■ 2 残照2
(何だろう……、モーターの音?)
自然界のものとは異なる音がわたしの耳に届いていた。徐々に大きくなる。いぶかしく思ったわたしはボートから顔を上げ、音のする方に目をやった。
静寂を壊していたのはモーターボートだった。夕闇の迫る中、かなりのスピードでこちらに向かってきていた。
--エキゾースト音が湖の上であばれている。ボートのへさきが水を勢いよく切り分けている。
(……そうだ、わたしも帰らなくちゃ。もうこんなに暗くなってしまった)
ボートを桟橋に戻さなくてはいけない時刻を過ぎていた。さしずめモーターボートも同じことに気がつき、あせっているのだろう。
上体を起こしオールを手に取った。
--うなりを上げるエンジン。襲いかからんばかりの爆音をとどろかせ、水をけ散らしている。
モーターボートのあまりのけたたましさに、あらためて音のする方に顔を向けた。
(えっ!)
モーターボートが目の前に迫っていた。そのへさきがナイフのように見えた。
(巨大なナイフが飛び込んでくる! わたしをつらぬこうとしてる!)
極限まで恐怖感が高まると、人の眼は閉じることを拒否し、見開かれたままになる。わたしの目には、まるでビデオをスロー再生しているかのように「その時」の情景が映っていた。
へさきがわたしの乗っているボートのへりにめり込む。乗り上がる。ボートが大きく傾く。身体が跳ね上げられた。
(ああ、なんてきれいな空なんだろう。先生、先生……)
意識の電流は、そこで途切れた。
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