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MRTさんが書いたサイドストーリー 「約束」


■ 3 彷徨1

「意識が戻りかけてます。もしもし……」
 わたしを呼ぶ声がする。
(誰?) 
 うっすらと開けたまぶたから見える平たい世界。白い服を着た人がいる。もやがかかったようで、輪郭がはっきりしない。わたしを覗き込んでいるようだ。
「わかりますか。ゆっくりでいいですよ。無理しないで」
 徐々に視界がはっきりしてきた。
(ああ、看護婦さんだ……。ここはどこ? 病院?)
「わかりますか。落ち着くまでそのままゆっくりしていて下さい」耳もとで看護婦さんの優しい声がした。
 
 わたしは何も考えず、ただ病室の天井をぼんやりと眺めていた。どのくらいの時間が経過したのか、わたしの視界に白衣姿の男性が入ってきた。白髪の混じった頭。ノンフレームの眼鏡をかけている。レンズの向こうに見える眼差しは優しい。落ち着いた声でわたしに話しかけてきた。
「大丈夫ですか。今回は大変でしたね。とりあえず簡単な診察はすでにしてありまして、右側頭部を打撲していますが、あとは特別問題がないと思います」
 こちらの様子を伺いながらゆっくりと話している。この人が担当医なのだろう。
「もう少し体調が戻りましたら、念のため精密検査をする予定です。心配なさらなくて大丈夫ですよ。一応詳しく診ておこうということですから。たぶんあと数日ここに居て、体調が戻ればすぐ退院できると思います」
 
 わたしはその話を聞いていて、先生の諭すような態度とは裏腹に困惑し始めていた。
(「今回は大変でしたね」って、どういうこと? わたしに何が起きたの? どうなっちゃたの?)
「先生、わたし、どうしたんですか?」
 弱々しくではあったが初めて声を発した。
 不安げなその言葉に、柔和な先生の表情が一瞬曇った。
「あれ? 覚えていないのかな?」
「…ええ。今、先生は『大変でしたね』とおっしゃってましたが、どうして大変だったのか、全然わからないのです」
「そうですか……。ま、あせらないで下さい。衝撃を受けると一時的にその時の記憶が飛ぶことはよくありますから。ゆっくり気長に構えていれば大丈夫。フトしたことで、記憶はよみがえるものですよ」
 相変わらず先生は落ち着いている。わたしも先生の落ち着きに付き合わされるように、思わずうなずきそうになった。
(でも、待って。記憶がないのよ)
 記憶がない。つまり自分の中に自分の知らない時間があるのだ。忘れたのとは全く違う感覚。忘れたのなら、誰かにその時のことを教えてもらえば思い出すこともできる。でも記憶がないということは、その時のことが自分の中でポッカリと抜け落ちていて、思いだそうにもその手がかりが何かすらわからない。考えようとしても、どう考えていけばいいのかもわからない。
 「あせらないで」という先生の言葉は、今のわたしには気休めにすらなっていなかった。
 わたしは「大変でしたね」ということがどんなことだったのか、何とか「その時」を思い出そうともがいた。

 何かが起きた。
 何が起きたの?
 ――わからない
 いつのこと?
 ――思い出せない
 どこで起きたの?
 ――知らない
 えっ? わたし、どこから来たの……
 ねえ、わたしって……

「先生、先生。わたし…、わたしって誰なんですか!」

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