湖は南からのやわらかな光で蒼々と輝いている。三月上旬にロケできた時には、まだ春の気配を感じられなかったが、今は、ところどころに残雪を認めるものの、樹々は新緑で覆われ、春らしくなっていた。目の前を二人乗りのボートが滑るように通り過ぎて行く。
結子はオフを利用して支笏湖に来ていた。ビデオを見た夜、自分の気持ちを父に伝えに行こうと心に決めた。母に一緒に行くことを勧めてみたが「今回は、結子一人で行ってらっしゃい。その方がいいと思うわ」と言われ、一人、羽田から飛行機に乗った。
デニム地のジャケットを着た結子が湖畔に立っている。遠い眼差しで湖を見つめている。胸にはクリスタルのペンダントが輝いていた。
(お父さん、結子です。私の気持ちをどうしてもお父さんに伝えたくて、会いに来ました)
結子は、父、直江庸介に心の中で語り掛けた。ビデオを見たこと。父と母が深く愛し合い、その結晶として自分が存在していること。ゆっくりと、自分の気持ちを確認するように話した。
(お父さん、ありがとう。私、お父さんの子でいられるのが嬉しいの。今では、お父さんのことをとても身近に感じられるようになったわ。――そうよね、今までだって私のことを見いてくれたのよね。色々と悩みを聞いてくれて。私の部屋の写真、支笏湖はお父さんそのものだったのですもの)
結子はふと視線を足もとに落とした。
(お父さん、寂しくないよね?)
桟橋に寄せる波の音
小鳥のさえずり
横たわる雄大な山
ゆっくりと顔を上げ、小さく声に出して言った。
「ううん、寂しくないわ。だって、こんなに安らかなんですもの。お母さんと私からこんなに愛されているんですもの……」
めぐる縁し 紡がれし絆
直江と倫子 父と娘
響きあう互いの心
父への報告を終えた結子は、春の湖を、父の眠る湖を、体いっぱいで感じ取るように歩き出した。
寄せる波とたわむれる子供。ベンチでは若い夫婦が幼子をあやしている。子犬がじゃれるように走り回っている。
向こうから、ジーンズのポケットに両手を突っ込み、ゆっくりと歩いて来る人がいる。気がついた結子は、歩みを緩め、数歩先で立ち止まった。ジーンズの人影が少しずつ大きくなる。
一歩、二歩、二人が近づく
――薄着ね、寒くないの
一歩、二歩、視線が交わる
――照れ屋さん、表情が硬いわ
一歩、二歩、心が寄り添う
――あなたのにおいがする
目の前に立つその人を優しく見上げた。
「会えたね……」
中江のはにかむ声が結子を包んだ。