に運ぶのはもう無理なことだった。
「いいんだ、ここへもってきてくれ」
直江が声をかけた。青年はしばらく困った顔をして2人の顔を見比べていたが、上がり込むとその包みを直江の枕元に置いた。
「すまないね」
直江はにこやかに青年をねぎらう。
「変な先生!」
倫子は少々あきれながら、青年の出した伝票に、受け取りの判を押した。
「ごめんなさいね、変なことをお願いして…」
「イヤ、こんなことぐらいだったら…それじゃ、ありがとうございました!」
帽子をとりぺコリと頭を下げると、青年はさわやかに立ち去った。
直江はというと…いそいそと荷をといて、もう本を手に取っている。
「先生ってば!」
直江のめったにない子供じみた態度を見た倫子は、おかしくてふきだした。

直江が、自分で好きな本を取り寄せられるまでに回復した。治療が遅遅として進まず諦めかけたときもあったが、こうして、ささやかながら2人だけの生活を送れるようになった。
奇蹟は起こるかも知れない…いや、もう起こっているのかもしれない!
倫子は、目には見えない萬(よろず)の神様に、手を合わせて感謝したい気持ちだった。

「先生、体拭きましょうか」
倫子は熱い湯で浸したタオルを絞ると、直江の体を拭いた。
痩せた背中は、まったく日に当たらないため、痛々しいほど白い。
「それに着替えてくださいね、もうすぐお昼にしますから」
新しい下着と浴衣を差し出した倫子の手を、直江がさえぎった。
「顔色が悪い」
「えっ!?」
ドキッとするような直江の視線だ。
「血圧計とって」
「私の血圧測るんですか? いいです、なんともないですから」
「ダメだ…」
強い口調に諦めた倫子は、棚の上から血圧計を取ると直江の傍らに置いた。

 

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