1年後、庸介も満1才になり、ようやく歩き出した。
そろそろ、職場復帰も考えなくてはいけない・・・
そんな頃、行田病院から三樹子と院長が訪ねてきた。
三樹子「倫子さん・・・庸介君もすっかり大きくなったわね」
倫子:「三樹子さん、院長先生もここまで足を運んでいただいて、ありがとうございます」
行田:「実は倫子さんを見込んでお願いにきました」
倫子:「はい?」
院長から提示された話は意外なものだった。
倫子:「ホスピス?」
行田:「ええ。神奈川の富士山のよく見えるとても素晴らしいところに、私がかねてから懇意にしている方からホスピス運営のことをお願いされて、共同で行うことになったのですが、その際、何人か優秀な人材を派遣して欲しいと切に願われて・・・倫子さんに白羽の矢が立ったわけです」
倫子:「私、行田病院に戻れないんですか?」
行田:「いえいえ、そういうわけではない。でも、行田病院はまだまだ保育環境という点では院内に託児所もないし、救急指定病院で夜勤も多い。また一方で、ホスピスの看護婦というのは、新人ナースでは絶対に務まらない。かといって、ベテランの看護婦ばかりでは雰囲気全体に明るさが少なくなる。経験を積んだ中堅どころのナースで、しかも、ホスピスという終末ケアのことをよく理解した人材がどうしても不可欠なのです」
三樹子:「倫子さん・・・正直言って辛いかもしれない。だけど、貴女ならできると・・・私たちの意見一致したの」三樹子も後押しをする。
「倫子・・・あなたの経験が生かせる仕事だと思うよ」倫子の母も優しく後押しをする。
こうして、一家そろってホスピス側が用意した住居へ移ることになった。
思い出のある川とも少しお別れだ。
川の流れを見つめながら、出産後、初めて倫子はボートに乗った・・・空を見上げる。
倫子:「先生、夏には庸介と一緒にボートに乗りに来るね」
ホスピスは、基本的に、すでに自分の死を見据えた人が最期を過ごすために入ってくる施設だ。告知を受け、家族も承知し、医者も看護婦も苦痛を軽減する緩和ケアに務める。
どうしても医師も看護婦もベテラン揃いなので、活気にかけてしまって、いわゆる、辛気くさいムードになりがちだ。そういうところに、倫子を・・・という配慮は実に効果的だった。倫子の笑顔はホスピスの患者やスタッフたちにどれだけ新鮮に映ったことか。
倫子も、何より職住一致で、庸介と過ごせる時間が長い事がありがたかった。
ただ、患者が去るときは、それは元気になっての退院ではなく、永遠の別れ以外にないことは・・・辛い。
続く