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MRTさんが書いたサイドストーリー 「湖の残照」

■ 14 きずな 2
  

 中江は電話をもらった時から、結子が何かを打ち明けたがっていることを感じていた。支笏湖の一夜と関係があることなのだろうと予測もついた。悩んでいる結子を心配しながらも、心の片隅では、自分に相談を持ちかけてくれたことに少なからず嬉しさも感じていた。

 中江はテーブルに肘をつき、身を乗り出している。結子の表情やしぐさを見逃さぬようにしていた。
 結子が時折声を詰まらせている。
(どう支えてあげればいいのだろうか)
 中江は話を聴きながら、感情に流されることなく、冷静に状況を把握しようと努めていた。
「中江さん、私……」
 結子の声が途切れた。

 二本目のKENTに火をつけ、中江が落ち着いた声で話し始めた。
「俺さ、今回のドラマに出れて本当に良かったな、と今更ながら実感しているんだ。役者として成長できたということもあるんだけど、それだけじゃなくて、人間的に少しは成長できたんじゃないかって、そう思ってる。生と死のことをこれだけ真剣に考えたことはなかったからな」

 陶製の灰皿からは紫煙が一筋たち昇っている。
「志村も覚えていると思うけど、ドラマの中でこういうシーンがあったよな」
 中江はそのシーンの説明を始めた。
 ガンにおかされた入院患者が、数日の外泊許可をもらい自宅に帰った。果たして、その間に自宅で自らの命を絶ってしまった。
「本当はまだ直る可能性もあったのに――」
「――はい」結子はそのシーンを思い返していた。
「その後のやりとり…。つまり、俺の演っていた医師京田と亡くなった患者の奥さんとの会話を覚えている?」
 結子はコクリとうなずいた。

「奥さんに『子供にはどう話せばいいのでしょう』と問われて、京田はこう言うわけ――
『お子さんにどう話すのかという話し方の問題ではないのです。基本的には、ありのまま伝えることが良いでしょう。
ただ、その伝える時期が難しいのです。お子さんはまだ幼少でいらっしゃる。ということは、死の意味すら今はまだよくわからないかも知れない――。
じきに死の意味がわかるようになるでしょう。でも、果たしてその時に、生きることの深さがわかっているのかという次のハードルがある。人にはどんな人にもそれぞれの生き様があります。人の生き様を受け入れることのできる、抱えることのできる状態、それがお子さんに備わってくれば、今回のことをありのままお話になっても宜しいのではないでしょうか――。
子供には子供用のリュックサックがあり、大人には大人用のそれがあります。子供用のリュックに無理にいっぱい物を詰め込めば、リュックそのものが壊れてしまいます。では、と言って、大人用のリュックを子供に背負わせれば、子供がつぶれてしまいます。重いものを背負うには、背負い方をどうするのかということより、根本は、背負える体力を付けなくてはならないと言うことです。子供の体力が今どの程度なのかを見極めるのは、お母さん、あなたの仕事なんですよ』と……」

 結子は中江をじっと見つめていた。そのセリフの意味深さが、今、実感として胸に染みていた。
 中江は、飲みかけのティーオレを一口含み、話を続けた。
「お母さんは、待っていたんじゃないのかな。志村が成長するのを……。おまえに背負わせる重さをお母さんはわかっていて、それとおまえの体力とを見極めていたんじゃないだろうか」
 結子の目が潤んでいる。
「実際には、もうおまえは成長している。お母さんにしてみれば、いつまでたっても子供なのだろうけど、すでに一人の女性として成長している。気がついてみたら、娘に話すタイミングが少しずれてしまった。そういうことじゃないのかな……」

 中江は視線を水面に向けた。西に傾きかけた陽の光が、静かな水面に反射し、目を細めさせている。
「私、お母さんの気持ちなんて聞こうともしなかった」結子の声が震えている。「ただ、言うだけ言って――」
「…ん」
 いとおしむような眼差しが結子を抱きしめた。


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