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月ふたつさんが書いたサイドストーリー 「めぐり逢い」

■ 5 あるチェリストとの出会い

12月の寒い日。
「今度入ってこられる方って、有名な人らしいわよ」
「ふうん」
「音楽家なんだって」
「へぇ」
そんな噂を耳にしながら、倫子は朝の巡回に回っていた。一通り終わって玄関を見ると、なるほどあの人が噂の主か・・・

倫子はそんなに音楽に詳しい方ではないので、彼の顔を見てもそれほど驚かなかったが、何人かのナースはかなり驚いていた。
「得田さん・・・だよね、チェリストの」
「NN交響楽団の得田憲一さんだよ。」
「そんなに有名な人なんですか?」無邪気に聞いた倫子に、クラシック通の看護婦、大月さんは真顔で言った。
「NN交響楽団っていったら日本で一番有名なオーケストラよ。その中のチェロのトップの人。得田憲一さん。いつもテレビで見てたら、オケの最前列で、客席に一番近いところにいた人だから、すぐわかるわよ。」
大きな楽器を運び入れ、後はCDのセットと山のようなCD。翌日からお弟子さんとか楽団仲間とか何人もよくきていた。
「あの人は弟さんだよ。やっぱり同じNN楽団で、バイオリンのトップでコンサートマスター。オーケストラのリーダー。」大月さんに教えられた。
ちょっと顔が恐い・・・コンマスとか、ツンちゃんとか仲間に呼ばれている。
「あの顔でツンちゃん? ぷぷぷぷ」倫子は隠れて笑ってしまった。
得田(弟):「ああ、こりゃ若い看護婦さんじゃないか、兄貴、鼻の下長くすんなよ」
得田憲一:「からかいなさんなって」
得田(弟):「ああ、看護婦さん、兄がお世話になってます」恐い顔が笑うとなんとも目が優しい。

さすが・・・素晴らしい音だ。
だれかれと来ると、さっそくチェロの音がする、ときどきバイオリンとの二重奏も聞こえる。
これがプロの生の音なんだ・・・倫子はときどき手を止めて聞き入ってしまう。
ふと・・・直江先生の部屋でいつも鳴っていた曲を思い出した。いつかそれ、弾いてくれるといいな・・・倫子は密かに期待するようになった。

倫子:(音楽仲間ってこんなにも紳士なんだなぁ。)
昨日得田の病室を訪れた人物の顔は、さすがに倫子でも知ってる。誰もが名前を知っている世界的な有名な指揮者も得田の病室を訪れていた。楽器の話、音楽談義。
倫子は毎日毎日病室で奏でられるチェロをいつのまにか耳に心地よく感じ始めていた。

が、このチェリストの病状は相当進んでいた。
片時も楽器を離さない。
もう告知はとっくにされていて彼自身はよく理解しているはずなのに、それでも、やはり、彼にしか分からない孤独と苦しみがある。
直江(声):「死ぬのが怖くない人間なんていない」
直江の声が倫子の中でこだまする。

バリバリバリ ガリガリガリ・・・
得田はときどき、同じ楽器の音とは思えない激しく荒々しい音で弾き散らしているときがあった。チェロを構えたまま何時間もじっと壁を見つめている夜があることも倫子はときどき見ていた。
倫子:「この人も死を見つめながら、孤独と恐怖と戦ってるんだ」
倫子はそれを今はよくわかるだけに辛い。

続く


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