萌黄色のクロスが敷かれた食卓には、花柄をあしらったコーヒーカップとパステルブルーのカップが置かれている。食器はすでに洗われ、水きり用のバスケットに納められている。
倫子と結子は夕食を共にした後、思い思いに時間を過ごした。しばらくすると、倫子のいれるコーヒーの香りが漂い、今、二人はまた食卓を挟んで椅子に着いている。
「お母さん、あの、私……」
先日、中江と話ができたことで、結子は平静さを取り戻していた。ここ数日、母の気持ちを聞かなくてはと思いながらも、なかなかタイミングが合わず、今日になってしまった。
「ごめんなさい――。私、この前、自分が言うだけ言って…。お母さんの気持ちなど聞こうともしなかった」
結子はうつむいていた。
席を立ち結子に歩み寄る倫子。肩に優しく手を置き「あなたに見せたいものがあるの」と諭すように言った。
二人はテレビに向かってリビングのソファーに腰掛けている。ビデオテープがスタートした。画像が映し出され、音声が流れた。
〈どうしても、自分の口から出る言葉で君に伝えたかった……〉
優しくゆっくりと語りかける直江庸介がそこにいる。
初めて聞く父の声に、結子は思わず身を乗り出し、ソファーを離れて画面を覗き込むように床に座り込んだ。
(何?、このテープは……。いつ撮ったものなの?)
ソファーに座る倫子を振り返った。倫子は視線を合わせることもなく、ただじっと画面を見つめている。
〈……愛する人の子供を産んだ時、僕は笑顔で祝福を送りたい…………君の笑顔が、倫子の笑顔が大好きだ。だから泣かないで。愛してる……〉
画像が消えた。時が止まったかのようにそのままの姿勢でいる結子。
今、結子には理解できた。この数分のビデオで自分の中にわだかまっていたことが晴れていった。
父はその時が来て、自らを支笏湖に沈めにいったのだ。父と母は強く深く愛し合っていたのだ。そして、自分はその愛の結晶として望まれて生まれてきたのだ。
倫子のすすり泣く声がする。結子は声を掛けられなかった。一人の女性として、母のせつなさ、いじらしさ、そして愛らしさを痛い程感じていた。
倫子の横に寄り添うようにして座った。
「結子、あなたはこの世に生まれてくる前から私と先生に愛されていたの」
結子は黙ってうなずいた。
「今まで、『ゆうこ』という名前は、その響きが好きで、それに『結ぶ』という字を当てた、とあなたに話してきたけど、本当は違うの。私と先生の絆、私と先生を結ぶ子、という思いを込めて『結子』と名付けたの」
結子は、自分がこの世に存在することの意義深さを今かみ締めていた。頬を熱い涙が伝う。
「お母さん、私、お母さんとお父さんの子で本当に良かったって思うよ……」
倫子の嗚咽が部屋に響いた。