「あー、疲れた」
結子は自分の部屋に戻るなり、倒れこむようにベッドに身を投げ出した。
昨年の十二月よりスタートしたドラマの撮影は終盤を迎え、連日夜遅くまで続いていた。来週には北海道で最終ロケを行うことになっている。
(よくここまでやってきたな……。難しい役だった)
結子は役者として器用な方ではない。役にのめり込んでいくタイプだ。それだけに、撮影期間中は体力的な面だけでなく、むしろ精神的な面においてかなり消耗する。
(中江さんのおかげだな……)
ベッドに寝そべりながら結子は思った。
ふくよかな頬をとらえて「おまえさー、いつまで飴玉をしゃぶってんの?」などとよくからかわれもしたが、その中江の作り出す雰囲気に結子は救われていた。
厳しいけど優しい、ドライだけどウエット、大胆だけど繊細。そんな中江がいてくれたからこそここまでやってこれた。
目線をベッドの脇の壁に移した。
パネル写真が掛かっている。湖を写したものだ。病気で亡くなった父が大切にしていたものだと母から聞いている。人の心を全て包み込んでしまうような深く蒼い湖。その湖の向こうには緩やかな稜線を描く山々が横たわっている。
結子は、この写真が気に入っている。湖の見せる静けさと優しさ、そして寂しさが好きだ。見る側の気持ちによって時に優しく、時に寂しくも見える。この写真を見ていると次第に心が落ち着いてくる。
(この場所はどこなのだろう。行ってみたい……)
そう思いながら写真を見つめていた。