「今度の日曜日,空いてるか」
「なに?」
「話がある」
日曜日,直江は奈緒子に告げた。
「病院を辞めて東京に行こうと思う」
「東京? どうして? 今の病院に不満でもあるの?」
「いや,東京で新しくできた病院が外科医を探しているらしい」
「七瀬先生には話したの?」
「七瀬先生から話があったんだ」
「そんなこと...七瀬先生が勧めるわけないわ」
「...」
「ほかに理由があるんでしょう? なに? 私に話してくれないの?」
「君にはすまないと思っている。だが...」
「離れていても私は大丈夫よ。今時海外との遠距離恋愛だって珍しいことじゃないし,私がんばるから」
「すまない...結婚を決めた女性がいる」
「東京に?」
「ああ」
「...私とは遊びでつきあってたの?」
「...」
「そんな...」
「東京で一から出直す...でも,僕の隣にいるのは君じゃない」
それきり彼女は何も話さなかった。ただ声も出さずに泣いていた。
染み入るような深い悲しみだった。だから,余計心に突き刺さった。
どんな言葉を浴びせかけられても受け止めようと思っていたが,彼女はそれ以上彼を責めることはなかった。
彼女と別れてからも,彼女の泣き顔が頭から離れない。
嘘までついて,人を不幸にして,こんな悲しい思いをするのはたくさんだ。
いくらこの嘘が自分を奮い立たせるための嘘であったとしても,自分はもう誰も愛してはいけないのだ,と直江は思った。