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MRTさんが書いたサイドストーリー 「湖の残照」

■ 17 春望 2
  

 運命の相手は、決して劇的な存在ではない。それはごく自然な形で自分と関わりをもつ存在である。同じ空気を共有し、同じ心のひだを持つがゆえに、他人(ひと)から見れば劇的なことであっても、当人たちにとっては自然なことと感じられる。
 結子は、この場所に今中江がいることに驚きも不自然さも感じていなかった。「会えたね」という言葉に、ただ「ええ」と応え、軽やかな微笑みを返した。

「お父さんとは話ができた?」
「はい。今、父に自分の気持ちを話していたところでした」

 結子は中江に電話で報告をしていた。ビデオのこと、そして、母と話し合ったことについて、ありのままを伝えていた。その際、中江から「また行くんだろ? 支笏湖に」と言われたが、それに対してははっきりと答えず、そのまま時が流れ今日になっていた。

(あえて知らせなかったのに、中江さんは来てくれた……)
「中江さん、ありがとう」
 優しくつぶやいた。
 結子が桟橋に向かって歩き出す。中江が続く。やがて歩調は同じになり、シルエットが一つになった。

 桟橋に二人が立っている。結子がポケットから四つ折にたたまれた一枚の便箋とガラスのボートを取り出した。
「このボート、中江さんがここで拾ったものなんですよね?」
「ああ」
「これ…、中江さんが持っていて下さい。お返しするのではなくて、私がいただいた想い出の品を、今度は私のものとして中江さんに持っていてもらいたいんです」
 運命をゆだねるかのような眼差しを送る結子。
 
 さざ波は春の陽をより輝かせ、その光が二人を包み込んでいる。二人に言葉はない。
 
 受け入れるように中江の手が差し出された。その手を見つめる結子。想いを込めるようにガラスのボートを胸に当て、そして、中江の手にそっと置いた。
 これまでと変わらぬ優しく落ち着いた中江の瞳が、結子を抱きしめている。その瞳には、春のように微笑む結子が映っていた。

 結子は便箋を広げながら「これは、母が父とお付き合いしている時に、自分の想いをしたためたものなんです。先日、母からもらいました」と言い、開いた便箋に目をやった。
 便箋には倫子のしなやかな文字が並んでいた。

  あなたの瞳に映る
  哀しみの理由を教えて
  どんなに近くにいても
  届かない心の裏側
  私は闇夜に さえずるサヨナキドリ
  ただそばにいさせて
  忍び寄る孤独から守るわ
  その細く長い指に
  まとわりつく不安の影を抱きしめたい
  刹那に身を焦がして
  目覚める明日がいつまで続くのかと
  問い掛けるナイチンゲール

  何かに追われるように
  行き急ぐ理由を聞かせて
  ふいに見せる微笑みが
  どこまでも淋しいのはなぜ
  ふたり同じ道 歩けなくていい 
  でも 地の果てでもう一度
  めぐり逢う約束を交わして
  このひとときだけのために
  すべてを失うことさえいとわないの
  深い闇の向こうに
  見えるひとすじの光をたどりながら
  歌うのよナイチンゲール
              ※【註一】
  
 母の想いを胸にしまい込み、結子は中江に視線を戻した。
「私、母のような女性になりたいと思っています」と晴れやかに言い、湖を渡る風に便箋をさらした。
「これは父が持っているべきものなんです……」
 便箋が手から離れていった。春の風に乗り、周りの自然を楽しむようにしばらく湖の上を漂い、じきに自分の戻るべき場所にたどり着いたかのように、水面に緩やかに舞い降りた。
 二人はじっとその情景を見つめていた。便箋が水の中に消えていくまで――。

  小鳥のさえずり
  風のにおい
  水面に揺れる光

(お父さん、僕たち二人が見えていますか――。お父さんはこの湖に眠っている。でも、ここに立っていると、あなたの想いを、お母さんと結子に対するあなたの愛を感じることができます。大丈夫です……。僕は、あなたのその想いを全て引き受けて、結子を愛し、そして守っていきます)

(お父さん、この人が私の愛する人です。この湖みたいな人なんです。厳しくて、優しくて、さりげなくいつも私を守ってくれる……。不思議ですね。私はいつもこの湖と一緒。部屋の写真に見守られて育ってきて、ここにお父さんが眠っていて、そしてこれからはこの人が……)

  めぐる縁し 紡がれし絆
  
 結子が中江の顔をのぞき込む。
「何を考えているの?」
「…ん」
 中江は、疑うことのない結子の瞳を見つめ、心の中でつぶやいた。
(俺はいつでもおまえと一緒にいる。結子のそばにいるから……)
 中江は視線を湖に戻し、目の前の情景を抱きしめるようにゆったりとまばたいた。
 その中江を愛しむように見つめていた結子。中江の視線の先をゆっくりと目でたどる。
(私たち、今、同じものを見ている。同じことを感じている。いつも一緒……)
 二人の視線が湖の上で重なり合う。

 優しく寄せる波の音が二人を包み込んでいる。
 あたりには、たんぽぽのわたげが柔らかく漂っていた。

                         〈完〉


      【註一:竹内まりや『真夜中のナイチンゲール』
         (WANER MUSIC JAPAN 2001/2/28)より引用】


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