『ここで死んで,後悔しないだろうか?』
ここで死のうという気持ちはまだ消えていなかった。しかし,迷いはあった。
人生に絶望したから。生きている意味を見出せなくなったから。
絶望して死ぬことは簡単だが,このまま死んだのでは自分の人生を否定してしまうことになる。
そう思う自分は,結局,死を受け入れていないのだな,と思った。
今のままでは医者という仕事も中途半端に終わる。
残された時間が短くなったからといって,医者の仕事には何の違いもない。
あるとすれば,死と背中合わせに生きるオレなら,死にゆく人の気持ちがわかる,ということだ。
こんなオレにしかできない医療,か...
嘘の中でしか死を受け入れられないとしたら,患者のために嘘をつき続ける医者がいてもいいだろう。
そんなことをしようって医者はいないだろうな。
しかし,オレならできるかもしれない。患者と同じように死を背負うオレなら。
死を避けられない患者の死に方を考える医者がいてもいいはずだ。
死を受け入れることができるように、最後までできるかぎりの手をつくす。
そんな医療ができれば,自分が生きてきたことの証になる。
そうすれば,最期の瞬間,後悔はしないかもしれない。
最期まで医者を続けられたら...
直江は,今のこの思いを忘れないために支笏湖の写真を撮った。
この写真をいつも見えるところに置いておこう。
ここに戻ってくるために,これから医者を続ける。
そして,本当に体が持たなくなってきたそのときには,ここに身を沈めよう。
死ぬのはそのときでも遅くない。